IndexNovel精霊使いと…

精霊使いと皇太子

名前の由来 後編

 やたら気が重い会談を終えて、俺はふらふらと客室に戻った。
 会談の相手はフラスト王国の国王。国王陛下を客観的に評価するならば、真面目で有能。主観的に表現するのならば、頑固で融通が利かないじじいとなる。
 実は俺の方が年上だけどさ。
 いつも割り当てられる客室はそう大きくはない。その辺は俺のことをよーく分かってらっしゃる国王のじじいのありがたーい配慮なんだろう。
 自分の部屋が広いならいろんな物を部屋に置けるわけだが、客室が広くたって空間をもてあますだけだ。あまり狭すぎるのも嫌だけどな。
 部屋の扉を開けて、中に入り込む。晩飯はじじいのとこで一緒に食べたので、本でも読むか早めに寝るべきか――悩みつつソファに座ろうとしたら、人の気配を感じたので驚いた。
 ちょうど死角の位置に、ソファに座っている馬鹿者がいたわけだ。座る、と言うか横になって静かに寝息を立てているのは俺の弟子であるソートだった。
「うわー、勝手に他人の部屋に入るなって教えてるだろー」
 ぼそっと言ってみても起きやしねえ。最近生意気なこと言うようにはなっても、久々に見た寝顔は昔と変わらないあどけなさをまだ残している。ガキの頃は一緒の部屋だったけど、さすがに今は隣の部屋を借りている。なのに何でここにいるかねえ、コイツ。
「うらっ」
 俺は手を伸ばしてソートの鼻をつまんだ。ひとつ、ふたつとカウントをしてちょうど十数えたところでソートはぐぐぐとうなりながら俺の手を払った。
「死ぬかとッ!」
 荒く息を整えながら、端的にソートは抗議をした。
「大丈夫、まだ生きているから気を強く持て?」
「当たり前だー! 俺が窒息死したらどうするんだよ師匠」
「後悔するだろうな」
「だったらするなよ〜」
 情けない声でうめくソートに、
「死にそうならやめたから大丈夫」
 と請け合ったら、最初からするなと軽く睨んできた。
「お前が女なら優しいキスで起こしたんだけどなあ」
 ソートは半眼で俺をじっと見た。疑わしげな眼差し。
「いや、嘘だぞ?」
 居たたまれなくなって白状したら、何故かため息と共にソートは瞳を閉じた。
「眠いのか?」
「ちがっ」
 再び目を開いてソートはがあっと叫んだ。さっきまで熟睡してたようなのに、寝覚めはいいらしい。
「俺、師匠は嘘つかない人だと思ってたんだけどなあ」
「冗談は言うけど嘘は言わないよ」
「今嘘だって言っただろ」
「それは冗談という設定で」
「詭弁だー」
「まあまあ、落ち着け」
 納得いかないらしいソートの頭をぽんぽんすると、俺は子供じゃないっと振り払われた。ああもう、反抗期だねえ。
 おとーさんは悲しいよソート。
 俺が馬鹿なことを考えているうちにソートは表情を改めた。
「ん、なんか難しそうな話なら明日にしてくれ」
 真面目な顔で見てくるのでそう牽制してみた。
「難しくはないと思うけど」
「ふーん。茶でもいれようか?」
 難しくないって割には妙に真面目な顔が気になる。
 返答も聞かずに手早くお茶を入れて戻り、ソートの向かいに腰を下ろした。
「で、何の話だ?」
「あー、うん、いや」
 歯切れ悪いな。ソートは言いにくそうにもごもご言う。
「頭起きてるかー?」
「起きてるよ! いや、あのさ。今日グラウトがさ」
 呼びかけるとソートはようやくまともに話し始めた。
「うん、殿下が?」
 あの殿下はソートで遊び倒すことを生き甲斐にしてるようだからな。なにかまた面白そうなことでも言い始めたのかもしれない。
 それがなんなのか、ソートには悪いけどちょっと興味があった。
「俺と師匠の名前が違うっていきなり言い出したんだよ」
「は?」
「俺が師匠に拾われたときにフルネーム覚えていたはずないのに、なんで師匠と違う姓なのかなって」
「何で今更そんな話」
 思わず茶を吹きそうになったことを気付かれないように、わざと素っ気なくつぶやく。
「だよなー。俺もそう思う。そこに何か意味があるのかなとか、本名だったら素性が分かるんじゃないかとか言ってた」
「それを探るから、代わりに仕えろとか言ったのか?」
 そうだとしたら、今更そんなこと言い始めたのも殿下らしいと思う。
 ソートは苦い顔でこくりとうなずいた。
「実の両親が気になるのか?」
 どう反応すればいいのか判断しきれなかった。だから決断を委ねるために問いかけると、わざわざ聞いてきた割にソートは何とも言いがたい顔でうーんと首をひねる。
 長年の勘から言えば、どうでもいいんだよなーとでも思ってそうな顔。だったら何で聞いてくるんだお前。
「いまさら本当の親がどうとか、素性がどうとかは別にどーでもいいんだけど、グラウトがいきなり言うもんだから妙に気になって」
「気にしなければ気にならないもんだぞ?」
「それもなんか詭弁ぽいよ師匠」
 じっとソートを見て、本心を探る。
 嘘は言ってない――かな。実の親のことが気になるとか言われたところで俺が明かせるカードなんて森の中で拾ったってことしかないし、突っ込んで聞かれても色々困るわけだけど。
 単純になんとなーく気になっただけなんだろう。言いにくそうなのは、今まで育てられた恩義ってヤツで俺に遠慮でもしていると見た。
「何で違うのかって聞いたらまずいかな」
 ソートは遠慮がちに聞いてくる。
 まずいかまずくないかって、聞かれたら……。どう答えたらいいんだか。
「まずくはないんだけどなー」
 なんて言いながら、視線を思わず逸らしてしまう。
 ソートが身を乗り出すのが気配で分かった。
「なにかあるのか?」
 不審そうな響きが声に混じる。あるかないかって言われたら、あるんだけど。
 言っていいのかどうかってのがなあ。
「聞いて後悔しないなら言うけど、聞かない方が幸せだってことはあるぞ?」
 聞くと、ソートが息を飲んだ。そんな真剣な顔をしないでくれと言いたいのをぐっとこらえる。
「気になるから聞きたい」
「――絶対後悔するなよ?」
 すると思うんだけど。念押しするとソートは神妙にうなずいた。
 ああもう殿下め。ソートを口説くために妙なこと言いだしやがって。
「殿下には申し訳ないけど、ユーコックってのは俺が適当に付けた名前だ」
「……適当?」
「そう、適当」
 後ろ暗いところはないんだとばかりに思い切りうなずく。ソートはぽかんと俺を見た。
「びびっときた名前を付けてみた」
「意味とかはないのか?」
「愛はあるぞ」
「愛って!」
 叫ぶソートにまあ落ち着けと手をかざす。
「だからその名前からお前の実家を探るなんて無理。行き当たってもどこか他所のユーコックさんだから無関係だし」
「……俺、師匠の愛情を信じていいのか疑問に思ってきた」
 大きく息を吐いたソートはぼそっとつぶやいた。
「なんだとー。俺の包み込むような愛が理解出来ないなんて失礼なッ」
「だったら適当に名付けたとか言うなよ。もうちょっと配慮した表現を心がけてくれたっていいだろー?」
「嘘は言わないと言ったばかりだからな」
 ふふんと胸を張るとソートは頭を振った。
「これでも、これまで思いつきで名付けた人数は両手で数え切れないほどなんだぞ」
「それ、絶対フォローじゃない……ってか、他に九人以上思いつきネーミングがあるのかッ?」
「おう。だから落ち込むな。後悔するなって言ったろ?」
「予想の付かない方向から攻撃食らった気分だ……」
 だからあんまり言いたくなかったんだよなー。
 まさかあの殿下だって、こんな事実が潜んでるなんて予想もしてなかったに違いない。
 俺に何か裏があるからあえて名乗らせなかったとか、ソートを拾ったときに名前を証するものを持ってたんじゃないかとか考えたんだろうけど。
「明日何か奢ってやるから元気出せ? 北通りからちょっと奥に行ったところにうまい店があるらしいぞ」
「どうしてそんな方向でなぐさめてくるかなああ!」
「効果があるから?」
 食ってるときほど幸せそうなお前ってあんまり見たことないし。
 うーっとうなったソートは、頭を振った。
「まあいいや、師匠。ガッツリ食っていいんだよな?」
「おう」
 何とか気持ちを切り替えたらしい。ソートは約束だぞーと言ってから、部屋を出て行こうとする。
「おやすみ、よい夢を」
「見るとしたら悪夢だよ……」
 あ、やっぱり気にしてる――?
 ぱたんと扉が閉まって、部屋が静かになる。
「だって、ソート・モーストよりソート・ユーコックの方がかっこいいだろ、なあ?」
 なんとなく辺りの精霊につぶやいてみても、当然のことながら返答はなかった。

2005.06.10 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

←BACK INDEX NEXT→

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovel精霊使いと…
Copyright 2001-2009 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.