IndexNovel精霊使いと…

そんな出会い

 それは、ふとした違和感だった。
 彼はそっと顔を上げた。
 人がバディオと呼び表す土地の端に近い森の中で。
 不思議そうに眉を寄せる。青い髪青い瞳。彼は目を細めながらそっと周囲を見渡した。
 首を傾げて。
 ゆっくりともう一度周囲に視線を向ける。そうしてあるところで視線を止めると考え込むようにゆっくりと目を閉じた。
 数秒。
 迷ったのはその程度なもので、そのまますぐにすっと動く――移動にはまったく音がない。その姿はうっすらと周囲にとけ込む半透明。
 移動にはほとんど時間はかからなかった。実体のないその体は障害物をものともしないし、目的地が近かったせいもある。
 彼はやはり音もなく動きを止めた。そして目標であったモノを見下ろす。
 それは、つまりは人間だった。マントに身を包んでいる。材質はよくわからないが、ごわごわしているように見える。その色は木の根か何かの染料で染め込んだのだろう。さほど上質そうには見えないが、染め方はきれいで斑がない茶。
 髪の色も茶色だった。わずかに色抜けて見えるのはその色に金が混じっているからかもしれない。ちょっと長めの髪を草色のひも結わえてある。
 顔が見えないのはその人間が倒れているからだった。
 わずかに感じた違和感はその倒れた音に気付いたからだろうか。彼はそっとその人間に近づいた。少し方向を変えると顔が見える。
 まだ少年だった。疲れ切ったように見えるけれど、苦しそうではない。別に怪我をしているようには見えなかった。風は血の臭いを運んでいない。
 ならば何なのだろう?
 不審に思って、首を傾げる。それにしても、不思議な少年だ。
 少年から離れて彼は周囲を見渡す。見渡すと彼の同族がたくさん見えた。先ほどの彼と同じように少年のことをのぞき込み、心配そうな顔を交わしている。
 それだけ同族の関心を得る存在も珍しい。ということはつまり、少年は精霊使いと呼ばれる存在か、あるいはその素質を持っているということだと容易に想像がついた。
 精霊には普通、はっきりとした意識はない。それでも全く意志がないわけでもない。人間の幼子にその意識は似ている。
 優しくしてくれそうな人には好んで近寄るし、そうでない相手は一顧だにしない。個人の好みの問題もあるから、同じ精霊とひとくくりにまとめて好き嫌いがはっきりしているわけでないし、大まかに四つの種族があるんだから精霊使いがすべての種のすべての精霊に必ずしも好かれるわけではない。
 そのことを考えると、この少年は精霊全般に好かれる雰囲気を持っているようだった。
 倒れた音を気にかけただけでなく、彼もその空気に惹かれたのかもしれない。
『さて、どうしますか』
 呟いても答えなんて返ってくるはずもない。精霊達の中で確たる意志を持つ者はまれなのだ。
 他に答えを返してくれそうなのは問題の少年だけど、ばたりと倒れているんだから返答は期待できない。
 彼は視線を宙に浮かせて、再び少年に近づいた。同族達が彼の気配を感じてすっと身を引く。
 そして手をしばし迷わせる。彼もこの少年には興味を持ったのだ。
 太陽はまだ落ちる気配もなく、ということはつまりまだ日は高いわけで。疲れて寝ているにしても、もうちょっと快適に眠れるように普通なら何かの努力をするだろう。
 前のめりに倒れ込んで寝るというのも、どこかしらおかしい。
「……う――?」
 と、少年が顔をゆっくり起こした。
「誰かいるのか?」
 意識は残っていたらしい。あるいは聞こえた声に目を覚ましたか。
 彼は不用意に独り言を漏らしたことに内心舌打ちし、心持ち少年から離れる。少年のぼうっとした瞳が緩やかに周囲を見回した。
 当然のようにその視線は彼を捕らえたけれど、常識で考えて喋る精霊なんぞいない。あっさりと視線は彼を通り過ぎる。
「気のせい……か」
 もごもごとそれに続いた言葉は「やべぇ、幻聴まで聞こえてきやがった」というもので、彼はその口の悪さにちょっとだけ目を見開いた。
 彼が知る限りそんなに口が悪い精霊使いなんていない。精霊使いの性質は善良で、物腰も丁寧な人間が多いと彼は思っていたのだけれど。
 例外がいたのか、彼の見込み違いでただ精霊に好かれているだけで精霊使いと呼ばれる人間ではないのか――考え込んでいる彼には当然気付いていない少年は「ぅあー」とか意味不明のうめき声を上げながら再びべたんと顔を落とす。
「……やべえ絶対やべぇ……腹減って死にそう」
『ぶっ』
 力のない声と内容の割にはどこかその響きがユーモラスだったので、彼は思わず吹き出してしまう。
「……うぅ?」
 再び少年がよろよろと顔を上げる。やっぱり顔をきょろきょろさせるけれど今度も当然彼のことは気にかけない。
 彼は内心「しまった」と呟きながら、その裏で自分の声まで聞こえるというならやっぱり少年は精霊使いなのだろうと結論づけた。
「あああ……幻聴に笑われるってどうだよ俺……」
 顎を力無く地面に落として緊張感のへったくれもなく呟かれる、やはり力の篭もってない声の割には妙に笑みを誘う響きに彼は今度は吹き出さず笑みを浮かべた。
 そしてそのまま瞳を閉じて数秒。
 迷ったのはその程度なもので。結論さえ出してしまえば行動に移すのはやはり早かった。
 少年にすぅっと近寄り笑みを広げる。少年はおそらく慣れているのだろう、精霊が近寄ってきても驚いた節はない。
 彼に応じるようににやりとする。空腹で動けないのか、いまいち力のない笑みだったけれど。
 一つ満足げにうなずいて、彼はすうと息を吸った――無論実体はないからその気分だけを味わっただけだが。
『このようなところでなぜ行き倒れることができるのか謎ですが』
 前置きをするとその変化は劇的だった。がばっと少年は身を起こし、驚いたように後ずさる。少年にそれだけの驚きを与えたことに彼は満足しながら言葉を続けた。
『それだけ元気ならば大丈夫そうですね? 先ほどそう遠くないところで木イチゴを見つけたので、ご案内しましょう』
「……なななななな、せせせせせせっ」
 驚きから多少の復活をした少年が意味不明なことを叫んでいるのはきっちりと無視して、彼はすうっと舞い上がり少し移動する。
『私はカディ。見ての通り風の精霊ですよ――多少普通ではありませんが』
「精霊がしゃべ……それは見れば……多少というかすごく変な……」
 ぶつぶつと少年が何気なく失礼なことを呟くのを当然言葉も運ぶ風の精霊である彼――カディは耳にしていたけれどその言葉は胸に収めるだけにして突っ込まないことにする。
『木イチゴへの案内が不要ならば去りますが?』
「ぅあ。いる、食う!」
 意地悪く問いかけるとその返答はすぐさまやってきて、少年は慌てたようによいしょと立ち上がった。
 若いというのにゆったりと近寄ってきたのは空腹のためだろうか。少年がある程度近くに来たのを確認して、彼はゆっくりと動き始める。
 これが風の精霊主カディとそのお気に入りの精霊使いソートの初めての出会い。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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