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精霊使いと魔法国家

9章 5.神への誓い

 居心地がいいのかどうか微妙な昼食の場に救いの手を差し伸べに来たのはセルクさんだった。
 食後のお茶を楽しんでいるタイミングでやってきた彼は、とても疲れた顔をしている。動きに精彩がないし、目の下にはクマがあった。
「もしかして、寝てないのか?」
「仮眠はとったけどー。昨日から事後処理でたーいへん」
 言動はいつものそれだから、まだ余裕はありそうだけど。
「昨日は大変だったようだね。ソートを連れていくのならば、私に一言あってしかるべしだったと思うのだけど」
「えーと、緊急自体でしたし? 殿下のお休みを妨げるのはかえって失礼かと思いまして?」
「無事に済んだからよかったものの、なにかあったらどうしたつもりだい」
「グラウト、それこそ無事だったんだしセルクさん疲れてるみたいだから」
「ソートは黙って」
 王者の威厳って言うのか、グラウトは時々逆らいがたい迫力を俺に見せる。鋭い言葉に俺は思わず従ってしまい、恐る恐る疲れきったセルクさんを見た。
 セルクさんは姿勢を正して、気合を入れるつもりなのかぺちぺちと頬を叩いた。
「ソートちゃんは精霊主を味方につけているし、大丈夫だと踏んで実際大丈夫だったわけで」
 そうまでしても寝不足が原因なのか、セルクさんの言葉は説得力を欠いている。
「可能性の話を私はしているのだけど」
 グラウトもさすがに今は無駄だと悟ったのか、ふうと息を吐いて常の態度を取り戻した。
「まあ、いい。ソートを連れていったのは、何かの布石だったのかな?」
「布石? いや、単純に戦力が欲しかっただけだけど。相手は精霊を操るようなヤツだったし。いやあ、ソートちゃんが来てくれてなかったら、俺今ここにいなかったかも。ホント大変だったねえ、ソートちゃん」
「ああ」
「あちこち打ってたけど痛くない?」
「そこまでは。あざになってるけど」
「まあそれは仕方ないよねー。俺もあちこち痛くて」
 肩だの腹だのを押さえて笑うセルクさんは少し調子を取り戻したらしい。
「セルクさん、無駄に突進してたもんなー」
「ソートちゃんもでしょ」
「魔法使えるんなら剣じゃなくて魔法でなにかしたらよかったんじゃないのか?」
「いや、それは奥の手だからあの時点で使っていたら隙が――え?」
「ソート、君って人は……」
「何だよグラウト」
『まあ、ソートですから』
 目を見開いて言葉を失うセルクさん。呆れた声を出すグラウトとカディ。俺はむっと顔をしかめつつ、声を失ったセルクさんをじっと見た。
「えーと、俺は魔法はね、使えないわけでね?」
「使えると態度で示しているようだが」
「寝不足で頭が回ってないときに話を振るのって卑怯じゃない? ねえ、卑怯じゃない?」
 やがて乾いた声で呟いたセルクさんは冷ややかなグラウトの突っ込みに大げさに騒いだ。
「カディの言う通りに魔法が使えるのか?」
「こ、ここだけの秘密だよ?」
「何で秘密にする必要があるんだ?」
「えーと、それには複雑怪奇でなんとも言えない事情があるわけなんですが。簡単に言うとそんなことがばれたら大変なことになると言いますか」
 寝不足で絶不調なのかセルクさんは俺の突っ込みにさえ動揺しまくりで、視線をあちこちに動かしながらぼそぼそと言う。
「ほんとーにここだけの秘密にしていただけると非常にありがたい感じです。うん。そんなことがばれたら俺の立場がもう大変なことになっちゃったりなんかして」
「なんで秘密になんかしてるんだ?」
 普段なら軽くごまかされそうだけど、今なら本音が聞けそうな気がした。これまでけむに巻かれ続けてきたんだから、この辺りで一つくらいセルクさんの秘密を握ってもいい気がする。
 俺はごくりと息を飲んで答えを待った。セルクさんも何かを決意するように俺と同じく息を飲んだ。
「――その方が、面白いから?」
「は?」
「力なんてひけらかすものじゃないんだよー。いざって時にさらっと密やかに使うのがカッコイイ。そうはおもわなーい? ソートちゃん。こう、なんてーの。極限の状況下で秘められた力発動みたいな! そんな俺に女の子がメロメロみたいな!」
 勢いよく叫んだセルクさんは、目の下のクマは変わらないものの常のセルクさんに戻っていた。
『ソートに気付かせないようにしている時点で、その説明には無理があります』
「それは、ソートちゃんは女の子じゃないのでメロメロされたら困るという設定で」
『何を馬鹿なことを言ってるんですか』
「まったくだ。ソートも何を聞いていたんだ。理由なら私と風主殿が先ほど言っただろう。あれで大方間違ってないはずだから聞く必要もない」
 正直よくわからなかったと言ったら呆れられるかなと思えばそうは言えなくて、俺はしぶしぶ口をつぐむ。
「目的があるとはいえあまりに愚かしい行動だと私は思うが、本人が納得しているのだからまあいいのだろう」
「さらっと愚かとか言い切られるとさすがにショックー」
「友好国の一員として、ラストーズが良い変化をすることは歓迎できる。貴殿の秘密は守ると約束しよう」
 ショックを受けたようにみえないセルクさんの言葉をさっくり無視してグラウトは平然と話を続けた。
「その代わり、今後ソートをいいように使うのはやめて欲しい」
「約束していただけるのはありがたい話ですが、それを殿下がおっしゃるのは何か違いませんか?」
 セルクさんが真顔になって反論する。グラウトは片眉を上げて不機嫌に息を吐いた。
「違わない。貴方がソートをラストーズ次期国王の実の弟にでっちあげ、フラストの皇太子の友人だと吹聴したわけじゃないか。師匠のお供とはいえフラストの王宮に何度も来ていたからこそ、ソートはこの城でも何とかボロを出さずにやっている」
 一つうなずいてセルクさんはグラウトに話の続きを促す。
「貴方の策が功を奏して、ラストーズが非魔法使いにも広く門戸を開ければ、その後に精霊使い獲得に動き出す可能性は充分にありうる。だが精霊使いの数は多くなく、その大半は他国に仕えている。在野の精霊使いはごくわずかだよ。その際に、この国の名家ホネストの人間にして精霊使い――つまり、ソートに目をつけられるのは大変困るわけだよ」
「そうならないよう、殿下は充分に根回しをされていると私は感じておりますけど。戴冠式へ参列なさるためにおいでくださったどの国の方も、ホネストの次男はフラストに預けられ、フラストに骨を埋めるつもりでいると信じていらっしゃいますし?」
 そこでセルクさんは茶目っけを見せて笑った。
「それでもレイちゃんに――つまりシーファス・ホネストの実の兄に、ぜひわが国に弟君を言ってくる人も実はいるんだけどね」
「ほう」
 内緒だよ、と彼は唇に指を立てる。グラウトがきゅっと眉を寄せた。
「シーファス・ホネストはあくまでフラストの客人。その処遇の決定権は当主にあると思ってる人も多いみたいで。でも、レイちゃんはソートちゃんがきちんとした場が苦手なのがわかってるみたいだし、フラスト殿下のお言葉を支持するように正式に断ってるよ。今はまだ臣下の身の上だけど、レイちゃんはもうすぐ正式に国王になる人だ。他国の人間に正式に断りをいれたその後で、やっぱり弟にはフラストではなく我が国のために働いてもらいます、なんて言えないと思うよー?」
「貴方の良く回る口があれば、あのどこか甘い方はどうとでも言いくるめられる気がするが」
 グラウトの指摘にセルクさんは楽しそうに笑う。
「レイちゃんは意外と頑固だから、それはないなー。ソートちゃんが身近にいてくれたら楽しいとは思ってるだろうけど、色々申し訳なく思ってるから口に出しては絶対言わないだろうし。国王様がよしと言わなければ俺だって動きようがないじゃない?」
「貴方は勝手に動きそうだから怖いのだが」
『その次期国王様に内密にして、ソートを強引に王城に連れてきましたよね』
 うわあ信用ないなあ俺とセルクさんはぼそりと呟いた。
「本音を言えば、ラストーズにも精霊使いの一人くらいいてもいいと思うけど、それを皆が納得するのは遠い未来の話だと思う。次期国王夫妻が親精霊使い派で、レシィちゃんも精霊スキー、殿下――レシィちゃんのお父上も今回の件でまあ悪くないと思ったようだし、王族方がそうなればそのうち変わってくだろうけど」
「王族が率先して動けば下々に早く浸透すると私は思うよ」
「でもねー。優先すべきは、魔法使い優位の体制を変質させることだから。ラストーズの魔法使いは、ほとんど皆精霊使いコンプレックスなの。精霊使いのほうが強いと思ってて、一人でも精霊使いがいれば自分の地位が危ういと思うから、精霊使いを嫌ってるの。下から魔法使いじゃない人間が上がってくるだけなら、これまでの目線で魔法使いでない人間に何が出来ると一応は冷静ぶっていられる。だけど上からぽんと精霊使いがやってきたら、パニックだよ」
「パニックって、別に俺たちは魔法使いをとって食ったりしないってば」
 俺が苦笑して口を挟めば、セルクさんも同じく苦笑した。
「性急な変化を促すと、国が内部から崩壊しかねないよ。魔法使いを偏重する体質が改まって、それが定着した後で精霊使いに目を向けるべきだと俺は思うな。本音をいえば一人くらい精霊使いがいてもいいし、それがソートちゃんだったら俺も楽しいけど」
 そんな余裕が出来るのは数代先じゃないかなーとセルクさんは遠い目をした。
「そこまで根深いか」
「根深いよ。精霊使いコンプレックス」
『実に馬鹿らしい話ですねえ』
「本当にね。でももう何代にも渡って代々精霊使いに対抗意識を持ちつづけてきたのが、数年で変わるわけがないよ。だからフラストの殿下が心配することは絶対に起きない。不安ならば契約神様に――ああ、それよりも信じる神にかけて誓ってもいい」
 俺これでも信心深いから、神の名にかけて誓ったら絶対覆さないよとセルクさんは言い切った。
「そこまで言うのならば誓えとまでは言わないが」
「だけど、ソートちゃんが時々でもラストーズに遊びに来てくれたらうれしいな」
 グラウトが態度を軟化させ、言いかけたところですぐさまセルクさんは言ったけど。
 ああ、こういうところがやっぱりグラウトと似てると俺が思うと同時に、グラウトはまなじりを吊り上げた。
「今誓うと言ったその口で何を言い出す」
 グラウトが低い声を絞りだす。えー、だってとセルクさんは悪びれない。
「やはり誓ってもらおう。口約束では信用ならない」
「でもグラウトもさっき同じようなこと言ったよな」
「私は誓うとまでは言っていない!」
『まあそうですけど、似たようなものですよね』
「風主殿まで……」
「うわあ、気が合うのかしらフラストの殿下と俺って」
「断じてそれは認めない。いいから早く誓ってもらおうか、アートレス殿」
 俺とカディの言葉にショックを受けたようだったグラウトは、セルクさんの発言で勢いを取り戻した。鋭く迫られたセルクさんは神妙な顔で一つうなずいて、誓いの言葉を口に乗せる。
 グラウトの勢いに押されたのか、俺を誰かがラストーズに雇い入れようとしたら全力で阻止することまでを誓ったので、グラウトは満足げに追求を緩めた。
「信用していただけたかしら」
「神に誓いを立てたらそう簡単に破るまい」
「だとしたらよかった。でもそれはそれとしていつでも遊びにくるといいよソートちゃん」
「まだ言うか!」
「えー、だって。弟が兄に会いに遊びにくるのは普通のことでしょ? 心配なら殿下も一緒に来ても良いですよー。それを機にフラストと友好を深めることができればラストーズとしてもありがたいことなので。フラストにとってもそう悪い話じゃないと思いますけどもー」
「貴方の手の内で踊るのは気に食わない」
 きっぱり言い放つグラウトの顔は苦々しげだ。
『ですが、勝負ありですね』
 カディが俺にそっとささやいた。
『ラストーズは魔法使い至上主義を掲げ、これまで他国と友好関係は持っていたものの一定の距離を保ってきていました。経済の大半は国内で完結して、外には目を向けない――長年保っていたそれにも近年ほころびが見えているようです』
「はあ」
 さっぱりわけがわからないので俺は曖昧にうなずく。カディは俺の態度を気にせず、話を続けた。
『フラストは国土は小さいものの豊かな資源を有し、交通の便の良い立地条件を生かしてそれをやり取りすることで国力を維持してきた』
「それはわかる」
『小さい国土で資源には限りがある。産出量を調整し産出国としての地位を保つ一方、他面で貿易国家として名を馳せることにも力を注いでいる』
「ってのも聞いたことがある気がする」
「ラストーズは国土が広いけど、資源がある割に開発が進んでないからねー。内にこもって外に目を向けてこなかったから、フラストほど他国へのパイプもない」
 俺とカディの会話にさらっとセルクさんが混じってくる。
「ラストーズはフラストの知識と、そのパイプが欲しい。フラストのいい商売相手になるんじゃないかなぁ。レイちゃんは……つまり新国王はフラストの殿下のご協力に恩義を感じてるようだし、いい条件で契約は叶うと思うけど」
「それらがすべて貴方の手の上で踊った結果かと思うと虫酸が走る」
「うわあ、殿下。それは愚かで頑迷なご発言かと思いマース」
「最初からそのつもりですべて動いていたのか貴方は」
「一応末端とはいえラストーズに籍を置いてますので?」
「次期国王の懐刀のどこが末端だ」
 吐き捨てるグラウトにカディが同意してうなずいた。
「だが――忌ま忌ましいことに、我が国のためにはそれがいいことは、わかる」
「さすが殿下! 誓いはしなかったけども、この上は殿下のためにソートちゃんがフラストに身を寄せるように努力したりしなかったりしますよ!」
「するのかしないのかどちらだ」
『適当なことを言ってるに違いないですよ』
「いきなりそんなこと言うことないんじゃないかセルクさん!」
 俺はあんまりな発言に大声を上げたが、セルクさんの言葉に突っ込んだはずのグラウトは何故か楽しそうに笑う。
「努力してもらえるならありがたいし、そうでないにしろソートをラストーズに持っていかないと誓ってもらえたことは大きい」
「なにぶん末端の人間なのでどこまでご協力できるか怪しいですよ?」
「ラストーズは精霊使いコンプレックスを抱えているのだから、まったくコンプレックスを持たない貴方が積極的な行動をとらなければなんとでもなるだろう。それに貴方は断じて末端の人間ではない」
 うははとセルクさんは困ったように笑って、「そのご信用にそむかないよう頑張ったり頑張らなかったりします」と意外に神妙な顔で呟いた。
 その言葉にはやっぱり、あんまり信憑性がなかったけど。

2009.03.04 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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