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精霊使いと魔法国家

7章 3.今は関係ない話

 本当にアートレスのお屋敷からボルドの屋敷は近くて、これからどうするかの相談が終わらないうちにたどり着いてしまった。
「この角を曲がったところだよ。どうしようね?」
 すっと足を止めたセルクさんはさすがに声を潜めた。
 見張りの存在を恐れているのかセルクさんは指さした角から顔を出そうともしないので、俺もそれに従ってみる。本音を言えばその屋敷を覗いてみたいところだけど、下手を打てない。
「どうって……、そうだなあ」
 考えられる手はそう多くない。セルクさんが言うような潜入やら忍び込みは、やっぱり避けたい。
 堂々と人に言えないことはしないに限ると思うし――例えば、そんなことをしたとグラウトに言ったら? 師匠に言ったら? どんな反応が返ってくるか想像さえしたくない。
 言わなきゃいいって話だけど――今この国にいるグラウトには確実に聞き出されるだろうし、師匠の方も……なあ、俺が言わずに済んだとしても次に会った時にオーガスさんが面白がってしゃべりそうだろ。
「うーん、誰にも見つからないようにこっそり様子を伺うくらいしかないんじゃないかなあ」
 スィエンやチークにお願いするってのが本当は一番いいんだけど、敵にカディが捕らわれるくらいだから一番危険だ。様子見しに行ったはずが向こうの手に落ちた、なんてことになったらシャレにならない。
 潜入とかそういうのは避けたいから、ちょっと様子をみるくらいが一番いいと思うんだけど……。
「じゃあこっそり忍び込む、でおっけー?」
「いやよくないだろ!」
 俺の言葉の一部だけを自分の案に追加してセルクさんが同意を求めて来るから思わず突っ込んでしまった。
 こっそり様子を伺うと、忍び込むじゃ大きな違いがある。
「大丈夫向こうは多分後ろ暗いところがあるから」
 俺が声を潜めて言うと、同じく潜めた早口でセルクさんは答える。
「お前の多分大丈夫という言葉ほど信用置けないものはないんだが――自信はあるのか?」
 オーガスさんがどちらかと言えば乗り気なことを言うもんだから俺は驚いた。思わず見上げるとオーガスさんはにやりと笑う。
「必要悪って言葉、お前知ってるか?」
「オーガスさん、もしかして今面白がってる?」
「面白くないことがある時ほど面白がってみろって、俺の主の恩人は言うんでね」
「やけになれってこと――?」
『――嘆くばかりでは状況は好転しない』
 俺の問いかけに答えたのは、にやりと笑ったオーガスさんじゃなく、何故かチークだった。
 オーガスさんの答えを聞くよりも、不思議とすんなり納得がいく。だからってセルクさんの忍び込む案に同意は出来ないけど。
 オーガスさんはにやにやしながら俺の肩をぽーんと叩いた。
「ちなみに今の、お前の師匠の言葉な」
 俺にだけ聞こえるようにオーガスさんはささやいてきた。あまりの言葉に反応できない俺に彼はますます楽しそうに笑う。
 俺の師匠って――オーガスさんの主の恩人って……ちょっと待て、なんだそれは、つまり。
「ええーっ?」
「今は関係ない話だがな」
「――そ、そーだな」
 オーガスさんはなんでもない顔だけど、俺の心はそうはいかない。なんだって今余計な情報を俺の耳に入れるかな。オーガスさんの主ってことは……いや待て、待て待て待て、それ以上考えると俺の心が危険だ。ヤバイ、なんだか泣きそうだ。
 師匠はなんって人の恩人になってるんだとかそーゆーことも考えちゃいけない、絶対。どうしてそういう状況になったんだろうとか想像したらまずい。
 だって、それってつまり、それって――って、だから想像するんじゃないって、俺。
 オーガスさんはもしかしなくても人を驚かせるのが好きだってことで結論づけておこう、うん。間違いない。だから色んな人に正体を明かして平気なんだよな。
 俺は胸に手を当てて深呼吸を繰り返し、何とかそういうことで自分を納得させた。
「落ち着いたか?」
「動揺した原因、オーガスさんなんだけど」
「はっはっは。まあそういうわけで俺の主の恩人の言葉には従わないといけない気がしてきただろう?」
「説得のために俺の精神を脅かしたのか?」
 だとしたらとんでもない人だ。にやりと笑う顔は確信犯のそれだから……うん。
 間違いなくとんでもない人だオーガスさんは。
「まあそれは置いておいて」
「さらっと流して欲しくないんだけど」
「今はそれどころじゃないだろ。セルク、自信の根拠を明確に言えるなら、今俺がソートを説得したから大丈夫だぞ」
 俺の突っ込みをあっさり流して、オーガスさんはしれっとそんなことを言う。
「説得された訳じゃないんだけど」
 師匠と友人関係なのは、気が合ってるからなんだろうな。師匠の言ったって言葉がよっぽど性に合っているのか、オーガスさんは見るからに面白がっている顔だ。どうやって知り合ったのかとても聞きたいけど絶対聞きたくない矛盾した気持ちを持て余しながら俺がなんとか口にした一言も再びあっさり流された。
「殿下が後ろ盾についてくれたから」
 オーガスさんに応えるセルクさんは明確と言うよりは端的に言い放ちつつ、そっと手の中のものを俺たちに見せる。それはさっき親父さんがセルクさんに手渡していた銀の指輪だ。
 間近で見ると、ますます精巧な作りをしているのがわかる。太さがある割に優美な印象なのは多分端が丸く加工されてるからで、表面には遠目で見ると模様にしか見えなかった彫り込みがされている。
「さっきの指輪か」
「そ」
 セルクさんはオーガスさんにうなずいて、指輪をくるりと回してしまい込む。
「王家の紋章と、殿下の名前入り」
「ほう?」
「もし仮に下手をして見つかっても、これがあれば言い逃れが出来ると思うよ?」
『見つかること前提なのだわ?』
 不信感丸出しのスィエンの言葉にセルクさんはハッとした顔をする。
「いや、もし見つかればの話だよ? ボルドが悪の根源なら別にこそこそする必要もないし!」
「苦しい言い訳だなあオイ」
「や、言い訳じゃなくー」
 オーガスさんは呆れた息を吐いた。
「そいつを使うことがあれば、お前もあの殿下さんも立場が悪くなると思うんだが――そういうものを政敵に渡すくらいには、怪しい屋敷ってことか」
「そうそう、それが言いたかったのよ俺!」
 オーガスさんがしみじみ言ったので、俺は指輪の意味を何となく理解した。詳しくはわからないが、王家の紋章と親父さんの名前入りの指輪は、こっそり忍び込んだのがばれた時の言い訳に効果がある、ってことを。
「だから親父さんは、セルクさんと同じものを賭けるって言ったのか」
 セルクさんが敵のはずの親父さんの大事そうな指輪を持っていたら、お互い自分の仲間に痛くない腹を探られる可能性があるって事だよな?
 レイドルさんは事情を説明したら理解してくれるだろうけど、他の人はどうだかわからない。
「それって、見つかったら大変になるんじゃないか?」
「ソートにしてはいい判断だ」
「してはは余計だよオーガスさん」
 オーガスさんを放ってセルクさんを見ると、なぜだか笑顔で彼はうなずく。
「言ったでしょ? 俺は立場が悪くなってもいいし、王城追放なら願ったり叶ったりってヤツだから」
「そんなこと言っていいのかなあ」
 セルクさんの今の言葉を聞いたら、レイドルさんは「また貴方はそんなことを言う」なんて言って渋い顔をすると思う。
「いーのいーの。ソートちゃんだって嫌でしょ? 俺一生腹の探り合いして生きていきたくないもん」
「うーん」
 確かに俺はお上品なところは苦手だけど、セルクさんは得意そうな気がするんだけどなあ。
「ともかく俺の立場は気にしなくていいよ。殿下は――そうだねえ、困るだろうけど、それはそれとしてレイちゃんの立場が強固になるからいいんじゃないかな?」
「ううーん」
「ようは見つからなければいいんだよ。見つかるにしても向こうのしっぽをつかんだあとなら問題なし。このまま話してても平行線なんだったら、さーっと行って確認したらいいじゃない。夜は長いけど、永遠には続かないよ。こんな言い合いしてるより、先に確認しようよ」
「その確認の方法に引っかかりを覚えるんだけど……」
 セルクさんはやたらと笑顔で大丈夫と自分の胸を叩くから、余計になんだか不安だ。
『スィエンが先に様子を見に行くだわ?』
 俺が渋っていると、待てなくなったらしいスィエンが言い始めるから慌てて全員で止める。
「待て待て、お前が行ってもしビンゴだったらどうすんだ」
『スィエンはだいじょーぶなのだわよ』
「その発言の根拠が見えねえよ」
『そう易々とやられたりしないのだわ!』
「そうじゃねえよ馬鹿」
 オーガスさんは吐き捨てるように言い放ち、スィエンを鋭く睨み付ける。
「向こうの、なんだ? 言うなら精霊を強引に取り込む力に奴らが対抗しきれなかったから、こっちにはお前とチークしか残ってないんだろうが。単身乗り込んでお前まで向こうにもってかれたら困るぜ」
『――原因が知れない以上、全員で行ってもどうなるかわからない』
「今それを言うなよ」
 チークの言葉にオーガスさんはとても嫌そうな顔をした。
『可能性は考えるべきでは』
「お前らが全員向こうに行ったら、次の手を打つさ」
『――次の手?』
 意外なことを聞いたとばかりにチークが眉を上げる。普段無表情の彼がそんな反応することに驚いているうちに、チークはずいっとオーガスさんに身を寄せた。
『それは……』
「最後の手段だからな。俺だってあらかじめ色々手を打とうとはしたんだ。あのカディが俺に連絡とるなんて、よっぽどのことだろ。精霊使いの手がいるかとソートの師匠にだってあらかじめ話をしてみたりしておいたんだぜ」
 チークの勢いに身を引きながらオーガスさんは口にする。
「師匠に?」
「振られたけどな」
 驚いて声をかけると、オーガスさんはやれやれと頭を振る。
「相談がって言った瞬間に断る、だぞ?」
「へ、へえ」
「嫌な予感がするから聞きたくないって」
 オーガスさんは拳を握り、ぎりぎりと握りしめる。師匠ならあり得るよなあと俺は納得した。
 カディなら「精霊王の頼みを精霊使いが断るなんて!」とか何とか言い出しそうなことだけど、師匠だったらありだ。
 大体、人間の中で偉い人になるフラストの王様に呼ばれて出て行くのだって嫌々だった。オーガスさんなんて、気軽で身軽で王様っぽくないし、付き合い方が明らかにフラストの王様と違う。
「話を聞きもせずだぞ?」
「へええ」
「それでも何とか話を聞いてもらったら聞いてもらったで、答えは変わらないってありか?」
 俺に凄んだところで今更過去が変わるわけでもないのにオーガスさんはすんごい目で俺を睨む。
「一段落したら、一度顔を出してやれよ。結論は弟子が帰った時に不在だったら驚くだろうから出掛けられない、だとよ」
「はあ」
「間の抜けた顔するなよ。一度顔を見せてやりさえすれば納得して多分動くからあの人。俺の今後のためにぜひよろしく」
「そうだな」
「よし、男に二言はないな?」
「そのうち帰る気はあるんだけど」
 オーガスさんがあまりに凄むので俺は少し引いた。
「オーガスちゃーん。ソートちゃんのお師匠様の話は後でいいんじゃない? フラストとラストーズがどれだけ離れてると思うの」
 違和感の正体がつかめないうちにセルクさんが見事に俺の考えを整理してくれた。
 そうだよ、今更そんなことを言ったって師匠がこの場に来れるわけがない。俺がフラストまで行って帰ってくるのにどれだけかかると思うんだよ。
 今何よりも考えなければいけないのは、カディをどうにかして見つけることだ。
「そうだよオーガスさん」
「オーガスちゃんが人外の力でソートちゃんのお師匠様を呼び出してくれるって言うなら、戦力が増えるし俺はうれしいけど――?」
 苦々しい顔のオーガスさんはしれっと続けるセルクさんをキッと見据えた。
「お前……出来ねえってわかってて言ってんだろ」
「出来るんだったらとっくにしてるんだよね?」
 けっと舌打ちの形でオーガスさんは同意する。
「だったら実にならない議論は止めて、とにかく突撃しようよ。大丈夫、たぶんきっとどうにかなんとかなるから!」
 セルクさんがすごく頼りになりそうな顔で頼りにしたくないことを言って、どーんと胸を叩く。
 確かにぐだぐだ言っている暇があれば一つでも可能性をつぶすべきだから、俺は仕方なくうなずいて屋敷に忍び込むことに同意した。
 本当に嫌々、しぶしぶ。

2008.05.09 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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