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精霊使いと魔法国家

9章 7.それからのあれこれ1

 戻ってきたセルクさんはグラウトに後で詳しく説明するとだけ言うと、俺を連れて部屋を出た。
 それからは、まあ……一言では語り尽くせないくらい色んなことがあった。
 連れて行かれたのは陰鬱な気配を漂わせる城の一角にある牢の詰め所。出迎えてくれたのは、ラストーズの国王陛下とその弟――つまりレシアの親父さん――とレイドルさんと何となく豪華な面々。
 ぎりぎりでそれを知らされたカディが大げさに突っ込み、俺は大いに同意した。
 ラストーズの偉い人は忙しいと思うのに、そこで始まったのは王位継承争いで仲が微妙になったっていう国王兄弟の口喧嘩。
 何でそんなところで口論をはじめるかも疑問だったし、何で俺がその場にいるのかも疑問だった。小難しそうな口論は国王様の圧倒的な勝利に終わり、なんと親父さんは目に涙まで浮かべ、国王様に今後の協力を約束することで終了。
 居たたまれなさを抱えて経緯を見守っていた俺は、ほっとして先導するセルクさんを追うこととなった。
 地上に詰め所だけが頭を出している牢の地下は、複雑に入り組んでいた。階段を下りたり登ったり何度も曲がって歩いて、正直国の偉い人が行くような場所には思えなかった。
 覚えられそうにないくらい複雑な道をたどって、ようやくバーズナが閉じこめられているという牢の前についた。入り口は頑丈な鉄扉。一カ所小窓がついていて、その奥にさらに鉄格子が見えるだけでバーズナ本人の姿は見えなかった。
 たどり着いた後によくよく考えてみれば、魔法で精霊を防ぐのも問題だけど精霊使いの俺が精霊のバランスを崩すのも問題じゃないのかと気付いてしまった俺がどうしようか迷っていたところで、突然本物のシーファス・ホネストが国を追われたのは過去にバーズナが精霊を使って事件を起こしたから余計に精霊使いに拒否反応が出たからだ……なんてなことを国王兄弟が言い始めた。
 複雑な心境はわからんでもないとか言われても俺には全く関係ない話だったので反応に困っている間に、むしろレイドルさんがそれを気にしてあれこれ言い出したからさらに困る。
 唯一事情をしっかり悟っているセルクさんがフォローを入れてくれたけど、それがその方が精霊使いのシーファス様には幸せなことだったと思いますよーなんていう俺に同意を求めるものだったからどうしてくれようかと。
 どうもこうもなく、国王兄弟にとっては俺は本物だから答えざるを得ないんだけど、偽者の俺が簡単にうなずくのも本物が出てきたときに逆のことを言ったら余計にレイドルさんがショックなんじゃと思うわけで、でもそのレイドルさんが一番真剣に答えを求めて俺を見ていて。
 『本物か否かはともかく、似た状況で育った精霊使いが大幅に違う感想を持つなどないと思いますよ』ってカディが言うから仕方なく幸せだったと答えたけど。
 レイドルさんの弟は――精霊使い嫌いの国で育たなくてよかったぶん幸せだったんじゃないかと思ったし。
 一仕事終えた気分で一息つこうとしたところで、親父さんが話を元の軌道に乗せ直して、咎めるような目で見られた。
 最初話を脱線させたのは俺じゃないだろと思ったけど、うまい言い訳も思いつかなかった俺は鉄扉の前でためらった理由を正直に話した。
 素直に白状すると、国王様と親父さんはそろって呆れた顔をした。
「ならば、何故わざわざここに来た?」
 問われて素直に魔法使いよりはどうにかできると思ったと答えてから、でもやっぱり精霊の偏在を認めるのは精霊使いとして何か違うと思うという意図をものすごく簡単に――だって、刺すような視線を前に頭いい答えなんて思いつかないだろ?――続けてみせると呆れた視線が俺に突き刺さった。
『今更なことをよくこの場で言えますよねえ』
 最大限に呆れた声で、俺自身自覚していることをぐさりと言い切ったのは一番付き合いの長いカディで、咄嗟に言い訳したくなったのを俺は危ういところでこらえた。
 国王様だってきっと報告を聞いているから精霊主の存在を知っているだろうし、レイドルさんは精霊が見えるし親父さんも前の日のことで理解はもらえるだろうけど――でもやっぱり突然精霊と会話するなんて普通の人の目にはおかしくうつるからな。
 なのにだ。
 自制した俺に向けてカディはくすりと笑って見せ、チークと言葉を交わした後、あろうことかその場で実体をもちやがった。カディだけじゃなく、チークもスィエンもカースも、精霊主全員がだぞ。
 真面目なカディは正体を明かすのも嫌がっていたくらいだし、簡単に精霊使いでもない人の前に姿を見せるのも嫌がっていた。
 なのに何でいきなり、実体をもっちまうわけ?
 俺だって言葉を失ったけど、いきなりのことに他の誰もが何も言えなかった。
 カディだけが悠然と笑って、今回の件は精霊にとって見過ごせない事態だってこと、一時的ならば精霊使いが精霊を寄せ付けないようにすることも可能だけど、世の理を乱すことになるから認められないってことを語り、俺にはまた何かあるから困るからついてきて欲しかっただけで、自分たちがどうにかする気だったって説明をした。
 最初からそう言っておけよ、とかなり思った。
 ラストーズの人たちに精霊主が人の姿を取って実体を持てるなんて口外しないようにってことを、精霊嫌いで知られるラストーズの人が口にしても誰も信用しないと思うけれどと皮肉に続けながら求めて、それから作業に入った。
 実体を表した精霊主と、その精霊主がすることに興味津々な国王兄弟を適当にあしらい――どうして姿を現したんだというもっともな質問には、影響をできるだけ受けないように実体を持たないといけなかった。何故なら実体のある精霊王にバーズナは無力だったからとか、精霊を寄せ付けないようにするのだから最後まで作業をやり遂げる意味でも実体がないといけなかったとか言っていた――四人並んで呪文みたいなものを順に唱えた。
 魔法の呪文とは少し違うらしく、古代魔法の呪文ようだ――と、レイドルさん達が言っていた。それってつまり、バーズナが使ったような神の世界の言葉ってことだったんだろうな。
 古代魔法の呪文に似ていると顔を見合わせた魔法使い三人――セルクさんも魔法が使えるらしいし、口を挟みたそうだったけど使えないことになっているから今にも開きそうな口を必死に押さえていた――がそれを解読しようとあれこれ言い合っていた。
 国王様は一部だけしかわからないとうなり、親父さんはもう少し古代魔法に精通しておくべきだったと悔しげに漏らし、レイドルさんは全員の意見を総合して恐らく各々の司る精霊に呼びかけているんでしょうねと潔く解読を諦めてまとめた。
 順に呪文を口にした後、四人はぴったりと声をそろえる。カディの落ち着いた声、スィエンの真面目ぶった声、チークの静かな声、カースの高らかな声。それがまるで合唱のように重なって、地下に響く。
 バーズナの牢の周りには元々レイドルさんと親父さんが精霊払いの結界とやらを張られているらしかったし、その効果もある場所だったから、合唱のような精霊主の呪文が終わっても劇的な変化というのはなかった。
 でも、すぅっと精霊の気配がさらに遠ざかるのはわかった。本当にいいのかなって思うくらいに全く、少しも気配がなくなって、不安になるくらいだった。
「大丈夫なのか?」
 問いかける俺の不安をカディはしっかりとすくい取った。
「大丈夫ですよ。我々もこの場を去りますが、この小さな空間をしばらくの間、異常がないように維持するくらいの気を払うことはできます」
 それはつまり、追い払われた精霊の代わりを精霊主がするってことだろうか。たぶん、そういうことだと思う。
「この牢の中にいる男は、けして外に出さないように願います」
 カディは真剣な顔でそれを求め、国王様が重々しくうなずき、それに親父さんとレイドルさんが続いた。
「此度のことは、かつて我が国に混乱を招いたバーズナを取りつぶし、一族を国払いするだけにとどめた我らに責がある」
「まさかバーズナが精霊使いである故に不遇を嘆いて騒動を巻き起こしたわけでなく、実在さえも危ぶまれる魔族を味方にしての行動だと思わなかったのですから仕方ないでしょう」
 国王様の言葉を親父さんはそっとフォローした。
「真実が精霊主をも味方に付ける精霊使いの協力によって明らかになった以上、かつてのような愚は今後犯さぬと誓おう」
「ええ、そう願います」
 満足したようにカディはうなずいて、同僚に合図して実体をなくす。
『昨日に引き続き、今日も力を使いすぎましたね』
 普段通りとは言い難い、起きて初めて見たときよりもやや薄い姿で、でも晴れ晴れとカディは言った。
「――これでもう問題も起こらないから、いいよな」
『そうですね』
 俺は一応人目を気にしてささやき、カディはそれに同意した。

2009.03.18 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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