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精霊使いと魔法国家

8章 3.語る言葉はたどたどしく

 カディも火主も、顔から感情が全部抜け落ちてしまっている。だからこっちに向かってやってくる攻撃に、ためらいや戸惑いなんて一切ない。
 チークがいくら攻撃を防いでくれても、心に見えない攻撃を食らっている気分だった。チークだってきっと俺と同じ気持ちだろう。そう思って、腹の底に力を込めて胸を張る。
 何を言うべきか、何て言うべきか、さっぱりわからない。
 バーズナの声に反応するカディ達に俺の言葉が聞こえているのかさえわからない。
 でも、それでも、どうにかしなきゃならないんだから。
「止めて欲しい」
 何にも頼れない状況で、俺が口に出来る言葉には何のひねりもなかった。
「俺は嫌だ」
 子供みたいにだだをこねてるだけじゃないかって頭の端っこで思うけど、他に何も言葉が出てこないから仕方ない。
「俺はお前と戦うのは嫌だよ、カディ。精霊主同士――仲間同士で攻撃しあうのを見るのも嫌だ」
 目の前のチークが一つこくりとうなずいた。重々しく、ひとつ。少しだけこっちを向いた顔の、口角が少し上がっていた。
 今回だけは、チークが何を言いたいのかわかった気がする。
 それでいいんだ、もっとやれ。きっと彼はそう思っている。俺はうなずきを返した。
「一体何がどうなってカディが……こうなったのかわからないけどさ、こんなの違うだろ」
 言葉にしようとすればするほど、ろくなことが言えない。
「カディにとっては短い時間だろうけどさ、俺たちそれなりにうまくやってきたじゃないか。ええと、たぶん。カディが口うるさくなかったらもっと良かったと思うけど」
 支離滅裂な言葉でも、続けることに意味がある。俺は自分に言い聞かせながら、俺の言葉をまったく無視して攻撃を続けるカディに言葉を続ける。
 火主に語りかける言葉は、面識がないので持ってない。とりあえず、何はさておき、カディを何とかしたい。
「師匠に旅に出てこーいって放り出された時は一人だったし、そのまんま一人で世間を見て回るつもりだったけど、カディに会えて良かったと思ってるんだ、一応」
 一応なんて言うと、常のカディなら「行き倒れかけていたところを助けた私にもう少し恩義を感じてもいいんじゃないですか」くらい言いそうだけど――やっぱりちっとも反応がない。
「あー、ほんとだからな」
 少し落胆して、俺は大きく息を吐く。
「お前は同じことをくどくど言うから口うるさいけど、でもそのおかげで完全に食えなくなるようなことはなくなったわけで。なんだ」
 真っ正面からお礼の言葉を言うのは気恥ずかしくて、俺は一瞬口ごもる。
「感謝してるんだ、これでも」
 だけど、カディは聞いてないようだからと思い直して口にする。聞いてないようなのに言っても意味がないよなって、すぐに気付いたけど。
 カディは鋭い風の刃を飛ばし、火主は燃え上がる炎を放つ。思わず避けたくなるようなそれは、避けるまでもなくチークが消し去った。
 消し去るとは言っても、全部が全部というわけじゃない。直撃コースになかった残った火が風に煽られて渦を巻く。
 カディ達が何度同じことをやっても、何も変わらない。そろそろ攻撃が無意味だとわかってもいいだろうに――オーガスさんの攻撃を魔法で弾きながら何かを叫ぶバーズナは余裕がないのか気付かないようだった。
 変わらないと言えば、板張りの床がまったく傷ついた様子もなく変わらないのも不思議だった。俺たちが来るのを察して、戦いになると思って誰かが何かをしたんだろうか?
 さっきの跳ね飛んだ炎も、その何かの効果なのかもしれない。
 ともあれ、バーズナも黒幕の男も、それにもちろんオーガスさんやスィエン、セルクさんも何の遠慮もなく戦いを繰り広げていた。優勢ではないようだけれど、かといって劣勢なようにも見えなかった。
 唯一積極的じゃないのは本来は味方である精霊主に対する俺とチークくらいだ。
「本当だからな。だから俺はお前と戦うのは――」
 俺の言葉をやっぱりカディは聞いている気配がない。言葉の途中で両手を振り上げて、何かを放つ動作。チークがそれを消し去ってくれることを確信していたのに、その攻撃はチークをすり抜けた。
「うわっ?」
 振り返ったチークが目を見張っている。
 ごうっと風が俺の横をすり抜けた。身を切る痛みは全くない、勢いだけは削がれた風が。
 やっぱり同じだけの力を持つ精霊主二人の力を防ぎ続けるのは地主であるチークにも難しいことだったのか。最悪の事態にならないように無力化してくれたみたいだけどいつまでも続かない――んだろう、な。
「全然聞いてる気配ないみたいなんだけど、それって打つ手ないとか言わねえっ?」
 聞いてもらえないんじゃ言葉を続ける意味もないし、次の手段の歌だってもちろん聞いてもらえるわけがない。
 余裕の大半を失った俺に、だけどチークは首を左右に振った。一瞬の驚き顔をきれいに無表情に変えて。
『意味はある』
 しっかりと断言する。
「意味?」
 問い返す俺にチークは重々しくうなずいた。
 火主が炎を生み出し、遠慮の欠片もなくこっちに放る。カディだってそれを煽るように力を振るった。それを見ると、俺の説得に意味があったようにはとても思えない。
 チークが手を振ると膨らむ炎は嘘のように消え去り、勢いを緩めた風だけが周囲を渦巻いた。チークは拳を握るようにして、もう一度うなずく。
 俺にわからない何かを理解したような迷いのない首肯。その何かがわからなくて、俺にとって恥ずかしい言葉を続ける勇気が出ない。
 もう、俺が思いついて言えるようなことは大方出尽くしたしな。効果がない言葉を何度も繰り返すのは意味がない。他に思いつく言葉もないとなれば、打つ手がないんだ。
 チークも何かがわかったなら、その何かを教えてくれたらいいのにさ。さっきから彼にしては口数が多いけど、でもやっぱり言葉が足りない。
『――例えば』
 俺の思いを悟ったのかどうなのか、チークは再び口を開いたのは俺が考えあぐねて何も言わない間に同じような攻撃と防御が繰り返された後だった。
 膠着状態にさすがに黙っていられなくなったのか?
 言葉にわずかに呆れたような響きがあるように思えるのは気のせいだろうか。
「例えば?」
『我らと敵対するのが嫌であるならば、どうしたい?』
「どう、って」
 そんなこと、おもむろに聞かれても困る。静かな口ぶりは返答を催促する気配はないけど、実際は求めてるんだろう。
 そんなこと今聞いて意味があるんだろうか。今、この時に。カディと火主がおかしくて、向こうでオーガスさんがその元凶と戦っていて、セルクさんが自称神な魔族と戦っているこの状況で。
 だけど、俺には何も打つ手が残っていないから少し考えて答えることにする。
「……できれば、何とかカディと火主には元に戻って欲しいし、そうしたらあっちに協力したいよな」
 オーガスさんは危なげなくバーズナをあしらっている。それに比べるとセルクさんとスィエンのコンビはやや劣勢のように見える。
『どう、協力する?』
 漠然とした答えにチークが続けて明快な返答を求めてくるので俺はますます困った。
 こんな問答で時間を食っている場合じゃないと思うのに、変わらない攻撃を変わらず防ぐチークには何か思うところがあるように見えるから答えなきゃいけない気分になる。
 うーん。協力って言ってもどうすればいいだろうなあ。あんまり頭数が増えると、うっかり味方に攻撃しちゃいそうで怖いし。
 セルクさんは善戦してるけど、後ろから遠慮の欠片もなく攻撃をするスィエンのあれやこれやにも苦労してるようだし、対する黒幕の男は余裕たっぷりでいつでもお前達はどうにでも出来るとでも言わんばかりだ。
 そんな目の前の敵だけじゃなく背後の味方にも気を配らないといけないのはホントに大変だと思う。俺が――俺たちが加わったら、余計大変なんじゃないかな。
 俺は両手を上げて、だけどチークがこっちを見ていないことに気付いて口を開いた。
「その時考える」
 チークは一瞬ちらりとこちらを見た。
「っつーか、チークに何か考えがあるんじゃないか?」
 彼は否定も肯定もしない。
「それに、元に戻ったカディなら――怒りに身を任せなければだけど、色々アイデア持ってそうだし。俺があれこれ考えるより、人生経験……でいいのか? ほら、俺よりも長生きしてる分豊富なんだから、何かあるだろ」
『――そのような考えでは困るが』
 チークはゆっくりを息を吐き出した。若干呆れているような口ぶり。
「そんなこと言われてもさ。敵を何とかしないといけないのは間違いないけど、どうすりゃいいんだって話だよ。バーズナはまあ捕まえたらラストーズがどうにかするだろうけど、あっちの魔族の男はどうすりゃいいんだ?」
 バーズナを捕まえる方針はいいとしても、前みたいにいきなり消えられたら困るからきちんと捕まえられるかわからない。
「仮にうまいことバーズナを捕まえられても、あっちは魔族だろ? バーズナ以上の力を持ってるだろうから、うまくいくかわからないしラストーズに魔族引き渡すのもどうかと思うし――どうすればいいんだろ」
 バーズナは今は不利とも思っていないのか逃げる様子もないけど、仮に俺たちが優勢になったら前のように逃げ出すかもしれない。
「前みたいに空間移動の魔法? あれ使われたらどうしようもないんだけどどうにかなるもんか?」
 魔法の攻撃は種類さえわかれば何とか防げるもんだけど、理屈さえもわからない空間移動に精霊の力で対処できるか正直よくわからない。
 チークは振り返りもせずに頭を横に振った。
「無理か?」
 今度は縦のうなずき。
 あれは人間には無理な魔法だとかあり得ないとかレシアが言ってた。だとしたらそんな魔法は魔族の男がバーズナに教えたんだろうし、人外の魔法を人外の精霊主が防げないってことは捕まえるなんて悠長なこと言ってられない。
 そうなると、残る手は。どちらも俺にとってはあんまり考えたくないことだ。
「奴らを倒す――殺してしまうか、でなければ逃げだすくらいまで追いつめるか?」
 倒すなんてあんまり考えたくない。甘いと言われるだろうけど、精霊にひどいことを強いている奴らだけど、俺に今ここでそれを断罪する資格なんてない。捕まえてどうするか誰かに相談したいのが正直なところだ。
 とはいえ、逃がすのも嫌だ。そんなことになったら、今度はもっと状況が悪化する可能性がある。今回はチークとスィエンは無事だけど、次もそうかはわからない。元に戻ってないカディと火主がそのまま連れて行かれたら、なおたちが悪い。
 自分の眉間にしわが寄るのがわかる。考えすぎで知恵熱が出そうだ。
「どっちも、あんま考えたくないな」
 それを聞いてチークがゆっくりと振り返った。どこか満足げな顔をしている。
『及第点』
「は?」
『ギリギリですけどね』
 意味不明のチークの言葉に間の抜けた声を上げた俺は、続いた言葉の衝撃に言葉を失った。

2008.09.26 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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