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精霊使いと魔法国家

5章 6.悪くない条件

「ま、そーゆーわけだ。とりあえず様子見がてらそこらの人に挨拶してくるわ」
 言うだけ言って、オーガスさんはとっとと夜会にとって返そうと立ち上がる。
「ちょっ、オーガスさん、それマジ?」
「おうよ。面識持ってりゃ、あちこちうろついてもそう問題ないだろ? うまい具合にこの国の人間を捕まえられりゃいいんだが」
「待て」
 グラウトの呼びかけに、オーガスさんは再び動きを止めた。
「なんだい? 殿下さん。俺はそれなりに急いでいるんだけどね」
「一つ、城内を探索できるのはどう考えても明日以降だろう。夜会は夜半まで続く、急ぐ必要はないだろう」
「で?」
「二つ、私は疑問点をそのままにしておきたくない」
「ほう?」
「三つ、私はそれなりの数の相手を紹介することができるよ」
「――なるほど」
 一つ一つグラウトが主張して、その度にオーガスさんの笑みが深まる。最後に面白そうにうなずくとオーガスさんはひょいと元のように腰掛けた。
「悪くない条件だな」
 グラウトも満足げに口の端を持ち上げる。
「四つめ」
「ん?」
「ソートの知り合いは私の関係者と思われかねない。勝手な行動は控えて頂きたい」
「本音はそれか」
 まさか……グラウトは心外そうな声を出した。
「私も仲間にして欲しいと言っているんだよ」
「そりゃ、ありがたい話じゃあるけどな」
「何か問題が?」
 グラウトは首を傾げてオーガスさんを見る。オーガスさんは頭を振った。
「で、殿下さんは何が聞きたいんだ?」
「先ほど聞きかけただろう?」
「おう?」
「何故精霊主の名が出てくるんだ?」
 グラウトがそう言って視線を向けたのは、会話に取り残されていた俺だった。できるだけ注意がこっちに向かないように静かにしていたんだけど、何でそんなに答えにくい問いかけをこっちに向けるかなぁ。
 言い出しっぺはオーガスさんだ。だから救いを求めるつもりでオーガスさんを見たら、ものすごーい人事みたいな楽しそうな顔でこっちを見てる。
 だから当然のように目が合って、その瞬間にぐっとオーガスさんは親指を立てた。
 その意はおそらく――頑張れ、俺は関係ねえ。
 嘘付くなよオーガスさん。
「えーっと、それはほら」
 無関心を装うオーガスさんに注目を促しても、グラウトはグラウトで「私は君に聞いているんだけど」と譲ってくれない。
「最初に言い出したの、オーガスさんだぞー?」
「君が驚くことなくそれを聞いていたことの方が重要だよ。君、私に――」
 グラウトはすーっと目を細めた。
「何か隠しているだろう?」
「な、なにか――って」
「動揺してる。やっぱり隠してるね。私と君との仲なのに、その間に隠し事はよくないと思わないかい?」
 嘆く素振りを見た後で、俺は軽くグラウトを睨み付けた。
「グラウトの方が明らかに隠し事、多いだろ」
「それはそれ、これはこれ」
「いや同じことだろッ?」
「まあまあまあ」
「まあまあじゃなく!」
「君も急いでいるんだろう? まあ私はいつまでもこうして楽しんでいてもかまわないんだけどね。その間に――カディ、だっけ? 風の精霊がどうなるか……」
「おーどーすーなー!」
「素直に話すかい?」
 グラウトだって精霊を見ることができる。その程度には精霊に気に入られている。まさか本気でカディを見捨てるようなことを言うことはないと思う。
 半分はきっと冗談だ。でも、全部じゃないにしろ、いくらかは本気が混じってる。
「素直にとか言われても……」
 グラウトに隠し事をするのは経験上あんまりよくない結果を招く。それは先刻承知の上で、それでも言い渋ってしまう。
 すこーしずつ細くなっていくグラウトの瞳に、少しどころでなく嫌な予感が募る。
「ソート?」
「オーガスさんが」
「私は君に聞いているんだけど」
 ええい。俺はオーガスさんに心の中で詫びを入れた。
 でもオーガスさんも悪いよな。救いを求めても無視だもんな。
「なんで驚かなかったかっていうと、オーガスさんが精霊王だって言うから」
「はあ?」
 打てば響くようなグラウトの返事は裏返っている。甲高い声になったのを自分で恥じたのか彼は口に手を当てて、俺のことをまじまじと見た。
 心底疑わしげな目線。
「正気かい、ソート」
 グラウトはちらりとオーガスさんに目をやった。オーガスさんはそれににやりと笑う。
「多分正気」
 俺が言ったことを気にした素振りもない微妙に悪人くさいオーガスさんの笑顔に、いまいち自信がなくなる。
「――精霊という言葉から明らかに縁遠いと思うんだけど」
「……俺もそう思う」
 はっきり否定するのをためらったのか、グラウトの指摘は妙に遠慮がち。俺もそれに素直にうなずいた。
「でも……」
 言いかけた言葉を俺は飲み込んだ。
 俺が素直にそれを信じる気になったのは、それを言ったのがカディだったからだ。カディもあれで精霊主だっていう、それを信用するなら精霊王だという事実はすんなりとではないけど飲み込めた。
 初めて会ったとき、チークは人としか思えない姿をしていた。それを考えるとそれもありかなって。
 逆を言えばそれを知らなかったら信じやしなかった。とすれば、グラウトが疑う気持ちもわかるわけで。
 だからって、俺が一緒に旅している精霊が実は精霊主なんだーっつっても、余計怪しいだろそれ。
「私は君が嘘を言うとは思わないけど」
「じゃあそういうことで信じてくれ」
「そうすんなり納得できる内容でもないし、私はそこまでお人好しじゃない」
 グラウトは面白そうに笑いをかみ殺しているオーガスさんを上から下まで観察した。
「失礼を承知で言わせてもらうと、精霊王らしき気品に欠けている」
「俺もそー思う」
「うわ、ひでえなおい」
「それに、精霊ならば何故――実体を持っている?」
 チークの前例を思えば俺にとっては疑問でもないことだ。でもそれを言うとチーク……は別に気にしないだろうけど、カディが「人の正体を勝手にばらすんじゃありません」とか怒り狂いそうな気がする。
「えーと、それは……なんで?」
 オーガスさんに振っても結果はあんまり変わらない気がするんだけど、俺の口から言うのとオーガスさんの口から言うのとじゃカディの怒りの行き場所が違う。
「なんでって、さっき言ったじゃねえか」
「何を?」
 あっさりとオーガスさんが言った言葉に心当たりは全くない。さっき言ったって、何だよ。考えてもさっぱりだ。
「俺と奴らは成立した過程が異なるって言ったろ」
「え、あ、ああ? そういやそんなことを聞いたような。で、それが何?」
「それが何って……つまりだな」
 やれやれとオーガスさんはため息を漏らした。俺とグラウトに等しく視線を注いで腕を組む。
「精霊王と、精霊主を含むその他の精霊は成立した時期と過程と目的が異なる。その差の最も顕著に表れるのは、精霊王は人と同じ形をしてるってことだ。つまりこの俺の姿な」
「それを仮に信じるとして、何故そのような差がある?」
 ため息混じりにグラウトが問いかけると、オーガスさんは肩をすくめた。
「そこに理由を見いだそうとしても無駄だぜ、殿下さん。そーゆーもんだからこーなわけだ」
 グラウトはオーガスさんを見据えながらむっつり黙り込んだ。
 やがて彼は諦めたように息を吐いて、頭を振る。
「それで納得してやろうと思う私はお人好しだと思うね」
「それを口にする段階でそうじゃないと思うがね」
「ちょっ、オーガスさんっ?」
 話がいい感じにまとまりそうなのをぶちこわす気かああああっ?
 俺は思わず立ち上がった。

2006.08.28 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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