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精霊使いと魔法国家

6章 6.明かすべきカード

「ですが、こんな時間ですし」
 反論をしかけたセルクさんの言葉を、レシアの親父さんは鋭い眼差しで制する。
「現状認識と、対応策を練るのは早ければ早い方がよい」
「は、そうですけど」
「異論があるならば、後にしろ」
 今は聞かないと言う代わりに親父さんは身を翻した。俺たちがついてくるのを疑っていない態度で、さっさと歩き始める。
 仕方ないねえって言いたげに肩をすくめたのはセルクさん。大げさにため息の真似をしたのはオーガスさん。
 レシアが気に入ってたスィエンは意外と素直に親父さんに引っ付いていって――もしかして、先制攻撃好きなのが気に入ってるポイントなんだろうか――、スィエンを放っておいたらいけないとでも思っているのか、チークがその後に続く。
「いこ」
 俺の肩を叩きながら、セルクさんは苦い顔。
 逆らいがたい迫力に誰一人逆らわず、俺たちは親父さんの後を追った。



 連れてこられたのは、元の場所からそう離れていない小部屋だった
 先導した親父さんは俺たち全員をその部屋に押し込めて、最後に中に入ってきた。すぐさま話を始めるのかと思いきや、部屋を一周しながら何か呪文を唱えている。
「誰かに盗み聞きされても困るのでな」
 その行動の意味を説明して、親父さんは俺たちに椅子を勧めたあと、まずは自分が手近なソファに座り込んだ。
「さて」
 そうして、視線を一巡りさせる。
「お互いカードを明かそうではないか」
「殿下」
 呟くセルクさんの声には疲れたような響き。その声を手の一振りで親父さんは制した。
「議論している暇などないのはわかるだろう。敵の狙いは明らかだ」
「私にはわかりませんが」
「当たり前だ。それこそが私の明かせるカードなのだから」
 親父さんとセルクさんの視線が交差する。お互いの腹を探り合っているんだろうなあ。
「漏らさず詳細とはいきませんが、それでもいいのなら」
 先に折れたのはセルクさんで、親父さんは「それは仕方なかろうな」と引いた。
「では私から話そう。あれの狙いは、復讐だ」
「――復讐?」
 引いた上に、親父さんが先に切り出す。驚いたような様子でセルクさんは問い返した。
「そう、復讐だろう」
 ゆるりと親父さんはうなずいて、問いかけたセルクさんでなく俺を見た。
「シーファス」
「え、はい?」
 俺なんか蚊帳の外の気分だったから、睨まれて驚いた。
 そもそもこの親父さん、元から愛想がないけど目線の鋭さが現在絶賛増量中。何となく既視感を覚えるなーと思ったら、いきなり火の玉投げつけてきた時のレシアの目にそっくりなんだった。
 さっきの行動といい、血のつながりって怖い。いつでも防御できるように何となく身構えてしまったのが悪かったのか、親父さんの眼力がさらに増した。
「何故身を引く?」
「いや、その、何となくその視線が怖くて?」
 室内だし、レシアより落ち着いた物腰だし、そんなことないだろうけど。さっきの行動を見る限り不興を買ったら炎がごーっと襲ってきそうな気がするんだけど。
 本音を微妙に隠してみたものの、より鋭さを増した眼差しに後悔してしまった。
「後ろめたいことがあるのではないだろうな?」
「どういう意味ですか、殿下」
 さっとセルクさんが俺たちの間に割り込んでくれた。見るに見かねてか、立場上のことなのかわからないけど、なんか助かった。
 セルクさんの割には緊張感が溢れる様子で、すっと俺の視界を遮る。
「シーファス君が、精霊使いを厭うこの国への復讐を狙っているとでもお考えですか?」
 セルクさんは大丈夫だって太鼓判押してたけど、やっぱり親父さんはその言いがかりで押し通すつもりにしたってこと――か?
 この間は逆のこと言ってたのに?
「だれもそのようなことは言っていない」
「言いたそうに見えますが?」
 らしくなくセルクさんの言葉は嫌みたらしい。
「それは気の回しすぎというものだ。精霊使いの性質が噂に聞くとおりであるならば、シーファスはそういうことをすまいよ。違うかね?」
「違わねえなあ。こいつはそーゆーことする馬鹿じゃねえよ」
 問いかけに口を挟んだのは、黙りを決め込んでいたオーガスさんだ。そうだわ、そうだわーとスィエンが同意してくれるが、そっちは当然のこと親父さんには聞こえないだろう。
「……私も、同意見です」
 一瞬オーガスさんを見た後、セルクさんは言った。
「どこか甘いホネストならやりかねんが、君は身内にそのような者を引き込むまいよ。その程度に私は君を信用しているつもりだ」
「それは、どうも」
「だが、だ」
 一瞬力が抜けた背中が、親父さんの言葉に再び緊張を取り戻す。
 親父さんはセルクさんの肩越しに俺を見た。
「それはそれとして、聞きたいことがある。シーファス・ホネスト」
「な、なんでしょうか?」
「君はあの男と面識があるのだな?」
 問いかけの形は取っていても、断言だった。
 さっき、親父さんが声を掛けてくる寸前に、確かにあの男の話はしてた。
 セルクさんが顔半分振り返る。
「そういえば、知っている口ぶりだったね?」
 興味深そうに一瞬きらりと目を光らせてから、セルクさんは元の位置に座った。
「そのご様子では、殿下もご存じのようですが?」
「知っておるからこそ、あれの狙いが復讐だと言えるのだ」
 親父さんは腕を組んで、ぐっと背もたれに体を押し付ける。そのまま顔をぐっと上にそらして、一つ深呼吸。
「あれとホネストの弟に面識があるとなれば、心穏やかでいられぬわ」
「何者なのですか」
「カードを明かすと言ったのだ、話さないわけにはいくまい。いずれ知れる話でもあるしな――が、その前に、何故あれと面識があるのか答えてもらおうではないか、シーファス・ホネスト。あれは精霊に影響を与えていた、そんなことを言っていたな?」
 事実なのでうなずいた。
「あの時の、とはいつのことだ?」
「この間、この国とハーディスとの国境の辺りで。何日前だっけ、……一ヶ月は経ってないくらいかな」
 指折り数えようと思ったけど、諦める。カディがいたら教えてくれたんだろうけど。
 さっきのことを思い出して一瞬へこみそうになったけど、落ち込んでいる場合じゃない。
「何があった?」
「なに、って」
「あれは、本当に精霊に影響を与えたというのか?」
「殿下さんよ」
 大げさなため息を漏らして、オーガスさんが口を開いた。オーガスさんに向ける親父さんの眼差しは相変わらず鋭い。
「その前に、俺としてはあの男の正体が知りたいね」
「貴様には関係ない話だ」
「あるから言ってんだよ」
 オーガスさんは親父さんに負けず劣らず凶悪な顔をして、ぐいと身を乗り出した。
「こっちにも、あんたが思ってる以上のネタがあるんだぜ? 別に言っても言わなくても、俺としちゃかまわねえけどな」
 相変わらず偉そうなオーガスさんの態度に、親父さんは苦い顔だ。
 セルクさんが思わずといった感じで吹き出したもんだから、親父さんはますます渋面になった。
「貴様もあの男と知り合いか?」
「いや、初対面だ」
「ならば黙っていてもらおう」
「それは得策じゃないと思いますよ、殿下」
 セルクさんがやんわりと口を開いた。吹き出したその後で、笑いをこらえきってから平静を取り戻してる。
「場合によっては、彼も手持ちのカードを明かしてくれるそうですから」
「そういうこった。あんたが、信用できるってわかればだがな」
「アートレス、この男はシーファス・ホネストの師の友人ではなかったのか?」
「同時に私の友人でもありますよ」
「ふん、なるほど。それが故の連携か」
「なんのことでしょう?」
「望めばもっと高みに行けるだろうに、欲のないことだな」
「なんのことだか」
 そらっとぼける口調のセルクさんはわかってるんだろうけど、俺にはさっぱり親父さんの言ってることがわからない。
 言葉を交わさずに、セルクさんとオーガスさんが協力して、親父さんに対抗してるってことかな、うん。
 たぶんきっとそうだな。
「そのカードが私に利するとは限るまいよ」
「殿下が兵舎を炎上させたあの男を捕らえたいと願うなら、利すると思いますが」
 親父さんはセルクさんの言葉の真意を探るように彼を見る。
 オーガスさんの明かせそうなカードって、精霊王ってあれしか、ない気がするんだけど。俺の視線に気付いたオーガスさんはにやりと笑った。
 うわあ、オーガスさん、そういうノリでいろんな人に、精霊王がこんなだって知らせてんのかよ。
「私たちの利害は一致しているでしょう。真意は異にするとはいえ、同じ王を戴こうとしている。それに仇なそうとするあの男は放置できない」
 多少不満そうではあったけど、親父さんは一つこくりとセルクさんの言葉にうなずく。
「利害が一致している以上、協力する方が効率がいいのは間違いない話です。別々に追ってもいいですが、私たちにはあの男の情報が足らず、殿下にはあの男が何をしているのか、正確に把握できない」
 親父さんはますます不満そうだった。
「お互い意地を張っている場合でもないようです」
「ならば、そちらが先にカードを明かすべきではないか?」
「そいつはあんたの命令に従わなきゃならないかもしれないが、俺はそんな義理はないんだよ、殿下さん」
「と、いうことです。私の立場からできるのは、ここで交渉が決裂するとお互いに利さないと主張することだけですね」
 親父さんはセルクさんとオーガスさんを交互に睨んだ。
「どうやら、そのようだな」
 親父さんは顔をしかめて、憎々しげな呟きを漏らした。
「アートレス、君があれを知らぬのも無理はない。あれはかつてはバーズナの当主だった男だよ」
「バーズナ?」
 問い返したのはオーガスさんだ。
「顔は知らずとも、噂くらいは聞いたろう?」
 親父さんはオーガスさんを無視してセルクさんに問いかける。オーガスさんは片眉を上げたけど、何も言わずに黙って腕を組んだ。
「馬鹿げた話は聞き覚えがあります。バーズナの元当主は魔法使いの優位を信じ、精霊を支配下に置こうとした、とか?」
「魔法が精霊を扱えぬはずがない、それがあれの口癖だった。その主張を叶えるため、あれは精霊に手を出したのだよ」
「そんな!」
 セルクさんは半分叫ぶような声を出した。
「精霊に手を出すって何ですか」
「文字通りの意味だよ。方法などは知らぬ。あれは最後まで黙していたからな。だが、あれが何かをした結果、一時期国が混乱したのは間違いない」
「三十年ほど前、気候が乱れたことがあったらしいな。長雨が続いてその後に日照り――だったか」
「知ってんの?」
 親父さんの言葉に続いたオーガスさんをセルクさんは振り返った。思わず地が出てる。
「確かに短期間だったな。一ヶ月もなかったはずだ」
「それ、精霊が原因なのか?」
「さてねえ。ただ、その頃に違和感を感じたことがあるとは聞いたな。お前の師匠にだよ」
「師匠、その頃この国にいたのか?」
 さあどうだろね、俺の問いかけにオーガスさんはあっさり首を傾げた。
「あの人基本トラブルメーカーだからなー。しょっちゅう何かに巻き込まれるだけって話だけど。でも、詳しいこと何にも言わなかったから、本気で違和感感じただけじゃねーかな」
「そうなのか」
「おう。話を聞いて来てはみたが、その頃にはごく普通だったしな。誤差の範囲内の異常かと思ってたんだが……」
 オーガスさんはちらりと親父さんを見る。
「その男は、本気で精霊を操ったというのか?」
「――真実はわからぬ。だが、同時期にヤツが怪しげな儀式をしたのはそれなりに知られた話だ」
「そして、さっきも現実にさっき風と火を操った――か。昔その手段を知って、姿を消したあとさらに技を深めたと見るべきか?」
『信じがたい話だ』
 オーガスさんとチークが顔を見合わせる。
『カディがおかしいのは間違いないだわよ』
「さて、この辺りでそちらのカードも明かして欲しいのだがね」
 スィエンの言葉に被るような形で親父さんはそう言った。
「あー、そういう話だったな」
 忘れてたぜと続けるオーガスさんを、親父さんはぎろりと睨む。腕を組んでイライラと指を動かす様が恐ろしい。
「私に利する情報なのだろうな」
「利するかどうかは微妙だがね」
「なんだと?」
 オーガスさんはどこまでもマイペース。
 鋭い視線をけろりと流して、ちらりとセルクさんに流し目を送る。
「対策を練る助けにはなるかもな。セルク――」
 呼びかけにセルクさんが顔を上げる。オーガスさんはセルクさんの肩をぽんと叩くと、「説明は任せた」と明るく告げた。
「え、な、俺ッ?」
「お前は言うべきこととそうでないことの区別が付くだろ。必要があると思ったことだけ伝えればいいさ」
「それは微妙に責任逃れじゃないかしら」
 ぼそっとぼやいた後、セルクさんはきっと顔を上げた。
「時間の無駄は避けたいですから、私がご説明します」
「その方がありがたいな」
 親父さんの嫌みたらしい声を聞いて、セルクさんはほのかに苦笑した。
「シーファス君からこの国に向かう途中に何があったのか、私も聞き及んでいます。国境であったと言えば――シーファス君、そのバーズナの元当主だいう男は神の使いだとうそぶいていたそうだね」
「あ、うん」
 俺がこくりとうなずくと、親父さんはフンと鼻を鳴らす。
「馬鹿げたことを言う男だ」
「国境でその男は、精霊に影響を与えたそうです――神の世界の言葉を使って。その言葉が後に変化して、魔法の呪文に使われるようになったのはもちろん殿下もご存じでしょうが――」
「無論だな」
「その男は、神の言葉そのものを使い、その言葉の力で精霊の存在を歪めたと言います」
 セルクさんの言葉にチークが深くうなずき、スィエンが顔をしかめた。オーガスさんはそんな二人をちらっと見てから、やれやれだと呟く。
「それで?」
 対する親父さんは、相変わらずの不機嫌ぶり。
「その話のどこが信用に足るのだ、アートレス?」
 セルクさんに呼びかけているのに、疑わしげな親父さんの視線は俺に向かってくる。
「神の世界の言葉――今では失われた遙か過去の言葉を、何故シーファスが聞き分けられるというのだ。大方、呪文の声でも聞き違えたのだろう。あの男は古代魔法にも手を出していたはずだ」
 親父さんは何故それがわかったんだと、言葉の裏で聞いてくる。さすがに俺もその意図はわかったんだけど、だけどな……精霊主がそう言ったからわかったんだなんて言えないじゃないか。
「いや、それは――古代魔法って何なんですか?」
 ごまかすのが七割、残りは好奇心。俺は何とかそう尋ねてみる。ただでさえ迫力があるレシアの親父さんよりも、セルクさんを見たのは慣れの問題。
「難しいこと聞くねえ」
 セルクさんは言った。そういえばセルクさんは魔法が使えないんだった。しまった、ごまかしそびれた。
「難しいですかあ」
 俺は馬鹿みたいにセルクさんの言葉を繰り返す。どう言えば親父さんが納得するのか、焦れば焦るほど思いつかない。
 大体、いきなり「精霊主が」っ言い出しても、信用してくれそうにないしなぁ……。
「古代魔法がいかなるものかも知らんのか? それでは、ますます信用がおけるはずはなかろう」
 親父さんがそう言うのも仕方がない話だ。
 一から仮に説明しても、説得力のない話だし。説明しなくちゃ納得しないと思う。
「古代魔法というのは、人が最初に与えられた魔法のこと、かな?」
「はあ」
 少しの間考え込んでいたセルクさんが、やんわりとした口ぶりで話し始める。親父さんが自分を睨み付けるのなんて全く気にした素振りもなく、記憶をたどってでもいるようにセルクさんは宙を見つめていた。
「神の世界の言葉を人間に扱いやすいようにしたような呪文を使うのが古代魔法、って言ったらわかりやすいかな。神の言葉はそれだけで力がある。そしてその言葉は複雑で難しい。古代魔法の言葉はそれよりは少しわかりやすいらしいけども」
「今のとは違うのか?」
「あえて別の名前で呼んでいるからには別物だろうねー。魔法の歴史はいかにそれをたやすく扱えるようにするかってところから始まったと言っていい。古代魔法ってヤツは――」
「アートレス、その説明はあとにしろ」
 やがてべらべらと何も見ずに流れるような説明を開始したセルクさんを、親父さんは鋭く止めた。
「あー、はい」
 一瞬残念そうな顔をしたけど、セルクさんは割と素直にうなずいた。
「確かにな。ぐだぐだ説明してる暇なんぞないぜ。早いとこあの野郎の首根っこを押さえなきゃ、面白くない」
 オーガスさんが言うと、親父さんは渋々それに同意をした。
 それを見て、セルクさんは一瞬顔をしかめる。嘆息して、わざとらしく頭を振った。
「では結論だけ申し上げましょう、殿下」
 必要以上に丁寧な口ぶりで切り出したセルクさんは、恭しく頭を下げる真似までした。
「シーファス君が、神の言葉を判別したのではありません」
「すると何者だ? 古代魔法を研究している者は増えているが、そう多くはない。それを神の世界の言葉だと言い切れるような研究者は、存在しないと言っていい」
「研究者でもありませんよ。そのバーズナの当主だという男に影響されかけた精霊が、そう言ったそうです」
 セルクさんはぴたりと言葉を止めた。親父さんの様子を伺うと、唖然呆然としている。何かを言いたそうに口をパクパクさせて、だけど何も言えてない。
 ごくりと親父さんは息を飲んだ。
「正気か……?」
 俺とセルクさんに親父さんは等しく疑いの眼差しをくれた。続く言葉を何度も言いかけては、止めている。
「――私は、精霊については、詳しくないが……」
「詳しくなくても、おおよそのことは理解してるだろう。精霊は普通しゃべらない」
「そうだ。それが、精霊がだと? あれの影響とやらは、精霊に口をきかせるのか?」
 よっぽど驚いたってことだろうなあ。親父さんがオーガスさんの言葉にまともに同意したのもはじめてなんじゃないか?
「言葉一つで、精霊の存在を変えることはできねえさ。俺が言いたいのは、だ。普通の精霊はしゃべらないってことは、普通じゃない精霊はしゃべるってことだな」
「どういう意味だ……?」
 親父さんはオーガスさんをじろりと睨んだ。オーガスさんはけろりとその視線をかわして、チークの方を見る。
『明かすか?』
「してもかまわんだろう。滅多なことを口にはしないはずだ」
「何を言っている……?」
 ごく普通にチークに応対するオーガスさんに親父さんは訝しげな眼差しを向ける。オーガスさんは疑惑の視線に揺るがない。
「ほれ」
 かまわず出した軽い声かけにゆるりとチークはうなずいた。
『でも……』
「時間を無駄にしている暇はないはずだ――違うか?」
『だけど……カディが怒りそうだわよ』
 珍しい歯切れの悪さでスィエンがごねる。確かに、怒るカディの姿は俺にも簡単に想像できた。
 レシアの親父さん相手ってところと、オーガスさん主導でってところで俺に怒りが降ってこなけりゃいいなと思う。
 ――でも、多少の説教なら我慢しようかな。
 説教されるってことはその時はカディが正気に戻ってるってことだから。正直遠慮したいけど、カディが近くに戻ってきた証明になるなら、少しくらい雷を落とされてもいい。
「いないヤツが悪い。なんなら――」
 親父さんは変わらぬ訝しげな光を瞳に宿しながら、オーガスさんとスィエンのいる辺りを交互に見た。すうっと目を細めてスィエンを見るのは、気配で居所がわかったからか?
 オーガスさんは相変わらずの堂々さで、にやりと笑って何かを言った。何を言ってるかわからなかったのは、呪文のようだったからだ。
『うわ、卑怯だわよー! オーガス!』
 そう反応したスィエンにはよく意味がわかったらしい。諦めろとでも言いたげにチークが彼女の肩をぽんと叩いた。
『横暴だわー』
「こういう時のために俺は今ここにいるんでな」
『むう。カディに怒られるのはオーガスの役目だわよ』
 親父さんは不審さを押し隠そうともしなかった。ますます鋭さを増す視線がオーガスさんを射抜く。もちろんオーガスさんはそれに動じず、偉そうな態度を崩さない。
 先に動揺したのは、結果として親父さんだった。
 ぶうぶう文句を言うのをやめて、スィエンがその存在感を増したからだ。いつかのようにぽつりぽつりと水滴が浮かぶようになって、最後にすっとスィエンが色濃くなる。
 やっぱり必要がないだろうにすとっと地面に降りたって、彼女はにこやかに親父さんに一礼した。

2007.06.08 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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