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精霊使いと魔法国家

6章 7.明かしたその後で

「その言葉を判別したのは、精霊主だ。地・水・風・火の四大精霊主の一人、風の精霊主」
 口を開きかけたスィエンをオーガスさんは制した。スィエンの前に口を開いて、さらりと説明をしてのける。
 親父さんの驚愕の様は、見物だった。
 さっきの驚きの比じゃない。スィエンとオーガスさんを見比べるようにして口をパクパクさせている。驚きで言葉もないどころか、呼吸の方法さえも忘れたような様子。
「大丈夫ですか?」
 セルクさんがそんな親父さんの背中を軽く叩いた。
「……精霊主、だと?」
 あえぐような声が親父さんの口をついて出る。視線をセルクさんに固定して、深呼吸を一つ。それだけで落ち着きを取り戻したように見えるのは見事だと思う。ちらともスィエンを見ないから、現実を直視してないのかなーっとも思うけど。
 セルクさんはけろりとした顔で、一つうなずいた。
 親父さんはそれを聞いて再び「正気か?」とは問わなかった。大きく息を吐いて天を仰ぎ、小さく聖印を結んで、大きく頭を振る。
「神代の存在が、関わっているというのか?」
「そのよーですねぇ」
 かすれた親父さんの言葉に、セルクさんは軽く答えた。
 親父さんは何度も何度も頭を振って、最後にはーっと大げさに息を吐いて深くソファにもたれかかる。
「――精霊主ならば、確かに言葉を語ってもおかしくはなかろうが」
 疲れたような声が口から漏れて、ようやく親父さんは再びスィエンを見た。
「見たところ、気配は水のものに思えるが」
「そら、こいつは水主だからな」
 ためらいがちな問いかけにあっさりきっぱりオーガスさんは告げつつ、沈黙を守り何もしないチークをちらりと見た。
 こくりとうなずいて、チークも存在感を増した。スィエンのようにあからさまでなく、自然に。それでも気配を感じた親父さんはチークを見て、低くうなった。
「で、こっちが地主」
 淀みなくさらりと説明するオーガスさんを親父さんは半睨みする。
 深い息を何度も吐いて、気を落ち着ける動作。スィエンとチークを等分に見据え、さらにさらに深い息。
「似たような風の気配もシーファスのそばにあったな」
 うめくような呟きに「よくお気付きで」とオーガスさんは応じる。
「水主に地主、それに風主だと? 言葉をしゃべるのも納得しよう。精霊主ともなれば人に姿を明かすくらいしてもおかしくない。だが、だがだ。精霊主が人のそばにあるなど、聞いたことがないぞ?」
「真実を声高に叫んでも、信じてもらえずに握りつぶされるだけのこったろ。あんたも本来なら信じないクチと見るが?」
 切り返しに親父さんは悔しげにうなった。
「――それも、そうか」
 自分に言い聞かせるように言うと、親父さんはオーガスさんを向いた。
「貴殿も、精霊使いか」
 呼び方が微妙に変わったのは敬意の表れかな。「認めたねぇ」とセルクさんがこっそりと言うのを聞きとがめたらしく、親父さんは彼を睨む。
 睨まれた方はしれっと無視してのけた
「一応、精霊王を任じられてるな、これでも」
 オーガスさんの返事を聞いて、親父さんはセルクさんにかまう心境じゃあなくなったようだった。
 再び茫然自失の体に舞い戻って、限界まで目を見開いている。
「これが、こっちのとっときのカードだ」
「一応、精霊王ねえ」
「とりあえずと言い換えてもいいけどなー」
「一体何を……」
 さすがに親父さんもすぐに戻ってこない。かすれた呟きのあとでまだ呆然としている。
 ふざけるなと怒らないってのは、前振りで信じざるを得ないってことかな。思わず同情するのは、同じ経験をしたことがあるからだ。
 平然と流せるなんて、普通できない。
「一体なぜ精霊王が人の姿をしているのだ」
「説明はあとって言ったの、あんただろ。今は例の男がどこに向かったのかを聞きたいね」
「それは――」
 驚愕のあまりに調子が出ないらしい親父さんにオーガスさんは容赦なく畳みかける。
「部下に追うよう指示していたな?」
「心当たりがいくつかある。そこを見に行くように指示した」
「ほー。そこを教えてもらえると嬉しいね」
 親父さんは深く息を吐きながらうなずいた。
「そうだな。我が国の魔法兵は優秀だが、精霊が関わっているというのならばいささか分が悪い」
「話が早いねえ」
「私としても、くだらぬ騒ぎはすぐに治めたいのだ。アートレス」
「はい」
 親父さんはセルクさんを呼んで、早口に何カ所かの場所を説明する。
「では」
「そこにいればよいが、おそらくはいないだろう」
 すぐにも立ち上がろうとしたセルクさんは動きを止め、「じゃあさっさと本命を話せよ」とオーガスさんは凄んだ。
「自らの政治生命を賭ける気はあるか、アートレス」
「いいですよ。そんなに掛け金が安くていいんですか、殿下」
 オーガスさんから目を逸らすようにして、親父さんはセルクさんに尋ねる。セルクさんはあっさり気軽にうなずいた。
 政治生命って、そんなに簡単に賭けたらいいもんじゃないと俺だってわかるのに迷いもなく。淡泊なのかなんなのか――そういえば、落ち着いたら仕事をやめてもいいとかなんとか言ってたくらいだし、執着がないのかもしれない。
「二言はなかろうな?」
「もちろん」
「ならば、しばし待て」
「オイ、これ以上悠長なことを……」
「人の世には精霊のわからぬ事情があるのだ」
 立ち上がった親父さんを呼び止めたオーガスさんはその剣幕に仕方なさそうにそっぽを向く。この部屋に来た時よりも慌ただしい様子で親父さんは出て行った。
「まどろっこしくてたまらんね」
「まあまあ。少ない人手で都中駆け回るより効率的でしょ」
「お前ももうちょっと焦ればどうだ? 管轄の兵舎が被害にあった上に、あの言葉だ。終わったら責任が被されるんだぞ」
「せいぜい王城追放くらいでしょ? 俺それくらいだったら平気〜」
 オーガスさんの突っ込みにセルクさんはにっと笑う。
「むしろその方が願ったり叶ったりというか?」
 茶目っ気たっぷりの言葉にオーガスさんは一瞬言葉を失ったようだった。やがてあーっと唸るような声を上げて、「そうだったな」と続けてくる。
「お前はそういう奴だった。忘れてたぜ」
「オーガスちゃんだって似たようなものなくせに」
「まあな」
「ちょっと、オーガスさんそれって認めていいのか?」
 俺が思わず口を挟むと、オーガスさんは順にスィエンとチークを指さした。
「お前も、俺の気持ちはわかってくれそうだけどな?」
「や、それは……あー……」
「わかるだろ?」
「えーと」
「な?」
 何が言いたいのかわかってしまって言葉に詰まるとスィエンは不満げに文句を言う。だけどだわだわという文句よりも無言で近づいてきたチークが倍怖かった。
 うなずくことを求めるオーガスさんと何も言わずにこっちを見るチークとの間で困っている俺を救うように、親父さんは本当にすぐ戻ってきた。
 親父さんは手に持っていたらしい小さい何かをセルクさんに手渡し、セルクさんは一瞬だけ手の中のものを見てから慌てて顔を上げた。
「えっと、殿下、これって……」
 ひょいとセルクさんの手の中を覗いてみると、精巧なつくりの銀の指輪がそこにあった。
「持っていくがいい」
 投げやりな感じで言う親父さんを見て、セルクさんはこれ以上ないってくらい間抜けにぽかんと口を開ける。
「あー、あのー、おっしゃったこととされてることが一致していないようですが……」
「認識の違いだな。私も同じものを賭けよう、そう言っているのだ。どう転んでも我が国にとって悪い話ではあるまい?」
 戸惑いがちだったセルクさんは親父さんの言葉を聞いて嘆息した。
「お心遣い、感謝します」
 馬鹿丁寧なお辞儀を見ると俺だってそれが本心じゃないとわかるくらいなのに、親父さんは気にしたそぶりもなくそれにうなずく。
「で、どこに行けばいいんだ?」
 その指輪がどういう意味なのか俺にはさっぱりわからない。イライラとそう聞くオーガスさんも多分一緒だ。
「他の者が行ったところに行っても意味があるまい。ボルド家に向かい、探れ」
「ボルド? 知ってるか、セルク」
「好きにしていいのですか?」
 オーガスさんの問いかけにうなずきながらセルクさんは指輪を持ち上げる。親父さんは重々しくうなずいた。
「かつてボルドはバーズナと親しくしていた。気が合っていたと言ってもいいだろう。もちろん、例の事件のあとはそんなことはおくびにも出さなかったがね」
「なるほど」
「使わないに越したことはないが、何かあればそれを使え。できればシーファス・ホネストには残っていてもらいたいが……精霊王に精霊主、そして精霊使い、か。私は精霊については門外漢だが、神が精霊に課した制約くらいは知っている――精霊が力を振るうのに精霊使いの手助けが必要ならば行くなとは言えぬ。何かあればそのよく回る口で言い逃れろ」
「努力します」
 行けとばかりに親父さんは手を振った。
 そして俺たちはセルクさんを先頭に、夜の城から飛び出した。

2007.07.24 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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