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精霊使いと魔法国家

8章 説得のキキメ

1.戦闘方針

 男はボルドの方をちらりと見てから、ゆっくりと視線を動かした。
 人の片腕を駄目にしておきながら、その顔には何の感慨も見えない。だからやっぱりこの男は神でなく魔族なんだろう。
「誤解するのは勝手だが、それにしても大それた事を言う」
 セルクさんは肩を揺らした。
「誤解? 誤解でなく真実だと思うけどねえ。実際、ソートちゃんはそこにいる人を目撃したわけだし」
 口ぶりは素のそれだけど、声には緊張感が籠もっている。セルクさんは手でバーズナを指し示した。
「そのようなことどうでもよい」
 男は鋭く言い切った。
 「確かに」とそれに応じたのはオーガスさんだ。
「肝心なのは俺たちとお前達が敵対関係にあるって事だけだ。理由の詳細なんぞ、勝った方が後付でいくらでも作ればいい」
「それ、ねつ造って言うんだと思うけど」
「お前が得意な事だよな?」
 うっと詰まったあとでセルクさんは仕方なさそうに首肯する。
「じゃあどうでもいいってことにして」
 セルクさんは腰に手をやって剣を抜いた。
「我に剣を向けるとは愚かな」
「俺も出来れば自らを神と言うよーな相手と戦うのは嫌なんだけどなあ」
 セルクさんに背後から近付いたオーガスさんがぽんとその肩を叩く。
「日頃の行いが悪いんだから諦めろ」
「俺的にはすごくいいつもりなんだけどなー」
「嘘だろ」
 冷たいオーガスさんの突っ込みにセルクさんはため息を漏らして意識を男に向け直す。
「出来れば引いて頂きたいところだけど――後で何かあったら嫌だもんねえ」
 軽い口ぶりだけど、構えに隙はない。愚かな、と男は繰り返す。
「愚かなのはあえて精霊主に手を出したお前だと思うぜ」
 オーガスさんはセルクさんをバックアップする心づもりらしい。半身を後ろに引いて、構える。
「フォローは任された」
「ええっ。ちょ……ッ! 俺が先陣切るわけ?」
「俺はお前がただの人間じゃないと信じてる」
「嘘だ! オーガスちゃん絶対そんなこと思ってない!」
 構えは真剣そのものなのに、交わす言葉は気が抜けるような問答だ。
 だからなのか男は悠然として構える気配を見せない。ただ、バーズナが男の前に身を挺すように躍り出る。バーズナが何か叫ぶとその両脇にカディと火主がついた。
 俺もただ惚けている場合じゃない。慌てて前に出た。
 向こうは男とバーズナ、カディに火主。
 こっちはセルクさんにオーガスさん、スィエンにチーク――そして俺。
 ボルドが戦線離脱したから数の上では有利だけど、気持ち的には不利な状況……かな。
「お前達はそっちな。俺とこの馬鹿であっちはどうにかするから」
 俺が近付いたのをオーガスさんは振り返った。
 そっちと指さしたのはバーズナで、あっちというのはバーズナが神と呼ぶ男。
 セルクさんは強そうだけど自称神な魔族を相手取って勝てるかわからないし、オーガスさんは精霊王だって事だけど戦闘能力は未知数だ。
 どうも精霊王として力を振るうにはなにやら条件が必要みたいなところが、特に。だからまあ、妥当な戦力分配なんだろうな。
 冷静に考える半面、不安は拭えない。
 前回はバーズナを退けることができた。でも、それは精霊主三人――カディとスィエンとチークが味方だってわかってたからだと思う。
 それに比べて今はカディが向こうについていて、こっちには暴走しがちなスィエンと、何考えているのかよくわからないチークしかいない。
 救いは精霊主同士の力は打ち消しあうと神が定めてるってことか。理由も理屈も不明だけど、事実そうだって事は体験したから間違いない。
 精霊主は二対二。打ち消し合う力が等しく働くとすれば、人間は俺とバーズナで一対一。数の上では同等だから、俺はバーズナに集中して、ヤツをどうにかすればいいはずだ。
 俺も剣を抜いて、バーズナに向けて構える。
 問題は呪文もなしに魔法を使えるヤツを相手取って、剣一本で何が出来るかってところなんだけど――な。
 打ち消し合わない範囲内、他の精霊に出来る限り力を借りるか。幸いにして、精霊主を支配下においた油断か前とは違って他の精霊に異常は見えない。
 向こうが相当な魔法の使い手でも、剣と精霊の力があれば何とかなるような気もする。前のようにいきなりふいっと消えられたら、どうしようもないけども。
 ぴんと空気が張りつめ、誰も動かない。ぐっと剣を握りしめて俺はタイミングを計る。
 緊迫した空気を破ったのは、緊張感の欠片もない人の一人だった。くるりと振り返って俺の頭に拳を落とすオーガスさん。
「何やる気満々になってんだお前」
 おかげで張りつめた空気がふつりと途切て、それを契機にセルクさんが飛び出した。男へ向かう足はその前にいるバーズナに封じられ、次いでセルクさんに向かったカディ達の力はスィエンとチークがセルクさんの前に躍り出たことで消える。
「待て待て」
 慌てて駆け出そうとする俺の腕をオーガスさんは掴んできた。その間にもバーズナが自身の魔法を放ちセルクさんを狙う。
「待ってる場合かっ?」
 セルクさんは後ろに大きく飛び離れて難を逃れる。だけど悠然と腕を振った男が追い打ちをかけるようにさっきみたいな炎を放つ。
「セルクさん!」
 思わず叫んだと同時に炎はセルクさんを避けるように割れ、さっきみたいに跳ねるようなことをせずすっと消えていく。
「しっ……ぬかと思ったじゃないオーガスちゃーん!」
 寸前までの状況の割に、セルクさんの声にはやっぱり緊張感がない。
「フォローするって言ったよね? もっとばっちりきっちりしてもらわないと死ぬ。俺死ぬ!」
「わりぃわりぃ」
 セルクさんは無傷で、絶好調のようだ。俺はほっと息を吐いて、悪いとは思ってなさそうなオーガスさんを見る。
「セルクさん一人に行かせるのは悪いんじゃ」
「あー、そらそーなんだが、かといってお前が行くのも違うだろ」
 違うと言われても、困る。だったらどうするんだと言う前にオーガスさんはもう一度俺の頭に手を振り下ろす。
「言ったよな? お前はカディ達を取り戻すことだけ考えろって」
「でも」
「でももくそもねえ」
 セルクさんが自分を呼ぶ声にのんびりと動き出しつつオーガスさんは言葉だけ後ろに放ってくる。
「本気になれば妙な技を放ってくるとしても人間の魔法使いの一人や二人、精霊主が止めるなんざわけねーんだ。その剣はいざって時の護身用にしとけ。攻撃は奴らに任せて」
 すっと戻ってきたチークが重々しくうなずき、
『そーだわそーだわ! カースはともかくカディと戦うのは嫌なのだわ。ソートはカディ達を頼むだわよ』
 バーズナに向かってファイティングポーズをとりながらスィエンが言った。
 その間にもセルクさんが再び床を蹴って男に向かった。先ほどと同じく男の前にはバーズナが立ちはだかる。
「あー、訂正」
 セルクさんを追って走り出したオーガスさんが動きに反してのんきに口を開いた。
「そっちはあっちを庇って動くようだから、俺たちが任される」
 オーガスさんはセルクさんの隣で拳を握る。
「武闘派じゃない魔法使いなら、俺でも何とかなるだろ」
 言うと同時にオーガスさんは拳をバーズナに突き出し、その隙にセルクさんはバーズナの横をすり抜ける。男に向かって振り下ろされた剣は空を切ったけど、セルクさんと男、オーガスさんとバーズナで構え合う体勢が出来る。
「俺のフォローするって話はどーなってんの」
 荒い息を吐いてセルクさんがぼやけば、オーガスさんは軽く笑った。
「死なない程度にはフォローするさ」
「それならとりあえずいいけど」
 セルクさんの声から軽い色合いが抜けて、諦めたように真剣な言葉が聞こえる。おうよと軽く応じるオーガスさん。そして二人は同時に自分の相手に打って出た。

2008.09.03 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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