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精霊使いと魔法国家
6章 3.火と、風と
鐘の音は止まることなく鳴り続けている。
迷うことなく目的地にたどり着けたのは、数日間城内で過ごした経験の賜物だった。
部屋のある建物から飛び出してしまえば、火の手の上がっている兵舎までは庭を走ればいい。炎が空へと舞い上がっていれば十分以上の目印だ。迷う要素が何一つない。
現場は人に囲まれていた。
着の身着のままといった様子のがたいのいいにーちゃんが多いのは、兵舎から逃げ出した兵士だからだろうか?
俺は見知った姿を捜した。
これ以上なく真面目な顔で指示を飛ばすセルクさんは人垣の中心にいたから苦労せず発見できたが、さすがに近寄ることはできない。
怪我――というよりは火傷を負った人も多いらしく、セルクさんの指示でにーちゃん達は怪我人を運んだり、あるいは水を汲んで戻ってきたりしている。
木造の兵舎はものすごい勢いで燃え上がっている。火の力をあおるように強風が吹いていた。
バケツリレーをしたところでそう簡単に消えるようには思えないし、風にあおられた火が危険で、簡単に建物まで近寄れないようだった。
「あんなもんじゃ、おっつかねえな」
いつも通りの飄々とした態度で、ひょいと近付いてきたのはオーガスさんだ。
「まどろっこしいな――スィエンはどうした?」
「ここに向かって突進してったんだけど、いないな」
俺とオーガスさんは一瞬顔を見合わせて、それからぐるりと周囲を見回した。
見る限りスィエンやチークの姿が見えない。
「何で別行動してるんだよ」
「俺を責められても。スィエンがいきなり飛び出して、チークが追ってったんだ」
「っはー?」
なんだよそれ、なんてぶつぶつ言ってオーガスさんはがーっと頭を掻いた。
「くっそ、別行動すんなっつってんのに、なにやってんだあいつら」
ひとしきりぼやいた後でオーガスさんは鋭く炎を見上げる。
「それとも、あれか? ヤツらでさえ焦る必要があるのか?」
オーガスさんの言葉は独り言めいている。視線が火災をなめ回すように動いて、最後にきゅっと眉間にしわがよった。
「っち。ソート、とにかく奴らを呼んでくれ」
「とにかくって。呼べって言われても」
「名前を呼べば出てくるさ。この近くにいるんだろ」
「オーガスさんがすれば……」
「奴らは俺の管轄外だ」
そんなことをきっぱり言い切る精霊王なんて、王っぽくないじゃないかーっ。
あまりにも鋭くオーガスさんは俺をにらんでくるもんだから、文句なんて言うに言えない。
「えーと、スィエン〜、チーク〜」
大声を出して目立つ気はないから、それっぽく口に手を当てて、大声を出すような動作でぽそっと声だけ出す。そんなものでも納得してもらえたのか、オーガスさんは一つ満足げにうなずいた。
いいのか、これで?
変わらず燃える兵舎に向けた危険なバケツリレーを何となく見守っていたら、やってきたのは精霊主二人じゃなくてセルクさんだ。
「お疲れー」
声はへにゃりと力がないのに、人前だからか真面目な顔。
「おう。魔法使いどもは来ないのか?」
「延焼したらこっちに責任取らせるつもりで、放置じゃないかしら」
「くだらん権力争いだな」
「あら、その魔法使いどもはこちらなんて、歯牙にもかけてらっしゃらないわよー」
「余計たちが悪いな。よくわからんが、魔法を使えばバケツよりは効率いいだろうに」
「だろうけどねー」
おほほほほ、さすがのふざけた笑い声も今は力がない。
そうこうしているうちにようやく姿を見せたのはスィエンの襟首をひっつかんだチークだ。
「遅ぇ」
素早く文句をつけるオーガスさんをちらりと見て、チークは肩をすくめる。
『……カディ、カース、いた』
「あん?」
「カディがいたのかッ?」
思わずチークに身を乗り出した後、はっと周囲をうかがってしまったのは習い性のようなものだ。ごたごたしている周りに精霊に話しかける俺は目撃されなかったようで、そっと息を吐く。
こくりとうなずくチークに掴まれたスィエンがぼそぼそ言っているのは『カディがー、あの女がーっ』とかまあそんな言いっぱなしの意味のない言葉。
「――ほう、それで奴らは?」
オーガスさんが鋭い声を出し、セルクさんも真面目そのものの顔でチークを見た。
「黙っててもわからんぞ」
『反応しない』
「無視されたか」
こくり、うなずくチークを見てオーガスさんはやれやれと頭を振る。
「最悪だな。ロクでもねえコトが起きてやがる」
「操られてる、と見ていいのかな?」
「本気でロクでもねーな」
「あ、操られてるって――」
俺の言葉にオーガスさんとセルクさんはこっちを見た。一瞬無言で視線を合わせた後、一歩近寄ってきたのはセルクさんだ。
「ソートちゃーん」
「な、なんだよ」
猫なで声はやめろ怖いから。
近付かれた分だけ後退する俺を見て一瞬つまらなそうな顔をしたけど、基本的にセルクさんは真顔で余計に怖い。
「まずは鎮火お願い」
「はっ?」
「消火、って言った方がいいかな。消防要員は半分火事で焼け出されてて、ちょっとやばい」
「でも、それって」
俺一人にできることなんてたかが知れてる。セルクさんはバケツリレーに参加しろって言ってるわけじゃないだろう。
「シーファス・ホネストが超有能な精霊使いだと知れるのは、問題にはならないと思うよ。だって、元々精霊使いだって知れてるし」
「うーん」
すごい都合よく扱われているような気がしてたまらない。ただ、火事をそのまま放っておくことができないのも事実だった。
「調子がいいことを言いやがる。お前も協力しろよ?」
ぐいっとオーガスさんがセルクさんの腕を引いた。不機嫌そうに一言二言オーガスさんが何かを言うと、セルクさんは苦笑した。
「こんな時でもなきゃ、役に立たないしね」
「馬鹿なたくらみばかりするからだ」
オーガスさんは言い放つと、セルクさんをそのまま引っ張っていった。
取り残された俺はチークとスィエンを見る。チークが普段よりも表情豊かに見えるのは、彼がひっつかんでいるスィエンがまだぶつぶつと言いながら暴れているから不機嫌なのか?
「えーと、その。カディ達がどこにいるって?」
チークは空いた方の手ですっと燃え上がる兵舎の上を指した。目をすがめても燃え上がる火の中、ただでさえ半透明な姿を見ることはできない。
火が消えても闇の中じゃあ見定めることは困難だろうが――。
意識を凝らすとなんとなくカディがいるんじゃないかなって気はした。
「カディ」
さっきと同じ動作で、カディを呼んでみる。チークやスィエンが来たなら、カディだって気が付けば来てくれるかもしれないだろ?
『おそらく無理』
「無理、って」
すっぱりと言い放つチークを俺は呆然と見た。チークは騒ぎ続けるスィエンを見て、肩をすくめる。
『無理でないなら、カディはもうここにいる』
「そ、そーか?」
『消火が先決だ。我ら精霊主が――率先して人に仇なす行為をしたなど』
「え?」
『知れたらまずい。まして……』
珍しく饒舌に語ったチークは、中途半端なところで言葉を止めた。いや、無言で俺を見たって言いたいことわからないし。
「つっても、スィエンがな」
火を消すには水の力が最適だろう。でもスィエンは俺の言うことを聞く耳がなさそうだし。
とりあえず吹く風に止んでもらうように依頼しても、
『無駄』
こんな時にだけは容赦ないチークの突っ込みが待っていた。
『カディが原因』
あいつがこんなことするとは思えないけど、さっきオーガスさんやセルクさんが操られてるとかどうとか言っていた。チーク達を呼んだのと同じような呼びかけに応えなかったから、そんなことあり得ないなんて言えなかった。
燃える火に、吹く風。それがチークの言うように火主と風主の仕業だっていうのなら、こっちはどうしたらいいんだ?
こっちの戦力になるだろうスィエン――水主はまだぶつぶつ何か言ってるし、どうしていいんだかさっぱりだ。
2007.03.02 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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