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精霊使いと魔法国家

5章 5.明らかな異常

「え、あ、ああ――オーガスさん」
「ま、いいんじゃねえ?」
 グラウトには明かしていないカードはまだいくつもある。戸惑いがちにオーガスさんを見ると、それを知ってか知らずかオーガスさんはあっさりとうなずいてのけた。
 ゆっくりと人をかき分けながら移動する俺達に注がれるのは、やっぱり好奇の視線だった。
 早々に扉にたどり着いて、ホールを出る。そこにも人の姿があったけど、何となく落ち着いた気がして息を吐いた。
 グラウトは歩調を緩めることなくどんどん先に進む。
「ほれ行くぞ」
 オーガスさんは俺の後ろ頭をぽーんとやって俺を追い越した。
「あの殿下には、ウェイさんも一目置いてるからな。内情ばれてもかまわんだろ」
「え」
 追い越しざま耳に届いた言葉に驚いた。慌ててオーガスさんの横に並び直して、横顔を見上げる。
「って、師匠はオーガスさんの正体、知ってんの?」
 楽しそうにオーガスさんは唇を持ち上げた。
「奴らには内緒だぞ、うるさいから」
「奴らって――カディとか?」
「おうよ。ぎゃんぎゃんうるさいからな」
 セルクさんだって何故かオーガスさんが精霊王だって知ってるくらいだ。
 オーガスさんはオープンすぎるんじゃないか?
 色々気を遣ってるカディは、聞いたらやっぱりあれこれ言うだろう。ぎゃんぎゃんていうよりは、すげえくどくどと。
「面倒そうなのはわかったので了解」
「いい判断だ」
「何の話をしている?」
「馬鹿な話だな」
 いつの間にか立ち止まったグラウトが不審げに聞いてくるのに、オーガスさんは軽く答える。少しばかり不機嫌そうにちらりとオーガスさんのことを睨んで、グラウトは近くの扉を開けた。
「ここか?」
「いつの間に準備したんだ?」
「ラストーズ側の配慮だね――これまで使っていなかったけれど。座るといいよ」
「どーも」
 招き入れられたのはこの城の中で俺が見た中では一番狭い部屋だった。それでも充分、広いけど。
 夜会で疲れたら休憩下さい、って感じかな?
 グラウトの勧めが終わるか終わらないかのうちに遠慮なくオーガスさんは椅子に身を沈めて、そのことにはっきりとグラウトは眉を寄せる。
 グラウトにとっては今まで会ったことないタイプだろうな、オーガスさんは。
 何も言わないのはオーガスさんの友人であるところの俺の師匠のことを、グラウトが何故か一目置いてるから――かなあ?
「……どうやってこの場に紛れ込んだんだ、貴方は」
 文句は言わなかったけど、かわりにグラウトははっきりと刺々しい声を出した。
「セルクの馬鹿がね」
「あの男か!」
「俺だって好きでここにいるわけじゃないんだ。行儀が悪いのは性分だから気にしないでもらえるとありがたいね、殿下」
 オーガスさんの割には丁寧な口ぶりに、一応グラウトは満足したらしい。それとも犯人がセルクさんだから諦めたのかもしれない。
「ソート、君も立ってないで座るといいよ」
 言いながらグラウトはオーガスさんの正面に座り込んだ。俺も迷った末にグラウトの横に座る。
「あの男は今度は一体何をたくらんだんだ?」
「あの馬鹿の話をするのは時間の無駄だし、どのみち後でわかる」
「ほう?」
「悪いね殿下」
 言葉の割には悪いとはちっとも思ってない様子でオーガスさんは言い放つ。
「カディのことって、何かわかったのか?」
 俺自身にとっては旧知の二人が初対面なことも違和感ばりばりだけど、その違和感に目を向けるより大事なのはカディのことだ。
「いや?」
「いや、って」
「わかったんだとしたら、わざわざ俺がこんなところに来る必要なんざないだろう。セルクはそこそこ融通が利く立場らしいが、身元の保証のない人間一人賓客がたむろする夜会にぶち込むには頼りないものがあるだろうしな」
 わかってたらあの馬鹿に伝言すりゃいいだけの話だ、ひどく面白くなさそうにオーガスさんは告げた。
「カディが何も言わずにいなくなるなんておかしい。アレは真面目で融通が利かないし、気に入ってるお前に一言なく何日も姿を消したりしない――絶対にな」
「こういうところが苦手だから、オーガスさんに協力してるかと思ったんだけど」
「思うのは勝手だが、ありえねえな。結論として俺はしばらくあいつの姿を見ていない」
「そのカディというのは風の精霊だろう? 彼らは気まぐれだから――」
「悪いけど殿下、面識がないのに口を挟まないでくれねーか?」
 極めつけに無礼な一言にグラウトは機嫌を急降下させる。
「……つーか、俺よりはソート、お前に何も言わずに姿を消す方が怪しい」
 オーガスさんはグラウトの機嫌なんか知ったことではないとばかりにごく普通に言葉を続けた。
「そうかぁ?」
 黙り込んだグラウトが怖い、怖いし。怖いけど、グラウトをフォローしてる場合じゃない。俺はなにげなーくグラウトを無視するよう心がける。
「俺と奴らは成立した過程が異なるんだよ。似ちゃいるが、実を言うと全くの別物だ。だから奴らは俺よりも人の方を気に入ってるはずだ。今は、特にお前をな」
 不機嫌から転じて、グラウトがいぶかしげな顔をするのが横目で見えた。やっぱりフォローができるわけもなく、オーガスさんの言葉だけがぐるりと頭を回る。
「でもほら、同僚なんだろ?」
 言ってしまった後で失言かと思ったけど、オーガスさんは気にした様子もなく頭を振った。
「それはスィエンとチークだな。俺は違う。奴らも何も連絡を受けていないと言っていたし――そして、重要なのはだ」
「重要なのは?」
「あの馬鹿の指摘でカディに連絡を取ろうと試みても、通じなかったことだな」
「通じない、って」
 オーガスさんは心底嫌そうにはああと息を吐く。
「あの馬鹿は限りなく馬鹿だが、気が回るし、頭の回転も速い――何より、なんつうんだろうな、先を見据えて行動ができる奴なんだよ、アレは。その指摘で連絡が取れなかったら、考慮の余地がある」
 ふん、とグラウトがうなずく気配がした。
「認めたくはないがな。アレがよくないと主張するなら、聞き入れる価値がある。カディの性格を加味したらよろしくない予想までできるさ」
「よろしくないって、どんな」
「――それを踏まえて、スィエンがカディに連絡を取った」
 質問は受け流し、話を続けたオーガスさんは一息置く。
「スィエンのことだから遠慮はなしに、全力で呼びかけた。それでも返事がないのは、明らかに異常だ」
「異常、て」
「スィエンは言わなかったか? カースの気配がするって」
「え? かーす?」
 なんだそれって聞く前にオーガスさんが片眉を上げて、
「ああ、名前までは知らないか。精霊主が一、火主だな、火主」
 重大なことをさらりと言ってのけた。
「精霊主――だって?」
 不機嫌ながらも一応沈黙を守っていたグラウトがかすれた声を上げた。
「精霊主が、近くにいるということか?」
 そりゃまあ、いきなり聞かされたらびっくりするだろうな。
 全ての精霊を統べる精霊王と、それぞれの元素をまとめる精霊主。
 世界のありとあらゆるところに存在する精霊たちの上位者の存在は知られている。グラウトだってもちろん知っているはずだ。
 精霊王や精霊主の伝説ってヤツを――、しかも現実からかけ離れたヤツ。
 幼い日に師匠に聞いたあれこれを俺は何となく思い出した。オーガスさんの正体を知っているからには、そのうち精霊王に関してのものは明らかな脚色がされているとわかっていて話してくれたんだろう。
 うわあ。知ってるなら知ってるで、もうちょっと控えめに言ってくれてたらあんまりショック受けなかったのに。
 性格悪いぜ、師匠……。
「そういうくくりで言うと、近くにいるな」
 グラウトの突っ込みはオーガスさんのお気に召したらしい。余裕を取り戻してにやっと笑い、グラウトをちらりと見たあとこっちを向いた。
「そういうわけだ、ソート」
「いや、そういうわけとか言われてもだな」
「待てっ。何故そんなにさらりと精霊主のことを聞き流せるんだ? ソート!」
「う、あ、いやそのだな」
 前にはオーガスさん、隣にはグラウト。オーガスさんの代わりに今度はグラウトが勢いを増している。
 自分の正体をばらすのはオーガスさんの自由だけど、未だ俺が見たこともない火主の名前を知らされても困るし。
 実はカディが風主だからそれもありかなって思ったなんて、本当の説明をグラウトにしたらカディが絶対怒るし。
 ……俺は一体どうすればいいんだ。こんな時こそ口から生まれたセルクさんの出番だろうに、何で俺一人でこの二人の対応を。
「なあオーガスさん、セルクさんは?」
「何であの馬鹿がこの場に必要なんだ?」
「いや、うまいことまとめてくれそうだから……?」
 いまいち自信が持てないまま放った言葉を、オーガスさんは鼻で笑った。
「お前なあ、ひたすらいいように扱われておいて、何でそーゆー期待を出来るんだあの馬鹿に」
「特に期待はしてないけど」
 俺だってあの人がどういう人かは何となくわかってるつもりだ。
「あいつは今頃城内をさまよってるさ。同情するね――話がそれたな。カディのヤツの性格を考えると、城の中で何かがあったと見る方が妥当だろう」
「うーん、そうかな」
「おそらくはって注釈はつくがな。何か余計なことを聞いたから自分で出ていったかもしれんが、それにしたって城内できっかけとなる何かがあったことに違いはないだろう」
「それで?」
「これまで俺が王都中を大体調べたが収穫なし。カディとカースが揃って問題に巻き込まれてる可能性と、カディの最後の目撃場所を考えたら城の中調べるべきかって結論になってな」
 それを初っぱなからあの馬鹿に主張されたのは業腹だけどな――、あいつの言葉に従うのがむかつくんだが。ため息混じりにオーガスさんは続ける。
「それで、ここに?」
 傍若無人で、人に合わせることが無理そーなオーガスさんがよりによって、気を遣わないと行動できそうにない王城に。
 ……セルクさんは自分の首を絞めそうな無茶ばっかり好きなんだろうか。
「おうよ。俺はお前の師匠の友人だからな。えーと何つったかな、あの馬鹿は」
「またなんか無茶げな設定したんだ、セルクさん」
「精霊使いだからこの国に来ることに遠慮があるお前の師匠に変わってお前の様子を見に来た、とかか」
「無理度は低くないけど……オーガスさんがここにいること自体が無理すぎだよなー」
「どういう意味だコラ」
 鋭い眼差しが俺を射抜く。耐えられなくなって目をそらすと、放置に放置を重ねられた結果冷たい気配を纏ったグラウトが視界に入った。
 ぎゃあこっちもこえぇ。
「や、ほら、オーガスさんは我が道行くからえーと、ここじゃあ苦労するんじゃないかと思ったり」
「――あのなあソート、俺だって時と場合ってヤツを考えてるんだぜ?」
「えっ」
「えってなんだコラ」
「ご、ごめんなさい」
「謝ればよし。まあ時と場合は考えるが――あの馬鹿のために努力するのもむかつくわけで、いつも通り過ごす予定だけどな」
 オーガスさんは胸を張った。それ時と場合絶対考えてないって。

2006.08.17 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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