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精霊使いと師匠とそのお客

 沈黙が室内を支配していた。
 静寂ではないが。



 俺はどういっていいものだかわからなくて、結局口を開くことが出来ない。
 それは俺に限ったことではないんだろう。
 唯一の音源はこの空気を悟ることが出来ないお子しゃまのものだった。食事の音。だがしかしこの沈黙はこのガキが呼び起こしたんだ。
「意外……なんですけど」
 俺はなんとかそう呟く。俺の目の前の男――その男は曖昧に笑ってきた。
「だろうねぇ」
 光の様な金の髪に、深く優しげな闇色の瞳。瞳を困ったように光らせて彼は呟いた。
「自分自身でも意外なんだから、他人から見たら異常だろうなー」
「異常は言い過ぎと思いますが」
 俺がいうと、彼は困惑の度合いをますます深める。
「まあそれはさておき、敬語はやめてくれないか?こっちとしても調子でないんだけど」
 文句が言いたかったらしい。
 いやでも、なー。
「別に俺に敬意払う必要なんかなかろう?君にゃ」
 それはそうなんだけどな。
 ただ、俺の主の命の恩人なんだよアンタは。しかも、そうであるより先に主の尊敬している人だときている。
「エリちゃんにだってそんな喋り方しないくせに」
「…そういえばそうかな」
「だろ?」
 にやりと彼は笑ってくる。
 ウェイサイド・グエバ・モースト、というのがその名前だった。数多くある「本名」の一つで、ついでに偽名でさえこの人はたくさん持っている。それだけ聞くと非常に怪しいことこの上ない人だ。
「まあ、だったら仕切り直すけど――意外なんだけどな」
「そこまで戻すか」
 ウェイさんは苦笑して、肩をすくめた。一心不乱に飯を書き込んでいるガキ――たいした食欲だ――をちらりと見る。
「いや、だってこの子に素質があったしなー。仕方なかろ?」
 俺はウェイさんの視線に合わせてガキを見つめた。
 ごく普通の子どもにしか見えないな。ごく普通に見えたからってそうじゃないこともあるから、世の中怖いところがある。でも、このガキは普通だろ?
 俺はじーっと見つめるがなんら変わったところが見受けられない。食欲は特筆すべきかも知れねーな。
「素質、すか?」
 問い返すとあっさりウェイさんはうなずく。
「わからないか?」
「全く」
 答えると面白そうにウェイさんは笑みを漏らす。
「そーか。ならいいや」
「気になるんだけど?」
「気にするな気にするな」
 パタパタ手を振ると、ウェイさんは表情を改めた。真顔でちらりと子どもを見る。
「子どもの才能伸ばすのは親の勤めだからなー。俺のわがままでいたずらに才能を埋もれさせるわけにゃいかんだろ?」
「そんなに精霊が苦手ですか?」
「だってうるさいし」
 断言だ。この人は精霊が苦手なんだ。
 精霊使いが精霊に好かれているのは、動かしようのない事実だ。だから精霊使いになるともいえる。
 この人の場合は、かなり熱烈に精霊に好かれている。当然の結果として、その「精霊使いとしての素質」というものは、群を抜いている。ただ、性格なのか、そんなに好かれるとどうもうっとうしいと感じるのがこの人なんだ。
 精霊は基本的に本能に忠実だから、気に入った人間の周りにいることが好きだ。
 この人はそれが嫌だから「うるさいからあんまり近寄るな」って普段はわざわざ命令している。
 ――それが。その命令が今は取っ払われている。これがどれだけ異常事態なのかは、この人のことをよく知ってる奴ならよくわかるだろう。
 知らないなら…まあよくわからないか。まあとにかく今俺達の周りに恐ろしい数の精霊がいることだけは動かしようのない事実だった。
 ウェイさんの周囲にこんなに精霊がうようよしてることなんて、滅多にない。
 その珍しい事態を招いた張本人は必死に食事を続けている。食欲旺盛なところは育ての親に似たらしい。ウェイさんの言葉を信じるとすれば、精霊使いの素質があるらしいが。その姿からじゃ全くわからない。
 精霊はうようよしてるが――それがこの子供に惹かれているのかウェイさんに惹かれているのかわからない。
 ウェイさんの吸引力の方が強いのは疑いようがないし。
 だがまあ、この人が主義を曲げるってことは、本当にこの子供は有望なんだろう。
 子供はそんなことはしらないとばかりに食事を続け、結構な量を平らげる。
「ごちそーさまっ」
 ぺちんと手を合わせて言う。ウェイさんはそれに笑顔でうなずいた。
「うーと」
 呟いて、ようやく俺に視線を向けた。今まで食事に夢中でそれどころじゃなかったらしい。
「だれ?」
ウェイさんは苦笑した。
「今聞くか、お前」
 呆れたように漏らす。それから、俺の方を見た。俺のことをどう説明したもんだか、迷ってるらしい。
 俺は子供に顔を向けた。気持ち笑みを浮かべてやる。
「俺はオーガスだ」
「おーがす?」
「呼び捨てにされる謂れはない。オーガスさんと呼べ。お兄さんでもいいが」
「お兄さん、って」
 呆れたようにウェイさんが言った直後に、子供はこくんとうなずいた。
「わかったー。おーがすしゃん」
 舌まわってねえし。まあ、そんくらいは仕方ないやな。
 ウェイさんはおかしげにくつくつ笑った。
「ソート、俺は今から オーガスと話があるから外で遊んでおいで」
「うん」
 素直にこくんとうなずいて、子供はとてとてと外に向かう。
 再び沈黙が帰ってくる。実は特に話がなかったのか、ウェイさんは子供の後姿を見守っていた。
 扉が開いて閉まって、沈黙に耐えられなくなって口を開いたのは俺だった。
「それにしても意外なんだけどな」
「そうかい?」
 俺はできるだけ重々しくうなずいた。
「しかもなんでこんな辺鄙な場所なんです? 町の方が……精霊の数は少ないんじゃ」
「そうなんだよ」
 ウェイさんは俺に合わせるかのように重々しく答えてくる。
「それはわかってるんだ」
「何でこんなとこに?」
 聞くと、ウェイさんは重々しい顔のままため息をついた。
 ひょいと立ち上がって、今しがた子供が出た扉をくぐる。手招き。
「えーと」
 おいでおいでされるので俺も立ち上がって、ウェイさんの後に続く。



 廊下をしばらく歩いて、窓の側でウェイさんは立ち止まった。
「ほれ」
 外を指差すので、ひょいと覗いてみる。
 裏庭か。小さな菜園がある中で子供が遊んでいる。
 ――精霊と。
「あれじゃ、人里で生活はむずかしいだろ?」
「……しっかり見えてんのか?」 
 精霊使いになるには素質がいる。
 精霊が見えることがまず一つ。仲良くなるのが二つ。
 まあ、大体こんなもんかな?
 素質があってもしっかり精霊を見ることができるには慣れが必要だし、さらに仲良くなるのだって……。
「昔からよく遊んでたらしい」
「はー」
 才能はあるってことだな。
「――精霊使いの才能は稀なもんだ」
「はあ?」
 そんなことはわかってる。
 いきなり言い出したので俺はついまじまじとウェイさんを見た。
 この人の真剣な表情をここで見るとは思わなかった。
「昔からああだったとしたら、人里じゃさぞ異様に見えただろうな」
「異様って」
「あれが、他の人間には異様に見えるってことがわかるまでは、ここで生活しなきゃだな」
「ウェイさん」
 俺が呼びかけると、真剣な表情のまま振り返る。
「あの子の親は?」
「さぁね」
 一つため息。
 真剣な表情の理由は――あの子供の境遇を思ってか。
「子供を愛さない親なんていないと思いたいんだけどね。可能性としては、見えない何かと戯れる息子を気味悪がったとしか」 
 確かに。俺は見えるけど、それがもし見えないならばその姿は異様だろう。
 なにもない空中に笑いかけ、遊びまわる。異様だ。
「ま、本人は気にしてないのが救いかな」
 軽い口調で言って、笑顔を見せて。ウェイさんは軽く肩をすくめた。
 確かに楽しげに遊びまわるその姿に悲しみの影など全くない。
「いっそのこと、精霊と遠ざければいいのに」
「何でだよ」
 打てば響くようにウェイさんは言う。
「稀有な才能を埋もれさせるのはおしいだろ?」
 それを、この人にだけは言われたくないのは、俺一人じゃないと思う。
 そんな俺の思いに気付かず、ウェイさんは真剣な顔で一人納得してうなずいている。
 俺はもう一度窓の外で遊ぶ子供を見た。何にも知らないでのんきに駆け回っている、稀有な才能とやらの持ち主を。
 精霊使いは大抵どこかの王家に仕えるものだけど――王宮嫌いのウェイさんに育てられて、王宮仕えができるんだろうか?
 なんか、無理だ。
 それこそ稀有な才能とやらを埋もれさせることになるんじゃないかと思うんだが。
 まあ、ウェイさんが納得してるならいいんだけど。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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