Index>Novel>精霊使いと…>
精霊使いと魔法国家
7章 5.精霊王のお仕事
ボルドの屋敷を取り囲む塀は俺の身長一つ半くらいあって、その距離を飛び降りた瞬間に足に衝撃が襲いかかってきた。
「大丈夫ー?」
軽いセルクさんの問いかけにうなずき返したけど、結構痛い。まあ、足をくじいたわけじゃないからいいんだけど。
セルクさんは俺を手招きする。大きな木の幹と塀の間にしゃがみ込むセルクさんに俺は近付いて同じくしゃがんだ。
「何話してたの?」
「いや……その」
「確かにオーガスちゃんの仕事って謎だよね」
興味津々と言った素振りで聞いてきたセルクさんは、塀の上で俺が言った言葉をしっかり聞いていたらしい。
精霊主や精霊王の存在を知っているのは何も精霊使いに限った話じゃない。世界のどこにでも精霊は存在していて、彼らは地・水・風・火の四つに大別されている。それぞれの主を統べるのが四人の精霊主で、さらにその上に四種族とそれにあたらない細かな精霊を統べる精霊王がいる、って。
部下である精霊主が二人も操られた状況で、何で精霊王である自分でどうにかするんでなくただの精霊使いである俺に頼るのかが、気付いてみればかなりの謎だった。
「人間みたいに実体があるのが普通らしいし、正体をぽんぽんばらしても平気みたいだし、いろんな所に知り合いがいるみたいだし――セルクさんも何でオーガスさんと知り合いなんだ?」
今ここで聞くような話じゃないけど、オーガスさんが来るまで時間がある。
精霊使いを嫌うこの国で、精霊が見えるセルクさんが精霊王だっていうオーガスさんと知り合いな理由がよくわからない。
ふわりと浮かんでチークと一緒にこっちにやってきたスィエンが俺の声を聞いて興味を引かれたようだった。
「あれ、言わなかったっけ?」
セルクさんは目をぱちくりさせた。
「――ああ、そうか。説明しようと思ったらオーガスちゃんに止められたんだったか」
「そうだったっけ……?」
首をひねって考えてみると、確かに聞きかけた記憶がある。古い知り合いで、若い頃にどうとかセルクさんが言いかけたところでオーガスさんが突っぱねたんだったか。
「長い話になるから簡単に言うとー、ええと。実は俺には人生の師と仰ぐ尊敬してやまない方がいるんだけど、その人の友達の息子の知り合いとかそういう感じで知り合ったんだよね」
どちらかと言えば縁が遠そうな関係なのに親しくしてるのは、割と気が合ってるからなんだろうか。
「オーガスさんはどれだけ人間と関わって過ごしてるんだろう……」
「さあー?」
『あれはそーとー遊んでるとスィエンは思うのだわよ』
「そんなんでいいのか精霊王」
セルクさんは興味なさそうに首を傾げる。スィエンは言うと自分でうんうんうなずいた。俺はがらがらと崩れ去った幻想がさらに砕かれるのをひしひしと感じ、頭を振ってそれを振り払おうとする。
完全に振り払うのは無理だけど、余計なことを考え始める前にオーガスさんが塀を乗り越えてきた。
「オーガスさんの仕事って何なんだよ」
「余計なことに気付くよなー、お前」
苦笑がちな答えに俺はまさかと思い至る。
「精霊王の仕事って、昔どっかで本を読んだところじゃ――あらゆる精霊を統率するとかそんな感じだったと思うけど」
俺が口を開く前にセルクさんが言ってくれたので、俺はそうだそうだと首を縦に振る。
「本で書かれたことが全て正しいなんて、まさか思っちゃいないよな?」
俺はそれほど本を読んでなんかいないけど、それでもオーガスさんが自信満々に聞いてきたことの答えが見えた。
精霊主に関することとか、精霊王に関することとか――伝承の域で語られることが現実と全然違うことを残念ながら体験済み、だからな。
「精霊王の仕事が、言われてるのと全く違うってことか……!」
「都合の悪いことはオキレイな言葉で誤魔化してあるんだよ」
やれやれと肩をすくめたオーガスさんがあっさりと言い放つ。
都合が悪いことがなんなのか聞いてみたいような、みたくないような。これ以上深入りしたら何も希望が持てなくなるかもしれない。
「オーガスちゃん、肝心な時にキーパーソンを落ち込ますのやめてよー」
「微力ながらソートの精神的成長を促したつもりなんだが」
「それを笑いながら言っても信憑性がなーい」
思わず地面とにらめっこする俺の耳には、特に何も感じてなさそうなセルクさんと楽しそうなオーガスさんの掛け合いが入ってくる。
何でセルクさんは何にも感じてない風なんだよ。あれか、精霊のことだから別に興味がないだけか。俺は精霊使いだから余計ダメージを食らってるだけかっ。
俺の落ち込みを吹き飛ばす意図で驚かすつもりがあったのか、地面から相変わらず無表情なチークがぬっと浮かび上がってきて息を飲む。
心臓が驚きで跳ね上がるのを知ってか知らずか、チークはゆっくりと頭を振った。
『……大げさに吹聴する話ではない』
「ええと、精霊王の仕事のこと?」
チークは一つうなずくと迷うようにスィエンを見て、それからオーガスさんに視線を移した。
『その役目はいささか特殊だ……故に、その時までに出来ることは多くない』
「その時?」
チークはこくりと首を縦に振り、それ以上は答えない。相変わらずの意味不明なチークの言葉の意図が掴めなくて問うようにオーガスさんを見るとはっきり苦い顔をしていて、スィエンでさえ言いにくいことなのか口をきゅっと結んでいた。
「あー、これ以上お前が落ち込んだらまずそうだから今はさすがに言えねえ」
色々言いたかったけど、俺は口をつぐんで従順にうなずいた。オーガスさんでさえ言いたくないことをあえて尋ねるなんて危険すぎる。
「ま、あれだ。そんな状況にならないのを祈るまでだが、いざって時はどうにかするから。お前は気を大きく持って自分の仕事をしろ」
いざって時にどうにか出来るなら最初からすればと思うんだけど、その辺も言えない事情が関わってくるんだろう。
俺は気が遠くなりかけたのを誤魔化すように身を潜めている木の向こうの建物を見てみる。ここから見る限り屋敷のほとんどに明かりも灯らず、闇の中に少しだけ明かりが浮かんでいる。
「本当にここかな。やたら暗いけど」
「明るさは関係ないと思うよ?」
セルクさんは俺と同じように屋敷を見た。
「屋敷の使用人まで事情を知ってるわけはないだろうし。使用人の口から噂が広がってばれたら失脚するだろうから」
「ああ、それもそうか」
「ボルドの生活習慣は知らないけど、こんなに遅くまで明るくしてる部屋があるってのは珍しいんじゃないかな」
そう結論づけたセルクさんはあっさりと次なる行動を決める。
明かりのついた部屋の様子を一つずつ確認する――敷地内に忍び込んだ時点で半ば予想は付いていたけど、言葉にされるとかなりの抵抗感を感じる。が、ここまで来た以上仕方ないんだろうな。
「だいじょーぶだいじょーぶ、俺慣れてるから!」
俺が屋敷を見ながら唸ってるとセルクさんが明るい声を上げる。
「慣れッ?」
「色々落ち着くまではずいぶん無茶をしたからねえ。レイちゃんと二人でどれだけ走り回ったことか」
どこか遠くを見据えながらまことしやかに語るセルクさんの言葉はもちろん欠片も信用できない。
じっとり見つめたその先でセルクさんは自分の言葉にうんうんとうなずく。そんなセルクさんを呆れきった顔でオーガスさんが見る。
「慣れてるとか部外者の前で口にすんじゃねえよ、次期国王の側近が。しかもその次期国王と一緒にとか」
「だってー」
「お前こそキーパーソンのやる気を削ぐような言動は止めろ」
「奮起させようと思ったのに!」
「逆効果だ」
きっぱり言い放つオーガスさんに俺をはじめとして全員がうなずく。セルクさんは驚いたように目を見開いてから両手で顔を覆った。
「スィエンちゃんにまで突っ込まれるなんてショックー」
ふるふると頭を振るセルクさんの後ろ頭をオーガスさんはどついた。
「そんなことやってる暇はないだろ。いい加減にして、さっさと行こうぜ。な、ソート」
俺は一つうなずいた。
結局行かなきゃならないなら少しでも早く行って、少しでも早くここを出ないとな。
2008.06.09 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
感想がありましたらご利用下さい。