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精霊使いと魔法国家
9章 それからのあれこれ
1.一夜明けて
王城の借り受けている部屋に戻ってそのままベッドに倒れ込むと、思った通りにすぐに寝付いてしまったようだった。
目覚めて重い頭を宥めながら起きあがり、カーテンを開けると太陽は高い位置まで昇っている。もう昼かと思った瞬間、腹が自己主張をした。
夜あんなに動いたのに、朝飯を食いっぱぐれた。何か入れろって催促だ。
「あー、腹減ったな」
『腹減ったな、じゃないでしょう!』
呟いた途端、打てば響くようにカディの声が聞こえた。久々で少し新鮮な感じがするお小言に自然と笑みが漏れる。
『他に何か言うことはないんですか』
「えーと、おはよう?」
『もうこんにちはの時間ですけどね』
「じゃこんちわ」
『そうじゃないですよ。それより他に気にすることがあるでしょう』
本調子じゃないのかカディの姿はギリギリ見えるくらいに淡く儚い。他の精霊主も気配はよくわかるけど、やっぱり姿はおぼろげにしか見えなかった。
「まだあんまり見えないのは力が戻ってないからか?」
『承知の上でそうしたのですから仕方ないです。それよりも、あれからどうなったのかそこを気にするのが普通じゃないですか?』
カディは朝から――いやもう昼だけど、絶好調だ。
「あー」
『あー、じゃないです。あー、じゃ』
「セルクさんがうまいことやったんじゃないか?」
ボルドの屋敷を出た後、セルクさんは一直線に王城に馬車を走らせた。そしていくつかの手続きを踏んで中に入り込むと後は任せてと言って俺たちを解放した。
その先どうなるか気になっても、ホネストの人間が居たらややこしいからなんて言われたらどうしようもない。俺はすごすごと部屋に戻って、着替える気力はないものの汚れたままベッドに入るのも忍びなくとりあえず服をそこかしこに脱ぎ散らかしてベッドに倒れ込み、気付いたら今だったって寸法だ。
どうなっているかは気になったけど、セルクさんがすることに間違いはないと思ったから不安はなかった。普段の言動はおかしいけど、セルクさんはいざとなったらやる人だと思ったし。たぶん、心配はない。
だから頭を占めるのは別のことだ。ふかふかで居心地がいいベッドの甘美な誘惑も魅力的だが、今は睡眠よりも空腹を何とかしたい。
昨日は眠いし疲れていたからそれどころじゃなかったが、よくよく見てみると予想したとおりそこかしこにアザが散っている。正視すると気が滅入るだけだから目をそらして俺はベッドから起き上がり、脱ぎ散らかしたヤツではなく、城に滞在するためにセルクさんが用意してくれた方の服を俺は身につけた。
『あの人はそれが仕事でしょうし、うまいこと出来ると踏んで任せはしましたが――私はソートほどあの人を信用している訳じゃないですからね。ソートをだますようにこんな所に連れてきた時点で不信感を持ってますから』
「えーと、悪気はないと思うぞ? あの人」
『悪気がないから許されるものじゃないですよ』
「――面白がってあれこれするのはやめて欲しいと俺も思うけどな」
俺はしぶしぶカディに同意した。
「心配なら、監視でもすれば良かったのに。ちょうど見えにくいんだから、黙って背後にいたらばれなかったんじゃないか?」
『あの人の行動も心配ですが……また同じようなことが起きない可能性がないわけではないですからね。ソートの――精霊使いの側を離れる方が危険だと思いまして』
「……それは、俺も困るな」
指摘された危険性に遅れて思い至った。ボルドはいいとして、バーズナが途中で目覚めて本調子じゃないカディが捕らわれたら――そっちの方が何かやらかすかもしれないとカディが思うセルクさんよりも危険だ。
『そうでしょう? あれらをどうしたかきちんと確認しないと、安心できません』
「そーだな。つっても、俺気安く外に出られない身なんだけど」
グラウトのおかげで少しずつ居心地は良くなってきてるけど、精霊使いのホネストの次男が気楽に城内をうろつくのはまだ問題があるらしい。
俺としても余計な騒動はごめんだから率先して外に出ようなんて思ってもない。
『ではどうするんです』
「どうとか聞かれてもなあ……昼だから誰か迎えに来ないかな」
『昼ご飯の心配が先ですかッ?』
「それもだけど、そしたら誰かに聞けるだろ」
『自ら動こうという気概を持たずしてどうするんです』
「そんなこと言われてもなー」
詳細がわからないからってそんな風に俺に言われても困る。気概とかいきなり言われても、どうすればいいってんだよ。
『まーまー落ち着くのだわよカディ』
『貴方は落ち着きすぎだと思います』
聞きかねてか口を挟んできたスィエンににべもなくカディは返す。
『セルクちゃんはいいよーにしてるとスィエンは思うだわよ』
『ちゃんっ? ちょっと、スィエン今貴方あの人のことをセルクちゃんって呼びました?』
『うん。そう呼んで欲しいって言っただわから』
『あんなのと馴れ合ってどーするんですかっ』
カディの語調が皮肉なものから一転して、矛先がそれた。
『いいですか、あの人に気を許したら言葉巧みにこっちを使おうとしてくるんですからね』
もっともらしくカディはスィエンに忠告している。
カディはいなくなる前、レイドルさんと初めて会った時にセルクさんにうまいこと使われてたもんなー。冷静ぶって言ってるけど、実は腹に据えかねてるのかもしれない。
『えー、スィエンはそんな間の抜けたことはしないだわよー』
『スィエンならあり得ますから』
何も知らないスィエンの言葉に過去の自分を間抜けだと言われたカディは声に力を込める。
『そーよねー。間抜けなスィエンなら軽く言い含められそうだもんねー!』
『うっ』
『むっ。それはどーゆー意味だわよ!』
それに同意するカースの声にカディが低く唸った。だけど、大きく反応したスィエンの声がうなり声を簡単にかき消した。
『聞いたまんまの意味よー』
軽やかな高笑いと共にカースは言う。
『精霊主一お馬鹿さんで間抜けなスィエンなら充分あり得るでしょ!』
『むむむっ。聞ーき捨てならないのだわよそれは!』
話の中心にいたはずのカディを放って、スィエンとカースは部屋の真ん中で睨み合う。
『いいように敵に操られていたカースの方がよっぽど間抜けなのだわよ!』
『っくぅ。そ、それは……そうだけど、隙を突かれたんだから仕方ないじゃない! それに、私たちの中で一番慎重なカディだって同じなんだから、仕方ないわよ!』
『そーゆー言い逃れは見苦しいのだわ!』
『言い逃れじゃないわよ! 立場が逆だったらあんたの方が激しく操られていたに違いないんだから!』
気のせいか二人の姿が少しずつしっかり見えてきている気がする。怒りの力か?
そういや、スィエンと火主は仲が悪いんだって前にカディが言ってた。怒りの力で存在感を増すことが出来るくらい仲が悪いとまでは想像してなかったし、いがみ合う中身が割とくだらないことだってことは――想像したくもなかった。
カースはな、そこそこ喋るし結構まともそうだと思ったんだけどな……。子供みたいな言い争いをスィエンとする辺り、そうでもないみたいだ。
俺、もう精霊主にひとかけらも希望を持てない。大声だから思わず目も耳も奪われるんだけど、俺は何とか視線を二人からもぎ離して、極力交わされる言葉を意識しないことにする。
こんな馬鹿な言い争いをカディが放っておくなんて信じられなくて、視線を二人から逸らしたついでにカディの姿を探した。
一番最後にいたのと同じ位置にカディはそのまんまいた。だけど怒りで存在感を増す二人に力を吸い取られたかのように、カディの姿が逆に儚さを増している。
自分の話題があまり思い出したくない部類のことなのか――っていうか確実にそうなんだろうな。それがショックで、二人に当てられたのか?
「あーっと」
カディはそんな状態で頼れそうもないし、精霊主の最後の一人であるところのチークに仲裁を依頼しても意味がないだろうし。
「口挟むだけ馬鹿を見るよな?」
俺はそう一人ごちて、見て見ぬふりを貫くことに決める。永久に言い争うわけもないだろうし、そのうち飽きるだろ。たぶん。
「移動するぞー」
普段の調子なら『くだらないことで言い争うのはやめなさい』とかなんとか、絶対確実に言っているはずのカディが落ち込むなんて相当の事態だ。
寝室と続きの隣の部屋に移動すれば、少しは声が聞こえなくなるに違いない。俺の声かけにカディはゆっくりとうなずいて、ついてきた。
部屋と部屋の間を閉ざして何かあっても嫌だから、扉を薄く開けておく。完全に声を遮断できないけど、はっきりと判別できるようなものじゃなくなったからよしとしよう。
椅子に腰掛けて俺が一息ついたのと同時に、カディもため息を吐き出した。
「えーと、あんまり気にすんな? 誰にだって失敗はあるだろ」
『ええ、そうですね――起こってしまった過去は覆せません』
若干、普段よりは遙かに薄いのは変わらないけど、カディの存在感が戻る。
『……しかし、なにがあった?』
そこで滅多に開かない口を開いたのは、俺と同じくどうやらスィエン達の言い争いにうんざりしてひっついてきたチークだ。
何故そこで珍しく口を開けて混ぜっ返すんだ――俺は文句を言いたいのをこらえて、カディの様子をそっと伺った。
さっきみたいに、薄くはなっていない。チークの言葉だから、何か深い意味でもあると思ったんだろうか。
カディが平然としているなら、俺だって気になっていることだった。どう反応するか口をつぐんで待ってみる。
『聞いても面白くないですよ』
『参考になる』
何の参考だと問いたくなったのは俺だけだったようで、カディは心得顔で一つうなずいた。
『あの人がどうにかしているのなら、次はない話だとは思いますが』
話しておくべきでしょうね、と彼は続けた。
『私はこの城でソートが余計なことに巻き込まれずに済むよう、詳しく調べてみようと思ったのですよ。その途中で、あの貴族の男――ボルドでしたか、それが漏らした言葉を耳にしました』
「言葉?」
『ホネストの次男が現れたなんて、計画に支障が出る、と。計画が何のことかわかりませんでしたが、それもソートの存在が関わることに違いありません。今思えばそこであの人に伝えれば良かったのかもしれませんが……私はあの人を信用しているわけではないですから』
カディは自嘲気味に顔を歪めて、頭を振った。
『少し行動を追ってみるとボルドは城内を数カ所回りましたが、特に誰と密談するでもなく程なくして城を出ました。一応行き先を確認してみると、どうも自宅に戻っただけのようです。あまりソートから離れるのも心配ですから、そこまで確認してとりあえず引き返そうとしたんです。そこで、カースに出会いました』
ほう、とチークが相づちを打つ。
『驚きましたよ。なお驚いたのは彼女が私を攻撃してきたことです。もちろんそれは何の意味もなさない。それはわかっているはずなのに攻撃してくるなんて尋常ではない。思わず炎を避けた私が問いただそうとしたところで、後ろから例のあの男が――私に言葉を』
「バーズナか」
『そんな名のようですね。以前より力を増したその言葉に、不意を突かれたこともあり一瞬で縛られました。我々精霊の意志を縛り、自らの思いのままにしようとする忌まわしい言葉に』
「神の世界の言葉なんじゃなかったっけ」
気になって思わず口にすると、カディは呆れたように息を吐いた。
『例えそうであっても、あんな人間に使われた時点で汚れますよ。ようは言葉を操る者の心持ちです』
「はあ」
きっぱりぴしゃりと言い切るカディは怒りもあるのかずいぶん毒舌のように思う。
『それからは――あまり思い出したくありません。ソートが大体知っている通りですよ。ソートが知らないであろうことは……そうですね、バーズナはかつてこの国で精霊を支配下に置こうとし、その過程であの封印した男を呼び出してしまったようです。そしてその協力を得て、精霊に手を出す術を身につけた』
「あの言葉か」
『完全に術を手中に収めるに至らず、中途半端に手に入れてしまったが故にこの国で力を誇ることも出来ず、立場を悪くして国を去ったようです。そして、数十年の時を使いその術――あの言葉に磨きをかけ、ついに火主を手中に収めた』
カディは拳を握りしめるようにして、眉を寄せた。
『そして、かつて優れた術を手に入れた自分を虐げるようにして立場をおとしめたこの国への復讐を考えたようです。王弟に与し権力闘争に敗れた旧知のボルドに近づき、王女派をおとしめてその力を盛り返そうとでもしたのでしょう』
「今更そんなこと出来ると思ったのか?」
『さあ。全てを支配下に置きたがるような男ですから、あるいはこの国を自らの手中に収めるつもりだったかもしれませんね』
どっちにしろ、もう捕らえたんだし今更果たせない話だ。詳しくはセルクさんなりレシアの親父さんなりが聞き込んでいるだろう。
「バーズナの狙いがどっちかだったとして、あの魔族の男は何を狙ってたんだろうな」
魔族は長生きするんだろうけど、それにしたって何十年もバーズナに協力してたなんて俺には気の長い話に思える。
『あれが狙ったのは――我らが神々に一矢報いることだったのでしょう。直接挑んでも勝ち目がない、ならば我々精霊を間接的にでも支配下に置けば神の鼻を明かせると』
「えーと、それって意味あんの?」
『私にあの男の考えはわかりません』
言い切られてしまったら、もうどうにも言えない。鼻を明かすとかそんな理由であの騒動ってどうだよと思ったけど、理由はカディの推測だからひょっとしたら他に何かとんでもないことを考えていて、もっとひどいことになっていた可能性もある。
「まあ何にせよ、色々あったけどうまいこといってよかったな」
強引に自分を納得させて言い聞かせるように呟くと、まったくですとカディは大きくうなずいた。
『すべては神のお導きでしょう。レシアさんに託された手紙でソートがあんな人からとんでもない役目を振られた時はどうしようかと思いましたが、それが原因で色々解決したわけですし。保険のつもりでしたが、オーガスに相談を持ちかけたのも正解でした』
レシアが俺に手紙を預けたりしなかったら、この国に来ても何も気づかなかったかもしれない。貴族の屋敷で放火事件があると聞いてすぐに精霊の関わりと思いついたりしなかっただろうし。
手紙をセルクさんに届けたからこそ、こんな風になったわけだ。戴冠式の噂を聞いたら見てみようなんて思って長く滞在したかもしれないけど――そうだとしても、気づいたかどうかわからないし、気づいてもこうはうまくいかなかったと思う。セルクさんがいなければ、人の屋敷に潜入なんてしなかっただろうしな。
「そうだな」
だから俺はしみじみとカディに同意してみせた。
2008.12.27 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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