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精霊使いと魔法国家

6章 5.再会と、そして。

 ――そこには、カディがいた。
 オーガスさんとチークが破壊した兵舎のあった、ちょうど真ん中。
 いつもながらの半透明すらりとした姿が、闇の中にほのかに浮かび上がっている。
 カディに寄り添うように同じく半透明の赤い髪の女の人。
 建物は破壊し尽くされて火の勢いは減じ、なおかつバケツリレーの兵士達が水を撒いている。それでもまだ地面が熱いからか、火と一緒に陽炎がゆらりと見える、そのただ中だった。
 声をかけるのをためらったのは、人目があるからって訳じゃない。
 陽炎の中に紛れるようにいる半透明な姿がしっかりと見えるのは、存在感の違いってやつだろう。二人はじっとこっちを見ている。
 見ているどころか……にらんでる。
 女の人――ええと、恐らくは火主が、初対面の人をいきなりにらみつけるような人なのかどうかはわからないけど、カディがこっちを見る目は尋常じゃない。
『カースーッ!』
 いきなり叫んで、そんでいきなり飛び出したのはスィエンだった。
 空を切った手を、チークが一瞬呆然と見下ろしたのが見えた。
『……愚かな』
 チークのぼそりとした呟きが漏れるのとほぼ同時、スィエンは数秒でカディ達に肉薄した。
 彼女の周囲にはっきりと見える水の固まりがいくつも浮かんで、それが一直線に火主へと襲いかかる。
「アホだ」
 が。それは火主へ接触する直前に何事もなかったかのように消え去った。心底呆れたオーガスさんの声が同時に聞こえる。
 火の力で蒸発したわけでもなく――、まったく、何事もなかったかのように、跡形もなく。
 誰かが何かをしたようには思えなかった。火主がそこではじめて動いて、寸前のスィエンのように周囲に火の玉を浮かび上がらせる。
 呆然としていたスィエンが身を引くと同時に、彼女に襲おうとした火の玉も、やっぱりなぜか跡形もなく消えてしまった。
「何で?」
 今度は呆然とすることなく撤退を開始したスィエンに向けて、カディが手を挙げた。先ほどに倍する速度でスィエンが戻ってくる。
 彼女の進行方向――つまりこっちに向けて放たれた風の刃は、なぜかやっぱりあっけなく、何事もなかったかのように消滅してしまった。
 何が何だか、さっぱりわからない。
 ただ確実に言えるのは、カディと火主がこっちを敵視しているってことだ。
 スィエンが取り乱した意味が、何となくわかった気がする――が、そんな場合じゃないんだろう。理由を考えている場合じゃなくて、カディをどうにかしなきゃ。
「オーガスさん」
 一つ深呼吸して、拳を握りしめる。
「おうよ?」
 現状一番頼れそうなオーガスさんは、こんな状況なのに楽しそうに口の端を上げている。
「どうすればいいと思う?」
 カディはどう考えてもおかしい。こっちに再び攻撃をしてくる気配がないものの、その気があったら問答無用でこっちに迫ってきそうな、そんな感じ。
 突き詰めて考えるのが怖くてオーガスさんに尋ねると、両手を上げられた。
「さあ、どうすりゃいいんだか」
 そんな、あっさりと降参ポーズをとられても困るしッ。
「俺の管轄じゃねえしなー」
 精霊王の言葉じゃないしそれ。
 突っ込む時間も惜しくて、踏み出す。ああもう、こういう時に一番頼りになるのは、カディなのに。
 そのカディが、普通じゃないなんて。
 どうしていいのか見当もつかない。
 カディ達がこっちに敵対意識を持っているのは間違いない。こっちに迫ってこないのは、さっきからことごとく力が中和されているからだろうか?
 なんでだ、そう思ってから。ちらりと後ろを振り返る。平然としているオーガスさんが何かをやったのか?
 いかにもそれはあり得そうな気がする。
 だって仮にも精霊王なんだから、軽くそれくらいしそうじゃないか?
 しばしのにらみ合い。精霊の姿が見えない兵士達が消火活動の手を休めて俺達とカディ達を交互に見ているのは、さっきのスィエン達の争いで水が浮かんだり火がそれに対抗したり、風が吹き荒れたりしたからか。
 だからまだ火事は完全に収まっていない。もう急ぐことなくそのうち終結しそうではあるけれど。
 ちろちろと舞い上がる火の平原の中心で、カディ達はすっと背筋を伸ばすようにした。こっちに来るかと思いきや、すっと視線を後方上部に向ける。
 その視線の行く先は、三階建てほどの建物の屋上。
「あれは……」
 何か、人影が見える。
 夜の闇の中、ましてその人影は闇に沈む衣装を身につけてるんだろう。遠くここからは顔が白く浮かび上がるのが見えるだけだ。
 すっとチークが前に出てくる。その横にスィエンが回り込んだ。
『あれは』
 スィエンにしては鋭い声が耳をついた時、カディ達が動くのがその体を透かして見えた。
「ほほー」
 こんな状況でもどこか面白がっているオーガスさんの声が聞こえる。カディ達は謎の人影に向かっている。
「あれが原因か」
『間違いないだわ』
 呟くオーガスさんにスィエンが素早く断言する。
「なるほど」
 と、オーガスさんが応じて、動く気配を見せたとき、だ。
 その人影を巨大な炎が襲った。
 建物を燃やすことなくそれが消え去ったのは、恐らくカディと火主の力だ。炎は一瞬膨張して、風に散らされるようにして消え失せる。
 巨大な炎の発生地点から、今度は鋭い光の矢が幾筋も放たれた。正確な大きさはわからないけど、遠目で見ても大きそうに見えるから実際は長く太いんだろう。
 光の槍は、人影の周りにある何か――透明な壁のようなものにはじかれて消えていく。
 ほんのわずかな時間だった。最後は槍が人影のいた辺りに突き刺さりすべてが終わる。
「逃げたみたい、だねえ」
 ふらりと近寄ってきたセルクさんがそう言った頃には俺にもそれがわかった。
 人影もいない。カディ達もいない。
 最初から何も存在しなかったように、まったく。最後の光槍が崩した壁のところから煙が舞い上がるだけで。
 光の槍の発生地点に目をやると、そこに佇んでいたのはレシアの親父さんだった。掲げていた手を下ろして、次の瞬間には取り巻いているにーちゃんたちにさっきのセルクさんみたいに何かを指示しはじめた。
 ああ。突然敵に攻撃するなんて、確かにレシアとよく似ている。俺はなんか妙に納得してしまった。親子だ。
『……あれは、あの時の男だわ』
「――あの時の?」
 そこにスィエンのかすれ声が聞こえたので、俺は彼女に視線を移す。
『以前に、国境で』
 オーガスさんの問いかけに応じたのはチークだ。
 国境で会った男――俺はその姿を思い出した。とはいえ余裕がなかったから、あの時じっくり観察したわけでもない。
 おぼろげな印象だけ頭の中で描き出して、もう一度人影があった辺りを見る。
「確かにあの時、あの男は精霊に影響を与えていたけど、でも」
 カディに――というか、精霊主に影響を与えるほどじゃ、なかった気がする。
「さて、詳しい話を聞かせてもらおうか」
 言い淀んだ俺の言葉尻に被さるように聞こえたのは、冷ややかな親父さんの声。
「何を、ですか?」
「全て、漏らさず詳細を、だ」
 硬い表情のセルクさんに親父さんは断言する。いつの間にかごく間近に迫っていたレシアの親父さんは、そう言って俺たちを順繰りに見据えた。

2007.05.07 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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