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精霊使いと魔法国家

9章 10.寝耳に水のその話

 晩に行われる舞踏会まで、俺はグラウトの部屋で過ごしていた。グラウトの性格には難があるが、いつ喧嘩を始めるか分からないスィエンとカースに怯えつつ、カディの説教を聞き、何を考えているか分からないチークの珍しくも同情に満ちた眼差しを身に受けるのに比べたら遥かにましだった。
 カディとグラウトが結託してあれこれ言ってくる危険はあるんだが。でも、なんといっても、グラウトの傍にはコネットさんがいる。
 精霊の見えないコネットさんの前ではカディも説教をし始めないし、カディと心を通じたグラウトもコネットさんの前でカディと調子を合わせて俺に何か言ってくることはない。
 神殿から出た俺はあらかじめ予定していた通りにグラウトの部屋を訪れ、グラウトと二人、式に出ることはできなかったコネットさんにあれこれ聞かれることで時を過ごしていた。
 姫様はどんなドレスだったんですかからはじまって、俺はそんなところまで見てないよってくらいにコネットさんは立て続けに聞いてくる。グラウトはその一つ一つに割と丁寧に答え、コネットさんはいちいち頬を染めて素敵ですねえと感嘆の声を上げていた。俺なんかよりコネットさんが参加した方がよほど式を楽しめただろうな。
 そんな風に過ごしているうちに結婚式や戴冠式の話題が尽きると、コネットさんはお茶を淹れなおしますねと席を立った。
 よく覚えていないで返答を避けた俺に比べてコネットさんの相手をしていたグラウトはさすがに疲れたのか苦笑してぐっと背伸びする。
「彼女の好奇心にも困ったものだ」
「あんまり覚えてないで逃げればよかったのに」
「嘘はいけないな、ソート」
「よく言うよ」
 グラウトはその気になればしれっと大嘘を言えるヤツだと思う。今、世界の偉い人を相手に大嘘をついてる俺の言えたことじゃないけど、王族や貴族にはそういうのが必要だって師匠も言ってたんだから間違いない。
 セルクさんとか、ある意味嘘の塊のような人だし。
「そんなことを言えば、コネットは後でうるさいんだよ」
「グラウトがそんなことで堪えるとは思えないけどなー」
 俺の言葉にグラウトは器用に片眉を上げる。
「失礼な。君は私のことをなんだと思ってるんだ」
 鋭い声に俺は沈黙で応じた。余計な事を言えばこっちに被害が出るのは目に見えてる。俺だってそれくらい気が回ることがあるんだぜ――たまには。
 グラウトはしばらく俺をにらんでいたけど、やがて諦めたらしくやれやれと頭を振った。
「ソートは時々失礼だと思わないかい? 風主殿」
 同意を求められたカディは沈黙を守った。
 グラウトだって時々失礼なことを言うってわかってるんだと思うな、カディは。
 俺達の様子を見てグラウトが文句を言う前にコネットさんが慌ただしく戻ってきた。
「グラウト様! ソートくんにお客様がいらっしゃいましたよー」
「ソートに?」
「誰だ?」
 お茶の準備はまだらしく手ぶらのコネットさんは背後を気にするように振り返る。
「ソートくんのお師匠様のお友達の方だそうです」
「あぁ……」
「オーガスさんか」
『まだいたんですか、あの人』
 カディがさらりと冷たいことを呟いている間にグラウトはコネットさんに指示を飛ばす。
「入ってもらって構わないよ」
「はいです」
 コネットさんはスカートを翻して去った。
「まだいたのかって、冷たくないか? オーガスさんも疲れたんだろうからゆっくりしてるんだよ」
『あの人がそれほど疲れるとは思えませんけど』
 確かにと思わずうなずきそうになった。いつも飄々としているオーガスさんが疲れるなんて、想像できないかも。
 それからコネットさんに案内されてやってきたオーガスさんは、やっぱりいつも通り飄々としていた。
「よう、しばらくぶりだな」
 いつも通りに見えないのは、俺と同じく着せられた感のある服くらいだ。
「どうしたんだ、オーガスさん」
「セルクの馬鹿が今日なら構わないだろうって手はずを整えてくれたんでな」
『何をしに来たんですか』
 コネットさんが再びお茶の準備に去ったのを待ってカディが険のある声を上げた。
「冷てぇなあ」
 オーガスさんは顔をしかめて呟いた後、グラウトに視線を向ける。
「殿下さん、悪いけどちょっと席を外してもらって構わないか?」
「ここは一応私の部屋なのだけどね」
「あんまり人に聞かれたくない話なんでな」
 いきなりやってきていきなりされた要求にグラウトは顔をしかめる。だけど仕方ないねとすぐに応じた。
『何の話だというのです』
「大事な話だって言ってるだろ」
『言ってませんよ』
「人に聞かれたくない話っつってんだから、大事だとわかりそうなもんだろ」
 もっともなカディの突っ込みにオーガスさんは悪びれず堂々と言い切る。それを見てくつくつ笑いながらグラウトが立ち上がる。俺もそれに合わせて立ち上がった。
「ソート、お前何一緒になって出て行こうとしてるんだ」
「オーガスさんの話はカディ達にだろ? 人には聞かせたくないって」
「あー、そりゃお前は人間だが、お前にもかかわりがある話だからお前は居とけ?」
 激烈に嫌な予感がしたのは俺だけじゃないらしくただでさえ冷えていたカディの視線がすっと細くなる。
『本当に、何の話をしに来たんですか!』
 見るからに聞きたくなさそうなカディが居残るのに対して、興味津々で後ろ髪が引かれているんだろうなって様子でグラウトが扉を開ける。
 ゆっくりとグラウトが出て行った扉が閉まるのを眺めながらオーガスさんはにやりと笑った。
「大事な話だっつってるだろが」
『私たちに話があるのに、ソートにも残れなんておかしいでしょう』
「別におかしくないだろ。ソートまで出ていってもらっちゃ、他の奴は俺が部屋の主とその友人を追い出して一人でいるって思われるだろ?」
「あー、なるほど」
 思わずうなずくとカディがますます目を吊り上げた。
『何を納得してるんですか』
「ソートに関わりがあるってのも、あながち嘘じゃないからな」
 ほら座れとオーガスさんはまるで部屋の主のように俺を促し、自分もさっさと腰を下ろす。
『何で貴方はそう自己中心的なんですか』
「なんでお前はそう俺に突っかかるのかねえ」
『突っかかりたくもなりますよ。そもそも、何でまだここにいるのです? 私はてっきり――もう先日の件の報告をしに行ってるものとばかり思ってましたが』
 カディはわが道を突き進むオーガスさんに呆れたのか少し勢いを緩めた。
「報告する気はあるが、その時期についてお前に指図されるいわれはないな」
『我々全員が巻き込まれたんです! すぐに報告すべきでしょう!』
 だけどすぐにカディは勢いを取り戻す。グラウトはカディの接近に顔をしかめて椅子ごと少し後退した。
「そんなに報告を上げたいなら自分たちでしろってんだ」
 腕を組んで背もたれに体重を預けながらオーガスさんは言い切る。
『そうできるなら苦労はしません!』
 カディがますますオーガスさんに肉薄した。
『そうだわそうだわ』
『何言ってるのよ、オーガス』
 仲が悪いはずのスィエンとカースでさえ意見を揃え、それにチークが重々しくうなずくのが視界の端に見える。
「開き直って俺に当たるのはやめろよなー」
 オーガスさんは大げさにため息を漏らした。
「せっかくこの俺様がわざわざ来てやったのにその反応はないだろ」
『こんなところに顔を出す暇があれば、上にきちんと報告するべきだと言ってるんです』
「する気がねえとは言ってないだろ。報告が上がるのが数日後だろうが数ヶ月後だろうが数年後だろうが、無事に収まったんだから問題ないわけだしな」
 オーガスさんの主張にそんなわけないでしょうと声を張り上げるカディに、スィエンとカースが追従する。
「そんなもんだって。あんなことしたのは初めてだが、我ながら完璧な処置をしたからな」
『最後を人任せにした癖に何を言いますか』
「全力を振り絞ることに精霊使いの協力を仰がなきゃならない精霊主に言われたくねえ」
『我々が限界まで力を振り絞らなければ本領発揮できない精霊王に言われたくありません!』
 さらっと俺にとんでもない情報を植え付けつつ、カディはオーガスさんに指を突き付ける。
「お前らのは自業自得、俺のはそのとばっちりだろ。俺に八つ当たりするのは間違ってると思わねえか?」
「……俺に同意を求めるのだけは間違ってると思う」
 なぜかオーガスさんがこっちに同意を求めるので、俺はそう返した。
「まあそう言わずに答えろよ。こいつらが精霊使いの協力なしに全力を振るえないのはな」
 オーガスさんは俺の気持ちを全く考えずに、相変わらずの軽い口調で説明を開始する。
「あー、なんとなく聞いた。詳しい説明は聞きたくない」
「ち、何だ聞いたのか」
 何でそこでつまらなそうに言うのかさっぱりわかんねえよ。これ以上俺はいろんなことに幻滅したくないんだという思いを込めて、全力で首を縦に振る。
「ことが終わったら話してやろうと思ってたのに」
『貴方の大事な話とやらはそんなことだったんですか!』
 オーガスさんがつまらなそうな口ぶりで言うと、カディの大きな雷が落ちる。突き抜けた怒りが飛び出たのか、瞬間室内に激しい風が吹いた。
 幸い風で何か飛ぶということはなかったけど、いろんなものが激しく揺れる。まずいと思ったのか、風はすぐに止んだ。
「俺としてはいい迷惑なんだよ。こいつらが――正確に言うとスィエンとカースの仲が激悪なところから精霊主の力が制限された結果として、精霊王なんてもんができたのが」
『オーガス! 貴方言っていいことと悪いことの区別がどこまでついてないんですか!』
「怒るなよ。事実だろ」
 オーガスさんは激昂するカディにかまわず、精霊王というのがどんな存在なのか俺に語って聞かせる。
「ま、要するに精霊王なんてのはいつ喧嘩をやらかしてとんでもないことを起こすか分からない水主と火主のとばっちりでできた名誉職のよーなもんだな。連帯責任で風主と地主の力まで制限されることがあるから、そうなっても世界的に問題にならないようにその代行をするってのが精霊王」
 長い話の最後にオーガスさんはさらりとまとめた。
「はー」
「わかってねえ顔だな」
「実際いまいちよくわからなし」
 前にちらっと聞いたスィエンとカースの終わらないくだらない子供のような原因の喧嘩から派生した精霊王誕生秘話なんて、本音を言えばわかりたくもない。本当はオーガスさんが創造神様の一人がかつて創世した別の世界生まれの精霊だなんて――だからこの世界の精霊と存在が異なるらしい――知っても知らなくてもいいような情報だし。異界の話好きなグラウトが聞けば、喜んであれやこれや聞きだしそうだけど。
 興味がないとは言わないけど、人じゃないっていうオーガスさんならともかくただの人間の俺には興味を持って聞きだしても行けない場所の話だしなー。
 俺の表情から思いを悟ったのかオーガスさんは苦笑して、お前らしいよなとぼそっと呟く。
「まあいい。つまり俺はこいつらのせいで大変迷惑をしているわけだ。そりゃ俺もそれが主の命ならば迷惑でも仕事するけどな」
「はあ」
「でもなんで俺がこいつらが巻き込まれて起きた騒動の顛末を上に報告しに行かなきゃならんわけだ?」
『それが、貴方の仕事だからでしょう。私だって、できるものならそうしてます』
 あくまで俺に語る形をとっていたオーガスさんはカディが言うのを聞いてにっと唇を歪める。
「できないと思っても努力すりゃいいだろうが」
 カディをしっかり見据えてオーガスさんは口にする。
「大事な話ってのは、それだな。この俺がわざわざ口をきいてやるって言いに来てやったんだ」
 恩着せがましい言葉だと思ったのは全くの部外者の俺だけで、カディは文句を言うでなく目を見開いている。
『口をきくって』
『マスターを宥めてくれるんだわ?』
『そんなこと、できんの?』
 そしてカディ、スィエン、カースの順に精霊主たちがオーガスに詰め寄る。
『……お怒りは冷めているのか?』
 チークでさえ久々に口を利いたくらいだから、それだけ衝撃的な言葉だったらしい。オーガスさんはさてねえ、と詰め寄る精霊主たちに無責任に答えた。
「俺はあの方のお心なんてしらねーし、どう転ぶかはわからんがね。今回の話を聞いて再び怒る可能性も否定できないだろ?」
 バーズナに操られた経験のあるカディとカースが同時にうなった。
「俺が適当に報告するより、お前らが直にした方が言い訳できるだろ?」
『マスターの前で見苦しく言い訳などする気はありませんが』
「ほー。そうなのか?」
『その心づかいはありがたい、です』
 何かと敵視しているオーガスさんに素直に言うのは癪らしく、カディの言葉はいつになく歯切れが悪い。
 カディはぶつぶつと言うとこぶしを握り締める。
『その提案は我々にはありがたいですが、貴方に何のメリットがあるのです?』
「人の親切の裏を読むなんて性格悪いなお前」
『貴方がむやみに人に親切をするとは思えませんから』
「長い付き合いだってのに俺とお前の間には巨大な誤解が横たわってるようだな」
『カディ! オーガスが親切を言うことなんて滅多にないんだから!』
『そうだわそうだわ。オーガスだってたまにはいいこと言うことがあるんだわから!』
「……俺とお前らの間には、か。言いたい放題言いやがって……」
 オーガスさんがぴくぴくと頬をひきつらせる。
「言ったろ。俺はお前らの尻拭いで上に懇切丁寧に報告を差し上げるなんて面倒なわけだ。また似たようなことがあったらまた話を中継しなきゃならないだろ? その面倒を思えば、ここらで一度お前らとお前らが尊敬するマスターとの再会をセッティングした方が後々の面倒が避けられるじゃねえか」
 腹にすえかねたのか、お前たちがそろって顔を出そうとしてもお前らのマスターが許して顔を見せて下さるとは限らねえけどな、とオーガスさんは腹立たしそうに続ける。
「いいんだぜ俺は。お前らが意地を張った結果これまで通り何も変わらなくても。今回のことはそのうち気が向いたら報告すればいいんだからな。大失態を犯した精霊主が報告する努力もせずにのうのうと下界を彷徨ってると知ったらいかに温厚なあの方でもさらにお怒りになるだろうなー?」
 からかうように言った後、交渉決裂だなと呟いて立ち上がるオーガスさんの前にチークが躍り出る。
『……成立だ』
「ほう?」
 静かな一言にオーガスさんは眉を上げた。
 真意を探るようにチークを見た後、長年の付き合いでもその思惑を読み切れなかったのか他の精霊主に目を移す。
「カディは納得してないようだが?」
『この機会を逃せば次がいつあるか分からない。わかるだろう?』
 チークは珍しく多言だった。すっとカディの方を見て告げると静かに彼の返答を待つ。
『それは、まあ――確かに』
 渋々といった様子でカディはうなずき、それにチークも満足そうに一つうなずく。
『納得、した』
「そうだな」
『ですが』
 一度うなずいたのにカディはそう呟く。視線をあちこちに向けて、最後にちらりと俺を見る。それから、オーガスさんに目を向けて、再び口を開いた。
『確かに、我々の口から報告をすることが叶うのならばそうしたいです。ですが――そうできるのはいつの話になるのです?』
「さあ」
 オーガスさんはそっけなく肩をすくめた。
「そもそもあの方がお怒りになるなんて珍しいし長続きはしてないとは思うが、実際どうなんだろうな?」
 続くのは他人事だからどうでもいいといった調子の言葉だ。
「すぐ会えたら運がいいな」
『運の問題……ですか?』
 カディは呆然と呟き、眉を寄せる。
「俺が言えるのは、あの方のご機嫌が今よろしかったらいいなってことくらいだ。ま、仮にご機嫌よろしくてすぐに出会えても、報告する内容が内容だからその後のことはしらねーけど」
 対するオーガスさんはどこまでも適当な口ぶりだ。
『無責任な……』
「本当に無責任なのは報告を放棄しようとしてたお前らだろ」
 だけど思わず漏らしたようなカディの呟きには、意外と鋭い突っ込み。カディが言葉に詰まったのが表情でわかった。
「結局どうするんだ? 俺はどっちでもいいんだぜ。お前らがいつまでもマスターに愛想つかされ続けててもそれはそれで面白い見物だし」
 顔をしかめるカディにオーガスさんはにやにや告げる。何がそんなに面白いのかわからないけど、心の底から楽しんでいそうないやーな笑いだ。
『面白いとかそういう問題ですか?』
「実際笑える事態だし」
『オーガス……』
『人事だと思って』
 精霊主たちの冷たい眼差しにオーガスさんはちっとも動揺せずににやにや笑いを収めない。
「いやー、おもしれーよなー、ソート」
「や、俺に振られても」
「お前にも関連することだろ」
「どこが」
 それでも睨まれるのは遠慮したかったのかオーガスさんは俺に話を振ってくる。にやにや笑いを少し収めて、オーガスさんはくっと笑いをこらえる。
「関係者だろお前は、かなり。マスター第一のカディはお前の危なっかしさが心配で渋ってんだぜ、きっと。お前がここにいなきゃ俺が口をきいてやるって言った瞬間に飛びついたに違いねえぞ」
「危なっかしい、て……」
「行き倒れた瞬間に出会ったのが効いてるんじゃねえ?」
「う……」
 オーガスさんがさらりと事実を口にする。本当のことだけに言い返せなかった。沈黙を守っているカディも文句を言わずに黙ってるってことは――オーガスさんが思うとおり、俺を心配してあれこれ言ってるってこと、なんだろうな。
「お前の師匠からお前が旅に出たって聞いた瞬間、俺もお前が行き倒れてねーかなって思ったくらいだからな。実際行き倒れてるんだから爆笑ものだよな?」
 がっくりうなだれそうになったところで、実際今にも大笑いしそうな顔で言われたらかなりへこむ。どんだけ信用がないんだよ、俺って。
 まあ、事実そんなことがあったわけだけど。でもなあ、それでもさ。
「なあカディ、そんなの何カ月も前の話だし、心配ないぞ?」
 いろいろ経験を積んだんだから多分、きっと。
 精霊主達は噂のマスターについてあれこれ語ってた。オーガスさんの言葉じゃないけど、スィエンとカースのくだらない喧嘩に愛想を尽かしたらしいそのマスターと仲直り――ていうのかな、それができるならカディはすぐにも飛びつきたいはずだ。
 子供みたいな喧嘩の連帯責任で尊敬するマスターにそっぽを向かれたことについていろいろ感じてるみたいだし、オーガスさんが気まぐれで口をきいてくれることなんて今後あるか分からないし、実際滅多にない大チャンスなんじゃないか?
 それを俺が危なっかしいとかいう理由で棒に振らせるのは申し訳ない。
『本気で言ってますか?』
 俺の言葉にカディはすーっと目を細めた。
「もちろん」
『よく言いますよ。そりゃあ当初に比べれば旅慣れてきましたけど、自分の懐が寂しいのにただ同然の労働を繰り返して、食事の現物支給で満足している貴方を一人で放り出すのは不安ですよ!』
 ぶはっとこらえきれなくなったかのようにオーガスさんが噴出して、失礼にもぎゃははと大声を上げる。やっべえ想像以上に生活力がねえと無遠慮な叫びが続く。
『私が口を酸っぱくして注意してもそうだったのに、一人になればどうなると思うのです? 早晩再び行き倒れるに違いありません』
 オーガスさんにうるさいと注意したカディがきっぱりと続ける。チークが重々しく同意してうなずくのが横目に見えた。
 一応注意に従って笑いをこらえていたオーガスさんがひーひー言いながら目尻をぬぐう。
「あー、おもしれー。ソートお前信用なさすぎ」
「うるさいなあ、オーガスさん。笑いすぎだし!」
「わはは。俺もお前ならそのうち再び行き倒れると信じてるからなー」
 すげえ失礼なことを満面の笑みで言われた。そんなことはもうないように努力するよ俺だって。懐は寂しくても、野草を採るとかして何とか生きていけると思うんだ。
『貴方のご友人はソートのことを心配しているのでしょう。幼いころから知っている友人の弟子がむざむざ行き倒れそうだとそんなに楽しそうに予測するなんて何考えてるんですか!』
「いろいろ考えてるぜ?」
 楽しそうに顔を緩ませながらオーガスさんはきっぱり断言する。
「セルクに聞いたが、ソートは俺の忠告に従っていったんフラストに戻るんだろ。殿下に引っ付いてたら、行き倒れることはないと思うが。な、ソート」
「え、ああ。フラストの王宮から家までは一人でも普通に往復できるぞ?」
 俺はカディを安心させる意味でうなずいた。実際、何度かは一人で通ったことがある道だ。カディの心配する懐の状態はあの時より悪いけど、その分経験を積んだんだからどうとでもなる。
「だから要は、お前が素早くあの方に報告した上で、危なっかしくてたまらない精霊使いをしばらく見守る許可を得ればいいだけだろ」
『そこに問題があるとは思わないのですか――マスターがいつお怒りを解いて下さるか分からない。さらには報告を差し上げたら……私とカースは、あの男に操られたのです。危険だからとその許可が下りないかもしれないのですから』
「え」
 カディの言葉に俺は驚いた。
「その辺は情に訴えて説得すればなんとでもなるだろ。お前らのマスターはその辺甘いから」
 俺が耳にしたことを理解しようと努力している間にオーガスさんはさらりと言い放つ。
『他人事だと思って日和見な……』
 ぼそりとカディが文句をつけたところで、ようやく内容を把握する。
「なあ、カディ。それって――カディ達がそのマスターに許してもらえなかったら、もう会えないかもしれないってこと、なのか?」
 それは全然想像したことがなかった。
 将来のことなんてあんまり考えたことはないけど、カディが常々「ソートの旅の間の保護者代わり」なんて口にしてたから何となく旅の間は一緒にいるとばかり思ってた。
 小うるさいけど頼りになるカディがいれば、道中は楽しいだろうなって。スィエンも面白そうだからと引っ付いてきそうな気はしてた。何を考えてるのか分からないチークはこれからどうかわからないし、カースは付き合いが浅いしスィエンと仲が悪いから読めないけど、しばらく一緒にいるからなんとなく一緒にいそうだなとかおぼろげに思ってた。
 カディの指摘はだから、俺にとって衝撃的だった。なんとなく、本当になんとなくだけど、カディだけは戻ってきそうな気がしてたから。
 戻ってこないなんて嫌だなって、反射的に思った。
 だけど……、俺なんかよりそのマスターの方が精霊主にとっては大事な存在だよな。
 それに、考えるまでもなく、精霊の中の偉い人な精霊主がそのマスター……つまり、神様の傍にいるのは正しいことだ。
 カディはゆっくりと、首を縦に振る。
『マスターからそう命じられたら、従わなくてはなりません』
 カディ達が傍にいるのが当たり前過ぎて忘れかけていた常識を思い出してしまえば、それが嫌だなんて俺には言えない。
「そっか、そうだよな。そんなことになったら、寂しいな」
「何しんみりしてんだよ」
「だってさ、オーガスさん」
 空気を読まないオーガスさんの言葉にカディじゃないけど俺は反論をしかける。オーガスさんは手をひらひら振って黙れと俺に示した。
「言ったろ、こいつらのマスターって人は情に訴えれば何とかなる方なんだよ」
「情に訴える、って」
 いいから黙れ、とオーガスさんは繰り返す。
「そもそもスィエンとカースがあまりにうるさくってうんざりして出てった方だぞ? 近くでカディが最近ともに行動していた精霊使いが心配で心配で心配でたまらないとでも訴えたら、うるさいから心配ならとっとと行けって言いそうなもんだろ?」
「それは情に訴えるのと違うと思う」
「似たようなもんだろ」
 堂々と言い放つオーガスさんは自信たっぷりだ。カディは苦い顔ではあとため息をついている。
 俺としては、神様が「とっとと出て行け」なんて言うことがあり得るのか気になったが――聞いても幸せにはなれそうにないのでカディの真似をして息を吐いた。
「カディ、オーガスさんがここまで言ってるから、素直に行けばいいんじゃないか? 俺なんかに引っ付いてて、そのマスターって方が怒りを増したら申し訳ないし」
『ですが』
「カディがいないのは寂しいけどさ。フラストまではグラウトと一緒だし、師匠のところに戻るくらいで行き倒れるわけないし、平気だって」
 俺がそこまで言ってもカディは心配そうな顔を崩さない。
「ほら、本人がこう言ってるんだからぐだぐだ言わずに俺の提案に乗っとけよ」
『貴方はただ単に自分が詳しくあれこれ報告するのが面倒くさいだけでしょう!』
「ひでーな、親切で言ってやってんのに。心配でも、笑って送り出してやるのが、友情ってもんだろ。ソートはそうしようとしてるのに、お前はそうできねえわけ?」
『それは……』
 カディは一瞬言葉に詰まった。
『そう、ですね』
「だろ?」
 わずかな沈黙の後続いた言葉にオーガスさんは会心の笑みを見せる。
「俺はお前らがちゃーんと上のお許しを得て、報告を直接上げることができるようになれば負担が減ってありがたい。ソートのことがそんなに心配だって言うなら、お前の言うとおりソートは俺の友人の弟子なわけだからその辺も口添えしてやってもいいぞ?」
『――そこまで気前がいいと、何を企んでいるのか気になるのですが』
「素直にありがとうって言うべきじゃねえのここは」
 けっとオーガスさんは舌を打つ。
『ですが、好意はありがたく受け取っておきます』
「何でそんな上から目線なんだよお前」
 眉を寄せていうものの、オーガスさんは本当はどうでもいいのか言い終えた直後ににやりと笑って、「じゃあ約束だからな」と念押ししてから去っていく。
 それからすぐに戻ってきたグラウトに軽く事情説明をしていれば、突然決まってしまったことにしんみりしている暇は全くなかった。

2009.04.08 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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