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精霊使いと魔法国家

6章 4.地と

 文句を言っても仕方ない。できることをできるようにするしか方法がないわけで。
 とりあえず火の精霊にちょっと張り切るのをやめてくれないかお願いして、あえなく撃沈する。風が風主であるカディの仕業なら、この火の原因は火主だっていう。だとしたらこの結果も当たり前か。
「なあ、スィエン」
『うぬー』
 スィエンは呼びかけにも要領を得ない返事で、チークがさっき指差した辺りを睨んでいる。チークが手を放したら、今にも飛んでいきそうだった。
 耳元で大声を出せば気付くのかもしれないけど、さすがに大声を出せば周りに気付かれそうだ。
 彼女を頼るのは諦めて、水の精霊に呼びかける。水主とは違って水の精霊はすっと集まってくれて、彼らの力が火へと降りかかる。結構頑張ってくれたけど、水が一部を消し止めたあと再びそこから火の手が上がる。
 どういう理屈だよそれはー!
 一瞬で水を蒸発させて再び火をつけたってこと、か?
 敵が悪いのかもしれない。元凶をどうにかしないことには、どうにもならないって気がしてくる。あるいは、これまでの放火が延焼したなんて聞かないから、どうにかして消せば向こうも諦めるのかもな。
「スィエンー」
『ぬぬぬぬぬぅ!』
「ったく」
 スィエンは呼びかけには全く応じてくれない。チークと同じように彼女に触れることができるなら、肩でもつかんで揺すってやるんだが。
 もう一度水の精霊に呼びかけて、水をかけて、再び燃え上がる兵舎に途方に暮れたとき――ドカンという大きな音が少し離れた所から聞こえてきた。
「なっ?」
 驚いたのは俺だけじゃないらしく、バケツリレーの人たちも動きを止めている。
 俺達の視線の先にいたのはオーガスさんと、オーガスさんに腕をひっつかまれたセルクさんだった。
「なんだあ?」
 オーガスさんが伸ばした腕の先、兵舎の一部が崩れている。
 青みがかった光弾がオーガスさん達の方からやってきて、再びドカンと大きな音を立てた。って、え?
 視線を戻すと、光弾を出したのは俺だとばかりにオーガスさんは堂々としている。でも、オーガスさんは精霊使いで……、いや本当は精霊王だとかいうけど、今のは魔法、だよなあ?
 オーガスさんって魔法使えるのか?
『……なるほど、考えたな』
 ぽそりと呟いたのは、発言キャンペーン中のチークだった。
「何を、だ?」
 俺の問いかけには答えずに、チークは一人納得したようにこくりこくりとうなずいた。三度ドカンと音がして、がらがらと建物の一部が崩れる。
『燃えるものがなくなれば、火は消える』
「すっげえ暴挙に出たな、オーガスさん」
 遅まきながらでも、チークが説明してくれたことは奇跡に近いと思う。チークは俺を見下ろして、少し首を傾げた。表情がほとんど変わらないから意図が読めずに、俺も首を傾げ返してみる。
 チークはスィエンを引っ張り、上体を折り曲げるようにして俺に顔を近づけてきた。
『勢いさえ減ずれば、消火もたやすくなる』
 続く破壊音で徐々に兵舎は削り取られている。チークの指摘するように、建物が崩れた分だけ火力は弱まっているように俺の目にも見えた。
「そうだな」
 こくりとチークはうなずいた。そして、じーっと俺を見る。
 表情は変わらないけど、どこか期待しているように見えるのは気のせいか?
「えーっと」
 スィエンに声をかけてもまだ無駄そうに見えるし、と。
 俺は再び水の精霊に依頼した。火が弱まったところに水を振りまいてもらうと。
 ――また火がついた。
「なんだあれ」
『火主の力は当然のこと、水主と拮抗している』
 対抗するには水主の力が必要って言いたいのか?
 じゃあ、これまでの放火事件は誰がどう消したんだよ。今ここで聞くべきことでもないし、俺はチークを軽くにらんだ。
 俺は言いたいことを理解してくれなんてチークには期待しない。
「スィエンを放してやってくれないか?」
『――……そうしたら、彼女はカディ達に向かう。火は消さないだろう』
「そういう予測なのか?」
 チークは深くうなずいた。
「どーしようもないだろ、それ」
 ドカンがらがらを繰り返して、オーガスさんの破壊行為は続いている。火の勢いは確実に弱くなって、一段落すればバケツリレーも簡単になると思う。
 消したと思っても再び火がつかなければ、の話だけど。
 チークは今度は頭を横に振った。
『私が』
「チークが?」
 こくり。
 そこでうなずかれてもよくわからないんだけど。大体、火を消すには水の力だろ。チークの地の力は――。あ。
「えーと」
 破壊音にふと思い当たって、俺はチークを見た。何考えてるんだかわからない顔が俺を見返してくる。
「あれを壊してくれるってことか?」
『それが願いならば』
 うなずいたチークは相変わらずの顔。願いならばって、それどう考えても俺を答えに誘導してるよーな……ま、いいけど。
「ええと、じゃあ、よろしく?」
 一つうなずいてチークは動き始めた。片方の手でぶつぶつ言うスィエンを掴んだまま少し前進して、そして。
 チークを起点として地面が盛り上がりはじめる。それにはほとんど音がなくて、オーガスさんの立てる音の方がむしろ大きかった。でも、徐々に建物に向かってその盛り上がりは突き進んで、最後は何とも言えない騒々しい音を立てながら燃え上がる建物を破壊して終わる。
 燃えていたのもあってか、少し崩れたら連鎖するようにすべてが崩れ去ってしまう。
 表面積が少なくなった分だけ火の勢いは落ちて、その結果に満足したかのように一つうなずいたチークは、やっぱりスィエンを引っ張りながら戻ってきた。
「えーと、ありがと」
 返事はうなずき一つ。やったことのどでかさなんか、チークは一つも気にしてない顔。
「何をしている? 今のうちに消しなさい」
 遠くから聞こえてきた声は真面目モードのセルクさんのものだった。目を向けると、オーガスさん達を呆然と見ていたはずの兵士達がこっちを見てた。
 うわ、それって。
「やらかしちゃったなぁ」
 ひゅうう、と気の抜けた口笛を吹きながらオーガスさんがこっちに戻ってきてそんなことを言う。
「俺じゃなくってチークが」
「おまえがいいっていわなきゃ、今みたいな大それたことはやれねえよ。過干渉はタブーだからな」
 セルクさんの指示に従って、兵士達がバケツリレーを再開する。それを視界の端に収めながら俺は釈然としない。
「精霊主は力を封じられてるあれって、何でそんな封じられっぷりなんだろ」
「そりゃもう偉大な神様が精霊主どもの行動を信用してないからに決まってる」
 チークがさすがに表情をいつもよりは大きく変えた。でも、大それたことを軽い口調で言うオーガスさんは、いつも通りに飄々としたものだった。
「――見も知らない精霊使いの方がよっぽど信用に足らないと思うけど? 微妙に適当じゃないか? 封じられ方」
 思わず言ってしまった言葉が、ひねくれたようなものになったのも仕方ないと思う。
 ほとんど音もなく地面を軽くほじくり返したチークの力は大きい。そんな力を人間のってーか精霊使いのってーか、何より俺の判断で使われるとそらおっそろしいものを感じるんだけど。――ほとんどチークの考えだったしな、今のは。
 オーガスさんは俺の様子を観察して含み笑った。
「おまえがそれに調子に乗るような奴だと思ったら、こいつらはそもそも指示を仰ぐわけがない。そういう相手は気にいらねーからな。それを神は充分ご存じってわけさ」
「気に入る気に入らないの問題かよ」
「そーゆー問題になってるみたいだな」
「それは婉曲的に精霊主を信用してるってことじゃないかな」
 何となく色々釈然としないけど、オーガスさんは軽い調子で笑う。
「俺はそんなこと口にする度胸はないね。それに、今はそんな状況でもない」
 ごろっと声が真剣味を帯びた。すっと移動する視線の先を俺は追った。
 そして、そこには。

2007.03.27 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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