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精霊使いと魔法国家

6章 たくらみの進行

1.グラウトの反撃

 セルクさんが俺にあてがわれた部屋に飛び込んでくるのはいつものことになってるけど、それが血相を変えてからってことになると、初めてのことだ。
「ちょっとー!」
 入るなりにその大声。オーガスさんと向かい合ってなにくれとなく話していたのをやめて、俺はセルクさんのことをまじまじと見た。
「ねえ何か変なことになってるのあれなにーっ」
「何ってお前、大体お前の計画通りだろ?」
 平然とした顔でオーガスさんが応じると、セルクさんは顔をしかめた。
「俺は別に、大それたコト考えてないもん」
『……そうなのか?』
 ぼそりとした声はセルクさんの後ろでぼへーっと浮かんでいたチークで、セルクさんはがばっと振り返った。
「チークちゃんに突っ込まれるとなんかやたらショックっ!」
『本当にそー思ってるか疑わしいだわねー』
「スィエンちゃんまでっ?」
 夜会はまだまだ続いてるけど、いつも早寝を心がけているグラウトと一緒に会場を出て別れた後。もう日付を越えようかって頃合い。セルクさんの叫び声は深夜と思えないくらい大きい。
「少しは落ち着け、馬鹿」
 呆れたようにオーガスさんに言われて、セルクさんはだってとかでもとかぶつぶつ言いながらこっちまで近付いてくる。
「お前があの殿下を巻き込んだんだろが」
「そーだけど」
「素直に思惑に乗って踊ってくれるような相手じゃないって、わかってたんだろが」
「そーだけどっ」
 セルクさんは悔しそうにうなって、勝手に机の上のグラスの水を飲み干した。
「でも俺の身にもなってもらえない? 殿下に――ああ、ええと王弟殿下、レシィちゃんの父上にってことだけど」
 グラウトとの混同を避けたのかセルクさんはそう説明して、眉間にしわを寄せる。
「よりによって、あの人にだよ? シーファスの知己を連れてくるのはいいが、人柄を考えて欲しいなって言われたんだよ?」
「ほー。それは俺に文句を言ってるのかお前」
「ちがっ。グラウトちゃんに言ってんの! 何でよりによってあの人にオーガスちゃんのこと紹介しちゃうかなあー」
「お前やっぱりそれ俺に文句言ってんだろ」
 険悪な眼差しでオーガスさんがうなって、セルクさんが違う違うと首を振る。
『やー、レシアのパパンはちょっと怖い人だっただわねー』
 それを全く無視して俺に近付いてきたスィエンは、一言そう感想を述べた。その後ろでチークがこくりとうなずく。
「そうなのか?」
『そーなんだわよ。レシアのパパンじゃなければ怪しさ爆裂だわよ』
「はあ?」
『スィエンたちのことに気付いてたみたいだわ』
 珍しい真顔を作ったスィエンの言葉に、俺も思い当たる節があった。
「そういや、あの人カディの気配にも気付いていた節があったな」
『そうなのだわ?』
「殿下は我が国で一、二を争う力の持ち主だからねえ」
 オーガスさんと何か言い合っていたはずのセルクさんが、ひょいと口を挟んでくる。
「この国の殿下は怪しくないのかよ?」
『レシアのパパンだから大丈夫だわよ』
「どういう保障だそれは」
『レシアはいい人だわよー』
「だからって父親がいいヤツとはかぎらねえだろ。その辺のことはどうなんだ?」
 オーガスさんが見たのはセルクさんだ。
「んー。俺の意見でいいの?」
「お前が一番親しいんだろが」
 別に俺、あの人と親しいわけじゃないんだけどなあ。ぶつぶつとセルクさんはぼやく。
「殿下はシロじゃないかな。今更レイちゃんを追い落とすわけにはいかないって言ってたし、多分本気でそう思ってると思う」
「その保障は?」
「大々的に諸国に喧伝して、今はレイちゃんの戴冠式目前。その状況で馬鹿げた騒ぎを起こすのは愛国心の固まりの殿下は許せないと思うよ? 殿下の切り札だった娘は現在家出中だしね」
「それを信じてやるか」
 偉そうにオーガスさんは一つうなずいてみせる。
「っつーことは別に、俺がその王弟殿下と面識を持ってもかまわんだろーが」
「かまうよ! オーガスちゃんどこまでも我が道を行ってあの殿下にだって遠慮しないでしょ!」
「オーガスさんはオーガスさんだから仕方ないんじゃないかな」
「ちょっとソートちゃん何で諦めはいってるのー?」
「俺はあれでも真面目に応対したつもりなんだが、どーゆー意味だこら」
 セルクさんには耳元で、オーガスさんには正面から責められて、俺は慌てて身を引いた。
 俺の胸ぐらを掴み上げそうだったセルクさんはよけられたのが気に入らなかったのか、悔しそうに拳を握る。オーガスさんの目は直視する気になれない。
 だって俺、間違ったこと言ってない、言ってないぞ。言ってないだろー?
 グラウトがむしろ率先してあのレシアの親父さんにオーガスさんを紹介したのは間違いない。グラウトもセルクさんへ少しは反撃したい気分だったんだろう。
 本当のこと――オーガスさんが精霊王なんてとても言えないし、俺がこれまで信じてた精霊使いだと紹介することだけはためらわれたらしい。
 グラウトはオーガスさんのことを大幅には違ってない言い方で紹介してた。
 俺の師匠の友人で――これ以降が大嘘だけど――護衛みたいな仕事をしながら旅をしているんだと。今回は俺のことが心配でやってきたとかそんな風に言ってたか。
 レシアの親父さんはどこか不機嫌そうに俺達を見た。完全に不機嫌じゃあなかったのは、グラウトのおかげかな。
 親父さんの密かな怒りなんてちっとも気にせずにオーガスさんは例のごとく堂々とどこか偉そうに挨拶したもんだから、後ろ暗いところがある俺は肝が冷えた。
「せめてもーちょっと努力するか、チークのごとく無口を気取ってもらえた方が……」
「俺が自分をそこまで曲げる必要性はねえな、全く」
「ううう」
 セルクさんは胸を張るオーガスさんを見て悲しげにうなった。
「女々しいぜセルク。男ならどーんと構えてろ」
「オーガスちゃんは無駄に堂々としすぎー」
「無駄とかいうな馬鹿。いいじゃねえか、王弟っつったらこの国でもたいした権力者だろ。フラストの殿下の紹介付きでそいつに面識を得てりゃ、多少の無茶は効くだろうし」
「こわっ。オーガスちゃんいったい何やる気ーっ?」
「セルク、言っとくが俺をここに連れてきたのはお前だぜ?」
 セルクさんが思わず身を引いた気持ちは、わからないでもない。俺は賢明にも沈黙を守り、オーガスさんがセルクさんに詰め寄る姿の見学に回った。
「そーだけどなんというか予想外のことがいっぱい起きてね?」
「結構なコトじゃねえか」
「どこがッ」
「お前の嫌な予感もついでに外れてくれると、俺としては大変ありがたいしな」
『そうだわよー!』
 空気を読めないスィエンが二人の間に割り込んだ。ぎょっとして二人とも身を引いて、両拳を握りしめたスィエンだけが一人残る。
『カディが……カディが……カディがカディでカディみたいな!』
「わけわからんこと言うな」
 呆れた顔してオーガスさんは頭を振る。
『だってカディがカディなのだわよ』
「だからわけがわからんっつってんだろが」
「いつの間にか改名したってことじゃなければカディちゃんはカディちゃんでカディちゃんだってことでしょ」
『そういうことなのだわ』
 まあまあとオーガスさんとスィエンの間に割り込んだセルクさんの言葉に、スィエンは深くうなずいた。
「――そこで納得するお前がわからねえ」
 オーガスさんは再び頭を振った。
「まだまだ青いなあオーガスちゃん」
「何でそんなに自慢げなんだろうな。まあいい、とにかく過ぎたことをぐだぐだ言っても仕方ないだろが。カディがいなくなったのだって、原因を突き詰めればお前が悪いんだ。俺が何をどうしようがお前に文句を言う筋合いはねえ」
 ぎろっとオーガスさんに睨まれると自覚することはあるらしく、セルクさんはらしくなく神妙な顔でうなずいた。
「……えーとあの、でも、できるだけ大人しくして頂けるとありがたいです?」
 いまいち自信なさそうに呟かれた言葉に、オーガスさんはやけにさわやかな笑顔を浮かべた。
「俺がお前に従う義理があると思うのか?」
「……とてもないです」
「現状認識はできてるようで感心感心」
「でも、殿下に喧嘩を売るのだけはやめて欲しいなあと、思ったりなんかしたりして」
 さすがのセルクさんもあの親父さんには弱いらしい。珍しく下手に出るセルクさんを見るオーガスさんは、やたら楽しげだった。
「さあて、どうすっかねえー」
 なんて呟くから、俺までどうしようかとドキドキしはじめた。

2007.01.17 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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