IndexNovel精霊使いと…

師匠の招かれざる客

 視界の大半は緑で埋め尽くされている。森の中だから当たり前の光景だ。
 少なくとも俺にとっては、急ぐ道でもない。
 一歩一歩踏みしめるようにゆっくりと木々の間を歩き続ける。
 森の中にうっすらと、獣道のように続くその道は手入れの跡は見られないものの下草は邪魔にならないようにある程度刈り取られ、あるいは踏みしめられている。
 そんな道を歩き続けると、ようやく緑以外の色が見えてくる。
 フラストという国の、その端に近い森の中の屋敷。
 歩けば近くの里まで一日はかかるって距離なのに何故かある無駄なほどでかい屋敷。それが俺の当座の目的地なのだった。
 目的地が見えたからって別段急ぐ必要はない。太陽は去りつつあるが、まだ夜は遠い。
 ペースは変えず、そのまま進んでいくと屋敷は徐々に視界にその勢力を伸ばしてきた。
 早めるつもりも緩めるつもりもなかった足を止めたのは屋敷が視界の大半を占拠したときだった。
 感じたのは違和感で、それに思わず眉間に皺が寄ってしまう。
 おかしい――静かすぎる。
 俺が知るこの屋敷の特徴は、精霊が喜々としてうろついている、というものなんだが。
 ここを引き払って旅に出たんだろうか?
 それはありそうだと思えた。だが立ち止まっていても仕方ないのでさらに屋敷に近付く。誰かいるにしろいないにしろ、今晩はここで一泊する必要がある。野宿に慣れていないわけではないが、屋根がある場所で一晩過ごすことができるのならそれに越したことはない。
 進んでいるうちに、どうやら引き払われていないと気付いたのはいい匂いが漂ってきたからだ――夕食の準備だろうか。
 静かだからとはいえ、精霊はどこにでも存在する。
 風精を手招きして、屋敷内に向かわせると、しばらく待つことにした。
 中にいるのが何者にしろ、そう待つことなく戻ってくるだろう。
 果たして、すぐに結果は帰ってきた。扉が開き、慌てて一歩退く。
「よー」
 風精を背後に従えて、その人はひらりと手を上げた。扉を反対側の手で押さえたまま、上げた方の手今度は中を指し示す。
「鍋かけたままなんだわ、挨拶はあとでな」
 俺が室内に入り込んだのを確認すると、すぐさま中にとって返す。
 早足で戻るのに追いつく必要性を感じなかったので、厨房に着いてみるともう既にその人は鍋をおたまでかき回していた。
「まあ座れ?」
 お言葉には遠慮なく甘えさせていただくことにして、手近な椅子に座る。
「ここを引き払って放浪の旅にでも出たのかと思った」
「何でまた?」
「外が静かだったから、かな」
「あぁ」
 室内を何となく見回す。
 外で感じた違和感はやはり変わらない。精霊たちがおとなしい、そのことを不思議に感じて――すぐさま思い当たる。
「ウェイさん。そういえば、ソートは?」
 とりあえず厨房と食堂には見渡す限り姿はない。
「旅に出した」
 ごく当たり前のようにその人は笑った。
 金の髪に闇色の瞳、端正な容貌をにやりと歪ませて。
「そろそろ、いい年だしな。世間の波にもまれることも必要だろ」
 その表情は面白がっているとしか思えない。
「だから、静かなのか」
 ソートというのは彼の養い子で弟子のことだ。
 その子が幼かった頃から数度、この屋敷を訪れたときには必ずその姿があった。
 だから静かというのはソートがうるさかったというわけでなく――まあそれも否定できないけど――それで精霊がうるさかった、ということだ。
 うるさいというよりは、はしゃいでいるという方が正解かも知れない。
 「精霊使いの素質があるんだから、のばさなきゃならんだろ」というのがウェイさんの主張で、ウェイさんとソートっていうお気に入りの相手が二人もいたから精霊たちは余計に騒いでいたのかもしれない。
 今ここが静かなのは、ソートが旅に出たからなんだろう。
「ヤツがいると、何かとうるさかったからなー」
「いえ貴方一人でじゅーぶんうるさいと思いますが
「今のここの静けさを知って何を言う」
 それはウェイさん一人では騒ぐほどじゃないと精霊たちが思ったわけではなく、「うるさいからあんまり近寄るな」とソートに会う前のごとくに精霊たちに言い聞かせたんだろう。
 ウェイさんは嘘は申してませんとばかりに偉そうに言うけど、それが偽りであるのは間違いがない。
「まあ、どっちでもいいけど」
 わざわざ突っ込むまでもなく、ウェイさんも分かっていることだろうし。
「そうか、あのソートが旅をねぇ……」
 呟きは我ながらじじくさくて、ごまかすように咳払いを一つ。
「あー、行き倒れてねえかな、あいつ」
「とりあえず死んではないみたいだな」
 ひねくれた言い方をするウェイさんは、俺の視界から逃れるように鍋から離れて皿を取りに行った。素直じゃない言い方だけど、養い子の無事は誰よりも喜んでいるんだろう。そのことは容易に想像がついた。
「あいつがマメに便りをよこすなんて意外だねえ」
「そんなにマメじゃないけどな。こんな辺鄙なところに便りを届けてくれるのは風精くらいで」
「なるほど」
「彼らはそこまで多くの情報は運べないから、生きてるってこと以外わからないようなもんだし」
 ウェイさんの後ろにまとわりついていたままのさっきの風精が、くるりと回って不満そうにする。ウェイさんはその様子に頬を緩めて笑顔になった。
「君たちの働きには、そりゃもう満足しているとも。君たちがいなければソートの無事は知れなかった訳だし」
 それを聞いた風精は、今度は喜びで舞い踊った。その様子に目を細めたままウェイさんはスープ皿をこっちに運んでくる。
「ほれ」
「あ、どうも」
「泊まる気だな?」
 一応とばかりの問いかけにうなずきを返す。
 ウェイさんは作りおいていたらしいパンをいくつか取り出し、俺に外を指し示した。 
「畑から適当になんかとってきてくれ。サラダにするから」
「うぃす」
 働かざる者食うべからずってのが、ウェイさんの基本方針だ。少しでもなにかしろってことなんだろう。
 しかし、スープが冷えないか?

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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