IndexNovel精霊使いと…

非日常なあれこれ

「ラストーズに行くことになったよ」
 その日、国王陛下に呼び出されてから自室に帰ってきたグラウト様は開口一番そう言いました。
 私の「お帰りなさいませ」とほぼ同時のその発言。思わずびっくりして私は目をぱちくりとしてしまう。
「ラストーズ、ですか」
 グラウト様はこの国の第一王位継承者。
 だから外出の機会はそう多くなくって、数少ない機会に行く場所も決まり切っていると言っていい。
「そう」
 ラストーズ、なんてグラウト様の行くところリストに載っていない名前で、だからこそそれがどこなのか咄嗟にわからなかった。
 言葉少なにうなずいたグラウト様は私の顔を見てそのことを悟ったらしくって、かすかに苦笑して説明を加えてくれた。
 国内じゃなくって、とはいえ国境の接している私に聞き覚えがあるような周辺国でもなくっていくつか国を挟んだ向こうにあるあまり国交のない国だって。
「魔法国家、ですかー」
 どんな国なんだろうと私は想像を巡らせる。
 世の中には不思議な力を使える人がいて、それは二種類に分かれている。ひとつがソートくんみたいな精霊使いで、もうひとつが魔法使い。
 フラストには精霊使いも魔法使いもいるから、私にだってなんとなーくその違いはわかっている、と思う。
「わざわざ魔法国家なんていうからには、すっごい魔法を使える人がたくさんいるんですか?」
 魔法使いより精霊使いの方が扱える力が大きいってことだって知ってるけど、わざわざ魔法の名を冠するんだからすごいのかもしれない。私は期待してグラウト様に尋ねた。
「さあねえ」
「たとえば、空をびゅんびゅん飛んだりとか、一瞬であっちとこっちを移動したりとか!」
「――コネット、君はいったい何を期待してるんだい」
 グラウト様は少し呆れたような声を出して、それから気を取り直したように言葉を続けた。
「魔法国家なんて名乗っていても、フラストの魔法使いとそう変わりはないと思うよ。その名の通り魔法使いが優遇されているようだし、力が多い人間もおそらくは多いのだろうけど」
 実態はどうだろうねとグラウト様はさらに話を続ける。
 学んだ知識しかないけれどと前置きをして、ラストーズがどれだけ魔法使いを優遇しているかってこと(王族や貴族に魔法使いが多いっていうから驚いてしまった)、逆に魔法使い以外には冷たいことを説明してくれる。
 それから、今回グラウト様が向かうことになった理由も。
 ラストーズの王様が代替わりをすることになって、新しい王様の戴冠式に出席することになったんだって。
 それから話はこの王位継承の裏には色々なことがあったらしいということに移り変わる。魔法国家ラストーズがどれだけ魔法使いを重視しているのか語るグラウト様は皮肉げな口調を崩さなかった。
「国を治める資質が魔力の有無で左右されると信じているわけじゃあるまいに」
 そうですねえと私はうなずいた。国王になるのに魔法の才能が必要なら、グラウト様は永遠に国王になんてなれないし、今の国王陛下様だって本当は国王様じゃないってことになる。
 もちろん国王陛下は立派な国王様だし、グラウト様だって将来立派な国王様になるに決まっている。だからこそ、グラウト様の発言には大いにうなずけた。
「他国の伝統に口を出すわけにはいかないけれどね」
 それで納得でもしたのか。グラウト様は苦笑がちに口ぶりを改めた。
 なんとなく納得いかないところがあるみたいだけど、それでもグラウト様はお出かけを楽しみにされているようで、ソートくんが旅に出て以来久々に機嫌がかなり上向いたみたい。
「出発はいつなんですか? 私もお供していいんですよね?」
 グラウト様はもちろん一緒に来てもらうよと微笑んで、出発の日はまだ決まっていないと続けた。
「先方にも都合があるからね」
 なるほどと納得して私はうなずいた。




「恐れ多くも、妃殿下は貴方にお願いがあるとおっしゃるのよ」
 そう母が私に言ってきたのは、まだはっきりとは決まらない外出の予定をなんとなく気にしながら、いつもの予定にほんの少しだけお出かけの準備を含めた頃だった。
 私がグラウト様の侍女であるように、母は王妃様の侍女をしている。元々王妃様の侍女をしていた母はたまたま産み月が近かったからと、グラウト様の乳母となった。
 だけど、一通りのことを娘の私に仕込んだ後はお役目を辞して元の仕事に戻ったのだ。本来ならばずっとグラウト様の乳母としてお世話をすることが望まれそういうことはないらしい。
 だけど、御輿入れの時からずっと王妃様のお傍にいた母に対し気心が知れているから戻ってきてくれるとうれしいという、お体の弱い王妃様のたってのご希望でそういうことになったんだって。
 グラウト様のお母様である王妃様は、滅多に他の方と面会されない。お体が弱いからあまり無理はできないのでグラウト様でもあまりお会いにはなれないくらいだ。だから当然グラウト様と一緒に向かおうと思っていたら、そうと悟った母からグラウト様には内密にと言われてしまった。
 どういうことだろうと首をひねりながら私は指示されたとおりに王妃様のお部屋に向った。グラウト様に秘密を持つのは心苦しかったけど、幸いにして気付かれた節はなかった。私は一番グラウト様のお傍に控えているけれど、一日中べったりってわけじゃないから仕事の合間にこっそり王妃様とお会いするのは可能なのだ。
 お体の弱い王妃様との面会が長時間になるわけがないとなれば、なおさら合間を見て訪ねやすい。
 王妃様のお部屋は王宮の奥の奥、あまり人の寄らない静かなところにある。それでも人目を避けるようにこっそりと近づいて、私は扉を叩いた。
 グラウト様もあまり近くに大勢いるのを好まれないけれどそれは王妃様も同様で、私を迎え入れてくれたのは母だけだった。
 一つ二つと扉を抜けて、柔らかそうなソファにゆったりと座った王妃様の前にはすぐたどり着いた。
「突然呼んでしまったから、驚いたでしょう?」
 王妃様は暖かな日だまりのような方で、グラウト様と全く雰囲気が違うと会うたびに感じてしまう。どちらかというと、グラウト様の雰囲気は国王様に似てらっしゃる。
 だけど、よくよく見てみるとお顔立ちは王妃様に似ているから不思議だ。
 王妃様にいいえと否定するべきか、素直に驚いたと言うべきか迷っていたら母に睨まれてしまった。
 私と母のやり取りに気付いた素振りもなく、王妃様はにこやかにお話を続けます。
「今日来てもらったのは他でもない、グラウトのことなの」
「はい」
 王妃様と私の接点なんてグラウト様か母のことしかないので、今度は睨まれる前にうなずくことに成功。
「あの子は、私のために色々と気苦労をしていると思うのです」
 王妃様は一度物憂げにため息を漏らして、そうおっしゃった。そこはうなずくべきかどうか、すごく迷いどころ。
「私の体がもっと丈夫であればよかったのだけど……」
 王妃様を慰めるように母がそっと王妃様に寄りそって肩から落ちかかったストールをゆっくりかけ直した。王妃様はちらりとそんな母を見てから私に視線を戻された。
「言っても詮無いことですね。いくら嘆いても現実は変わらないのですから……ねえコネット、あの子が必死にこの国を背負おうとしていることは私もわかっています」
「はい、グラウト様は日々頑張っていらっしゃいますよ!」
「ええ。だけど、そのためにあの子が犠牲にしているものは大きい」
「犠牲、ですか?」
 心当たりが思いつかなくて、私は首をかしげた。お行儀が悪いと母に睨まれても、だってちっとも思いつかないんだから仕方ない。
 グラウト様は王妃様のおっしゃるように、フラストがよりよい国になれるよう、よき国王様になるために努力を重ねてらっしゃるのは間違いない話。
 だけど、それで何かを犠牲にしているとは思えない。だって、グラウト様は誰よりもこの国が大好きで、苦労を苦労と思ってらっしゃらないはず。
 そりゃあ、立場上あまり親しくできる方がいなくてさみしい思いをされている節は無きにしも非ず、だけども。それもソートくんという良き理解者が一人いるだけでそこまで気にしてらっしゃらないんじゃないかしら。
 そんな細かいことを気にするような暇は、グラウト様にはないことだし。
「ええ、犠牲です。あの子は自身の幸せを考えていないのではないかしら」
「グラウト様は今十分の幸せに暮らしてらっしゃると思います」
 私が胸を張って答えると、王妃様は苦笑された。
「私は心配なの。あの子もそろそろ結婚を考えていい時期です。ラストーズの新王は、あの子と同い年と聞きます。ご結婚されて、即位されると」
「えーと、それは初耳です」
「良い国王になろうというグラウトの努力は私も認めています。良い政をすることも、国王の絶対条件です。ですがそれだけでは足りません。――次代を継ぐ者を生み育てるのも、必要なことです」
 日頃考えたことのなかったご指摘に、私はびっくりしてしまった。
 そう言えば、王妃様はかつてお子様が産めるかも危ぶまれたことがあると母に聞いたことがある。御輿入れの時にはそれで国がごたごたしたんだって。
 幸いにして王妃様はグラウト様をお産みになって義務を果たしたというけれど、ご懐妊まではあちらこちらから国王陛下に「ご側室を」の声が上がってたとかどうとか、母は時々ぼやくように言ってた。
 言われてみれば確かに王家の存続にはお子様の存在が不可欠で、グラウト様もそのためにそろそろご結婚を考えてもいいお年頃。むしろ、思いついてみればもう婚期を逃しかけているのじゃないかしらと思わずにはいられないお年のような気もしたり、しなかったり。
「そ、そうですね」
 あまりのことに私の声は震えました。
 私が今まで気付かずにいたのは――きっと、仮に誰かにそんな話をされてもグラウト様がちっとも気にせず、私の知らないうちに握りつぶしてきたからだろうなあ。
 グラウト様はその――あくが強いし、そのことは近隣にひじょーに有名だものだから、握りつぶすまでもなくお相手に名乗りを上げる方がいらっしゃらなかったかもしれないとも思うけど。
「ラストーズの戴冠式に参列するのは、よい機会だと思うの」
「良い機会ですか?」
 王妃様は私の言葉に重々しくうなずきを返し、身を乗り出された。
「そう。あの子が誰か良い人と巡り合えるよう、協力してあげて」
 そんな無茶なと思った瞬間、口からは「無理です!」と言葉が漏れた。
 本当にそんなの無理に決まってる。即答で拒否とは何事だと鋭い母の視線がこっちを射抜いたって、無理なものは無理だもん。
「グラウト様が私の言葉を聞きいれて下さるなんて思えないです。王妃様が直接おっしゃった方がまだ聞きいれて下さるんじゃないでしょうか」
「言ってはみたのだけど……聞いてはくれないのです。だから、いつも近くにいるあなたの言葉ならと思うの」
 すがるような視線を向けられても、きっと無理だと思った。だって、相手はグラウト様だから。なんだかんだ文句をつけるソートくんがいつだって煙に巻かれるように、私だってそうなるに決まってる。元の頭の出来が違うんだから。
 だけどあまりに頼りない王妃様の視線にも、さあ聞き入れろと言わんばかりに私を見る母の視線にも耐えることができずに私はしぶしぶ首を縦に振った。
「私の力が及ぶとは思えませんけど、できるだけ王妃様のご意向に沿えるように頑張ります」
 本当っと顔を輝かせる王妃様はさっきまでが嘘のように明るい笑顔をお見せになり、それに伴って母の視線は緩くなった。
 対する私は気が重くて苦笑する他ない。
「ではコネット、ぜひともよろしくね」
 私は神妙にうなずいて、これ以上無理を言われないうちに早々に王妃様のお部屋から退出した。



 で、実際私がどれだけ王妃様の依頼を遂行できたかというと、さっぱりできなかったと言うしかない。
 だって、ラストーズに着いた早々になんでかそこにいたソートくんとグラウト様は再会して、それどころじゃなかったんだもの。
 それでも隙を見てちらりと話を向けてもグラウト様はどこ吹く風って顔をして、ちっとも堪えた様子がないんだから予想以上に予想通りだ。
 ただ。
「コネット、君に余計な心配をさせたのは父上かな? それとも母上?」
 どちらでもいいけれどと前置きしたグラウト様は裏を悟っていらっしゃるような顔でおっしゃった。
 遠慮がちな私の少しの言葉で悟られるくらいだから、国王様からも王妃様からもこれまでに何か言われていたのかもしれない。
「どちらもということもあり得るか。どちらにしろ、案ずることはないよ。私は自分の責務をちゃんと心得ている。きちんと考えがあるから心配せずともよいよ」
 私なんかが説得してもやっぱり無駄だったかと少し落胆したけど、自信たっぷりに言い切られればすぐに気分が浮上した。
 グラウト様に考えがあるなら、私があれこれ気をもまなくてもいい。だってグラウト様があるって言ったらあるんだもの。
 それなら私は国に戻ったら王妃様にそうお伝えすればいい。王妃様だってグラウト様にお考えがあると知れば安心されるはずだもん。

2009.10.09up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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