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精霊使いと魔法国家

6章 2.鐘の音が告げる

 セルクさんの訴えはどんどん下手になっていった。でもオーガスさんに下手に出ても有効でないとしばらくして悟ると、今度はそれが半ば脅しのようなものに変化していく。
 脅しというか、「そんなことしたら俺ばかりでなくソートちゃんやグラウトちゃんが苦労するんだからねー!」って、自分じゃなく俺やグラウトがオーガスさんの行動一つでどれだけ悪い立場に置かれるかって話にシフトした、ってだけだけど。
「ほほー」
「それで?」
「でも結局、一番得するのはお前だよな?」
 対するオーガスさんはなかなか主張を曲げない。ものすごーく楽しそうな顔のまま、セルクさんを散々からかっている。
 たまにぴくぴく口の端が動いているのは、笑い出しそうになるのをこらえているんだろうか?
 明らかにオーガスさんにもてあそばれてる感じのセルクさんを見たら、グラウトが「その秘技を教えてくれ」とか言い出しそうな気がする。いや、そんなこと、絶対ないか。グラウトなら黙って観察してセルクさんの弱点を探る。
「そんなことないって。何でそんなに不審そうにこっち見るかなぁ!」
 下手に出ててもセルクさんはやっぱりセルクさんで、言動はどこかユーモラス。本当に困ってるのかどうかって聞かれると実際のところ微妙な気もするけど。
「ねえソートちゃん、ソートちゃんだって困るでしょ? なんかもうすごい色々困る、困るんだよきっと」
「支離滅裂なこと言ってんじゃねえよ馬鹿」
「だってさー」
 オーガスさんにこづかれたセルクさんは唇を尖らせて、オーガスさんは不機嫌にうなった。
「お前それ怖い」
「まあ失礼な!」
 ――本気でセルクさんが困ってるようには、どんどん思えなくなってくるな。
 オーガスさんも同じような結論に達したのか、大げさに嘆息する。
「ま、心配するこたねえよ」
「信用できなーい」
「殿下も探索に付き合ってくれるって言ったからな」
「へ?」
 セルクさんをからかうのをやめて、オーガスさんは言った。間の抜けた顔をしてセルクさんが首を傾げる。
「その殿下ってどの殿下?」
「フラストの殿下だよ」
「グラウトちゃんか……ってえええ? なんで?」
 オーガスさんの言葉はセルクさんの度肝を抜くことに成功したらしい。
「なにそれ。どういうこと?」
 にんまり笑うだけのオーガスさんから聞き出すのを諦めて、セルクさんはくるりと反転した。
「ソートちゃんっ?」
「どういうって、オーガスさんが馬鹿なことをしでかしたら私にまで影響するとか言って、グラウトが自らお目付役を買って出てくれたんだけど。グラウトだから絶対どっかで面白がってるよなあ」
「ソートちゃんまで俺が焦ってるのを見て楽しんでたねっ。ちょっとそれひどくない?」
「いや、別におもしろがってなんていないって」
「うわーうわーうわー。ソートちゃんったらもう信じられなーい。そういう安心できそうなことは先に言ってよー」
 聞いてないし。セルクさんも何でオーガスさんじゃなくって俺に矛先を向けるかな。
 ……オーガスさんに言っても負けるからか?
 こっちがいい迷惑だ。
「ひどいと思ってるような態度じゃねーなそれ」
 くつくつ笑いながらのオーガスさんの突っ込みに、深々とうなずいたのは話を聞いていたとも思えないチークだ。
 一瞬キッとオーガスさんをにらんだセルクさんは、チークを目撃してしまったらしい。今度はチークに目を向けて、ショックを受けたと思えない様子で「ががーん」と呟いた。
「何でそんなに信用ないんだろう俺」
『日頃の行いだわね』
「……何でそこで口を挟むかな、スィエンちゃん」
 さすがのセルクさんもスィエンに突っ込まれたのは本気でショックだったらしい。明らかにトーンダウンしたからスィエンが頬を膨らませる。
「まあ、グラウトちゃんがフォローしてくれるなら大丈夫かなあ。あんまり危険なことに巻き込まないであげてね?」
「だからそれは全ての元凶であるお前にだけは言われたくねえな」
 じろりとオーガスさんににらまれたセルクさんは、わははははと馬鹿笑いを開始した。
 ため息をついたオーガスさんは、呆れかえった眼差しを彼に向ける。
「セルク」
「うん、わかってる。全力で頑張るよ」
「言ってることとやってることが全然違うんだよなー」
 ぶつぶつぼやきながらオーガスさんは立ち上がった。
「帰るか」
「そーだね。スィエンちゃんとチークちゃんはどうする?」
 セルクさんの問いかけにスィエンとチークが顔を見合わせる。
『どうせ明日も、』
 数秒の沈黙の間に意思疎通があったのかはわからない。しばらくして口を開いたスィエンの言葉は、全部言い切る前に止まった。
 スィエンでさえびっくりするくらいの大きな音が外から響いてきて、彼女は目をぱちくりさせて言葉を止める。
 思わずびくりとしてしまうくらいの、大きな鐘の音。
 それを聞いて一番に動き始めたのはセルクさんだった。
「何事ッ?」
 叫びながら窓に駆け寄る。
 俺も聞き覚えのある鐘の音だけど、叩き方が異なっている。鋭く叩きつけるようなカーンカーンという連続音が夜の帳を引き裂いている。
 時告げる鐘の音だけど、今はそんな用途に使われてるわけじゃないだろう。夜中は本来鐘は鳴らないし、その鐘が鳴るのは何かがあった時だ――少なくともフラストでは。
 セルクさんの様子からすると、ラストーズでもそうだと思う。
「なんだぁ?」
 オーガスさんがセルクさんの後に続くのを俺も追った。この部屋の窓は三人が横並びになっても余りある。
「――火、が、でてる?」
 まず最初に窓にとりついたセルクさんが呟き、
「ありゃ、この城の中じゃねえか?」
 次にオーガスさんが疑問を提示する。
 一つ二つの建物越しに見える火は、思いの外近くで出ているように見えた。オーガスさんの指摘が正しいんじゃないかって思える。
 鐘の音が変わらず異常を告げる中、俺達の間をスィエンとチークが猛スピードで通り抜けた。
『……あれは』
 ぼそりとつぶやいたのはチークで、スィエンの方はただふるりと身を震わせるだけだった。
「セルク、火が出てるのはどの辺りだ?」
「え――」
「何惚けてるんだ馬鹿」
 珍しく反応が鈍いセルクさんに、オーガスさんはずいっと顔を近づけてすごんでみせる。
「あの、辺りは……」
「おう」
「兵舎」
「――てーと、お前の管轄か?」
 舌打ちしてオーガスさんはセルクさんの襟首をひっつかんだ。
「呆然としてる場合か? 行くぞコラ」
「ちょ、ちょっとまっ」
「待てるか馬鹿! おい行くぞソート」
 半分セルクさんを引きずるように、オーガスさんが身を翻す。
「スィエン」
 二人が去る気配を感じながら、俺は窓の外に佇むスィエンに呼びかけた。
「火を消すのに協力して欲しいんだけど――スィエン?」
 返事がない。窓のすぐ前で浮かんでいるから、聞こえないわけじゃないと思う。
「なあ」
 言葉を重ねても答えは返らなくて、どうしようか途方に暮れる。手を伸ばせば届く距離だけど、相手が精霊だと手を伸ばしたところですり抜けるだけだ。
「スィエン!」
『行く、だわ!』
 黙って火が燃え上がる兵舎の方を見据えていたスィエンがとうとうそう口にした。
「気付いたか……って、おいっ?」
 そして、ぴゅーっと前進を始めたもんだから、俺は思わず叫んだ。ちょっと待て、飛んでいくって卑怯だろー?
『――追う』
「ええええええ」
 言葉少なに呟いたチークが彼女の後を言葉通り追い始めた。
「うわ」
 俺、先に行ってた方がよかったのか?
 窓の外に飛び出すわけには当然いかないし、俺はオーガスさん達から大分遅れて部屋を飛び出した。

2007.02.02 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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