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精霊使いとくりすまー

3.開始のかけ声を(グラウト視点)

 クリスマスパーティの開始はティータイムに合わせて。精霊使いが招いたのは私たちの他に準備に協力を依頼した面々らしい。
 昼寝から目覚めたソートは本気でパーティのことを失念していたらしく、しばらくの間きょとんとしていたけれど会場の広間の扉を目にした後、ぱっと私の手を離して走り出した。
 扉が、奇妙に飾り付けられていた。既視感を感じるのは例の本の挿絵に似せた装飾だからだろう。
「ここまでこだわるか……」
 『世界と神話の話』の筆者、フォアダクス・シュクラストはその著書の中で自ら挿絵を描いていた。話と話の切れ間にワンポイントのようにたくさん。
 小さい余白の中にたくさん詰め込まれた幻想的な挿絵は見る者の心を躍らせ、私はあの本が大好きだった。
 ソートもきっとそれは同じはずだ。
 本の終わり近くにほんの少し触れられた異界の話にもいくつかの挿絵が付けられていた。分量としては他に比べて多くない。
 各地に伝わる異界の伝説の中、それほど伝わった話ではなかったのだろう。その数少ない挿絵を参考に、それを現実に表現するのだからあの精霊使いのやる気は相当のものだったのだろう。
 クレアズが疲れ切っていたのも当然のことなのだろう。短時間で準備した割には手が込んでいる。
「グラウトー!」
 扉に駆け寄って、飾り付けを見ていたソートがキラキラとした顔で振り返る。
「はいはい」
 わずかに上気した顔、期待に胸を躍らせているのがよくわかる。
 広間の扉はソートが開けるには手が余る。そして私の手にも。開けてもらうために二度三度扉を叩くと、ややして内側から扉が開かれた。
 出迎えたのはパーティの企画者である精霊使いだ。
「ししょー!」
「おうよ。ほらソート、お前のやりたかったくりすまーだぞ」
 ソートは師に駆け寄って、一つ大きくうなずいた。精霊使いはソートをひょいと抱え上げて、ぐるりと会場を見せる。
 小さな挿絵から飛び出したかのような光景を作り上げるのは大変だったのだろうが、精霊使いは満足げだ。
 すごいすごいと大はしゃぎするソートを見れば苦労が飛ぶと言うことだろうか?
 騒ぐソートを抱えるのが大変になったのか、精霊使いは彼を降ろす。途端に走り回るソートに目を細めてから、精霊使いは私を見た。
「いらっしゃい、殿下」
「どうも。短時間でよくもまあ、こんな場を用意できたね」
「お褒めにあずかり光栄ですよ」
 元は白を基調としたシンプルな広間だった。十数人で楽しむには広すぎる会場から白の量は減り、変わりに緑と赤が増えている。
「こんなに広くなくてよかったんだけども。陛下がせっかくだからと無駄に気を遣ってこんな広い場所を確保してくれたもんだから、飾り付けるのが大変で」
 聞きようによっては不敬罪ともとれる一言を、精霊使いはいとも簡単に口にする。
「ソートが求めたのは、クリスマスらしさでなくごちそうだと思うけどね」
 私は渋面になったのを自覚した。
「それじゃ、楽しくないだろうしね。殿下はこういうの、嫌いじゃないだろう?」
「まあ、そうだけど」
「だろ? ソートも、美的感覚が全くないってわけじゃないんだ。まあ――ちょっと食欲が他より秀でてるだけでな」
 物珍しい景色に喜んで走り回ってあれこれ見ていたはずのソートは、短い時間でもう飽きたのか今度は広間中央のテーブルを見ようと飛び跳ねている。
 精霊使いが呆れたように息を吐いた。
「ま、大体予測はついてたけどな」
 そこには主に精霊使いが作り上げたという料理が並んでいる。遠目に見てもコネットが褒めるだけの出来映えのように見える。
 もちろん見栄えと味は別物だが、味にも自信があるから自ら調理したのだろう。
「ソートの目当てが料理なのはわかっていただろうに、張り切ったものだね」
 飛び跳ねるソートを見かねたのか、ブロードがソートを抱え上げて机の上を見えるようにしてやっている。それを見ながら「まあね」と精霊使いはうなずいた。
「でも、ただのパーティじゃクリスマスとやらじゃないらしかったからな。少ない資料から作った割に、なかなかそれらしいだろう?」
「いくらでも手の抜きようはあるだろうに」
「ソートのご希望はくりすまーとやらだったからね」
 当人は料理に夢中のようだけどね。私が皮肉なことを口にするまでもなく十分理解している顔つきで、精霊使いはため息をついている。
 精霊使いが落胆しているように見えるのは気のせいだろうか。私はその様を目撃していないけど、ずいぶん張り切っていたようだし。
「まあ、気を落とさなくても、ソートは食べるだけ食べたらまた周りに目を向けるんじゃないか?」
「別に落ち込んでるわけじゃないさ。優しいね、殿下は」
 私に弱みを見せるのはよしとしないんだろう。さらりとそんなことを言ってから、打って変わったテンションで精霊使いはソートをかまいにかかった。
「いいか、そーと。かけ声はめりーくりすまー、だぞ。会う人全員にそう言うんだ」
「めりーくりすまー!」
 ソートは素直に復唱して、全員に挨拶し始めた。
 その間に率先して精霊使いは場を整えて、一同にグラスを配る。
 乾杯代わりのソートの「めりーくりすまー」がパーティの開始の合図。
 そうして政治的な駆け引きのない気が置けないパーティがそこから盛り上がったのだった。

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END
2006.12.04up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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