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精霊使いと魔法国家

9章 4.求める約束

「お前、貴族は嫌いなんじゃなかったのか?」
 ごちそうさまをした後に状況を把握して俺は思わずカディに尋ねた。
『あまり好きではありませんね』
「そうなのかい?」
 きっぱり答えるカディにグラウトは驚く。その反応は、グラウトにしてはかなり気安いものだった。
『強い力を前に欲望を抱かないで済む人間はそう多くありませんから。権力者である貴族はなおさらです』
「ふむ。その中で私には気を許してくれたのは光栄だねえ。何故だい?」
 興味深そうにグラウトは首を傾げる。たいした理由じゃありませんよとカディは言った。
『以前にソートから名前を聞いていましたから』
「ソートが、私のことを?」
 グラウトは驚いたようだったが、俺も驚いた。
「言ったっけ?」
『忘れたんですかッ?』
「覚えがない」
『まあ……それから、色々ありましたからね。でもあれだけインパクトのあることを失念するなんて私としては信じられませんけど』
「く……っ。ど忘れしただけなのにそんな風に言うことないだろー!」
 フォローしたように見せかけて、カディはきっちり落としてくれた。
「ならばどういう状況で私の話が出たんだろうね?」
「あー、えーと……うーん」
『それはですね』
「待て、待て待て待てっ」
 興味津々のグラウトには悪いけど俺は言いかけるカディを慌てて止めた。自分が思い出せないのは悔しいし、カディがその事実を語ったら、余計なことまで言いそうじゃないか。
 自分がグラウトについてどうカディに言ったのか思い出せないだけに、それは余計に恐ろしい。
「思い出す、すぐに思い出す。きっと思い出すから待て!」
『思い出せないと顔に書いてある気がしますけど……』
「いいや、そんなことはない。ないぞ。ないから!」
「なにやら非常に気になるけど――ソートがそう言うのなら思い出すのを待とうか」
 くすくす笑いながらグラウトは助け船を出してくれた。
「おう、任せとけ!」
「この国の滞在中に思い出せたらいいね」
 自信満々に言い切った俺は、他意はありませんと言わんばかりのお綺麗なグラウトの笑顔に遅れて気付いて首を傾げる。
「本当にそう思ってんのか?」
「一応はね」
『ソートはどうやら信頼されてないようですね』
「まさか。私はソートのことを信頼しているとも」
 駄目だ。力強く言い放ったグラウトの声が楽しそうな響きをはらんでいる。
「そうだねえ、この国が無事に次代の王を戴いたあと、それでもなおソートが何も思い出せないようなら」
「なら、なんだ?」
 ご機嫌なグラウトがとんでもないことを言い出す前触れを感じて、俺は密かに戦いた。そんな様子を見せたら最後、がっつり食いつかれるのは目に見えてるからしないけど。
「我がフラストに籍を置くのはどうだろう。ラストーズの新王陛下の実の弟が修行とは言え各地を出歩くのは外聞が悪いだろう」
「それとこれとは話が別だろ」
 うすうす予想していた傾向の話だからこそ、俺は冷静を装って答えることができる。
「っていうかだな。そもそも俺は偽者なんだから外聞が悪いも何もないだろ」
「真実はどうあれ、対外的には私の幼なじみの君は新王陛下の弟君なんだからやはり外聞は悪いと思うよ?」
 冷静に諭されるとそうなのかなと思ってしまう。
『軽々しくあの人の口車に乗ったのは大きな間違いでしたねえ』
 カディがやれやれと呆れた声を出す。俺だってやれやれな気分だ。セルクさんがあんなに行動的に俺の存在をあちこちに主張していくなんて考えてなかったんだから。
「まあ、君が私をどんな風に噂したのか思い出してくれたならこの話は流していいから。さんざん嫌がっている君をそうやって追い込んだら思い出してくれると信頼して言っただけだから」
「頑張って思い出すよ……」
 思わずため息をつく俺にグラウトはどうやら同情してくれたらしい。信頼している方向性が激しく間違っている気がするけど、俺はありがたくその言葉を受けた。
 グラウトは鷹揚にうなずいて、それに応じた。
「それはそれとして、君はフラストに籍を置く方がいいと思うけれどね」
「ちょっと待て。何でそこに話を戻すんだよ!」
 なのに。きれいに話が終わったと思った瞬間にすぐ、グラウトは話を蒸し返す。
「そりゃあ、君がいたら毎日が楽しいと思うからだよ」
「平然と言うんじゃない」
 大体、楽しいのはグラウトだけだ。毎日グラウトと一緒だなんて考えるだけでも恐ろしい。からかわれて楽しまれるのは時々で十分だ。
「ではどう言えと……うん、そうだねえ。ソートは自分が今回の件で私に大きな借りを作ったと自覚してもらうのが先決かな」
「う」
「狂言に付き合わされた私のことをもう少し思いやってくれてもいいとは思わないかい? 私はただ君とおもしろおかしく過ごせたらいいと考えているだけなんだよ。小さな望みだとは思わないかい?」
「うう」
 だってそれはセルクさんが、と言ってもきっとグラウトは了承しないだろう。セルクさんの要請に従って偽者役を引き受けると、最終的に俺がそう決めたんだから――情にほだされたとはいえうなずくんじゃなかったと今はかなり後悔してるけど。
 あの手この手で俺をうなずかせたセルクさんの口が達者だってことだよな。それからの暗躍を思うと、ほだされるんじゃなかったと強く思う。
 おかげで助かった面もあるんだけど、それはそれとして。
 グラウトが物憂げにため息を漏らすのは、たぶん演技だ。長年の付き合いは、馬鹿にできない。
 ……だけど、演技だけど。
 俺がフラストにいればいいと思ってるのは、間違いなく本音だともわかってしまう。
 王族っていう立場は色々と面倒そうで、グラウトが気を抜いて話ができる相手は少ない。俺はそうできる数少ない例外で、だからこそこうやってしつこい。
 さんざんからかわれてうんざりしている俺だけど、だからってグラウトのことが嫌いだってわけじゃない。グラウトにとって俺が貴重な友人であるのと同様に、普段は人里離れた森の中でずっと過ごしていた俺にとってもそうなんだ。
 ほだされそうな自分を制しつつ、グラウトを諦めさせるのにはどうすればいいのか考える。これまでは「嫌だ」の一言で突っぱねてきたけど、散々迷惑をかけている自覚のある今は簡単にそうはできない。
 借りがあるのはわかってるけど、その借りを全部俺が返す必要はない。だって、大げさなことになったのはほとんどがセルクさんのせいだろ。きっかけは俺がいいってうなずいたからだから、少しは悪いけど。
 借りは大きくても、それに俺の今後を返すってわけにはいかない。
 俺が黙って考え込んでいるとグラウトは物憂げな様子をうち捨てて、呆れたようにため息を漏らした。
「別に今すぐにと言っているわけではないんだけどね」
 口の端をほんの少し持ち上げて、彼は俺を見る。
「これまでになく真剣に考えてくれたのはわかったから、少しは引こうじゃないか」
『少しは、と言うと?』
 言葉尻に引っかかったらしいカディの突っ込みにグラウトは明らかな笑顔で一つうなずく。
「私はソートの事情を理解しているつもりだよ。君の師匠は言っていた。ソートは世界を知らなすぎるから、少しは知るべきだと。そう育ったのは他でもない君の親代わりのあの精霊使いが原因だと私は思うけれど。あの人は突き放すようでいて案外と過保護だから」
『そうですね。私はソートの師を知りませんが、ソートが世間知らずであることは認めます』
「認めんなよ!」
『事実でしょう?』
 違うとすぐさま言い切れない俺をカディは勝ち誇ったような顔で見た。
「ソートが世界を知り、成長することは私にとっても喜ばしい。私も知識として身につけているだけで、実際を知らないのだから似たようなものだ。時折フラストに戻り、君の知った世界を私に話して聞かせてくれるというのはどうだろう?」
「いや、どうだろうって……」
 グラウトが大幅に譲歩してくれたことが信じられなくて、俺はぼそぼそと呟いた。
「駄目かな? 半年に一度くらいと言いたいところだけど、世界は広い。一年……いや、数年に一度でもいいよ」
 本当に大きな譲歩だ。言われなくてもフラストに戻ればそれくらいはするつもりだったし、簡単にうなずいてもいいくらいの条件だ。
 だけど何か落とし穴が待っていそうな気がするから、俺はグラウトの様子を十分に観察する。
 俺たちの間には固い友情が存在している――と俺は思っている。グラウトにはっきり確認したことはないし、たとえそうしたにしても煙に巻かれると思うけど、たぶん。
 今の俺は修行の旅の途中で、旅と言うからにはそのうち戻る予定だ。戻るのは端っことはいえフラストで、戻ったからにはグラウトに顔を見せに行くくらいいくらでもするって、俺よりも格段に頭がいいグラウトはわかりそうなもんだ。
「うなずいてくれないのかい?」
 勢い込んで俺に言ってきていたグラウトが眉を寄せて呟く。
 なのに何でこんな風に言ってくるのかな。どこまで本気で言ってるのか、さっぱりわからない。
「こんな簡単なことでも?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「私の言葉に疑わしいことがあるかな?」
 いいやと即座に首を横に振ったけど、グラウトは「疑わしいと思っているんだね」と断言してきた。
「やれやれ、悲しいことじゃないか。私は君と信頼関係を築いていると思っているのに」
「お、俺だっていちおー信頼はしてるけど――うまい話には裏があるって俺はこの旅の途中に学びつつあるんだ」
「心外な」
「大体、お前は俺を何度も騙した前科があるんだからな」
「あれはからかったって言うんだよ」
「似たようなものだろーが!」
「簡単な引っかけに引っかかるソートが悪い」
『まあ、ソートは騙しやすそうですよね……今ここにいるのも大きく騙された結果ですしね……』
「だろうだろう、そうだろう」
 遠い目をして呟くカディにグラウトはうんうんうなずいた。
「どんなところで意気投合してんだよー!」
 俺は納得いかなくて、叫ぶ。
 二人とも平然と俺の叫びを聞き流して、だけどカディだけはそれから表情を改めた。
『一応、私はこの旅の間ソートの保護者役を務めようと思ってますのでお聞きしますけど』
「おや、それは気苦労が絶えない立場だね」
『好きでやってますが、時々は――。さて、ソートが貴方と親しい立場なのは間違いないようです。人情に厚い精霊使いが親しい人に不義理をするわけがないと、親しい人ならわかりそうなものですが』
 前半納得できないところがあったけど、後半は俺が思っているのと全く同じことだ。グラウトはカディとそうだそうだとうなずく俺とを交互に見るが、何も言わない。
『まして、ソートは修行の旅の途中なのです。今は若くて頼りないところのある彼でも、そのうち成長すれば修行を終え戻るはずです。戻ってくることがわかっているからには、なおのことわざわざ約束を取り付けることはないと私には思えます』
 グラウトはゆっくりと両手を持ち上げて、顔の前で組んだ。
「それでも確証が欲しい――そう思っては駄目かな」
「駄目、じゃないと思う」
 グラウトの態度は演技がかっている。だけど静かに紡がれた言葉には、重みがあった。
「そう、それはよかった」
『初めからそう素直に言えば、ソートがうなずくことはわかっていたでしょう。逆に言えば、ソートが認めるわけがない話を、なぜあえてしたのです?』
 俺自身はなんとなく納得したのに、カディはどうも納得できないようだ。
「そうすればより素直にうなずいてくれると経験上知っているから、かな」
『それだけですか?』
 手厳しいねぇとグラウトは苦笑した。降参だとばかりに両手を上げて、やれやれと頭を振る。
「ラストーズにソートを持っていかれると困るから、きちんとソートから言質を取っておこうと思っただけだよ」
「何言ってんだグラウト。この国は魔法使いの国で、精霊使いをよく思ってないんだぞ」
 グラウトらしくない言葉だと俺は笑う。だが、カディはなるほどとうなずいた。
「なんだよ、カディまで真剣な顔をして」
「この国が魔法使いの国なのは、現時点での話だ。これからは変わってくると私は踏んでいる」
『そうですね――その可能性は高いように思われます』
「なんでだよ」
 カディは俺を見て、呆れたように大げさなため息を漏らした。わからないかい? わからないだろうねとグラウトは微笑む。
「ラストーズは新しい時代に入ろうとしているんだよ。今度の新王の即位は異例尽くしだ」
「異例?」
「本来、この国の慣例で言えば、即位するべきは王女殿下。その王女を妻として即位する王は本来臣下の立場だ。魔法に秀で、王家と血が近しいとは言え臣下が王位につくのは異常なことなんだよ」
「そうなのか?」
 グラウトはこくりとうなずいた。
「本来王となるべき王女を妻とし、現国王が後見となることでぎりぎり許容されたようだが。ともあれそれは異常なことで、これからの変化を予想させる。魔法の才が重視されてきたこの国の中で、王妃となるのは魔法の使えない元王女。今後魔法の使えない人間にも道が開かれるだろうと、新王の側近のアートレス殿が証明するだろう」
「本人は嫌がってるみたいだけどな」
『嫌がってはいてもそうなるように仕向けているでしょう、あの人は――そうなるべく行動しているようですし』
「どこが?」
 カディはさっきのグラウトと同じように『ソートにはわからないでしょうね』ときっぱり言い切りやがった。
「なんだよその言い方は」
 俺はむっとしてカディを睨み付ける。
 なんとなく悔しくて二人の言っていることを理解しようと考えてみる。考えて考えて、そういえば前にグラウトが今言ったのと同じようなことをセルクさんが言っていたことを思い出す。
 新しい国王様の弟が精霊使いで、王女様や自分が魔法を使えなかったら時代は変わるかなーとかなんとか。そんなことをちらっと言っていた気がする。
 あの時カディはいなかったんだっけ。誰かに――オーガスさんに――あれこれ報告しに行っていた時だったかな。そう遠い過去の話じゃないのに、ずいぶん前の話みたいだ。
『――本当にそうなのかはわかりかねますけれどね』
 カディの言葉に、セルクさんが前にそう言ってたからそれ正しいと思うぞ、と俺は言おうとした。
 だけどその前に、とんでもないことをカディが言い始めたので俺は結局そのことを言いそびれた。
『魔法が扱えるのに、使えないふりをしているのは単純に面倒な立場を避けるためかもしれませんが』
「――はぁ?」
「何、彼は武家の出ではないのか?」
 間の抜けた声が俺の口から漏れ、驚いたようなグラウトの声が重なる。
『武家といってもラストーズの貴族でしょう。魔法の才があってもおかしくない』
「それはそうだが、魔法は使えないと私は聞いたのだが」
『かなり巧みに扱ってましたよ』
「はあああ?」
 俺はまたしても間抜けな声を上げつつ、呆然とカディを見た。
「扱っていた?」
『ソートが全く気付いていないのがいい証拠でしょう』
「気付いてないって、俺の前で何かしたってことか?」
 カディはきっぱりとうなずいた。
『昨日、封印の端緒はあの人の攻撃だったでしょう』
「あの光ってた剣か? あれはカディ達の力をオーガスさんが分けてどうにかしたと思ってたんだけど」
『ええ、確かにそれはそうですが……オーガスは大雑把で面倒くさがりですからね。何とかしろと丸投げしただけで、その力を剣に宿らせたのはあの人ですよ。あの人はけして精霊使いではない。ですが魔法を使える人間には、精霊の力を呪文を使い借り受けることが出来るものも多い』
「なんでそんなこと……」
『オーガスは警戒されていましたし、精霊使いも警戒されていました。唯一戦力外とみなされていたのはあの人だったからでしょう。私の想像が正しければ、かなりの力の持ち主ですよ』
 俺は信じられなくてまじまじとカディの顔を見た。カディの顔は真剣で、俺をからかっているようにはちっとも見えない。
 思い起こしたセルクさんの姿は剣士そのもので、到底信じられない。苦手にしているセルクさんをある意味誉めたカディは俺の視線に苦笑した。
『あの人の真の考えは私にはわかりません。出世を望んでいるわけではないのは間違いないようですし、そのために魔法を使えることを隠しているのだとは想像できますが――ああいう人ですからね。裏はあるでしょう』
「風主殿のいう通り、余りある才を持っているのならば、余計ないさかいを避けたのかもしれないね。下流に位置する武家の当主が魔法に秀でていても上の嫉妬心を煽るだけだろう」
『魔法の使えない人間が新王の側近となるだけで十分嫉妬心を煽っていると思いますけれどね』
「ふむ。それもそうか」
『王家に生まれながら才に恵まれなかった王女への遠慮かもしれませんが』
「あの男が遠慮などするかな?」
 俺はシーリィさんの顔を思い出して、遠慮ならありかなと思った。セルクさんがシーリィさんを好きなら、そういうのはありかなって。セルクさんに遠慮なんて似合わないとも思うけど。
『どうでしょうね。グラウトさんが先ほど言ったように、魔法が使えないという人間がこの国の上層部にいれば、自然と国は変わります』
「それを狙って魔法が使えることを隠すのは、非常に愚かだと思うが」
『自分の立場はどうだっていいのでしょう。地位に執着がないからこその冒険だと思います』
「貴方の言うことが真実なら、勇気ある行動だと思える。魔法に固執するだけではこの国に未来はない。他に目を向けるべきものを見ようともせず、王位継承にさえ魔法の力の有無が問われる。始祖が精霊使いにコンプレックスを持っていたとはいえ、精霊使いを敵視し続けることは時流に反している」
『そうですね』
「国土は広いが視野が狭いのが、ラストーズの弱点だ。魔法使いにしか大きく道が開かれないのは、他に才があるものを埋もれさせることとなる。埋もれるだけならまだいいが、その人材が他国に多く流れることにもなりかねない。アートレス殿が真に魔法が使えず、あそこまでふざけた男でなく、かつ新王の信厚い人間でなければ、わが国に欲しいくらいだからね。その方がよほど活躍できるだろうから」
 グラウトがセルクさんを買っていることだけは、ほとんどわからない話の中で何とかわかった。買っているくせに色々信用してないことも、なんとなく。
「魔法の使えないセルクさんがいることで、グラウトが問題があると思うこの国が変わるのか?」
「これまで魔法の才がなく冷遇されていた下流貴族は自分にもチャンスがあるのだと精進するだろう。魔法が使えることにあぐらをかいていた上流貴族は焦ってこれまで以上に努力するだろう」
『そして新王の弟は精霊使いとくれば、変化をはじめた国に精霊使いが受け入れられる可能性がある』
「そういうことだ」
「なにがそういうことなんだよ」
 セルクさんが前にそう言っていて、グラウトやカディが同じ結論を導き出しているってことは、その予測が的を得ていそうだなとは思うけど。
 でも、ラストーズは相当精霊使いを嫌ってるんだろ。この城であまり居心地のいい思いをしなかったことがある俺は、みんなが言うほどそう簡単にあれこれ変わるとは思えない。
「私が言質をとりたかった理由のことだよ」
「――話がすごく戻ってないか?」
『元からそのために話をしていたでしょう』
「そうだけど、途中からなんかわけのわからない話になってなかったか?」
 俺が言うと、カディとグラウトは顔を見合わせてため息をついた。
「簡単に言ったつもりだったんだけどね」
『まあ、ソートですから』
「貴方が余計な情報を間に挟んだのが原因ではないかと思うけれど」
『あー、そうでしょうか』
「あの男が魔法を使えるか否かは本筋に関係なかったのではないか?」
『ですが、あの人は伏せておきたい情報ですからね』
「もしや、私のために話してくれたのかい?」
『グラウトさんの目的には使えるでしょう』
「何の話だよ。何わけのわからないことでわかりあってるんだよ」
 思わず口を挟むとグラウトはクスクスと笑った。
「なんだよその笑いは」
「新王陛下の弟君、有能な精霊使いを変化したこの国はそのうち望むんじゃないかと思ったんだ」
「だから俺は偽者だし、そのつもりもないし、この国は精霊使いを嫌ってるんだろーがって」
 何度同じ話をすれば気がすむんだろうグラウトは。俺が憮然として言い返すと、グラウトはますます笑う。
「アートレス殿は堅苦しいところが嫌いな君を言葉巧みにこんなところへ放り込んだ人間だからね。知り合った直後にそうしてのけた彼は、ソートが一度約束すればそれをきちんと守ろうと努力することを理解しただろう」
「いや、あの時はついうなずいたけど……一生ラストーズにいてよなんて言われてうなずくほど馬鹿じゃないぞ俺は」
「この国が精霊使いを受け付けるわけがないと信じている君に約束をとりつけるのは、あの男には簡単なことじゃないかと思える」
『ああ、そうですね』
「ちょっ、カディ。何さらっとうなずいてるんだ?」
 したり顔でうなずいたカディは俺のことをじっと見下ろす。
『赤子の手をひねるように簡単だと思ったからですよ。もし万が一、ラストーズが精霊使いを欲しがったらソートちゃん来てくれる? なんて問われたら、そんなことあるわけがないけどもしそうなったらいいぞなんてうなずきそうじゃないですか、ソートは』
「……う」
「うなずきそうだな」
「ううう」
 ありそうだ、とつい思ってしまった。うなる俺を見てカディはうっすらと笑った。
「そんな口約束をする前に私と約束していれば、先約があるからと断りやすいだろう?」
「そ、そーだな。そんな気がするな」
 極上の笑顔で言ってくるグラウトに、だから俺はうなずいた。
『実際、そんなことを言ってはこないと思いますけどねー』
「いや、あの男なら言いかねない」
『非常に認めがたい事実ですが、あの人、あれでも私たちを見ることが出来るいい人ですから。面倒な立場を自分が嫌がってるのに、人に押し付けたりはしないでしょう』
「魔法の才を隠し、策を練って暗躍する男だぞ?」
『我らが偉大なりし神が、この人間は精霊を見るに値すると定めた人です。貴方がそうであると同様に、ソートにとって悪いことはしないと思います』
「――その言い方は私があの男に似ていると言われているようで、何やら納得しがたいんだが」
「いや、言われてみればなんとなく似てるな」
「ソート! 頼むからやめてくれ!」
「うん、似てるよなー。ひょうひょうとしたところとか。えーと、そうだな、うーん。いいように俺を扱うところ……とか――」
 あれ、なんか似てると思ったのに。この機会にグラウトを言い負かしてみようと思ったのに、なんだこれは。
『自分で墓穴を掘って落ちこむのはやめなさい』
「墓穴って言うな墓穴って。ええと他には、俺をからかって遊ぶところとか……あれ」
『ソート。自分に向いていないことはするものじゃないですよ』
 考えれば考えるだけドツボにはまりそうだから、俺は仕方なくカディの忠告に従うことにする。グラウトがどれだけショックを受けたものかと確認すると、むしろ楽しそうな顔になっていたから余計へこんだ。
「俺って……」
『そういうところがソートのいいところですから』
「それフォローじゃないと思う」
「ソートはいつも面白いなあ」
「俺は面白くねえし」
 何を俺は間違ったんだ?
 グラウトが上機嫌で「そういうことなら似ているといってもいいことにしよう」なんて言っているのを聞いて首をいくらひねっても、問いの答えはちっとも見つからなかった。

2009.02.25 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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