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師匠の招かれざる客
2
内心思いつつも俺は素直にうなずいて畑に出て、言われたように適当に野菜を収穫する。
大方準備はできていたらしいから、俺が戻ってすぐくらいに夕食の準備が整う。
向かい合わせで座り、手を合わせる。祈りの言葉は胸の内で。お互いに信じるものが違うのだから、あわせて祈ることはどうせできない。
我が神に祈りを、そして食すものに感謝を。
瞳を閉じて祈って、手をぱっと離す。
「まあそれでも」
食事が始まると同時にウェイさんが呟いた。
「は?」
何だろうと問い返す俺の反応なんか気にするつもりもないんだろう、ウェイさんは視線を少し上向けて、どこか遠くを見つめているような顔で続けた。
「一度だけちゃんと便りが来たよ。一度フラスト宮に寄ったらしい――殿下が親切に使いを立てて届けてくれた」
「ほー。つっても、フラストの王城なんてすぐ近くだけどな」
「ソートにとっちゃ、慣れた道だろうが――まぁ、徒歩で旅するのははじめてだから戸惑いながらも元気でやっていくって伝えてきたな」
「ふむ……まあ、道中餓死しなきゃいいな」
「……オーガス、君のソートに対する印象って……」
「よく食うガキだな?」
心の底から下している評価を素直に伝えるとウェイさんは苦い笑みを浮かべて頭を振った。
「それだけなんだ……」
「精霊に好かれる性質だってことも、だいたいわかってきたが――天賦の才かねぇ」
「資質に寄るところもあろうね」
ウェイさんは多少は持ち直したらしい。
「それが天賦の才というなら、食欲はウェイさん譲りだな」
「別に譲った訳じゃないけど?」
不満そうに言うウェイさんには悪いけど、与えられた環境で食い癖がついたって考えてもおかしくないんじゃないだろうか。
メインは野ウサギのステーキ。副菜に乾し野菜の煮物、キノコのソテー。野菜たっぷりのスープにサラダ。その量も一人で食う気だったのかあんたと思わず突っ込みたくなるくらい作られている。
別にそこまで食う必要もない俺とウェイさんの食べる量の差は倍以上あるんじゃなかろうか?
そんな環境でずっと過ごしていたソートの食欲が人一倍になるのは無理もない話だろう。
俺の内心を食卓を見る視線で察したのかウェイさんは微妙に口元を歪める。
「無理に食べさせたわけじゃないぞ?」
言い訳のようにウェイさんは呟きながら、肉を切り口に運び、水を飲んで一息をつく。
満足げにふうと息を吐いて、手を一度休める。
「あれくらいの量がエネルギーとしてちょうどいいから食ってるんだろ」
「燃費が悪いのな」
「器がでっかいだけの話だろ」
「体格は普通だったと……」
「いやそういう意味じゃなくて、ヤツは無駄に魔力まで持ってるって話だ」
「無駄って」
その言い方に思わず呟いた言葉にウェイさんはにやりと笑った。
「精霊使いに魔力はあまり必要なかろ」
「持ってて損はないと思うけどな」
「それで燃費が悪くなったら世話はないだろ?」
「結局燃費が悪いのかよ」
突っ込む俺にウェイさんはうははと笑った。
「制御する方法を教えれば、アレも多少はましになると思うんだけどな〜」
「じゃあ教えればいいじゃないか」
「それだと面白くないだろ?」
ぶ。
俺は思わず吹き出しそうになった。飲みかけのスープを吐き出すわけには行かなくて何とかこらえる。
ごほごほとせき込んで、水で気持ち悪さをすすぐ。
「いや……ウェイさんがそういう基準で動く人だっては知ってたけど」
「信じるなよ」
何とか返した言葉にウェイさんは多少機嫌を損ねたらしい。
「いや信じるだろ普通」
少なくともウェイさんをよく知る者なら誰でも信じることだろう、さっきのは。
そう追加して言いたいのはぐっとこらえる。ウェイさんがその程度で怒り狂うとは思えないけども、仮にも俺の主の恩人だ、わざわざご機嫌を損ねることもない。
「お前が俺をどーゆー目で見ているか段々理解してきた」
ウェイさんの呟きは怒っているというよりかは、それこそ面白がっているようだった。
「そりゃ、全く面白がっていないかと言われれば嘘だけどな。ただ、精霊使いと魔法使いとは似て非なるモノだから、素質はあっても今のあいつに教えることもないと思ったんだ」
「……は?」
「精霊使いの才能は本能で、魔法使いの才能は知能って事だ。変に魔法の知識を教え込んだら、精霊使いとして駄目になる」
「……はー」
魔法云々は俺にはやや遠い話だ。
ウェイさんは精霊に好かれ、その力を借り、なおかつ自らの魔力をもって魔法を使うことができる。
「そうなのか?」
その使えるウェイさんの言うことだから一瞬信じられなくて問い返す。
でもよく考えたらアレだ、ウェイさんは化け物じみた人だから基準にならねぇ。
「理屈をこね回すと、素直に精霊と相対することができなくなるからな。フラストのグラウティス殿下――あの子も精霊を目にすることはできるけれど、多少理屈ぽい。だから精霊使いと呼ばれるような存在にはなれない」
「会ったことねぇし」
「精霊使いの中で魔法を扱う者もそこそこいるようだけど、どちらも巧みに操る者はまれだし、どちらかの力がどちらかにどうしても勝る」
「それは均衡するのがあり得ねえんじゃねー?」
どちらの才能を持っていても、どちらも同じくらいに巧みに扱えるなんて事はあり得ない話だろう、そう思う。
「そりゃそうだけどね。統計を取ったわけではないけど、魔法を学んだ精霊使いはその力を減じるように思えてねえ。ソートの才能をみすみす潰すのは惜しかろ?」
「別に俺はどっちでもいいんだけどな」
「冷たいねぇ。前途ある若者になんて言いぐさを」
どちらかと言えば面白がっている顔でウェイさんはよよよと泣く真似をした。
でもその後すぐに食事を再開したから、どうということもないんだろう。
「どっちみち、急いで覚えなくとも時間はあるからな」
「餓死しなかったらな」
「――君はなんか俺の養い子に含むところでもあるのかい」
「いや別に、普通に心配しているだけだとも」
俺は胸を張って見せた。ウェイさんは苦笑する。
「ま、いいけどね。それでオーガス、何でまた遊びに来たんだい?」
「遊びに来ちゃ悪かったスか?」
問いかけに問いで応じると、ウェイさんは食事の手を止めた。
「こんな辺鄙なところに遊びに来るほど君は暇じゃなかろ」
「いや、基本的に暇だぜ? それに俺としてもソートの成長っぷりは気になってたしな」
手を止めたままじっとウェイさんはこっちを見据える。
しばらくにらみ合うように視線を交わして、それから俺は両手を上げた。
実はわざわざこんなところに来たのは、一つ相談があったからなんだ。しかもそれはとても言いにくい話で。
ウェイさんが探るような顔でこっちを見る。
さてどう話すべきだろう。
ソートの話は、これからの会話を順調に進める潤滑油になっただろうか――。
「実は、一つ相談が」
「断る」
全然潤滑油にはなってない……。
駄目か、素直にもうちょっと持ち上げておくべきだったか。
「せめて聞いて下さいよ!」
「なんかいやーな予感がするから聞きたくない」
ち、相変わらず鋭い人だ。
舌打ちは胸の内に止めて、考える。
さて、さてさてさて。どうやったらウェイさんを巻きこめるかな。
END※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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