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第二話 麦わら帽と変な人

2.変な人とカフェ

 大学近くのカフェは、こぢんまりとした作り。
 洋風のおしゃれな建物で、テーブルの数は両手で数えられる。カウンター席に数人客がいるだけで、繁盛しているかは微妙なところだ。
 そろそろ夏期休暇という頃合いだから、登校する学生が少ないのも影響しているのかもしれない。きっと学生の客を見込んだ店だろうから。
 武正は慣れた様子で一番奥のテーブルに向かった。
 四人掛けのソファに、向かい合わせに座り込む。武正は麦わら帽を脱いだ。
 窓際に立てかけてあるメニューは黒い革の表紙。クリーム色がかった手触りのよさそうな紙に洒落た文字でメニューが印字されている。
「どれにする?」
 武正はテーブルの中央にどちらからも見やすいようにメニューを置く。優美からも武正からも、文字が九十度の角度で見えるように。
 ぱら、ぱらと、ゆっくりと武正はページを繰った。
 セットメニューに始まって、スパゲティ・サンドウィッチ・デザート・ドリンク。
 一通り繰り終えると自分は何を頼むのか決めたのだろう、武正は優美に見えやすいようにメニューをくるりと回転させた。
 優美は最初のページに戻って、一つうなずいた。
「サンドウィッチセットで」
「あれ、お昼まだ?」
「帰ってそうめん茹でようと思ってたのよ」
「いいねえそうめん」
 言いながら武正は手を上げた。エプロン姿の女の子がトレイ片手に近付いてくる。
「こんにちは、タケさん」
「うん、こんちわ」
 顔見知りであるらしい。女の子は二人の前に水の入ったグラスを出した。
「サンドウィッチセットと、ナポリタン大盛りね」
「セットのお飲み物はどうします?」
「だって」
 優美は慌ててメニューを見直した。
「ミルクティー、アイスで」
「かしこまりました。サンドウィッチセットとナポリタン大盛り。セットのお飲み物はアイスミルクティー、ご注文は以上でよろしいですか?」
「うん」
「少々お待ち下さい」
 女の子はカウンターの奥の厨房に下がっていく。
 武正はメニューを元通りにしまい込んだ。
「それにしても暑かったねー」
「わざわざ日向に座ってた人の言うことじゃないわね」
「うはは」
 鋭く優美が突っ込むと武正はへらりと笑う。
「何であんなところにいようなんて思ったんだろねえ」
「私に聞かれても」
「うん、まったくだー」
 武正はうなずいた。
 はじめて会ったときから変な人だとは思っていたけれど、炎天下の中麦わら帽だけで過ごして頭のネジがさらに緩んでいるのかもしれない。
 十人いたら半数は整っていると言いそうな顔をへんにゃりと歪ませて、武正はご機嫌な様子だった。
 はっきり言ってしまうと、しまりがない情けない表情。
 女の友達が――彼女を含め――いないというのもあながち嘘じゃないかもと優美は思い至った。
 見た目だけならいいのだろうけど、言動が絶対、おかしい。
「どうしたの、優美ちゃん」
 軽く息を吐いた優美に不思議そうに武正。
「――あまり親しくないのにその呼び方はどうかと思うんだけど」
「うーん」
 武正は困ったようにうなって、優美をじっと見る。
「つくづく、真面目だよねえ。優美ちゃん」
 しみじみとした口ぶりを聞いて、優美は彼をにらみ付ける。
「どういう意味?」
「まあむしろ、君の名字は覚えてないんだ」
 武正はごまかし笑った。
「ま、いいけどね」
 フルネームで覚えられていたとしても、ちょっと怖い。
「大学生活には慣れた?」
「そこそこは。あっという間に過ぎたような感じだけど」
「新しい環境に慣れるまで、ちょっと時間かかるしね」
 武正はふんふんうなずいた。
「お待たせいたしましたー。ナポリタンですー」
 女の子が明るい笑顔で戻ってきて、武正の前にナポリタンを置いた。
「サンドウィッチセットのサラダとスープ、ミルクティのアイスです」
 優美の前にサンドウィッチ以外の皿を置くともう少しお待ち下さいね、と言い置いて彼女は離れていく。
「どうぞ?」
「いただきます」
 武正に促されて、優美は両手を合わせた。
「優美ちゃんってホントに真面目だなー」
「普段からしてるワケじゃないわよ」
 手を合わせていただきますしたのは、これがおごりだから何となくなだけだし。
 信じていない様子の武正に憮然とした顔をしながら、フォークを手にとってサラダ皿を手前に寄せる。
 レタスがたっぷりと、キュウリの輪切り、わかめがちょっと。トマトで彩りを添えたサラダ。ドレッシングは白みを帯びたイタリアン。
 苛立ちをぶつけるつもりで乱暴にフォークをレタスに突き刺すと、武正は目を見開いた。
「別にからかうつもりはなかったんだけど」
「からかわれたなんて思ってないわよ」
 武正を見る優美の目は細められていて、怒っていないとは言い難い。
 困ったような武正を助けるかのように、サンドウィッチを持った女の子がテーブル近くまでやってきた。
「サンドウィッチです、どうぞ」
 優美の前に皿を置いてにっこり笑う。
 明るい笑顔に怒るのが馬鹿らしくなって優美は表情を和らげた。
 タマゴ、トマトレタス、それにカツサンドが二切れずつ。迷うように手をさまよわせて優美はトマトレタスサンドをまず取った。
「おいしい?」
 問いかけに素直にうなずくと武正は満足げに微笑んだ。優美からナポリタンに視線を移して、武正は結構な速度でそれを口に運びはじめる。
 サンドウィッチをゆっくり食べながら優美は彼の様子をこっそり観察した。春に比べてわずかに赤みを強めた髪は、男にしてはやや長めに思える肩くらいの長さ。
 男らしいと言うよりは、中性的なそこそこ整った顔立ち。
 少しでも間違えば女っぽいなよなよした印象を抱きそうだし、逆に女たらしぽいイメージを持つかも知れなかった。
 実際優美は、入学直後にはじめて彼を見たときはホストかと思ったくらいだし。
 今現実に優美の目の前にいる武正を表現するのに一番的確なのは「見た目はいいけど変な男」――これだろう。
 一度食べ始めると、お腹が空いていたのか一言もしゃべらず手を動かし続けている。
 途中グラスから水を飲む以外はナポリタンの皿から目を離さない。
 大盛りと言っていたけど、本当にすごい量だ。
 男の人ってこんなものなのかしら。
 思いながら優美もゆっくりとサンドウィッチを口に運んだ。まだ小学生の弟も、将来これくらい食べるのかもしれない――一体何年後の話なんだろうかと自分に突っ込んで優美は苦笑した。
「どうしたの?」
 と、ナポリタンの大半を食べ終えた武正が不思議そうに尋ねてきた。
「何でもないわ」
 思わずもらした笑みを見られた気恥ずかしさから、つい尖ったような声を出す。
「なんか俺、食べるのおかしかった?」
 心配そうな声色で尋ねる武正は年上の男性には見えなくて、優美は呆れたように彼を見る。
 まるで子供みたいな表情に、軽く吹きだしてしまう。
「え、何?」
「わっけわからない人ね、貴方って」
 優美に言われて、武正の縁なし眼鏡の奥の瞳が不思議そうに瞬く。
 社交的で、愛嬌があって、どこか子供っぽくて。
 出会って二度目でも彼のわけのわからなさは分かる。それがどこ、と改めて聞かれると困ってしまうだろうけど。
「そうかなあ」
「変わってるって言われない?」
 尋ねると武正はうーんと考え込む。
「まあ、たまに?」
 自分では思ってませんと顔にでかでかと書きながら武正は呟いた。
 それにくすくす笑ったのは優美ではなかった。武正と顔見知りらしい女の子がお水のお代わりを注ぎにきたのだ。
 優美よりは多少幼く見えるから、既に夏休み入りをしている高校生だろうか。化粧もしていない顔が笑み崩れている。

2005.08.02 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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