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予想外の客が
フラストの辺境に当たる森の中に、今のところ俺の住む屋敷はある。一体誰が建てたんだか住み始めて十数年経った今も疑問のご立派な屋敷だ。
最初に見た時には、何でこんな森の便利の悪いところにこんな屋敷があるんだ、と目を見張った覚えがある。放置されて時間が経っていたようだから、こうしてちゃっかりと住まわせてもらっているわけだが。
町からも大分離れているし、とにかく便利が悪いし地図にも載っていない。
こんなところを訪れてきたヤツなんて、俺が知る限り両手で数えられる。
何故か俺の噂を聞き込んでやってきたフラストの精霊使いと、何故かこんなところまで探索にやってきた旧知のオーガス。あとは道に迷った人間が何人か。
そして、つい先ほどやってきた男――。
町中だとそんなにうまいことはいかないが、とにかく人気のない森の中、人が来れば嫌でもその気配がよくわかる。なぜなら、見慣れない相手を見かければ精霊たちが騒ぎ出すからな。
こんなところを目的に来るヤツの気は知れない。十中八九迷い人だと当たりをつけながら玄関を開けたそこ、いたのはやたらと身なりのいい男だった。
体格はそうはよくない。中肉中背、と言いたいところだが多少ひょろりとしている。赤茶の髪、同色の瞳。身に纏うのは旅塵にまみれていない上質の上下だった。
ハーツ織りの藍染め。仕立てもきっちりしているから、なかなか値が張っただろう。止めボタンは金の細工物――紋章入りだ。
さて、一体どこの人間だろうね。顔つきと身なりを見る限り、西の方の上流階級。よく見ると後ろに馬車が控えている。
道に迷った、なんて間抜けなことはないだろう。道に迷うような御者はそういないだろうし、迷うにも限度がある。ここは奥過ぎるし、迷うような人間を雇うような男にも見えない。
俺も向こうもお互いの様子を観察し合った。
「どちらさま?」
一瞬この家の元の持ち主の関係だろうかと考えはしたが、あまりにも時間が経ち過ぎている。
だとすると、可能性が高いのは精霊使いを雇い入れたいどこかの国の人間ってことになる。
そんな風に思いつつ問いかけると、男は居住まいを正して口を開いた。
男は自分の素姓についてはぼかすようにしか話さなかった。思った通りにフラストからより西にあるさる王家に仕える者だそうだ。
こんなところまで使いに出されるくらいだからそこまで身分は高くないとは思うが、間違いなく貴族ではありそうだ。
こりゃあ、可能性が高い方が当たりだ。毛ほども応じる気はないが、仮にも貴族に玄関で応対するのも失礼かなと一応は室内に招いてやり、お茶も淹れてやった。
温かい茶は人の心を和ませる。それとなくこんな所まで来た用件を尋ねてみると、自分の素姓についてはぼかして話していた男は打って変ってあれやこれや話だした。
予想は案の定的中したが、俺に対してではなく弟子を要求されて少し驚いた。
ソートのやつ、いったいどこで目を付けられたんだ?
疑問に思いつつも、そいつは本人に言ってくれと返答する前に、男が続けた話に俺はもっと驚くことになった。
いやまったく。口に含んだ茶を吹き出さなかった自分を褒めてやりたいくらいだったぜ。
男は俺の驚きなんぞ気にした素振りもなく、マイペースにあれこれ説明をくれた。何度も吹き出しそうになったが、こらえ切れたのはアレだ、これまでの経験がモノを言ったってやつだ。
表面上は何もないように装いつつも、内心じゃあどういうことだといささか混乱してはいた。
あのソートが、ラストーズの新しい国王の弟って、どういうことだって思うだろ。そんなこと俺はこれまで知らなかった。嘘を付けないソートがそんな事実を隠していたなんてこともないはずだ。
いくらソートが世間知らずでも、身分詐称は褒められたことじゃないってことくらいは理解しているはず。加えて言えば、あいつは俺に似たのか幼なじみの殿下がアレなのが原因か、王宮が好きってわけでもない。
そうするとなんでそんなことになったのか疑問に思わずにはいられない。
続く男の言葉でラストーズの戴冠式に殿下が参列していたことはわかったから、多少は殿下が関わっているんだろう。だが、フラストの殿下がわざわざソートを後押ししてラストーズの王弟に仕立て上げるなんて無駄なことはしそうにない、な。
とすると、一体どういうことだ。ソートは本当にラストーズに縁があったのか?
確かにあの国は精霊使いを忌避しているから、かつてそりゃあもう人目を気にせず無邪気に精霊と戯れていたソートを放り出すことはあり得るだろう。でも、だったら今更その厄介な精霊使いを身内に引き入れるなんて愚を犯す必要はないだろ。
ああ、さっぱりわけがわからん。
俺が内心頭を抱える間も俺に困惑を持ち込んだ男の話は続いていた。話半分に聞いていたところ、要はラストーズの新王の弟で優秀な精霊使いであるソートを――いやなんだか別の名前で呼んでいるが、とてもじゃないけどソートの本名とは思えない――フラストの皇太子が望んでいるのは重々承知しているが、どうか我が国に来ていただけるように説得してくれないか、というのがその趣旨だ。
本人は悪い人間ではないのだろうが、正確な素性を明かさないところに後ろ暗さが垣間見える気はするな。
待て、素性を明かさないのはソートを盾にフラストかラストーズのどっちかに無茶な要求をする予定でもあるからか?
精霊使いってだけなら、ソートの師匠であるこの俺だってそうなんだ。なにも厄介なしがらみを持っているソートを求めずとも、ここにいる在野の精霊使いを勧誘しようとは思わないのか?
無論応じるつもりなどかけらもないが、疑問には思う。
フラストかラストーズのどっちかに遠慮があるのかもしれない。遠慮があるならわざわざ来なけりゃいいものを。
男の真意を探ろうにも、さっぱり読めなかった。仮に裏があるにしろ、きっとこの男の関係しないところで企まれているのだろう。素性を隠そうとしていること以外、男に後ろ暗いところはなさそうに見えた。
男は必死に何やら言い募っているが、残念ながら心に響きはしなかった。そもそも俺はあまり関係ないし、その上裏がありそうだと思えばなおさらだ。
だもんだから一通り話し終えたところで、とりあえず申し訳なさそうな顔を取り繕って丁重にお引き取り願うことにする。
上から命じられただけの男は取りすがるような顔であれこれ言ってきたが、いくら弟子とはいえ人の人生を勝手に決めるわけにはいかないだろ。
俺は懇切丁寧にそのことについて説き、ついでにフラストの名前を出してやった。
フラストの殿下がソートを気にいったのは遠い昔からの話で、男もそれを認識しているようだったからな。俺に断るより、フラストに断るのが先だと言うとひどく苦い顔をした。
正直なところどうなのかよくわからないが、ラストーズの名前も出しておいた。あの国は精霊使いに冷たいが、ソートが仮に実はラストーズの縁者なのだとしたら、血の繋がりのない俺よりもそっちに断りを入れるべきだろう本来ならば。
ま、実際のところソートのことをこれ以上なく知っているのは育ててきた俺なんだから、一番影響力があるのは俺なんだが――あえてそれを言って面倒をしょい込むことはない。
精霊使いは珍重されていても、国家の後ろ盾がなければ政治的には無力だ。俺に言い負かされるより王族に言い負かされた方が男的には上司への言い訳が立つだろう。
笑顔でやんわりと説得すると男も最終的には納得し、俺は安心して丁重に予想外の客人にお引き取り願う。
パタンと扉を閉めて、俺は息を吐いた。
「それにしても、ソートが国王サマの弟ねぇ……」
どういう流れでそんなことになったんだか全く想像ができないところにいささか興味を惹かれた。
だからといって積極的に調べるにはここは辺境すぎるし、どうしようもないわけだが。
「ま、そのうち帰ってきた時に話のタネに聞いてみるか」
その時覚えてればだけどななんて内心付け加えつつ、俺はそのついでにからかってやれば面白そうだなんて思いながら日常に戻る。
「その時」が意外とすぐで、しかもソートがオーガスの面倒くさい伝言を抱えてくるなんて、その時の俺に走る由もなかったので。
2009.09.19up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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