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精霊使いとくりすまー
1.それは突然の来訪(グラウト視点)
「は?」
思わずらしくない声を上げて私はブロードを見た。我が国一番の精霊使いは神妙な顔のまま再び口を開いた。
「ウェイさんがいらっしゃるそうです」
「いや、問題はそこではなく」
真意を伺うべくブロードを見据えても、真面目な彼に裏はないように見える。
「――私に会いに来る、と?」
疑わしげにつぶやいてみてもちっとも現実感が伴わない。
ウェイサイド・グエバ・モーストという精霊使いは我がフラストの辺境に居を構えている。これまで数度王宮までやってきたことがあるけれど、大抵が父王の招きによってのものだった。
そうでなければ自ら王宮などに足を運んだりしないということは、彼がこれまで公言していること。
「何かの間違いでは?」
「私もそう思うのですが……実際に連絡が来てしまいましたので」
私の問いにブロードは明らかに苦笑を漏らした。
「ご本人の声でしたよ」
彼は突然耳元で聞こえた声に椅子から飛び上がりそうなほど驚いたとため息混じりに告げた。
精霊使いも安否を伝える手段として風精を使うというが、確とした言葉を伝えるほどのものではない。
かの精霊使いの声が突然耳元で聞こえたとするならば、それは魔法によるものだ。自然を動かす力を持つ精霊使いは何かと珍重されるが、時には魔法使いの術の方がよほど強力で使い勝手がいいという。
「魔法まで使うか、あの男は」
半分呆れたような声が出た。ブロードも苦笑の度合いを深める。
魔法もある種希少な手段だ。それを私に会いに来るというだけの連絡に使うとは――あの精霊使いは抜け目ないはずなのに、妙に力の無駄遣いをする。
「どう致しましょう?」
「来ると言った以上来るのだろう? どうするもなにもない――ああ、来たらお通ししてかまわないよ」
そう応じるとブロードは神妙な様子でうなずいて去っていった。
さてどういった風の吹き回しかと首をひねりながら、彼が連れて来るであろうソートとの再会は私にとって楽しみなことで。
一週間ほどの後、早くもやってきた精霊使いは案の定少年と一緒だった。
「ご無沙汰しております、殿下」
慇懃無礼な挨拶はつくづく彼らしくない。不審に思って顔をしかめると、彼は苦笑して目を細める。
「本当に私に用事があるのか?」
椅子を勧めて問いかける。
「お聞きしたいことがありまして?」
珍しく丁寧な口ぶり、茶目っ気たっぷりの瞳の色。
聞きたいことがあるから下手に出ているのかとは思うが――逆効果じゃないだろうか。答えてたまるかと思うのは何故だろう。
「私に聞きたいこと?」
私は怪訝そうな色をたっぷりと声に乗せた。
年齢不詳のこの精霊使いは恐ろしいほど博学だ。数度フラストにやってきただけで、そのことは誰もが知るところになった。
同年代の誰よりも私には知識があると自負しているが、だからといってこの男に勝っていると思えるほど自惚れてはいない。そもそもこの精霊使いは年齢不詳なのだ。経験の絶対量が明らかに違う。知識量で私が彼に勝てるはずがないのだ。
だというのに精霊使いはこくりとうなずいた。きゅっと眉間にしわを寄せるのは私に尋ねなければならないのが悔しいのかもしれない。
「ソートが妙なことを言い始めたんだが」
切り出す言葉は見せかけの丁寧さをかなぐり捨ててうんざりしたような響きを含み始める。
「――妙なこと?」
彼が手を引くソートは疲れているのか寝ぼけ眼できょとんとしている。
「殿下はくりすまーって何か心当たりがあるか?」
「はぁ?」
「くりすまー」
はっきりと精霊使いはその言葉を繰り返して、私の反応を伺う。
私は彼とソートを見比べた。
心底困ったような表情で、精霊使いは間抜けな言葉を口にする。記憶をたどってみてもそんな言葉を聞いた覚えがない。
「残念ながら、さっぱりわからない」
何故私にそんなことを聞こうと思ったのかが謎だが、思い当たる節がないのだから仕方ない。私は首を左右に振り、あっさりと言った。
「もうちょっと考えてくれ、殿下。前にソートに読んでやった本にその記述があるらしいんだが――ソートが言うには、なんだ。ごちそうがいっぱいのパーティで白ひげの赤いおじさんがえんとつだそうなんだが」
詳しい説明が加わってもすぐに思い出すものが何もない。
そもそも、ソートのしたらしい説明が意味不明なんだが。
「心当たりがないなら、ソートに読み聞かせてやった本の名前だけでも教えてもらえればありがたい」
「それならばすぐにわかる。『世界と神話の話』だ。ちょっと待っていてもらえるか?」
言い残して私は奥の部屋に向かい、青い表紙の本を手に戻る。
子供の本にしてはやけに内容が濃く分厚いが、読みやすいように字が大きくしてある。
精霊使いにそれを見せると軽く目を見開いた。
「ソレか……」
手渡すとしげしげと表紙を眺めて、軽く手を滑らせる。手触りのよい表紙を確認するようにしたあと、彼は本を開く。
「ソートに見せたのはそれくらいだ。来る度に少しずつ、な」
テーブルの上に本を置いてぱらぱらとめくるのを私も逆側から眺める。
「全てを覚えているわけではないから、くりすまーとやらに心当たりはないけれど」
「ごちそうってのがポイントだろうな。失礼」
呆れたような調子で彼は弟子を見下ろしてから本に集中した。
「それを聞くためだけにわざわざここまで?」
問いかけにうなずきが返る。半分上の空なのは読書中だからだろう。
知らない言葉があったことがよほど悔しかったのだろうか?
意外に大人げない人だ。
コネットがお茶を持ってやってきて騒いでも気にしない集中力でぱらぱらと流し読みをしていた彼は、あるページでぴたりと動きを止める。
「これか」
彼はようやく落ち着いたとばかりにコネットにお礼を言った後でお茶に手を伸ばす。
私が本をのぞき込むように首を伸ばすと、くすりと笑って彼は本を押し戻してきた。
『世界と神話の話』の面白いところは、遥か異界にまで言及されていることであると思う。その真偽は定かではないけれど、読み物として大変面白い。
示されたのは本も終わり、異界の聖人の話。おぼろげに確かにソートに読んでやった記憶があった。
「パーティはメインではなさそうだけど」
私の言葉に精霊使いは苦笑する。おまけのように書かれたそこを覚えているなんて、実にソートらしい。
「まったくだな。よしわかった、ありがとう殿下」
「どういたしまして」
「申し訳ないけど、ソートの子守を頼んでいいかな?」
「かまわないけれど」
陛下にご挨拶しなきゃねと精霊使いは苦笑って、しばらく戻ってこなかった。
2006.11.30up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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