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精霊使いとその師匠
森の中に、いきなりでっかい屋敷があったら驚くだろ?
ここは森の中。近くの里に行くにはどう頑張っても一日はかかる。こんなところに屋敷を建てるヤツの神経が知れない。
よほど金が余っていて、変わり者だったってことは確実だろうな。
そんな森の中の屋敷に実際住んでみると、無意味でかいって感じる。住人が二人だからなおさらに。
居間がわりの食堂を俺はなんとなく室内を見回した。。正面に暖炉。その上には絵が掲げられている。
俺の趣味でないが、結構な値段がつくだろう年期の入った絵だ。
猛々しい鎧に身を包んだ戦士たち。戦争の予感。
どうせ飾るなら風景画の方が好みが、元からここに掲げてあったんだから仕方ない。
大体、なんで食事するような場所にぎすぎすした絵なんだか。……今更だが、外して掛け替えるかな。
しかし、他に変わる絵などないし、単に外すと壁紙の変色が哀れだ。
何か描くか? ――いや、だけどキャンバスがないか。自問自答したあとで、俺は溜め息を一つ漏らした。どうやら暇を持て余しているらしい。
がしがし頭を掻きむしって、テーブルに顎を乗せる。我ながら行儀が悪いが。
絵の中の戦士たちは勇ましく剣を掲げている。
――死に急ぐこた、ないだろーに。
何となく突っ込んで、もう一度ため息。ああ、暇だ暇だ。どうやったところで暇だ。
この数年間で騒々しいのに慣れきっていた――っつーことだろうな。多分。
さらなるため息が口から漏れた。
なんてことだろうこの俺が。この俺が……精霊うじゃうじゃの生活が恋しくなるなんて。慣れってのは恐ろしいと感じる。案外、それが楽しいからだろうけども。
ソートを拾って育てはじめて、もう十年は過ぎる。精霊と戯れることに何の抵抗もないらしいヤツの主義――ってほど大それたもんじゃなく、何も考えてないだけだろうけど――にいつの間にか毒されていたのかもしれない。
ソートを使いに出して、これ幸いと精霊達に静かにするように言ったのはいいけど、何というか暇でたまらん。
でもそろそろ、帰ってくる頃合か。
俺は立ち上がって、食堂から出た。そこはすぐに無駄にでかい厨房だ。
ここを作ったのが誰だか知らないが、こんな森の中で必要な大きさとは思えない。
一体何人分の食事を作る必要があったんだろう?
俺の――実家の厨房でもこんな広くない。何人コックを抱えていたんだろうな……十人くらい入って動き回れるんじゃないか?
んなこたどうでもいいけど。
さてさて……夕飯の準備準備。
とはいえ、あらかた下準備は済ませている。かまどに火をつけておたまで鍋をかき回す。シチューは煮込んだ方がうまいんだよな。
魚はあとで焼くし……サラダ……サラダでも作るか。庭にちょうど食べ頃のがあったはずだ。
厨房の奥の扉は外に繋がっている。裏庭には菜園を作ってあり、屋敷を囲む塀の外に森が広がっている。
塀もまた、こんなへんぴな場所にあるにしてはやたらおしゃれで堅固で菜園を動物達から守る役には立っている。
もっとも、森の方が食材は豊富なんだが……。
ちまちまと作り上げた菜園はそう大きくないが、自分の手で作った野菜はうまいと思う。
ついでに言うと近くに店なんぞないし。日々森に食材を求めに行くのも悪くはないが、非効率的だしな。
さーて、どれにするか。俺は菜園の野菜達を見比べた。
収穫にもタイミングが重要だ。さて、どれが美味いかねぇ……食べごろを見極めないと。
あーだこうだと見ていたら、表が騒々しくなってきた。
――精霊達がどっと騒がしさを取り戻す。帰ってきたな。
どたどたどたと地震の様な地響きが聞こえて、ばんっと厨房に続く扉が開いた。息を切らすこたぁないのに、肩で息をしている。
「おかえり、ソート。どした?そんな急いで」
町に買い物にいっていたはずなのに荷物もない。もしや放り出したのかコイツ?
「ししょーっ!」
ソートは叫んで足音高くこっちに近寄ってきた。
精霊の気配がぐっと濃くなる。
俺の方にまで近寄ってくるのを牽制して――えーい、うろちょろするな――、ソートを見る。恨みがましそうな目つきで我が弟子は俺を見上げた。
「財布に金入ってなかったんだけどっ! どうやって買出ししろってんだ?」
おや、まあ。
「……いやだなー、ソート。それは……いずれ一人立ちするキミが将来困らないように思う親心……」
「何で目が泳いでるんだよ」
ち。鋭い。
「財布持ったときに気付けよ、お前も」
「師匠がちゃんと入れてると思うだろー? 無駄足だったんだからなっ。町ついても宿に泊まることも出来なかったし……当然飯だって……」
「弁当持たせただろ?」
「持つかよ、腹がー」
「……一体誰に似たんだかその食い意地……」
俺が呟くと、ソートはきっぱり言い切った。
「師匠」
なんでだよ、おい。
2006.10.05 up(加筆修正)
<※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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