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精霊使いと皇太子

3.幼い精霊使い

 あまりうるさくすると迷惑がかかるので、私は子供の手を引いて外に出た。
 ふにふにした、柔らかい子供の手だ。きっと数年前は私もこうだったのだろう。
 廊下は静かだ。
 少し扉から離れて、子供に視線を合わせる。
「はじめまして。私はグラウティス・フラストだよ。君は?」
「ソートだよ」
「ん。よろしくだね、ソート」
「うん、えっと……」
 子供――ソートは困ったように私を見上げた。
「グラウティス」
「ぐらうちす」
 生まれて十二年。私のことを名前で呼ぶ者は私の身分ゆえにそう多くないが――こんな年下の子供に呼び捨てられたのは初めての経験だ。
 しかも、微妙に違うし。
「グラウティス」
「ぐらうてす」
 おしい。
「グラウティス」
「ぐらうちす」
 戻るし……。
「ぐらうちす!」
「だから違うよ……ああ、まあいいや」
 発音が難しいんだろう。ソートの頭を軽くなでて、私は諦めた。
「じゃ、これはどうかな。グラウト」
「ぐらうと?」
「そう」
 私は軽くうなずいた。
 親しいものは私をそう呼ぶ。まあ、よけいなモノが後から引っ付いてくるけどね。「様」とか「殿下」とか、そういったものが。
「ぐらうと、ぐらうと、グラウト!」
「気に入ったかい?」
「うん。グラウト!」
 にーっこり子供は笑う。悪い気はしなかったので私も笑い返した。
「それはよかったよ」
 再び子供の手を取る。
「じゃ、私の部屋に行こう。ちょっと遠いけれどね」
 私の部屋は、図書室からやや離れた所にある。



「あら、お帰りなさいませ」
 扉を開け、部屋を入ると乳兄弟のコネットが明るく私達を迎えいれてくれた。
「グラウト様、この子……?」
「お客様だよ」
 コネットは驚いたように一瞬立ちすくむ。私とソートを見比べて、目をぱちぱち。
「かわいらしいお客様ですね……こんにちは」
 でも一瞬で立ち直り、ソートに挨拶した。
 人見知りでもするのか、私の上着の裾を掴んでいたソートはその笑みに安心したらしい。
「こんにちは」
 舌足らずに挨拶すると、コネットは嬉しそうに笑った。
「かっわいいですねっ?」
「だろう?」
「どこからさらってらっしゃったんですか?」
「コネット、君どういう目で私を見てるんだい?」
「冗談ですよ」
 笑えない冗談だよ、それ。
 私がそう言おうとする寸前、コネットは素早く身を翻した。
「お茶、いれてきますね!」
「この子にはジュースの方が……」
「わっかりましたー」
 パタパタとコネットは騒々しく出ていく。
「じゃ、何しようか?」
 それを見送って私はソートに問いかけた。
 預かったのはいいけど、この子はいくつなんだろう? こういう年の子供は何をして遊ぶんだ?
 残念ながら――、私にはわからない。普通と程遠い生活をしていたのは自覚している。普通の子供は、この年なら遊んでいることだろう。
 私と言えば、きっとこの子の年のころは……。
 あー、まあそんなことはいい。
 そうだ! その頃夢中になって読んだ本があったな。
「ちょっと待っててくれるかな?」
 私は奥の部屋へ走り、本棚へ近寄った。
 気難しいタイトルの本を取り除くと、中には子供向けの本がある。
 その中から青い表紙の本を私は取り出した。
 『世界と神話の話』熱心に読んだものだから大分くたびれているその本は、私のお気に入りだった。
 たくさんの挿絵と、大きな文字。
 仮に内容がうまく理解できなくても、幻想的な挿絵だけでも一見の価値がある。
 私が本を手に戻ると、ソートはあちこち落ち着きなくきょろきょろしていた。
「なにか面白いものがあるかい?」
「んーん」
 ふるふる首を振る。
「もう少ししたらさっきのお姉ちゃんがジュースとお菓子を持ってきてくれるからね
「うんっ」
 ぱっと顔を明るくして、彼はうなずいた。
「お菓子、好きかい?」
「だーいすき」
「じゃ、それまでこれを読んであげよう」
 ソートは私が本を見せると興味を持ったらしい。のぞき込もうとするので、それよりはと手渡した。
 椅子を引いて、座らせると早速彼は勢いよく本を開いた。
「字は読めるかな?」
「……ちょっとだけ。えっと、む……か、しむかし、ま、だ――ね?」
 つっかえつっかえ読んで、顔をあげる。誇らしげな顔だった。
「うん、すごい」
「ししょーがおしえてくれんだ」
「ふーん」
「べんきょーしてるの」
「偉いねぇ」
 ソートはえへへと笑った。
「じゃ、自分で読むかい?」
 彼は本と私を真剣な顔で見比べた。
「読んで」
 言った後にぽそっと付け加えた。
「ちょっとだけむずかしんだ」
「そうかい」
 私はソートの隣の椅子を引いた。
 まず、タイトルから読み上げる。
「世界と神話の話。フォアダクス・シュクラスト」
 真面目な顔でソートはこくこくうなずく。
「昔々、まだこの世界が誕生するずっと昔のこと。まだどんな世界もない、何もない場所に最初の神が現れました。とてもとても優しくて、とてもとても立派な神様です」
 この本の面白いところは、この世界――フェルディが創造される以前、遥か異界のことまで語られる所だろう。
 興味を持った様子でソートは私の話に聞き入った。
 でもコネットがお菓子を持ってきた途端に、集中力をなくしたけれど。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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