IndexNovel精霊使いと…

迷子の旅路

「あー」
 思わず口から出た声は、苦り切ったものだった。
「……悔しい、悔しいわ」
 本当にもう悔しくてたまらないけど。
 私はため息を漏らして、周りを見回した。右には木、左にも木、正面にも木。
「道に迷った、みたいね」
 段々道が狭く細くなっていくなーとは思ってたんだけど、夕方には次の街にたどり着けると信じてたんだけどな。
 初めての道を迷わず歩くってことには、実はものすごい才能が必要なのかもしれないと私は旅に出て初めて感じた。
 ――なぜか、そう言うと信じられないって顔をされるけどね。私からしてみれば、初めての場所を迷わずに歩けるってことの方が不思議よ!
 迷った事実を飲み込んだ私は仕方なく方向転換を決めた。こういう場合、元の方向に戻れば大きい道に戻れるのは間違いない。
「でも今日は野宿確定ね」
 私みたいな育ちのいい乙女に野宿は厳しいんだけど、もう日が傾きかけているから今日中に街にたどり着くのはどう考えても無理だ。
 よく知らない夜道を歩けば、絶対確実に今以上に迷う。それがわかっているのに無駄な体力の消耗は避けたい。
 深いため息をつきながらくるりと反転した私は、だけどそこで気付いた。
 細い道をたどってきたつもりだったのに、いつの間にかそんなものが足もとになかったらしいってことに。



 どうしてそんなことになったのかなんて、考えても思いつけなかったら考えるだけ無駄。それよりも優先して考えるべきなのは、どうやって元の道に戻ればいいかってことね。
 だって、道という頼りがなければ戻れるわけがない。
 間が適度に開いている木と木の間を道だと思って歩いてきたんだけど、同じように歩いたら戻れるかしら。
 戻れるにしろ戻れないにしろ、他に何の方法も思いつかなかったのでそうするしかなかった私はゆっくりと歩きだした。
 たとえしばらく街にたどり着けなくても鞄の中に仕込んでいる携帯食料で何日かは生きていけると思う。
 あんまりおいしくないからできるならあまり食べたくはないんだけど、何も食べないわけにはいかない。
 ああ、こんなことになるならソートにおいしくする方法を教えてもらってればよかったわ。食欲に忠実なあいつは、なんだっけ――お鍋に携帯食料と水を入れて煮た後に何か調味料を足してましな物を仕上げていた。
「それが私にできるかってことが、問題なんだけどね……」
 まず第一にお鍋なんて携帯していないし、まして調味料なんて持っているわけがない。加えて料理なんて生まれてこの方したことがないから、同じようにしてうまくいく保証が全くない。
 荷物も重くなるし、無駄なことは考えない方がいいわ。
 あてもなくただひたすら歩くのはかなり苦痛で、くだらないないことばかりに考えが及んだ。こういう時、一人旅はつらい。気を紛らわせようにも話し相手がいないんだもの。
 ついこの間までのにぎやかさが懐かしい。にぎやかで楽しかったし、一人じゃないので迷わずに済んだってのも大きい。
 ああ別れずについて行ったらよかったなーなんて考えて、慌ててその考えを振り払った。ソートと一緒にラストーズに戻ったら、どんなことになるのかわからないじゃない。せっかくうまいこと家出できたのに、のこのこと戻るわけにいかない。
 一生戻らないつもりじゃないけど、戻るタイミングは今じゃないと思うから。
「あー、ホント馬鹿なことばっかり考えちゃうわ」
 気を取り直して、集中して歩く。何に集中するかって、それはもちろんちゃんとした道を見つけだすことにだ。
 時々思考を脱線させながら歩いても歩いても、元通ったと思われる道は見つからずそのうち日が暮れてくる。
 一つも希望のない状態で夜を待つのは苦痛だと思う。だけど他にどうしようもなく、私は少し開けたところで休むことにした。
 時々休憩はしていたけど、今日はこれでおしまいだと思うと座り込んだ瞬間にどっと疲れが襲ってきて、私は木にもたれて深い息を吐いた。



 少し休んで食事をしようと思ってたのに、疲れのためかうとうとしていたことに気付いたのはすっかり日の暮れた後だった。
 はっと目を開けると、もともと薄暗かった木々の間に濃厚な闇が漂っているように見える。身震いをして身を起こし予定通り食事を、と思った私は違和感に首を傾げた。
 どこかから、なにやらいい香りが漂ってきていた。
 ソートなら嬉々として顔を輝かせたであろう食べ物の香りだ。恥ずかしながらお腹を空かせた私にも十分魅力的なものだったので、小さくお腹が鳴る。
 くんと鼻を鳴らしてその出所を探る。しっかりした匂いだから、そう遠くないと思う。それって――つまり、誰かが近くにいるってことよね?
 私は喜び勇んで立ち上がった。別に食欲に負けたってわけじゃないからね。誰かがいるってことはつまり、道を尋ねられるってことよ!
 夜道は怖いけど見つけ出した希望に勇気づけられて、私は歩き出した。
 こんな道もない所に誰かいるなんて奇跡的だ。もしかすると人嫌いの誰かが小屋を建てて住んでいるのかしら。それとも、私がいるところがちょっと内に入っているだけで、実は近くに街道があるのかもしれない。街道沿いで野宿をする旅人は多いわけじゃないけど皆無じゃないって聞く。
 匂いの根源を見つけ出すまでは、ほんの数分だった。木々の間から焚き火の明かりが見えて、私がさっきまで休んでいたところよりももっと開けた場所が見える。
 偏屈そうな人間が住んでいる小屋も、街道も見えないけど、焚き火の傍らには野宿をしようとする人の姿が見える。
 駆け寄りたい気持ちはあったけど、思わずじっくりとその人の姿を眺めてしまった。その人が予想外の姿をしていたから、不審に思ってしまったのだ。
 年は私と同じくらい――かな。座っているので背丈はわからないけど、小柄なんじゃないかと思う。ふわふわの髪の毛は赤くて、焚き火の明りに照らされた影響なのか血の色のように見える。
 不吉そうな色合いに驚いたけど、だけど柔らかい印象を持った、可愛らしい女の子に見える。
 従姉のシーリィ姉様に似た雰囲気のそんな女の子が、一人焚火のそばで野宿しようとしているなんてなんだかとても怪しい。
 怪しくないように見えるのが、とてもね。
 私はごくりと息を飲んで、どうするべきか迷った。シーリィ姉様に似てるってことはつまり、お嬢様ーな感じの人だってことよ。育った環境は似ているはずなのに、私と姉様は全然タイプが違う。
 冒険心のある私だって野宿は避けたいと思ってるのに、いかにもお嬢様めいた子がたった一人きりでこんな森の中野宿してるなんて、絶対絶対怪しいでしょ!
 焚き火にはいい香りのする小鍋がかけられてるけど、彼女は料理をしそうなタイプには見えない。かといって他の連れがいそうにも見えなかった。
 仮にどこかのお嬢様が連れとはぐれて途方に暮れているのだとしても、その連れがお嬢様を放り出してどこかに行くとは思えないもの。
 火があっても、木々の間に漂う闇は恐ろしく見える。ふんわりした女の子がこんな中孤独に耐えるのは難しいのよ。私だって時々怖くなるんだから。
 髪の色が血の色に見えるのが、だんだん怖くなってきた。人の姿を身にまとった魔物か何かなのかもなんて頭の端で考え始めてしまう。
 魔物なんてあまり聞かないし、実在も定かじゃないかって思ってたけど――もっと存在が定かじゃないと思っていた精霊主が実在するからには、そういう魔物がいても全然おかしくない。
 そんな魔物がいたら、その狙いはなんだろう。可愛い女の子の姿で誰かを引っ掛けて――その誰かを食べてしまうつもり、とか?
 ごくりと息を飲んだ拍子に、恐怖で思わず後ずさってしまう。その瞬間私は後悔した。
 足元でパキリと小さい音がして、その小さい音は夜闇に包まれつつある周囲に思いのほか大きく響いたからだ。
 少し離れているから気付かれないように願った瞬間に、女の子が驚いたように顔を上げた。
 逃げればよかったのにと思いついたのは彼女がゆうるりと顔を上げた時だった。ゆっくりとした動きだったから、何か魔法を放って全力で身をひるがえして逃げれば逃げきれたと思う。
 だけど現実は彼女が口を開くまでただ立ちすくむだけだった。
「あらー」
 ゆっくりした動きに似た間延びした声は思いのほかよく響き、女の子は私を見た後、他に誰かいないのかとばかりに周囲をうかがう。
「まあ、こんな所で人に出会うなんて」
 人の良さがにじみ出るようなのんびりとした声。
「奇遇ですわねえ」
 それをどこか街中で出会って知り合いから聞いたんだとしたら普通だけど、ここはどことしれない森の中で、相手は怪しい女の子ときたらどこまでも怪しい。
「お一人ですの? 女の子がこんな所で一人なんて危険ですわよー」
「――同じ言葉をそっくりそのまま返すわ」
 怪しいけど、間延びした声に拍子抜けした私は気を取り直して答える。彼女は驚いたように目を見開いて、まあと呟いた。
「それもそうですわね」
 にっこり笑って呟くと、彼女は表情を改める。
「でも道に迷ってしまいまして」
 いたずらが見つかった時のようにぺろりと小さく舌を出して、一言。それで僅かばかり残っていた警戒心がきれいに飛んで行った。
「私も!」
 同志を見つけてうれしくなったもんだから、大声で宣言しながら思わず駆け寄っちゃったわ。
「私もそうなの!」
「まあ、それはますます奇遇ですわね」
 笑みを深めた彼女はこれも何かの縁ですからと私に座るように促して、その上小鍋の中身を分けてくれる。
 小さな木の器に盛られたのは、ほかほかのスープだった。ごろりと大きく切られた野菜と干し肉が入っている。
「分けてもらって、いいの?」
「いいですよ。一人より二人の方が食べるのも楽しいですもの」
 もらってばかりも申し訳ないので私からは堅パンを半分に切って提供する。食べにくいけど長持ちするパンは、スープに浸すとそれなりに食べやすくなる。
 もらったスープは匂いから想像していた通りにおいしく、そして一人で野宿をしなくてよくなった安心感でとてもほっとした。
 私も素性を話さなかった以上、彼女の素性も聞けなかったけど、名前と旅をしている理由ならお互いに話した。
 彼女の名前はシルナ。私と同じく魔法使いで、何年も旅をして過ごしているらしい。
「何年も?」
 思わず驚いて尋ねると、シルナはええとうなずいた。
「こう見えて見た目の倍は生きてるんですよー」
 間延びした声はのんびりしたお嬢様風だけど、自分でそういうからにはそうなのかなと納得せざるを得ない。
 思わずじろじろと観察しても私と同じくらいに見えるけど。全然そうは見えないってことは、童顔なのか力がある魔法使いってことになる。
「どうして旅をしているの?」
 私は修行のためなんだけど、と裏っ側の事情は置いておいて簡単に告げると、シルナの方もごく簡単に答えをくれた。
「人探しをしてますのよ」
「へ?」
 私は思わずまじまじとシルナを見た。
 力のある魔法使いが、何年も人探しで旅をしているなんて信じられない。
 ちゃーんとそういうことができる魔法はあるし、私だって簡単なものなら使うことができる。見た目と実年齢がそぐわないシルナなら、難しいものだって簡単に使えそうな気がするんだけど。
 力があったって向き不向きがあるだろうから一概には言えないけど、向いてなくたって時間をかければ何とかなるはずだ。
「魔法を遣うのは禁じ手なのですわ」
 私の疑問を悟ったらしいシルナはため息交じりに漏らした。お椀を一度置いて、お茶をすすってから彼女はふーっと息を吐く。
「そんなことをしたのがばれたら、叱られてしまいますし。それに――そもそもあの方が私の力で見つけられるとも思えませんし」
「そっか、相手も力がある人なんだ」
「ええ」
 憧れるような視線を虚空に向けてうなずくシルナの様子をみると、どんな魔法使いなんだろうという興味がむくむくと湧くのをぐっとこらえた。初対面で突っ込んだことなんて聞きにくいもんね。
 道に迷った者同士っていう親近感もあって、これまで迷って困った経験をお互い指折り挙げて盛り上がった。
 私より旅経験のあるシルナの方が当然挙げる例が多い。
「おかしいと言われても、なぜか迷ってしまうんだから仕方ないんですわ」
「そう! そうよね! おかしくなんかないわよね!」
 ほんともう、すごい親近感だって。
 最初怪しいって思ってたのが嘘みたいにあっという間に私はシルナと仲良くなった。
 夜が更けてから寝て起きて、当然のように一緒に行動を開始したくらいに。
 私の旅だって特に目的はないし、シルナの旅は目的はあれども手掛かりがないらしい。だったら一人で迷うより、二人の方が安心感があるんじゃないとしばらく一緒に行動することに決める。
 お互い方向感覚に優れないから、なかなか目的地にはたどり着かないけど……まあ、寂しくないってのはいいことだと思うわ。

2009.10.21up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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