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精霊使いと魔法国家

8章 5.限界の力を振り絞って

 精霊主の力は、強大だからこそ神にある程度封じられているっていう。
 その封印ってヤツは案外いい加減でアバウトだって今までに知ってしまった俺だけど――本当に適当なんだなと俺は改めて悟った。
 精霊使いができることなんてそうたいしたことじゃない。こういうことがしたいって意思を精霊に伝えて、それが気に入ったら彼らは叶えてくれる――そういう感じ。例えば火が欲しい時に火の精霊にお願いするとかさ、そういうことならわかりやすい。彼らは大体ここと願った位置に火種をくれる。火を起こそうとすれば結局自分たちが働くんだから、少しそれが早まってもいいわけだ。
 今回の場合はどうだろう。
 本来力を封じられた精霊主の望みで、その封じられたはずの力を限界まで引き出そうってのは――何かかなり間違ってないか?
 何か事情があるから神様は精霊主の力を封じてるのに、その精霊主の願いで力を使えるようにするってのは。
『やる気出してくれてますか?』
 俺がうだうだと考えているとカディがずいっとこっちに近付いてきた。
『時間ないのだわよー』
 スィエンが続けてくる。
『いいですか、説明も後でします。悩むのも後になさい』
 短く言い切るカディは真剣な眼差し。
 本気で力を出すのに俺の協力が必要ってのは間違いないらしい。色々疑問だし納得がいかないものがあるけど、俺は仕方なしに腹をくくった。
 納得いかなくても、黒幕の男をどうにかしなきゃいけないってことだけは唯一はっきりしているしな。
「よし」
 俺が気合いを入れると、精霊主達はうなずきあって散り、男の視線を避けるように並んだ。
「じゃあ、限界まで頑張れ」
 他に声かけは思いつかなくて間の抜けた言葉をかけたのに、彼らは一様にうなずいてくれ……そしてそこからは一気に変化が訪れた。
 カディの、スィエンの、チークの、カースの――それぞれの頭上にはっきりと見える形で力が集まる。数秒もせずにそれは大きく膨らんで、それと反比例するように彼らの姿が薄くなる。
 精霊主達は普通の精霊より存在感が濃く見える。それは持っている力の大きさが理由なんだろう。なのに、瞬く間に存在感が薄れた。
「何をする気だ?」
 大きな力の動きに男が気付くのは当然のこと。
「――自らの存在をかけて我が消滅を望むか」
 振り返りカディ達を見て、男はそんな風に漏らした。
「愚かな。精霊の力ごときで我がどうにかなるとでも?」
 はっきりとカディ達に向き直り、男は言い放つ。
『貴方ごときに自分の存在をかけるなんて馬鹿らしい』
 それに応じたのはもちろんのこと、カディだ。男は言葉の通りに余裕を崩してないけども、その言葉にはぴくりと眉を動かした。
「なんだと?」
 ごとき呼ばわりが気にくわなかったのか、男はわずかに身を乗り出す。
 それを恐ろしく思ったわけでもないだろうけど、カディ達の姿は俺の目からも薄れてついに見えなくなった。
『必要だから、力を振り絞ったまでですよ』
 でも、もちろん消滅なんてしていないんだろう。冷静な声と気配だけは残る。
「ふん。一撃避けてしまえば貴様らに後はない」
 男はちらりとオーガスさんを見た。
「時間稼ぎの結果がこれか? 精霊王とやらも口ばかりか」
「それは間違っちゃいねーけどな」
 軽く応じるオーガスさんを無視して男は身構える。それなりに精霊主の力を脅威に感じたのか、今までにない動作だった。男の回りに黒い力が凝るのが俺の目にも見え、その瞬間にぞわりと総毛立つのを感じた。
 カディ達の姿は、俺にも見えない。だから、力を使い果たすくらいの勢いで言ったとおりに限界まで力を振り絞ったんだとわかる。
 なのに男にはなお余裕がみえ、俺にさえ見える強い力を身にまとわりつかせている。そのことを恐れずにいるのは無理だった。
 男の力に対抗するには、四種類の力は不安定に見える。お互いの力をお互いが打ち消し合うってのも不利だった。さっきは有利に働いた条件も、力を合わせて対抗する事態になると舌打ちしたくなるくらい忌々しい。
 わずかに感じ取れる精霊達の気配だけはひるまない。詳しい説明を聞いていないから、次に何がどうなるのかさっぱりだ。
 男が対抗してくるところまでは予想の範囲だろうか。
 ――そりゃそうだ、いくらオーガスさんが注意を引いたところで強い力が働けば、気付かれるに決まってる。
 カディのことだから、次のことを考えていないはずはない。
「どうするんだ?」
 男の力はじわじわと広がり室内を浸食する。びりびりと空気が震えるようだった。俺は身震いをしながら室内を見回した。
 カディの姿は相変わらず見えない。精霊主は誰一人として。他の精霊の姿も、何かが起こるのを恐れてか全くなかった。
 中央で黒い力を練り上げつつある男は、だけどまだ動かない。それは多分、余裕の表れなんだろう。
 オーガスさんがセルクさんに何かささやいて、セルクさんがうなずいてこっちにやってきた。
「ソートちゃん、もう一仕事よろしくねー」
 セルクさんにだって、この部屋で何が起きているのか気配で察してるんじゃないかと思う。なのに全然気負いのない気の抜けた声で彼はそう俺に声をかける。
「一仕事」
「そー。今だーって思ったタイミングで剣で攻撃」
 掲げた剣をひょいと揺らしてセルクさんはにっこり。
「それはまたなんか適当な」
「隙ならオーガスちゃんが作るって」
 精霊主達が居る方向を見て男は緊張感を高めている。オーガスさんが茶々を入れたところで、警戒するのはそっちだと思うけど。
「余計な手を出したらこの均衡が崩れるんじゃないか?」
 問いかけにセルクさんはうーんと唸った。
「大体、剣には効果がないんじゃないか? さっきセルクさんも防がれてたし」
「そうなんだけどねー」
 セルクさんは首をオーガスさんの方に向ける。
「考えがあるよーだし? それに従うまでですよー」
 軽い口ぶりで言い切るセルクさんが見るオーガスさんはにやにや笑っている。考えがあるというか悪巧みしているような顔だけど。
「それなら仕方ないか」
「ソートちゃんはそうやって割り切りがいいところが長所だと思うな」
 他に何の案もないんだから、人の考えに乗っかるしかないってのが正直なところだ。笑顔で持ち上げてくれるセルクさんの方がよっぽど割り切りがいいと思う。俺と同じようにわけわからないと思うのに、この人の余裕っぷりはおかしいよな。
 この違いは性格の違いか? それとも人生経験の差か――?
 多分何年か後でも俺はセルクさんの境地に達せないと思うから、多分前者だろうな。
 俺がそんなことを考えている間に、悪巧み顔のオーガスさんがついに動いた。
 右手をゆっくり上に持ち上げ、手首をひねるようにくいっと曲げる。それで、精霊主達が放出した力が一瞬でオーガスさんの所まで移動する。
「普段は口ばっかりかもしれねーが、やるときゃやるんだぜ」
 男が驚いたように自分を見るのをみてオーガスさんは笑みを深める。それとほぼ同時にセルクさんが飛び出した。これがオーガスさんの言ったタイミングと判断したんだろう。
 オーガスさんが上げたままの拳をぐっと握ると、互いに打ち消し合うはずの精霊主の力が一挙に一つにまとまって光り出す。
 セルクさんに続かなければと思い立った時には、もう彼は男の真横にいた。オーガスさんの動きを警戒してか男はまったくセルクさんに注意を払っていない。それでも襲いかかってきた剣を男は開いた腕で弾く。同時に黒い力がぶわっと広がり、セルクさんをはじき飛ばした。
 カディが狙う封印ってヤツをこれからオーガスさんがどうするかさっぱりわからないけど、少しでも男の注意を逸らさなきゃならないってこと、だろうな。
 俺も意を決して男に飛びかかった。何もひねりのない上段からの一撃はもちろん弾かれ、俺もセルクさんと同じように飛ばされる。
 数秒で背が壁に激突した。あまりの衝撃に一瞬目がくらみ、息が詰まった。カディの力が万全ならきっと風が柔らかく受け止めてくれたんだろうけど――贅沢を言ってる場合じゃないらしい。
 咳き込みながら立ち上がると、少し離れたところでセルクさんは既に立ち上がっていた。
 オーガスさんの頭上で輝く力は少しずつその密度を増していた。男は全身を緊張させて何が起きてもいいように構えている。
 男はオーガスさんをより警戒しているはずだ。それは……俺たちにそこまで注意を払っていない分、隙があるはず。
 だからセルクさんはもう一度突撃を開始した。もう一度同じように弾かれて、でもまたすぐに起きあがる――打たれ強い人だ。
 男は一瞬たりともオーガスさんから目を離さなかった。それでも完全に自分の剣が防がれたのに、めげない人でもある。
 セルクさんに、俺も負けていられなかった。セルクさんは国に余計な混乱を招いた黒幕に怒ってるんだろう。それを言うなら俺だって、カディを妙なことに巻き込んだ犯人に怒りを抱いている。
 倒すのが無理でも、逃がすわけにはいかない。今回だって何がどうやってうまくカディ達が元に戻ったのかわからないんだ。次にもし万が一、もうあって欲しくないけど何かあった時に、同じようにうまく行くとは限らない。
 今、何とかしないと、安心して旅も続けられない。
 俺はセルクさんと同時だったり、タイミングをずらしたり、とにかく何度も男に向かった。その度にはじき飛ばされて、ダメージが蓄積してくる。受け身はとってるけど、服を脱げば何カ所もアザになってるだろう。気は滅入るし体はきついけど、オーガスさんが封印をどうにかする隙を一瞬でも男に作りたい一心で、俺は剣を手に何度も走る。
 だけど、隙だらけのように見えるのに、全然一撃も与えられない。剣での攻撃に男がちっとも興味を移さないのは、完全に防ぐ自信の表れだろう。それがわかっても、セルクさんは少しも手を緩めない。だとしたら俺だって、同じようにしないと。
「さーて、そろそろかねえ」
 オーガスさんが呟いたのは俺たちの意味のない突撃が十数回は繰り返された後だった。
 わざわざアピールしなくてもいいのにそんなことを言うから男の緊張が増した。男の回りに澱む黒い力がなお色濃くなり、大きくなる。
 オーガスさんは余裕の笑みで、いつの間にか収縮して密度を増した輝く力を指を回してくるりとさせる。オーガスさんの動きは恐ろしくゆっくりに見えた。くるりとさせた光を手に掴むようにして、振りかぶり――そして、投げた。
 何のひねりもなく、放物線を描くように光は飛ぶ。
「馬鹿めが」
 男の呟きに俺は思わずうなずきそうになった。俺たちが今まで男の気を逸らそうとした努力を無にするような真っ直ぐな攻撃は、含まれる力を恐れさえしなければ俺だって簡単に避けられそうに見える。
 男は避ける様子さえ見せず、黒い力を弾いた。ただ指を弾いただけなのに、一瞬で光に対抗する力が凝縮して迎撃に向かう。
「オーガスさん!」
 怒りの声を上げて振り向いた時には、オーガスさんは元の位置にいなかった。
「大丈夫だっての」
 少し離れたところに発見したオーガスさんは相変わらずの余裕の笑みで、手をまたひょいっと動かした。視線を戻すと、光が男の力を避けて上に向かっていた。
 男の放った力はオーガスさんが元いた辺りに激突して、弾かれて虚しく消える。男は今度は上向きに矢のように鋭い力を放った。
 迫り来る黒い矢を恐れるかのように、光は弾けるかのようにいくつもに分裂した。それぞれが落下して、矢から逃れようとする。
「小癪なことをしおる」
 黒い矢が天井に当たって弾けて消えると、男が苛立った声を上げる。いちいち迎撃するのを面倒くさがったのか、男は纏っていた力を膨張させるようにした。それは分かたれて密度の薄くなっていた光の力をいくつか巻き込んで簡単に消滅させる。
「あっぶねえ」
 分が悪いと思ったのか、オーガスさんは光をまた集結させる。再び集まった力は、当然さっきよりも大分勢力を弱めている。
「このままその力、削り取ってくれるわ」
 冷笑を浮かべた男がオーガスさんに向けて一歩踏み出した。
「そいつは面白い」
 本当に面白がっている顔で、オーガスさんも同じく一歩前に出る。
「出来るもんならしてみやがれってんだ」
 オーガスさんが不敵に胸を張った瞬間、男の後方からまだ諦めていなかったらしいセルクさんが走り込んでくる。
 そして。
 次の瞬間、俺は目を疑った。

2008.10.23 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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