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精霊使いと魔法国家

8章 6.そして、封印を

 その時、オーガスさんと男の戦いをただ見守るだけだった俺はセルクさんの行動に心底驚いていた。
 だってそうだろ?
 散々男の注意をそらせる作戦が駄目だった挙げ句、とうとう動き出したオーガスさんが大分無謀な行動をするもんだから呆れてたし、だけど高度な戦いに手を出せる状況とは俺にはとても思わなかった。
 確かに男の注意はオーガスさんにしかか向いてないけど、何故そこで走り込むかなと。この場に俺以外の傍観者が居たら絶対同じことを思ったと思う。
 だけど、だけどだ。
 その時だけは、セルクさんの剣は弾かれもしなかったし空を切りもしなかった。
「っな……ッ!」
 驚きの声を上げたのは、傍観していた俺とセルクさんの攻撃を肩に受けた男だった。それほど深い傷じゃないけど、一撃を食らわせた意味は大きい。大きな傷でなくても精神的な衝撃が大きかったのか男は久しぶりにオーガスさんから視線を外した。
 セルクさんはすぐさまバックステップを踏んで離れた位置に待避する。
 男は驚き顔で呆然と自分の肩を見て、突き刺さる剣を見た。
「これ――は……」
 剣をよく見ると、光を帯びている。
「その馬鹿を戦力外と切り捨てたのが、お前の敗因だと思うぜぇ?」
 剣を引き抜こうとそれに手をかけた男は、オーガスさんの言葉にキッと目を見開いて反応した。剣を手にかけたまま自分を睨む男をオーガスさんはニヤニヤと見ている。
「ほれ」
 オーガスさんが指をくるりと動かした。その時には輝く力が男の後ろを回り込むように動いていて、男の肩に刺さる剣に一瞬で吸い込まれる。
「チェックメイトだ」
 厳かにオーガスさんは呟き、その声を合図にするように剣から幾筋も光の筋が飛び出した。
 男が慌てたように剣を引き抜こうとしても、光の糸が絡みつくようにしてそれは果たせない。何度も男が努力している間に幾筋も幾筋も光る糸が延びて、逆に男を逃さないように絡めていく。
 延びていく光が段々眩しくなって俺は思わず目を閉じた。その少し後に男の苦しげな声が聞こえ――そして、聞こえなくなる。
『終わりましたよ。あまり鮮やかな手腕とは言い難かったですが』
 ささやくようなカディの声が聞こえて俺は目を開く。
 もう眩しくない室内に、男の姿はない。
「終わった?」
『ええ。我々の総力をもって、敵を封じ込めることに成功しました』
 カディがそう言うからには事実なんだろう。俺はほっと息を吐いた。
「どうなるかと思ったけど、うまくいったんなら何よりだ」
『そうですね――』
 カディの姿は相変わらず見えない。声のする方に目をこらしても、少しも。
「なんか、問題でもあるか?」
 聞こえた声にため息が混じっていた気がして、目をこらしたまま尋ねるとしばらくは返事が返ってこなかった。
「カディ?」
『――ソート、今回は助かりました』
「へ?」
 いきなりの改まった声に、俺は驚いた。
「いや、俺は別にたいしたことしてないし。頑張ったのはお前達だろ」
『そうできたのはソートのおかげですから……自らの意志で全ての力を振るうことが出来ないもどかしさを簡単に払ってくれるのですから』
「それはそれでどうかと思うんだけど、役に立てたなら良かったよ」
 カディに真っ直ぐにお礼を言われるのはかなり面映ゆい。実際の所あまりに簡単に封印がどうにかなるのは本当の本当にどうかと思うけど、それが役に立ったならいいことだ。
「それにしても、今日は疲れたなー」
 話を逸らしがてら、俺は首をこきりと回した。
「いつつ。くそ、いろんなところがアザになってるなこりゃ」
 ついでに伸びをするとあちこちが痛い。わかっていたことだけど、着替えて現実を見ると余計に痛さが増しそうな予感がする。
「しばらくは大人しくするんだな」
「そうそう。顔に被害がなくて良かったじゃない。もしそんなことになったらホネストの次男に何があったか余計な憶測をされそうだからねー」
『こんな時にもそんな話題ですか?』
 カディの声は普段の調子を取り戻し、呆れたように響いた。
「もっちろん」
 明るいセルクさんの声に大きなため息を漏らしている。やれやれと頭を振っている姿が簡単に想像できた。
「馬鹿なこと言ってないで、早く帰ろうぜ。さすがに今日は疲れた」
『――そうですね』
 オーガスさんが口を挟むと、文句を言いたそうな口ぶりだったけどカディは同意した。俺ももちろん同意見だ。
 色々あって目は冴えてるけど、ベッドに横になったらすぐさま意識が飛ぶ自信がある。
「そうねえ、俺も今日は疲れたー」
『貴方はすぐ寝ることが出来そうにないですけどね。そこの人たちをどうにかしなければならないでしょう』
「っく」
「そうだな。お前は事後処理が大変そうだな」
 カディの突っ込みにオーガスさんが打てば響くように同意する。仲がそんなに良さそうじゃないのに見事な連携だ。
「うわーん。人ごとだと思って軽く言うなんてひどい。ひどくない? ひどいよねソートちゃーん」
 その連携にセルクさんは数歩退いて、俺に泣き付いてくる真似をする。
 男に抱きつかれる趣味もないし、何より全身が痛くてそれどころじゃない。反射的に振り払ったセルクさんは面白いくらいくるくる回転した後で床に崩れた。
「何で俺に聞くんだ?」
 多分その動きは、意図したものなんだと思う。しまったと思ったけど、きっと被害はないだろうから俺は冷静を装って呟いた。
「ほら、実際――バーズナだのボルドだのはラストーズの人だし、セルクさんにしかどうにも出来ないんじゃ」
「うう。一応仮にもラストーズのホネスト家の次男の役をやってるソートちゃんに言われたくないー」
「いやいやいや、俺偽者だし。大体それセルクさんの策略だし。その役を全うするにしても長いこと国を出ていたホネストの次男に出来ることなんてそうないし」
 床に崩れていたセルクさんは大仰に頭を振った。
「ううう。仕方ないかあああああ」
『貴方の仕事でしょう』
「くうう」
 セルクさんはよろよろと立ち上がって、その割には身軽な動きで室内を動いた。
「カディちゃん、さっき何かしてたけどバーズナはしばらく起きないかな?」
『ええ』
「力を大分使ったようだけど、それでも維持できる?」
 まずはバーズナに近寄ってセルクさんは尋ねる。
 カース曰くカディがえげつないことをしたバーズナは力なく床に倒れていた。
『もちろんですよ。途中で起きあがって余計なことをされてはこちらが不利ですから。数時間は起きないと思います』
「なら、こっちはよーし」
 セルクさんは今度はボルドの方に移動した。
 ボルドはバーズナよりもなおぐったりと倒れていた。そりゃ、もちろんそうだろう。あの男のせいで片腕を失ってるんだから。スィエンが応急処置をしたと言っても、もちろん腕が元に戻ってるわけがない。
 痛ましそうに目を細めてセルクさんはボルドを見下ろした。
「こっちは――急ぎだよね。ふざけてる場合じゃないなあ」
 真面目な顔でセルクさんは呟いて、何かを探すように視線をさまよわせる。
「えーと、スィエンちゃん。この人大丈夫だと思う?」
『いちおー血は止めたけど、スィエンにはわからないだわよ。ちゃんとお医者に診てもらうのがオススメだわよ』
「そうだよねえ」
 無事な方の腕を持ち上げて、セルクさんは脈を確認したようだ。
「担いで帰るのも難しいし……仕方ない、この家の馬車を拝借して城に戻ろうか」
 言い切るとセルクさんはボルドを抱えてゆっくりと立ち上がった。
「どうせ抱えるならきれーな女の子の方がいいんだけどなあ。あ、ソートちゃんはそっちをお願い」
 あっさり指示してセルクさんはボルドを抱えたまま重そうなそぶりも見せず扉に向かっていく。
「オーガスちゃんは先導して誰かに見つかったら攻撃する係ねー。一番楽でいいでしょ」
「一番危険の間違いじゃねえか?」
 ぼやきながらもオーガスさんが扉に駆け寄ってノブを回した。
 置いて行かれたらたまらないし、カディのお墨付きがあってもバーズナを置いていくのは心配で、俺は慌ててバーズナを背負って二人の後を追った。
 重い荷物を抱えて来た道を戻り、庭に出ると違う道を行く。
 ぐるりと屋敷を回った先に、馬小屋と馬車小屋が見えた。そこに警戒して近寄ったのに、一人の護衛の姿もない。
「ま、こんなもんだよねー。下級貴族に不寝番を置く余裕なんてないんだよ」
 セルクさんは一度ボルドを降ろして馬車小屋の壁にもたせかけ、そして馬小屋に近付いた。警戒して唸る馬を宥めるようにして二頭引いてきて、俺に手綱を預ける。
 そして今度は馬車小屋の入り口扉の錠前を手に取った。不寝番が居なくても、頑丈そうな錠前が俺たちの行く手を阻もうとしている。
「うーん、これは……体当たりでもするか」
 あっさりと言い切ると、セルクさんは錠前から手を離して扉から距離を取る。
「泥棒の論理だな」
「必要悪だもーん」
 突っ込んだ割にはオーガスさんも協力して、二人して扉に体当たりする。一度じゃびくともしなくても、二人がかりで数度当たると頑丈な錠前がはじけ飛んだ。
『すごい音がしましたけど』
「急がなきゃねー」
 呆れたようなカディの声にさらっと答えてセルクさんは扉を大きく開くと俺の手から手綱を取って小屋の中に向かう。
 外は未だ暗いし、小屋の中はなお暗い。なのにセルクさんの行動は素早くて、数分もしないうちに馬車を引いて出てきた。
「ようし、じゃあ乗ってー」
 俺はバースナを、御者役のセルクさんの代わりにオーガスさんがボルドを馬車の中に押し込んで、俺たちは逃げるようにボルドの屋敷を脱出した。

2008.11.05 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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