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精霊使いと魔法国家

9章 2.口喧嘩の仲裁を

 アイリアさんが姿を見せたのは、俺たちが昨日のことについて話せるだけ話してしばらくしてからだった。
 昼食のお誘いをありがたく受け取って、準備しますと言い訳して一度扉を閉める。
「あー、スィエン達どうしよう」
 うんざりと呟きつつ俺は渋々寝室に向かう。置いていきたいのは山々だけど、カディがさっき心配していたようなことが起きるのも困るわけで、置いていくわけにもいかない、と思う。
 セルクさんがうまいようにやってるだろうから大丈夫だろうけど、もし万が一があったら嫌だし。
「止められるかなー」
『どうでしょうか』
 俺の呟きに答えるカディの声はため息混じりだった。
『マスターだってたまに匙を投げるくらいですからね、彼女たちのあれは』
 だからそのマスターって誰だよなんて思いながら寝室の扉を開ける。途端に、子供じみた言い合いがはっきりと耳に飛び込んできた。
『やっぱり……まだ続いてますよね』
 カディは隠しようもないくらい大きなため息を漏らした。思わず横を見るとどこか疲れたような顔をしている。そりゃそうだと言わんばかりにその横でチークが重々しく首肯していた。
「やっぱりって、そんなに仲が悪いのか?」
 神に近しい精霊主二人が子供じみた言い争いを同僚に呆れられるほど繰り広げるのが日常らしき口ぶりは、期待することをやめておこうと自分に言い聞かせた俺でもなんというか、えーと、あってなきがごとしだった期待を粉々に砕かれたような気になる。
 多少持ち直したはずのカディが俺の予想に反して説得や文句の言葉一つ口にしようとしないほど諦めてるって、どうなんだ。
 カディはうんざりとした顔でうなずいた。
『そのおかげで、私たちがここにいるんですから』
「はあ」
 さっぱり意味のわからない疲れ切った声に俺は間の抜けた声を上げるしかない。それはどういう意味なのか気になるけど、アイリアさんを部屋の前で待たせているんだから問い詰めている場合じゃない。
「口喧嘩だけだから救いはあるよな。これで力まで振るわれた日には救いようがないし」
 正直――聞いてるだけで馬鹿らしくなるような子供な言い争いを聞いてると何の救いも見いだせないし放置したくなるけど。
 精霊主って俺より遙かに大人なはずなのに、なんだそれは。どっちかが大人になって流せばいいのにさ。
 ああ……カースはもうちょっと大人だと思ってたんだけどなー。そんなことを思ってもどうしようもないので、俺は頭を振った。
『そうですねー。さすがに毎度毎度二人が全力でぶつかっていたら影響が大きすぎるとマスターが処置しておいてくださらなかったら、今ここは大洪水か大火事ですよね。それ以前に昨晩つぶし合いでどうにかなってたでしょうけど』
 カディはどこか遠くを見るようにして、ぼそぼそと言った。
 そのマスターっていったい何者だと問いたくなったけど、問うまでもなく気付いてしまった。
 あれか、お前らの言うマスターって神様か。どの方だ。しかもカース曰く俺なんかに似ているそのマスターってどなただ。うわ想像したくない上に恐れ多すぎる。
 いやそれよりも、精霊主同士の力を打ち消し合う神の定めって、スィエンとカースが仲が悪いからできたとかそんな理由ありなのか?
 ありなのかーっ!
 カディに習って現実逃避をしたくなるのと叫びたいのを、俺はぐっとこらえた。二人をどうにかしないと俺の腹の虫がおさまらない。空腹的な意味で。
 ほら今も意識すると腹が鳴りそうだ。若干痛いような気がするのは腹が減りすぎたサインだ。ストレスで胃痛とかそういうんじゃなく。
 これは現実逃避じゃない、現実逃避じゃないぞ。なんつっても腹が減っているのは確かな現実だからな!
「なあ二人ともそろそろやめないかー?」
 口を挟むだけ馬鹿を見ると思ってたけど、俺は渋々声をかける。
『きーっ。むかつくわねー!』
『それはこっちの台詞だわよ!』
『馬鹿みたいにだわだわ言ってるあんたに言われたくないわよ!』
『スィエンは馬鹿じゃないのだわよ!』
『そのだわが馬鹿だってアピールも同然よ!』
 俺の声は二人のばかばかしい言い争いに紛れてむなしく消える。俺に言わせれば、どっちも馬鹿だと思うなー。言い争うきっかけはどうあれ、たぶん毎回同じことを飽きもせず繰り返してるんだろうなと俺だって思うような言い合いだから。
『マスター以外に言い争う二人を止められる方はそうそういませんよ』
 何もなかったかのように平然とけたたましく続く言い争いを俺が呆然と聞いていると、静かにカディが言った。
「あっさり言うなよ。俺いつ昼飯食いに行けるんだよ。アイリアさんを待たせてるんだぞ」
『さあ、いつでしょうねえ』
 カディは俺を正視しようせず、どこか遠くを見ている。達観していると言うよりは、諦めきった口ぶり。
 気持ちはわかるような気がした。短いつきあいの俺だってさっきから今まででげんなりしそうな言い合いを、俺には想像できないくらい長い間カディは耳にしてきたんだろうから――仲裁の言葉をそのたびに無視されたんだとしたら、諦めもするだろうな。
「置いてってもいいかな。俺本気で腹減ったんだけど」
『食べに行くのでなく、持ってきてもらったらどうなんです?』
「でもここに来てずっと昼はレイドルさん達と一緒だし、もう返事したから行かないと悪いよ」
 カディはようやく俺を見て、難しい顔でうなった。
『ソートが飢えているのはわかるんですが、しかし置いていくのは……』
「万が一があれば困るのはわかるけどさ、たぶんセルクさんがうまくやったと思うんだけどなあ」
 何かあったらって考えると心配は心配だけど、一応解決したことになってるんだから俺の腹を満たすことの方が今は重要のように思える。
 カディは難しい顔で、どうあってもうなずこうとしない。
 俺は大げさにため息を吐いてみせた。
「あーもう。無駄と思うけどもう一度言って駄目だったら俺もう行くからな」
『ですが』
「心配ならお前達はここに残ればいいじゃないか」
『全員で残るのもそれはそれで心配なのですけど』
「二人だけで放っておくより、カディとチークが周囲に気を払った方が安全な気もするけどなー」
 まだ何か言いたそうなカディを無視して、俺はスィエン達に接近を試みる。たとえ実体のない精霊でも喧嘩している相手の真ん中に躍り出る勇気はなくて、若干離れた位置で俺は立ち止まった。
 近づくと耳にキンキン響く子供な言い争いにさらにげんなりして、精霊を見ないように意識するのと同じように聞かないように意識したら二人の声が遠のく。これ、最初に気付いてればよかったななんて考えつつ、俺は大きく息を吸った。
「いい加減喧嘩はやめろよ」
 大声を出したところで止まらないと思ったけど、やっぱり二人の言い合いは止まらない。あーあと内心ため息を漏らしつつ、俺はカディに精一杯頑張ったアピールをするためだけにもう一度息を吸う。
「そろそろ止めないと、放って出てくからな!」
 大きな声で言い放つと、結果はどうあれ胸がすっとする。俺は言った、言い切ってやった。
 義理は果たしたから、昼飯食いに行くか。俺は満足してくるりと反転して、愕然とした顔をしているカディの顔を発見する。
『そ……そんな、まさか……ッ』
「どうした?」
『まさかソートが二人の言い争いを止めるなんて』
「――は?」
 驚きの色を隠さない言葉に逆に驚いて、俺は振り返る。スィエンとカースが――声が遠のいたとかそういう問題じゃなく、ぴたりと言い争いを止めていた。
『懲りていないのかと思ってましたけど、二人でも少しは反省することがあったんですね』
『どーゆー意味だわよ』
 ふてくされたようなスィエンの声はそう大きくない。
『スィエンとは違って、私はちゃんと反省くらいするのよ』
『それこそどういう意味なのだわよ!』
『また喧嘩する気ですか貴方たちは!』
 再び白熱するかと思った言い争いは、始まってしまう前にカディの一喝ですぐさま消える。一瞬で二人の間に躍り出たカディは怖い顔で順繰りに二人の顔を見た。
『今ソートが言ったのと同じ言葉を放たれた後、マスターが我々を置いていかれた日のことを忘れたなんて言いませんよね?』
 怖い顔のまま低い声でカディは説教をはじめる。神妙な顔でスィエンとカースは何度もうなずいた。
『それもこれもいつもいつもいつもいつもいつもいつも飽きもせず聞いているだけでうんざりする言い争いを貴方たちが繰り広げた結果ですよ?』
『う……』
『――はい』
 カディは反省の気配を見せる二人に少しだけ満足げな様子を見せる。
『同じような過ちを繰り返していると、いつまで経ってもマスターに許していただけないんですからね! あの優しいマスターの怒りのとばっちりを受けた私とチークがいい迷惑です』
 スィエン達が息もぴったりにごめんなさいと謝るとカディは鷹揚にうなずいた。
『わかれば結構です。一緒にいるんでしたら喧嘩は止めてください。仲良くしろとまでは言いませんが、オーガスの前でくらいはお互い譲歩してくださいね。ええ、そうすればあの人だって少しはマスターに口をきいてくれるかもしれませんからね』
『そうだわかしら』
『基本面白がってるオーガスが、マスターの怒りを宥めてくれるとは思えないけど……』
『悲観的な方向で意見をそろえないでください!』
 顔を見合わせていたスィエンとカースはカディの一喝で向き直った。わかりましたとばかりにこくこくうなずく二人を見てカディは息を吐いた。
『では、できる限り沈黙を守りつつソートに同行しますよ。今回の件もこれ以上ない失点なのです。もし万が一今から同じ轍を踏めば、オーガスはおもしろおかしくマスターに事の次第を話してさらなるお怒りを煽るに違いないんですからね。そうならないためにはソートと行動を共にするのが一番安全です――ほら、行きましょうソート』
「ああ」
『何を惚けたような顔をしてるんですか?』
 俺に近づいてきたカディは不思議そうな顔をする。
「いや……何でもない」
 突き詰めて考えるとまた知らないでいいことを知った気が、するんだなこれが。なんだかとても気になることを言われたけど――ここは突っ込まない方が正解だよな。
「腹減ったし、行くか」
 俺はそう思って、率先して歩き出した。

2009.01.23 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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