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精霊使いと魔法国家

7章 そして、黒幕は。

1.馬車の中で

 来た時と逆向きに王城の内壁の通用口を抜けて、俺たちは馬車の元へ向かった。厩舎にたどり着くとセルクさんは自分の家の馬車を呼びつけてから、俺とオーガスさんを素早く馬車内に押し込めて御者に指示をして自分も中に入ってきた。
 セルクさんが座るのとほぼ同時に、馬車はゆっくりと走り出す。
「そのボルドって家はどこにあるんだ?」
「家に近いよ。ボルドは中の下くらいの家だから」
 外が暗いからか、馬車は恐ろしくゆっくり走っているように思える。オーガスさんの問いかけに外の様子を伺っていたセルクさんは答えた。
「でも、まずは家に戻るよ」
「なんでだ?」
「直接向かえばいいだろうが」
 何も見えないことを悟ったのかこちらに向き直して告げるセルクさんに、オーガスさんと俺は疑問をぶつける。
「ロイヤ――ウチの御者の口の堅さは信じてるつもりだけど、万が一ってことがある。それに、アートレスの紋章入りの馬車をボルド家に横付けするのは、ちょっとね」
「ってことは、一度戻って歩く?」
「そういうこと」
 説明をされたら、貴族様には貴族様の複雑な事情があるんだと納得できる。
「でも、一刻も早く行きたいんだけど」
 レシアの親父さんは自信がありそうだったけど、実際にそのボルド家とやらがカディや火主のことに関わっているかどうかはまだわからない。
 不発の可能性を考えて、一秒でも早く確認したいのが本音だ。王都の中心部、貴族の屋敷の集合するエリアは街全体からすると小さいが、回るとなれば一苦労だ。
 他は親父さんが部下をやったらしいけど、精霊の異常を感じ取れる人間が精霊使い嫌いのこの国にいるとも思えない。戦力になるのは、精霊を見ることが出来る俺とセルクさん。精霊の偉い人であるスィエンにチーク、オーガスさん。
 それに――動ければグラウトと、レイドルさんが入るかなってくらいじゃないだろうか。
 レシアの親父さんのように精霊の気配を感じ取れる魔法使いもいくらかはいるんだろうけど、見えなきゃ話にならないし。
 手が少ないのに悠長なことを言っていたら夜が明けてしまう。大体、敵が中心部に潜んでいるとも限らない。最悪なのは街を出てしまったって可能性だけど――たぶん、想像だけど、それはないと思う。
 精霊を支配下に置きたいってあの男が、水主と地主……つまりスィエンとチークを放っておくことはないんじゃないかなってだけだけど。
 前は上手いこと退けられたけど、あの男は今回カディと火主を支配下に入れている。その勢いに乗って残る精霊主もと考えるってことは、充分あり得るんじゃないだろうか。
「焦りは禁物だよ、ソートちゃん」
『……落ち着きすぎだと思うだわ、セルクは』
 むっと唇を尖らせたスィエンが不満そうな声を上げる。すぐに飛び出したい気配を見せている彼女をチークがそっと押さえている。
『そうだ! 近くで降ろしてもらえばいいんじゃないのだわ?』
「その方が効率的だな」
「きゃーっか」
 妙案を思いついて明るい声を上げるスィエンとそれに同意するオーガスさんにセルクさんは明るく言い切った。
『なんでなのだわよ!』
 同僚が心配なのかチークはスィエンに同意するようにうんうんうなずく。だめなものはだーめとセルクさんは繰り返した。
「準備せず突入するのは危険だよ」
「突入するなんて言ってないだろ。大体、そのボルドさんちにカディ達がいるかもわからないんだし」
「殿下がああ言った以上、いる可能性は限りなく高いと思うよ。ボルド家は王弟派で、言ってみれば殿下の身内で内情に詳しい。王女派の俺に家名を上げるなんてよっぽどのことだし」
「でも、間違いだったら他を当たるんだろ? もし市街に潜んでるなんてことがあったら、探すのに時間がかかるんじゃ……」
 それはそうだけどとセルクさんはあっさり認めた上で、でも却下とさらりと続ける。
「ソートちゃん、丸腰でしょ?」
「あ……」
 言われて初めてそのことに気付いた。精霊使いに剣は似合わないって言われて剣をセルクさんの家に預けている。
 はじめは感じていた違和感も時間が経つたびに薄れてたし、カディのことも気にかかるし少しも思いつかなかった。
「精霊使いに剣はいらないかとは思うけど、何があるかわからないからねー。風主様を支配下に置いちゃう相手だし、スィエンちゃんとチークちゃんに何かあったらソートちゃん孤立無援でしょ?」
『そんな愚は犯さない』
 珍しくチークの反論が聞こえて、セルクさんは目を丸くした。
「そんなことになったら困るけど、万が一はあるかもでしょ?」
「その万が一にどれだけ剣が役に立つかわかったもんじゃないけどな」
 オーガスさんがさらっと混ぜ返す。
「まー、確かにそんなことになったら役に立たなそうだけど……丸腰で行くってのは、ちょっとね。こういうことになるとわかってたらあらかじめどこかに仕込んでおいたのにー」
 スィエンとチークがカディのようになってしまう可能性――か。正直、そんなこと想像したくない。
 前にあの男と対峙した時よりも、カディが向こうにいるだけ分が悪い。さらには火主まで向こう側だって言うんだから、精霊で頼りになるのはスィエンとチークしかいないんじゃないだろうか。
 ああ、それと精霊王だっていうオーガスさん。
「ま、身を守るすべを持っておくに越したことはねぇな。あの剣は業物だから、役に立つはずだ」
 嘆くふりのセルクさんを見て、仕方なさそうにオーガスさんは折れる。
「剣よりも振るう人間の腕が重要だと思うけどね」
「腕も、そう悪くないんじゃねえ?」
「そう踏んだから取りに帰ろうと思ったわけだけど。ソートちゃん、剣は必要だよね?」
 俺はこくりとうなずいた。
「そのついでに着替えたい」
 ちっとも頭が回ってなかったけど、よくよく考えてみれば俺は動きにくい貴族様服を着ている。そんな状態で剣を振るう事態になったら、確実に下手を打つ。
「あー、それもいいな。いいね、ちょっと見た目を変えればソートちゃんがシーファス・ホネストだって気付かれないかもだし。うんうん」
 セルクさんはぶつぶつ言いながら一人でうなずく。オーガスさんが「どうせろくでもないことを考えてるんだぜ」と呆れ混じりに漏らすと、しばらくしてチークが深々とうなずいた。

2008.04.11 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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