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精霊使いと魔法国家

7章 2.俺の目的

 やがて馬車はアートレスの屋敷にたどり着いた。
 誰も出てこないのはもう真夜中だからだろう。入り口近くにだけろうそくの明かりが揺れている。明かりを手にセルクさんが俺を先導しはじめた。
 数日前に世話になった部屋に向かうのかと思いきや、違う方向だ。別の部屋に荷物を移したんだろうかと大人しくついて行くと、見覚えのある他の部屋にたどり着いてどうしようかと思った。
 それは、あり得ない三択をセルクさんが突きつけてきた部屋で、オーガスさんの予想は正しいかもしれないと思った。セルクさん俺にろくでもない服着せようとしてるんじゃないか?
 恐る恐る入り込んだそこは、当然数日前と変化がない。いや――あった。中央のテーブルには、箱じゃなく見覚えのある俺の服が置いてある。
「なんだと思った?」
 安堵のため息を聞いて振り返ってきたセルクさんの顔は楽しそうで、俺の考えたことなんてわかってそうだ。ふりふりやら仮面が出てこないか心配した、ってことを。口にしたらじゃあそれにするなんて聞かれそうで言いたくない。
「身支度整ったらすぐ来て」
 急いでいるからか、セルクさんが深く聞こうとはせずにそう言い残して部屋を出て行くのを見送って、俺は着替えに手を伸ばす。
 記憶にあるよりも丁寧にたたまれている服は、どうやら誰かが洗ってくれたらしい。久々の感触に、そんな場合じゃないってのにほっと息を吐く。
 服の奥には俺の荷物も一式まとめてあった。カバンは邪魔だからいいとして、剣を手に取る。
 他には何も、いらないよな?
 自分に問いかけてないと結論づけた俺は、部屋を出る。扉の外にセルクさんがいなかったので、薄暗いのに構わず来た道を戻る。いないってことは、中にいる必要はないって外で待っているオーガスさんのところに戻ったってことだろう。
 外に戻ると予想通りセルクさんは外にいて、家の壁にもたれているオーガスさんと何か相談していた。
「戻ったか」
 先に気付いて声をかけてきたのはオーガスさん。
「着替え早いねえ。じゃあいこっか」
 セルクさんが足下に置いてあった包みを肩にかけて、素早く身を翻す。俺はそのあとを追った。
 先導するのはもちろんセルクさんで、半歩後ろに俺とオーガスさんがセルクさんを挟むように並ぶ。スィエンとチークは俺たちの少し後ろについてきている。
「今、オーガスちゃんと相談したんだけど」
 夜中だからか、道に人通りは全くない。王城の敷地内で兵舎が燃え落ちたなんて事件があった割には、あまりにも静かだ。
 だからなのか半歩前のセルクさんの声は、潜めている風なのにしっかりと耳に響いた。
「どうやって潜入しようか?」
「潜入ッ?」
 思わず声を張り上げた俺は、しっと唇に指を当てるセルクさんに気付いて口に手を当て、一つ二つと深呼吸して、気を落ち着けた。
「潜入って、どういうことだ?」
 ボルドって屋敷に行くつもりだったけど、最初から潜入とまで考えてない。近くで様子を確認して、カディたちがいそうなら突っ込んでいくぐらいの考えだったんだけど。
「忍び込むの方が良かったかな」
「いや良いとか悪いとかじゃなく、確認もせずに人の敷地にはいるのは人様に顔向けできないと思うんだけど、それ」
 声を潜めてそう言ってみると、セルクさんはそんなことないよと言い切った。
「殿下が、ボルドがああいうことをやりかねないと見立てたなら、何かやっててもおかしくない家だろうし完全に無駄足踏むことはないかと」
「無駄足? ――セルクさん、もうちょっと俺にわかるように言って」
「えーっ」
「いや、えーっじゃなく」
「何で?」
「何ででもなく」
「どうし……ぎゃー!」
 答えをよこすつもりがないらしいセルクさんが話を流そうとするのが気に入らなかったのか、オーガスさんが手を出した。後ろ頭をどつかれたセルクさんが大げさにくるくる回って前の方へ逃げる。
「言いにくいこと、なのかな?」
 カディがいたらきっと教えてくれるんだけどなあ。セルクさんを諦めてスィエンを見てもあれだし、チークはこくりとうなずくばかり。
「ラストーズの貴族的には、精霊は関係なくとも膿が出せた方がいいと思ってるんじゃねえ?」
 オーガスさんがどうでも良さそうな口ぶりで教えてくれたのを答えにするしかない。
「膿、ねえ」
「王位継承争いが起きたこと自体が問題なんだよな。一応王女派が制してはいるようだが、王弟派の権力は弱まってない。危うい均衡の上に勝利があるって訳だ」
「はあ」
「見る目があるんだか無謀なんだか、王弟サマはそいつを見込んだ節があるから、ひいては新しい国王も認めてはいるんだろうが、王弟派も一枚岩じゃないだろうから――あー」
 自分で言うのもなんだけど、せっかくのオーガスさんの説明もはっきりわからない。俺の表情でそれを悟ったらしいオーガスさんは低く唸った。
「なんだ、自分の陣営から余計なことするヤツが出たら自分の立場が弱くなるから、今のうちに王女派に恩を売っておこうって腹なんじゃないか?」
「なるほど」
 何となくわかった気になってうなずいたのに、わかってねえなとオーガスさんはさらに唸る。
「……俺たちの目的には関係ない話だから、まあいいか」
 そして悩んだあとにそう言い切られた。
「いいのかよ」
「おう。よく考えたら、この国のことは俺たちには関係ねえな」
「勝手に説明して、勝手に理解してないと判断して、勝手に諦めるってひどくないか?」
「細かいことを気にするのは男らしくないぞ」
「ぬー」
 確かにこの国の事情が俺たちに関係ないと言えばないし、オーガスさんが言ってることも間違いはないと思うんだけど……俺、なーんか馬鹿にされてないかー?
「気にすんな気にすんな」
「そうそう、気にすることないよー」
 いつの間にか歩みをゆるめたセルクさんが明るい声を出す。
「ソートちゃんはソートちゃんの目的だけ見失わないでくれたらいいから」
「俺の目的――て」
「あとの問題は、この国のことだしねー」
 そいつはもちろんだとオーガスさんに言われたセルクさんはちょっとだけ真顔になる。
「ほんとに無駄足にはならないと思うよ。王城には結界が張られてるし、侵入なんてそうそうできるはずもないから誰か手引きした者がいるはず。それがボルドっぽいって殿下が言ったんだから――その見立てが正しいとは限らないし、自力で侵入って線も捨てがたいけどね」
「経緯はどうあれカディが見つかれば、俺はいいんだけど」
「俺もそう思ってる。そっちが優先だから、いないと判断したらすぐ次の手を打つよ」
 セルクさんは俺の言葉に素早く応じた。
「次の手ねえ。お前にそう精度の高い手が打てると思えないけどな」
「最初に本命に行くんだから仕方ないでしょ」
「いい言い訳だな」
「手厳しいなあ」
「その次の手ってヤツを今この場で言えたら見直してやっていいぞ?」
「オーガスちゃん感じ悪ーい」
「お前の今の言葉の方がよっぽど感じ悪い」
 きっぱりと言い切ったオーガスさんは、こいつの言うことは七割くらいで見ておいた方がいいぞと俺に忠告してくれた。
「俺にだって見る目があるんだけど」
「いやー、お前はなんてーかふらっと人を信じそうな所があるからなー」
 オーガスさんはわははと豪快に笑う。
「そんなことない……と思うぞ。それに何度も手を変え品を変えいろんな人に忠告されてるし」
 俺が答えると、セルクさんはえっと声を上げる。
「その忠告って俺のこと? なんで?」
「周囲がお前のことをきちんと認識している証明だな」
「きちんと認識って何ー」
 そのきちんと認識が出来ていない俺には、嘆くセルクさんが答えを求めてきても答えようがない。
 唯一答えたのはセルクさんをおとしめたり持ち上げたり評価を何故かゴロゴロ変えるオーガスさんで、その答えは「お前が肝心な時以外には役立たずだって事だろ」だった。

2008.04.25 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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