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精霊使いと皇太子

名前の由来 おまけ

 グラウト様は真面目な顔で書類を処理されている。倒さないように離れた台にお茶を置いて、私はお気に入りのキッチンに舞い戻った。
 今日はまだソートくんがやって来ない。
 かりかりと書類にサインをするグラウト様はそのことに心までかりかりしているようだった。
 昨日、余計なことを言ってしまったんじゃないかとグラウト様はとても心配されている。
 だったら言わなければいいんじゃないかって話なんだけど。
 ずいぶん前からグラウト様はソートくんの名前について気になさっていて、気になったことは理解したいと思ってしまうのはグラウト様の癖のようなものなので。
 本当のご両親がわかれば、ソートくんがそっちに行ってしまうんじゃないかなとかそんなことも気にしてらっしゃったけど、結局気になっていることをそのまんまにしておけなかったみたい。
 例によって「フラストに仕えろ」って条件は拒否されて、その上朝からソートくんはやってこない。だから人がよくってどこかのほほんとしているソートくんもさすがに怒ってしまったんじゃないかって、グラウト様はやきもきしている。
 かりかりペンを動かす速度はいつもと変わらないようだけど、頻繁にため息がもれている。
 グラウトさまにとってソートくんは得難い存在なのだ。
 立場上、対等な存在なんてほとんどいらっしゃらないから。乳兄弟の縁で私はずいぶん気安くして頂いてるけど、ソートくんみたいに正面切ってグラウト様に怒鳴ったりとかはさすがにできない。
 ――その割に、嫌われかねないコトをしちゃうのがグラウト様のちょっぴりひねくれたところなんだけど。
 多少何かあって気にしないのがいい精霊使いの条件だから、ソートくんが気にしているわけがないと私は思う。
 こないのは、グラウト様の言ったことを気にしたわけじゃなくて、ええと――ほら。
 寝坊したとか!
 クッキーでも手みやげに、ソートくんを呼びに行こうかなあ。グラウト様が元気がないと、私も調子が出ない。
 よし。
 心を決めるとグラウト様の邪魔をしないようにそろそろとキッチンへと移動する。昨日のうちに焼いておいたクッキーをかごに入れて持つと、グラウト様の邪魔をしないようにそおっと部屋の扉を押した。
「うおっ」
 ――と。
 ソートくんの声が聞こえたのでびっくりした。
「当たるかと思った」
「わ、ごめんねソートくん」
 驚いたような顔をしていたソートくんは慌てて首を振った。
「ソートっ?」
 珍しくグラウト様が声を張り上げた。振り返ると、そこにはペンを止め慌てて立ち上がったらしいグラウト様の姿。
「よお、グラウト」
「昨日は、その、悪かったな」
「え」
 そしてグラウト様が謝罪を口にしたのでソートくんは驚いたようだった。
「何か悪いものでも食ったのか?」
 でもすぐにいつも通りにそんなことを言ったので、グラウト様もいつもの余裕を取り戻した。
「私は君のように見たものすべて口に含むような真似をしないよ」
「どーゆー意味だよ、それ」
 さてねえ、なんてグラウト様は笑う。ソートくんは軽く息を吐いた。
「うまいモノ食ってきたけどな。師匠がおごってくれた」
「ほう」
「師匠に聞いたけど、お前の申し出は残念ながら意味がないみたいだぞ」
 いつもの調子で、さらりとソートくんは言った。
「意味がない?」
 グラウト様が不思議そうに尋ねる。私も思わずソートくんを見た。
「師匠が気になるようなこと言うのに詳しく言いたがらないもんだから、思わず問いつめたんだ。そしたらさあ、なんて言ったと思う?」
 ソートくんは力なく笑う。
「あの人の言うことは、私には想像できないよ」
「かなーり、予想外だったぜ」
 あーあってソートくんは肩をすくめた。
「思いつきで名付けたなんてひどいよなあ」
 心底あきれたような響きで、さらっと言うものだから一瞬理解できなかった。
「……思いつき?」
 グラウト様も予想外だったみたいで。しばらく固まった後でようやくそう呟いて、眉を寄せて天井を睨んだ。
「本気でそんなことを言ったのかい?」
「真実だろうと思うぞ。そういう方向で嘘はつかない人だし。さすがにちょっと落ち込んでみたら、師匠がおごってくれた」
 グラウト様は片眉を上げる。
「不条理な発言ををそれで受け入れてしまうのはどうかと思うよ……」
「でも、名前つけるのなんて、実は半分思いつきのようなものかもと思って」
 そう言うソート君はいつもの笑顔。
「君がいいなら私からは何も言えないけど」
 グラウト様はよく納得出来るね、みたいな言葉を飲み込んだように語尾を弱めて私のことをちらりと見た。
「はーい、おいしいラグルド茶をお入れいたしまーす」
「頼むね、コネット」
「はいですっ」
 グラウト様が元気になったようなので私もうれしくなって、勢いよくキッチンに飛び込んだ。

2005.06.17 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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