IndexNovel精霊使いと…

里帰り

 長い時間かけてたどった道筋と似たような経路を逆にたどって、行きよりもはるかに短時間でフラストまで戻ってきた俺は色々な意味でため息を漏らした。
 俺の数カ月が何日だよとなーんとなく虚しくなったのは否定しない。冷静にどれだけ期間が短縮されたのかはあんまり考えたくないくらいだ。
 寄り道もしなかったし、ずっと馬車に揺られて歩きよりもはるかに速い速度で移動していたから、しょうがないんだが。
 体力的には楽な道中だったけど、でも精神的には来る旅路だった。狭い馬車の中でグラウトと一緒ってのがその原因だ。コネットさんという緩衝材の存在があっても、狭い箱の中でグラウトと長時間過ごすってのは俺にとってなかなか苦痛だった。
 休むことなく馬車に乗っているわけじゃなかったけど、降りたらおりたで窮屈だったし。
 自由気ままにやっているようなグラウトだけど、責任ある立場だから大変なんだなあと同じ窮屈さに巻き込まれて思ったくらいだ。
 慣れてるのか、俺を巻き添えにできたことがうれしかったのかグラウトが案外楽しそうだったのが納得いかない。
 そんなわけで、窮屈だったりうんざりした俺は引きとめる声を振り切って早々にフラストを後にし、小さなころから何度も通いなれた道を辿ることにした。
 グラウトがなんやかんや言ってたが、どうせ師匠のところに顔を出したら一度戻らないといけない場所だ。
 カディ達が戻ってくるのがどれくらい先の話かわからない以上、フラストの近辺を延々とうろちょろして、そりゃもう何度も行かないといけないだろう。
 まだ戻ってこないであろう今、神経をすり減らすようにしてグラウトのそばにいる必要は全くないだろ。



 しばらく馬車に揺られて楽していたツケが回って、慣れた道とは言え旅の調子は二、三日戻らなかった。
 これまで騒がしかったのが、急に静かになったってこともあるのかな。
 だから、懐かしい森に入り込んで親しんだ気配に囲まれた時はほっとした。俺の育った屋敷のある森は、町やなんかと比べると自然が豊かなのもあって精霊の気配が濃い気がする。
 精霊は基本大体同じところをふらふらしているものだから、近くにやってくるのは昔から慣れ親しんだヤツラばっかりだった。
 もちろん普通の精霊だからカディ達のようにうるさく喋ったりしないけど、それでもチークのように寡黙ではなくてなんだか騒々しい。
 明確な意思の疎通はできないけど、なーんとなく相通じるものがあるってのかな。
 旧交を温めながら、軽くなった足取りで俺は懐かしい我が家へと到達する。
「何お前、もう帰ってきたのか?」
 だけど家に戻った後、顔を合わせた師匠の第一声は何とも冷たいそんな言葉だった。
 精霊たちの先触れはあっただろうから驚いた節はまったくない。もっと帰ってくるのは先だと思ってたと言わんばかりの顔で、だけどお茶の用意をしてくれるあたりが師匠なんだけど。
「まあ、色々あって」
「色々ねえ」
 とりあえず座れと椅子を示して、師匠はお茶菓子まで用意して自分も席に着き、唇を持ち上げてにやりと笑う。
「それはあれか、お前の素性とかそういうところの色々か?」
「は?」
 さっそく菓子に手を伸ばしかけていた俺はその手を思わず止めた。
「何の話だよそれ」
「お前が実は、なんだったか――ラストーズのお偉いところの出身だったとかそういうこと?」
 なんでそんなこと知ってるんだ師匠は!
 俺はまじまじと目を見開いて、興味津々で俺を見る師匠を見返した。
 実は本当に俺がレイドルさんの弟だとかそういうことなわけ、か? 全く記憶にないうえに名前全然違うからそんなことないと思うけど、なんでいきなりそんなこと言い出すんだ。
 混乱して手を引っ込める俺を珍しいものを見たような顔で眺めた師匠は、自分は悠々とお茶を飲んだ。
「聞いた時は茶を噴き出すかと思ったぞ」
「俺こそ今飲んでたら噴き出す勢いだったけど。なに、どういうこと。なんで師匠がそんな話を」
 師匠の口ぶりは今まで俺に秘めていたことを明かすというよりは、面白がるようだった。
 なんでいきなりそんな事を言い出したんだと考えて、可能性に思い当たる。
 グラウトが師匠に連絡をよこしたのかもしれないなって。セルクさんかレイドルさんって可能性もあるけど、それはたぶんない。なぜなら前にレシアから預かったような中にいくつか手紙が入っていそうなでっかい封筒をセルクさんから預かっているからだ。
 帰ったらソートちゃんの師匠に渡しておいてー、とか言っていた。たぶんあれこれあったことを詳しく説明してるんだろう。面倒に巻き込むといけないからとか何とか付け加えていたし。だから、あえて別口で師匠に連絡を取る必要はないと思う。
 面白いからって理由でオーガスさんあたりから師匠の居場所を聞いて先に連絡していてもおかしくない人だけどな、セルクさんは……。
 そうだ預かりものがあったんだったと思い出しながら待った師匠の返事は、ある意味意外なものだった。
「いや、どこぞの国の人間がお前の力を貸してほしいとか俺のところに断りに来てな」
「は?」
「つまりお前を雇いたいって。そいつが噴出もののお前の出自を語ってくれたわけだ」
「なんで師匠のところに」
「それは俺の言葉だ」
 ため息交じりに師匠は「断っておいたぞ」と続ける。
「よくわからんが、お前が本当にラストーズの新国王にゆかりがあるならそっちに断るのが先だろうし、そうでなくてもうちの殿下がそんなこと聞いちゃ黙ってないだろうけどな」
「あー、そうだな」
「で、どういうことなんだ。お前を拾って長く経つが、お前の口からラストーズ出身なんて俺は聞いたことがないぞ――まあ、そう言われて考えてみれば気持ちラストーズ付近で拾ったかなあと思わんでもないし、小奇麗な格好で苦労知らずな見かけだったから可能性はあるだろうけど」
 説明してみろと促されても、一から十まで説明するのは骨が折れる。
 俺は荷物をごそごそあさり、底の方にあったさっき思い出したばかりの預かり物の封筒をここぞとばかりに師匠に差し出した。
「これに大体書いてある、と思う」
 中身は見てないけど、そう聞いたんだからな。
 分厚い封筒の宛名はセルクさんの字で「ソートちゃんのお師匠様へ」と書いてある。フラストの偉大な精霊使い殿へってバージョンも作ってみたけど、面白くないからこれにしたとか手渡してくる時に言っていた。
 その宛名にか、分厚さにか師匠は軽く眉を寄せて封筒を手に取った。
「書いてあると思う、ってなあ……」
「俺にはよくわからない難しいあれこれがあったんだよ」
「お前ってなんでそう深くものを考えずに生きてるんだろうな。育て方を間違った気がしてたまらん」
 ぼやきながら師匠は慎重な手つきで封を破る。中には思った通りに複数の封筒が入っていた。
「何お前、旅先でオーガスに会ったのか?」
「ああ」
 どれから先に読もうかとばかりにいくつかの封筒を見つつ、師匠は俺に聞いてきた。
「偶然ってあるんだよな。オーガスさんに会った時も驚いたけど、グラウトに会ったのにも驚いた」
「ほー」
「実は今日帰ってきたのはオーガスさんから伝言があって」
 封筒の一つを手にとって開けようとしたいた師匠は片眉をあげた。
「伝言? わざわざお前に手紙まで預けておいてか?」
 胡散臭そうな視線を手に持った封筒に落として師匠は呟く。
「あー、じゃあ言わなくてもいいのかな。俺はうまいこと旅してるから、オーガスさんが何か言ってきたら協力するといいって言うだけなんだけど」
「お前……」
 師匠はぼそりと漏らすと、俺をじっとり睨んだ。
「そんなことをヤツに吹き込まれて、旅の途中で戻ってきたのか?」
「いや、他にもちょっと色々あって」
「その色々って何か聞きたい気もするが、まあいい。面倒なことになるのが嫌だからうまいこと断ったのになんであいつに大義名分を与えることしちゃうのお前?」
 視線の鋭さが増して、俺は居心地が悪くなった。何かに救いを求めようにも、なにもない。
「い、いや、だって、ほら。精霊が困っているのを助けるのが精霊使いの役目みたいな」
「そりゃそーだが。あのなあ、あいつはやれば自分で出来るってのに、楽をするために人に手を貸せなんて言ってくるんだぞ。わかるか?」
「えーと、なんとなく?」
「わかるならいい。ったく、お前そんなに簡単に使いっ走りにされてて大丈夫か? 本当にちゃんと旅できてるんだろうな、まったく。いいか、もう一度オーガスに会うことがあったら言っとけ。ソートの言葉はどうにも信用ならんからまだまだ動けそうにないって言ってたって」
「ちょっと師匠、それは心外!」
 俺の抗議の声を師匠はサラっと受け流す。
「文句は受け付けないぞ。オーガスなんぞの伝言を抱えてすごすご戻ってくるあたり、信用できないにもほどがある」
「それは単に師匠が面倒事が嫌いなだけじゃ……」
「ん? 何か言ったか?」
「いやなんでも」
 鋭い視線に俺の抗議はたやすくかき消えた。
 オーガスさんがひそかにセルクさんに託した封筒の中身がどんな内容かも分からずに師匠にあれこれ言うと墓穴を掘りそうだ。
 オーガスさんが歌のこととか書いてたら、よりでっかい雷が落ちそうだし。反省した姿勢を見せて素直にうなずいておかないと後が怖い。
 ハーディスとラストーズの国境の時のことを含めれば、師匠の言いつけを破ったのは何回になるだろう。理由があるんだと説明はできるけど、元の心証が悪かったら本当かどうか疑われそうだ。
 師匠は一応落ち着いたようで、封筒の一つを手に取った。その中身には興味があるけど、人の手紙を覗くほど無作法じゃないしそんなことをして師匠の怒りを煽るのも得策じゃない。
 どうかオーガスさんの手紙に師匠を怒らせるようなことが書いてませんようにと祈りながら、俺はとりあえず小腹を落ち着かせるべく菓子に手を伸ばすことにした。



 幸い、オーガスさんは師匠に頼んだ一件がどうなったか簡潔に書き記すことくらいしかしてなかったらしくてでっかい雷が落ちることはなかったものの、セルクさんがカディから聞いた行き倒れのことあたりでも書いていたらしく「やっぱり信用ならんから、オーガス会ったら力の限り断ると伝えとけ」と帰省中に何度もくどくど言われることになったんだが、それくらいなら怒られたうちに入らないよな。

2009.10.26up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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