IndexNovel精霊使いと…

秘密で事を進めよう

 秘密で事を進めよう、そう思えば時は夜に限定されるのは仕方ない話だ。
 今夜は星一つない闇夜。闇をことさら恐れる人間もいるようだが、愚かな話だ。その半分を司る方の偉大なる姿を思い浮かべれば恐れる必要などひとかけらもない。もっとも、残る半分を司る方が方だから、そちらを思い浮かべると気持ちはわからないわけでもない。
 それでも最も偉大なる至高なる神と破壊神が仲良く闇を分け合っている事実を考えれば、かの破壊神が言うほど恐ろしい方ではないとわかりそうなものだと思うが。
 当のご本人が人間に恐れられることを非常に楽しんでいらっしゃるのだから仕方がない。
 む、この場合は人ではないのでご本神と言うべきなのだろうか……?
『さて』
 首をひねっていると、カディの声が柔らかく響いた。
『どうしましょうか』
 小さな町の夜は早い。日付を越える頃になると明かりはほとんどなく、闇夜だとより強く感じられる。
 我々が共に旅する精霊使い――ソート・ユーコックの夜もこの町と同じくらい早かった。日中歩きづめだから無理もない。
 つい数日前に共に旅していた魔法使いの少女、レシアと別れて以降、ソートの旅路はカディが言うにはすこぶる順調らしい。
 『やはり、懐が豊かだと違いますね』それが、カディが至った結論らしかった。レシアは別れる直前にソートに仕事を依頼し、法外な報酬を彼に渡したらしいのだ。
 あまりにも高報酬だったので一刻も早くその依頼――手紙の配達を成し遂げようとソートは滅多になく旅路を急いでいる、という寸法だ。
 朝は早くに起き出し、日中は歩きづめ、日の落ちる少し手前くらいで宿を定めるとテーブルに山盛りの夕食を摂り、ほとんどその直後に寝るのが現在の彼の行動パターンだ。
 『早く寝て、早く起きる。いい傾向になってきました』朝が弱いソートにこれまで散々小言を言った経験がありそうなカディは近頃ひどく機嫌がいい。
 そんなわけでソートが完全に寝静まり、町の人々も夢の世界に旅立った頃に、彼が眠ったかしっかりと確認を取った私たちは宿の屋根の上に集まった。
『どうって、決まってるだわね』
 私たち、とはつまりカディこと風の精霊主と、スィエンこと水の精霊主、そして私チークこと地の精霊主のことだ。
 我が同僚にはもう一人いるのだが、残念ながらこの場にはいない。いればいたで気苦労が増すだけなので、言うほど残念なわけではないが。
『誰かに連絡を取るのだわよ』
 スィエンは胸を張った。
『それを誰にするが問題なのですよ』
 カディの言葉には全く同感だ。
 我ら精霊に悪意を持って影響を与える人間がいる、その事実は衝撃だった。
 創造主たる神々のお考えは我らに理解できるはずもない。
 ただ、我らを見るにあたう人間を善良なるそれに限ったのには、精霊を悪用する者を出さないようにするためだとは聞いている。
 神は自らが万能とは考えておらず、創りたもうた我らや人間の気質が一様だとは思われなかった。
 それこそが面白いと、そうおっしゃったのはどの方であったろうか――それが故に我ら精霊主の力は普段封ぜらているわけだし、全ての人間が精霊を見、その力と借り受けることができるわけではない。
 我らを見ることをできる人間は善良なる者と限られ、そのうちでも気に入った人間にだけ力を貸せばよいのだと神々はおっしゃった。
 善良ならず、気に入らぬ人間に、強引に力を貸さねばならないことはだから非常事態なのだ。
 ――もっとも、魔法使いは呪文によりある程度我らの力を扱うのだが。気に入った精霊使いに貸し与えるそれと魔法使いが使うそれとは比べものにならない。
 魔法使いは我らの力を端緒とし、自らの魔力によりそれを増幅して扱う。あの、我らを強引に従えようとした男は、本来ならば我らが最も厭う存在だ。その上で我らが同胞の力をそのまま引き出し操った。
 重々しい同僚殿の言葉を聞きながら、この重大な問題を相談するに足る誰かがいないか私も考える。
『……火主』
 は、どうだろう? 続ける前にスィエンが私を睨んだ。
 彼女たちの仲の悪さは困ったものだ。我ら精霊主が全員揃えばそれなりに対策は練れると思うのだが。
『何のためにわざわざソートの目を避けていると思うんです』
 スィエンだけでなく、カディまでもが反対らしい。
 何のため、と言われても。ソートは精霊使いではあるとはいえ、赤裸々に内情を明かしていい存在ではないからではないのか?
 彼の善良なるは我らが気に入っているという事実から証明されているようなものだ。だからといって何もかも明かす必要はない。
 カディはちらりと眼下を見下ろした。闇色に支配された屋根のその下に、ちょうどソートが眠っているはずだ。
『巻き込むのであれば、これ以上知らせる必要はありません。彼女を呼べば――』
 カディは言葉を句切り、スィエンを一瞬見やった。
『精霊主という存在に、これ以上幻滅して欲しくありませんから』
『これ以上ってどういう意味だわよ! スィエンに何か文句あるのだわー?』
 カディの言いたいことは類推できた。
 彼女たちの仲の悪さは神々が呆れる程だ。司るものが相反する、それだけにお互いを認め合うきっかけが足りない。
『確かに揃えばある程度対処できると思いますけど、その分リスクが高いです』
『リスクって何なのだわよ!』
 カディは静かにスィエンを見た。
『何故私たちがこんなところで顔を合わせているか、そのことはちゃーんと覚えていますよね?』
 顔は笑みを浮かべているのに声にはたっぷりの皮肉がこもっている。彼女たちの言い争いに散々振り回され、貧乏くじを引いてばっかりだったことをカディは忘れていないらしい。
『う……』
 その笑顔の迫力は甚大だった。スィエンは珍しく顔をほんの少し引きつらせて、少しカディと間を取った。
『だってあれは……』
『言い訳は不要です』
 最大の貧乏くじは二人の言い争いに呆れた我らが主がさじを投げて姿を消したこと。しばらくは反省して静かにしていたスィエンたちも、顔を合わせて静かにしているということがストレスだったのかともに数ヶ月ほどで主と同じように姿を消した。
 その時の彼の怒りたるや、相当なものだった。それでも我らは主のお帰りを待ったのだが、数年もすると黙っていても主は戻らない考え、私も出かけたのだ。
 もしかするとその時もカディは怒りを覚えたのかもしれない。最後までその場に居続けた彼も、今ここにいる以上は最後には諦めたのだろう。
 ぴしゃりとスィエンの言葉を遮るカディには迫力がある。逆らうのは得策ではないと悟ったのかスィエンは神妙な顔で黙り込んだ。
『……すると、誰だ?』
 親しき仲ならば沈黙も心地よいものだ。しかし、居心地の悪いそれはさすがに耐え難い。
 私の問いかけに軽く目を見開いたカディは考え込んだ。
『しかるべきところに相談すると、ソートには言ったんですけど、ね』
 私たちが相談できる先、というのは実はそう多くない。大抵のことならば協力すればどうにかなるからだ。
 それでも全くあてがないわけでもない。ないわけではない、だが。
 一番の希望を言えば、主に相談するのが一番安心できる。あの方は最も偉大なる神で、今回のような事態の解決には一番適した方だ。
 同じ結論に達したのだろう。私とカディは目を見合わせて、同時にスィエンを見た。
 ――重ねて言おう、あの方は彼女らの口げんかに呆れて我らが前から姿を消された。
『連絡が不可能、というわけではありませんが……それは最後の手段ですね』
 カディの言葉には全く同感だった。
 姿を消されたと言っても連絡手段がないわけではない。そこまで冷徹に徹することができないから、かの方は多くの存在から信頼されていらっしゃる。
『会いたいがために何の努力もせずに呼ばれた、そうあの方がお考えになったらよりいっそうお怒りに……』
『ま、マスターは優しい方だわよ。ちょっと呆れちゃっただけで、別にお怒りになんて……』
『黙っておいて下さい』
『うう……』
 常ならばスィエンに甘いカディもさすがにこの問題には手厳しい。対するスィエンも自覚があるらしく、うなりつつ身を引いた。
 スィエンが忠告に従い、カディが思考に沈めば余分な物音は何一つない。ことさら時間が緩やかに過ぎていくように感じるのは静かな夜だからだろう。
 ややして、口火を切ったのはカディだった。
『仕方ありません、よね』
 思い至った結論を自分に言い聞かせるかのような言葉だ。スィエンは口を開くことなく首を傾げて言葉の先を促した。
『余り好ましい手ではありませんが……』
 歯切れ悪く呟くとカディは頭を振った。
『何もしないよりはましです。オーガスに連絡しておきましょう』
『役に立つんだわッ? あ』
 思わず声を出してしまった自分に気付いてスィエンが口を押さえる仕草。カディはかまいませんよと笑って肩をすくめる。
『あの人はどう転ぶかさっぱり意味不明ですが、アレでも一応精霊王を任じられてますから。さすがに聞けば動いてくれる――と思いたいですね』
 カディの口ぶりはどこまでも歯切れが悪く、断言にはほど遠い。
『ほんとーにそー思ってるんだわ?』
 そこをスィエンが突っ込まないはずがない。カディは苦々しく顔をしかめた。
 精霊王オーガスは我ら四精霊主とはその誕生した経緯も性質も大きく異なる。王などと言われていても、別に我らが上に立っているわけでもない。
 まんべんなく力を扱うことが出来るところも大きな違いだが、一番の違いは実体を持っている点だろう。
 我ら精霊主も実体を持ち、人の姿をとることができる。だがそれには多少ならず、力が必要だ。オーガスはその逆なのだ。実体を持った姿が本性で、その枷に縛られている。
 やろうと思えば我らと同じく本来ならぬ姿をとれるそうだが、少なくとも私はそれを見たことがない。本人はそれはひどく心許ない行為だからできる限りしたくないと言っていた。
 そういうことがあるからか、我々と彼は微妙に相容れない。
『……まあ、他に誰にかって言われたら、誰と言えないだわから』
『ですよね……』
 何事にも優先順はある。我らにとって一番頼るべきなのはもちろん主だ。その下、大きな間を開けて次点につけるのは、一応は王と名を冠されたオーガスしかない。
 ずいぶん長いこと横たわった沈黙の後にスィエンがフォローを入れるとカディは力なくうなずいた。
『難解な仕事ですよ。あの人に事情を説明して、かつソートの存在を隠さねばなりませんから』
『オーガスもソートは気に入りそうだわけど』
『何を言ってるんですか。我々が精霊使いに素性をばらしている――なんて、あの人に知られてご覧なさい!』
『……!』
 真剣な顔をするカディに合わせてスィエンも真顔になった。二人は顔を近づけて、うなずきあった。
 私もその様子を想像した。
 正体を知られてはならない、と我々は主に命じられているわけではない。だが率先して知らせていいのだと許可をされているわけでもない。
 事実を伏せておく必要はないと私は思うのだが……。
『あんまり面白くなさそーなことになりそーだわね』
『馬鹿にされるのはご遠慮したいですよ』
 二人の意見は違うらしかった。
『それに、あんなのが精霊王と知られるのも避けたいです』
 人にとっては私たちも精霊王も謎である方がいいんですよ、本音の後でカディは建前を続ける。
 ソート本人にとってはその方が幸せだろう。それだけは間違いない事実ではないか――そう思う。
 うなずいて意図を伝えると、カディも一つうなずきを返した。
『知らせを飛ばしましょう』
『任せただわ〜』
 意見の一致をみるとスィエンは気軽に笑い、カディはそっと腕を振るう。
 風主の意志に従って動くのは当然風の精霊――風精だ。彼らはくるりと回り、カディの前に集合する。
『あまり、あの人に近付くのは得策ではないんですが』
 ぶつぶつとカディはぼやきながら指示を下した。
 一つめは精霊王を探すこと、二つめは緊急の用件があるので彼にラストーズの王都マギリスまで来るようにと告げるカディの声を伝えること。
 声や情報を運ぶ風精はこのような時に特に役立つ。ただ、あまりに長い言葉を伝えるのには難があるために、伝えられる情報は限られる。
『あとは、いかにソートに気付かれないように合流するかですが――なんとかしましょう』
 風精に先触れさせてオーガスの居場所を掴み、一人行って話をすればいいだけの話かと思うのだがその気は全くないらしい。
 ソートの保護者を自らに任じているのが原因だろうか?
 空を駆ければ徒歩ほど移動に時間はかからないと思うのだが……私が意見することではないか。彼には彼なりの意見があるのだろう。おそらくソートから目を離すと危険とでも思っているに違いない。過保護なことだと思うが、それこそ私が意見することではない。
 命じた風精が方々に散っていくのをカディは見送った。
 ソートは正体を知ってはいなかったがオーガスと面識があるという事実が判明するのはしばらく後の話で。
 私たちはそれから毎夜、ソートの目を避けながらいかにオーガスにうまく説明してその後別行動を取るか検討に検討を重ねたのだった。

2006.05.26 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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