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精霊使いと皇太子
土産話をしよう
「まさか、わき目もふらず歩いてきたなんて言わないだろう?」
グラウトはそう言って俺のことをじっと見た。
「……それは否定しないけどな」
彼は顔の前で腕を組んで、それにあごを乗せる。
予想もしないところで再会して、一連の挨拶を終えたあと。グラウトの瞳はこれまでどうしてたんだって暗に言っている。
「徒歩でうろうろしてたんだろう。君のことだから、各地の名物料理でも食べあさっていたんじゃないか?」そんな風に切り出されたら、違うんだってアピールはしなくちゃいけない。
じっと見つめ合ったのは数秒ほどのことだ。
「そうだなあ」
旅に出てからこっち、いろんな事があった。さてその中でどれを話せばグラウトは満足してくれるだろうな。
たぶん今はそんなに時間がない。グラウトは一言だってそんなことは言わないだろうけどそれは確実だ。
「じゃあとりあえず、旅に出て一番の出会いを話そうか」
「一番?」
グラウトがきゅっと眉を寄せた。俺はこくりとうなずいてみせる。
「お前に挨拶して、旅に出てそう経ってない頃だったな――」
カディに会ったのは、フラストの王宮でお前に挨拶してからそう過ぎていない頃だった。
一週間ちょっと、かな。
それから今までもそんなに時間が経っていないのにもうずいぶん昔のことのように思えるけど。
そのとき好奇心で道を外れてしまったことは今でも苦い思い出だよ。だって、行き倒れかけたんだから。
まだ旅に慣れていなかったから、携帯食だってそんなに持ってなかったし。師匠が地図を持たせてくれてたけど、かなり古い物だったから役に立たなかった。
ばったり倒れたところを助けてくれたのがカディだった。
あんときはやばいと思ったんだ。腹減って動けないしさ。死んだかと思ったね。
最初幻聴が聞こえたのかと思ったんだ。
それってのもさ、カディっていうのは精霊なんだよ。
そうだなあ、見た目はお前と同じくらいかな。青い髪と目、冷静ぶって真面目そうな見かけ。精霊だからもちろん半透明。
一見すると他の精霊とほとんど変わらないけど、ちょっとだけ存在が濃い、そんな感じかな。
――そんな不審げな顔すんなよー。今はいないけど、そのうちくるだろうから、カディ。そしたら嫌でもどういうヤツかわかるだろうよ。
だからそんな哀れみを持った目で俺を見るな! 言いたいことは充分わかるから!
カディは精霊だけど――あ、風の精霊って言い忘れてた。まあそんな精霊だけど、変な精霊なんだよ。
しゃべるんだ。
腹減って死にそうなときにヤツの声を聞いた俺の気持ちを想像して欲しいね。
幻聴かと思ったんだよ。周りに誰もいないしさ、まさか精霊がしゃべるなんて思わない――だろ?
腹減りすぎて気が狂ったかと思ったね。でも、そうじゃなくってカディは本当にしゃべって、ついでに俺を食べ物のところまで案内してくれた。あの時の木イチゴはそりゃもううまかったなあ。
生き返るってのはまさにあのことだと思うよ。え、それよりカディの話? そのうちくるって事は今も一緒に過ごしているんだろうって?
まあ、そうなんだけど。
そこで何でカディが俺についてきたのかはいろんな意味で謎だよ。理由は聞いたけど。
カディは暇を持て余していて、たまたま出会った俺を気に入ったらしい。
俺はカディのことは夢か幻って事で処理しようとしてるのにそりゃないぜって思ったよ。
カディはいいヤツだ。深くつきあうと、なんていうのかなあ――いいヤツなんだけど口うるさいヤツだ。
妙に小言が多いんだよ。
朝普通に起きたら遅いとか言って、前より早く起こされるようになった。朝の布団の誘惑以上のものはそうそうないっていうのに二度寝しようと思ったら突風が吹いてくるんだよ。
笑うなよ!
布団ごと吹き飛ばす勢いなんだからな。
もちろんカディの仕業だよ。そういうことするんだよ風の精霊が、信じられるか?
だいたい起きるのが遅いっつってもそんなに遅くは――。
あぁ? 俺は元々寝ぼすけだって? 俺の遅くないは当てにならない? いいだろ、急ぐ旅でもないし少々寝ててもさあ。
でも、カディの行動に身の危険を感じ始めたから、早起きするようにはなった。普通、精霊がすることじゃないよなあ……いや俺のためにやってるんだろうけど。
しかもカディがうるさいのはそれだけじゃないんだ。
身支度にも口を出す。ちゃんと顔を洗いなさい、とかそういうの。洗ってるだろって言ったら、それじゃあ足りませんときたもんだ。
顔洗うのって足りる足りないって問題なのか?
――まあでも一応言うとおりにはしたよ。カディが言うほどしつっこくはしないけどな。お互い譲歩したぎりぎりのところで落ち着いた。
それ以外にも、うるさいもんだよ。
一番うるさいのは金関係だな。俺よりも路銀について把握してるよあいつは。
ソートには任せておけません! て言って。
飯を食うごとに懐が寂しいんですからあまり食べないようにって忠告してくるんだよ。このつらさわかるか?
え、わからない? くっそー、フラストの皇太子様はいいなあ毎日豪勢で。え、だからって俺お前のところで働く気はこれっぽっちもないけど。
毎食シェフが腕をふるうって? ……っっくぅ、いや、俺は負けない俺は負けない。そんな誘惑になんか負けねえ。
話を戻すぞー。
俺は食べ盛りだって言うのに腹八分目で押さえとけって言うのはひどくねえ?
それが嫌なら働きなさいって言いやがるんだぜ?
そりゃ俺だって金がなければ生きてけないことはわかってるけどそれを精霊が言うか? 普通言わないだろ?
そもそも普通の精霊はしゃべらないから、カディがとりわけ変なだけなんだけども。
それでだよ。いやまだあるんだって山ほど。
あんまりカディがぶつぶつ言うもんだから、ちゃんと俺だって働いたぜ。
元々師匠にこうでもないああでもないって教わってはいたから、そこここの町でそりゃもういろんな仕事をした。
日雇いの。薪割りに始まって――果ては護衛とかまで、何でも屋っていうような感じで。
そこで言うんだよ、カディは。
精霊使いなら精霊使いらしく精霊使いらしい仕事はしないんですかって。
それってどういう事だよと俺は言いたかったね。
いやちょっと待てグラウト、お前の言いたいことはよくわかるけどうなずかないからな絶対。性に合わないんだって、王宮なんてところは。
精霊使いって、絶対数が少ないだろ?
そんでまあお前の言いたいようにどっかの国に雇われてるヤツが大半なワケ。だから普通に町に行っても精霊使い向きの仕事はないわけだよ。いったい俺にどうしろと!
――だーから、お前の提案にはうなずかねえってば。
そんなわけでまあ普通に剣士のふりしてみたりとか――そうそう食堂でお手伝いもしてみたりした。
いやあ、よかったぞ食堂。おばちゃんが給料代わりに気前よくまかないをどかーんと。
カディには不評だったけどな。
現品でもらって何を満足してるんですかって。
でも家に泊めてくれたし、食うところと寝るところがあれば生きていけるじゃないか、金なくても。
そんなことだから常に財布が寂しいんですよなんて嫌み言われたけど、でもそういうもんだろ?
「君らしいと言えばらしい」
俺が話し終えた頃にはグラウトは呆れ顔だった。
「どういう意味だよ」
グラウトはくいっと口の端を持ち上げた。呆れていたのが俺をからかう顔に変わる。
「いや?」
にやり。意味ありげな顔をするだけで、グラウトは特には何も言わない。
「ならいいけどさ」
問いつめたところで、からかわれるだけだろうと踏んだ。
話が一段落ついたのを見計らっていたかのように扉が遠慮がちにノックされる。
グラウトはそちらに目をやって、ため息を漏らした。
「どうやら時間のようだ」
「だな」
グラウトは洗練された動作で立ち上がる。
「楽しかったよソート。また、話す機会はあるだろうね」
「そうだな」
断言する彼にうなずいてみせる。満足げにグラウトはうなずくと扉に向かった。
「次は、そのカディとやらとぜひお話ししたいね」
「そうだな」
うなずいたけど。
――グラウトとカディが団結したら大変なことになりそうだから実は遠慮したいかなって、少しして気付いた。
44444ヒットリクエストとして、ぱんだ様にリクエストしていただいた「ソートの日常の話」です。
いろいろこーでもないあーでもないと考えた結果こんな形で。危うくソートが朝起きてから夜寝るまでを詳細に描写するところでした(それは何か違うと途中で気付きました)。
楽しんでいただけましたら幸いです。
2005.10.23 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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