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精霊使いと魔法国家
8章 4.説得のキキメ
それは妙に皮肉げで、ものすごく聞き覚えがある声だった。俺はあんぐりと大きく口を開けてバッと声のした方を見る。
『大口を開けるのはやめて下さいよ。馬鹿みたいに見えます』
カディだ。さっきまでの無表情さとうってかわった呆れたような顔で、何事もなかったかのようにあっさりとそんなことを言ってのける。
なんでとかどうしてとか聞きたいことは山ほどあって、だからこそ咄嗟に何も聞けなかった。
『……仕方ないと思うが』
緩やかにフォローをしてくれるチークがありがたい。
「どういうこと。いつから正気、お前」
俺がその間に気を取り直して慌てて尋ねると、カディはゆったりと笑う。
『貴方のおかげですよソート。詳しくは――時間もないので後にしましょう』
あれ捕まえればいいんですよねなんて続けてくる顔が、全開の笑顔なのにかなり怖い。押さえきれない怒りがにじみ出ている様を見て、俺は詳しいことを説明して欲しいだなんて言えずこくりとうなずいた。
『捕まえるだけでいいなんて甘いと思いますが』
カディは手を振り上げて、その手に風を渦巻かせる。
『仕方ないですね。そこが気に入ってソートと一緒に居るんですから』
手を振ってカディはその風を前に向けて放る仕草をした。手を向けた先は、バーズナ。
まるで踊るような柔らかい動作だったのに、次の瞬間バーズナに訪れた変化は極悪だった。風を錐のように細くして、いくつも放ったんだろう――全身にくまなく傷が出来ている。服の下にももれなく攻撃したのか、ややして少しずつ血が服を血の色に染め出した。
大きく目を見開いたバーズナが当面の敵だったはずのオーガスさんから注意を逸らして、呆然とカディを見る。
「な……何故、だ……?」
俺にもわかる言葉で、かすれた声が聞こえる。
「何故元に……」
うめくように続けるバーズナの目の前で、暢気にオーガスさんはひゅうと口笛を吹いて、俺に向けてぐっと手を突き出した。
「いい仕事をしたな、ソート」
何がどうなって何でカディが元に戻ったのかさっぱりわからない俺としては苦笑するしかない。
その間にカディはもう一度手を振り、バースナのかすれ声がピタリと止まる。しばらく前、スィエンと会った一件の後で見たのと同じ行動だ。風の精霊の気配がバーズナの回りを濃く覆う。
『うっわ、えっげつないわねー。怒るとホント行動がアレよね』
『何かご不満でも?』
ぽんぽんと初めて聞く声の主が――火主が言うと、カディは目を細めて振り返った。首を引っ込めるようにして火主はふるふると首を振る。
『ないから続けて!』
しっしっとカディを追いやるようにして、彼女はすーっとこっちに近付いてきた。
カディが元に戻ったように、火主もどうやら元に戻ったらしかった。赤い瞳が楽しそうな色をたたえて俺を見る。
『ありがとね!』
「はあ」
いきなりお礼を言われても、俺は答えようがない。
『カディの言うようにデロデロに甘いけど、その辺があの方に似てるからどーしようもないもんね!』
「あの方? どうしようもない?」
『そー。マスターにそっくり!』
「マスター?」
『私たちのもっとも尊敬する偉大なるお方よ!』
ぐっと胸を張って火主は言い切る。
『ついて行く方としてはちょっと不安というか危ういというか気になることが多いけど、でもそこが好きなんだからどーしようもないもんねー。貴方そーゆートコがマスターにそっくり!』
「そー、ですか」
『そーよー。うわそっくりって思ったら我に返ってたわ』
そのマスターって誰だと聞きたい気にはなったけど、ぐっとこらえた。最近の経験上、聞いたらろくでもない結果が待っている気がしたからだ。
よくわからないけど、俺の言葉の何かがそのマスターさんにそっくりだからいい結果になったらしい。何がどう似てたのかよくわからないし、そんなことでいいのかと思うけど結果がうまくいったんだからいいことにしよう。
俺はカディに視線を移し、その先にいるバーズナを見る。声がしなくなったってことは、前と一緒にバーズナの回りから空気を取り除いたのか――と思いきや、案外バーズナは苦しそうではない。
『精霊主の一人、火主のカースよ。よろしく!』
「俺はソート」
名乗る火主に名乗り返しつつ様子を伺っていると、それに気付いたのかカディは振り返った。
『声を起点に私たちに影響を及ぼすのなら、声さえ封じれば問題ないです』
「前みたいに魔法で逃げられたら?」
『それはできないでしょう』
「チークは防ぐのは無理だって言ったけど」
カディは苦笑気味に微笑んで、確かにとうなずいた。
『完全に防ぐのは私たちの力では不可能でしょうけど、そもそも人間の手に余る魔法を呪文の詠唱なしに使えるとは思いがたい。声を封じれば半分大丈夫でしょう――残る半分は、どうにかなる勝算がありますから』
「大丈夫なのか?」
『おそらくですけどね』
カディは一つうなずいてから、それよりもと視線を移した。
『問題は、こちらよりもあちらでしょう』
セルクさんと、スィエンと――黒幕の男。カディの横顔が真剣みを増して男を睨んでいる。
視線を感じたか男がちらりとこちらを見た。やや遅れてセルクさんとスィエンも。スィエンはぱっと表情を明るくさせてこっちに向かってくる。
『カディ元に戻っただわ?』
『ええ』
問いかける彼女にうなずき返しつつ、カディは緊張を緩めない。
男はこちらを見たまま小さく何かを呟き、ため息をもらして頭を振った。そんな男にセルクさんが一歩踏み出し、剣を真上から振りおろした。
「自称神様がどんな実験か存じ上げないけどー」
殺意を持って振りおろした剣に効果がないことはセルクさん自身、すでにわかっていたんだろう。男は素手だし、防ごうという素振りもなかったのに何故か剣は空中で停止した。驚いた気配はなかったが反撃を恐れたのかセルクさんは大きく跳び離れつつ、間伸びした声をあげながら剣を構えなおした。
「人間様を甘く見てもらっても困るよー?」
「ほう」
セルクさんの言葉に男は反応する。
「そっちが実験でつかった人間は役に立たなかったかもしれないけど、それはこっちの実力が勝っただけの話だし?」
軽い口ぶりに反して、一分の隙のない構え。セルクさんはにっと笑った。
「あんまり甘く見てると寝首をかいちゃうヨ?」
「大それたことを言う」
ぽんぽんとオーガスさんが俺の肩を叩いたのはその時だ。
「あれ逃がすわけにはいかねーからな。ヤツが気を利かせてあれの気を引いている間にカディから話を聞け。俺はあっちに話通すから」
俺がうなずくのも待たずにオーガスさんはそのままくるりと反転した。
「――気にすべきは貴様などでなく、あちらではないか?」
同時に男の鋭く冷たい視線が俺を射ぬいた。ぞっとする眼差しに背筋が凍る。
「そりゃあまあ、精霊主までなら精霊使いの存在は重要だろうがな」
オーガスさんがセルクさんに向かう道すがら男の視線を阻んでくれて、俺は緊張した体をほぐした。
「その上に立つ精霊王の俺にはあんまり関係ねーんだよな」
「精霊王だと?」
「おうよ。おまえが操ろうと画策した精霊主よりワンランク上の精霊王様ってのは俺のことだぜ」
『誰が上ですか誰が』
セルクさんの隣までたどり着いてオーガスさんは胸を張った。男の注目はオーガスさんに移っている。さっき俺を射ぬいたのと同じ視線を気にせず堂々としているんだから、すごい。
それを見ながらカディがぼそぼそと文句をつけ、やれやれと頭を振る。
『精霊王が上位に見られがちであることが敵の目をくらませているんですから仕方ないですけど』
仕方ないという割に文句を続けて、彼は『時間がないですから手短に』と前置いた。
『あちらは――正体がとんでもないですから、我々の力で今すぐどうにかするのは難しいです。ですが、最善の手ではないですが、一つだけ方法があります』
「どうするんだ?」
俺も手短に聞き返すとカディは重々しく切り出した。
『我々全員の力を使って封印を執り行います』
「封印ねえ」
なんとなくわかる言葉なので一つうなずいて、
「で、どうするんだ?」
尋ねた。
『私たちが力を放出する手伝いをしてください。限界まで力が使えるように強く願うようにして』
「――精霊主の限界までってどんなだよ」
『言葉どおり限界までですよ』
「精霊主の力こそ本来封じられてるんだろ?」
『そこを精霊使いであるソートにどうにかしてくださいと言ってるんですよ』
さらっとカディは無茶を言う。
『そこまでできたら、あとはオーガスが何とかします』
「そこができるようになるまでが難関なんじゃないか?」
『ソートのことは信用してますから』
俺のまっとうな突っ込みをカディはそんな言葉で切ってのける。フォローのつもりかカディの真後ろにやってきたチークがあえて『ソートならできる』なんてわざわざ言ってくれるところが余計に不安を煽るんだが――。
「カディが元に戻ったら俺よりいい案出しそうだって思ってたんだしな」
信頼には信頼で応えないとな。全力尽くしてどうともならなかったらどうなるんだって不安はあるけど、不安に思ってる暇もない。
セルクさんとオーガスさんが男の気を引いているうちにできるだけのことをするべきだと、俺は一つ深呼吸をして思いなおした。
2008.10.04 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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