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第二話 麦わら帽と変な人

3.彼と彼女の関係

 肩を震わせながら彼女は何とかほとんど空の武正のグラスに水を注いだ。
「実香ちゃん、何その笑い」
 不満そうに武正は彼女を見上げ、女の子は困ったようにちらっと優美を見る。
「タケさんが女の人と来るなんて珍しいし、その上――ねえ」
「その上何よ」
 武正に向き直った女の子――実香が最後に残した視線がどこか意味ありげで、優美はむっとして呟いた。
 確かに彼女からしてみればアンバランスな組み合わせには見えるだろう。髪を赤茶色に染めた武正に対して、優美は髪を染めた経験さえない。端から見たらそれ以上に違和感ばかりを感じるのだろう。
 実香はびっくりしたように優美に視線を戻した。わたわたと手を振ろうとして、ピッチャーが傾いで水がこぼれそうになるのを武正が苦笑して止める。
「いやあの!」
 半分裏返ったような声。
「お姉さん、タケさんのこと全然知らないでしょう?」
「名前くらいしかね」
 だからどうしたのって、不審に思っていることが声ににじみ出た。
 実香は可愛い顔に明るい笑みを浮かべる。
「珍しいもの見ちゃったー」
 その反応が意味不明で、優美はまじまじと彼女を見た。
 からかうような響きはあるけれど、悪意はなさそうなそんな言葉。悪い子じゃないんだろうな、とは思ったけど訳が分からない。
「あのねえ、実香ちゃん」
 武正が苦笑いで彼女をたしなめる。
「やー、だって」
 武正に一瞥くれて、実香は優美を見つめる。
「何よ?」
「タケさん、確かに変わった人だけどいい人だからよろしくねー」
「何で俺、君にフォローされてるんだろ」
 ぶつぶつもらしながら武正がナポリタンをつつく。まるでいじけているようだった。実香は声を上げて笑う。
「フォローじゃなくって引っかき回してるんだけど」
「うっわ、じゃあ何で引っかき回されてるの俺」
「面白いから?」
「あのねえ」
 ふふふ、と笑う実香に武正は呆れた顔。
「まあいいや、ケーキセット二つ」
「本日のケーキはティラミス、抹茶シフォン、ラズベリータルトになっています。どれに致しましょう」
 注文に応じて実香は店員としてあるべき態度を取り戻した。
「どうする、優美ちゃん」
「え」
 あっけにとられて様子を見守っていた優美は問われて間抜けな声を出す。
「ケーキ」
「まだ食べ終わってないし」
「甘いものは別腹ー」
「それを貴方が言うのはどうなのよ……」
 歌うように言う武正をじっとりと優美は見る。
「えーっと、よく聞いてなかったんだけど」
「ティラミス、抹茶シフォン、ラズベリータルトです」
 実香は事務的に告げてから、にっこりと笑った。
「どれもおいしいですよ。今日のケーキの中だと、タルトが一番おすすめです」
「じゃあそれで」
「俺はシフォンで」
「かしこまりました。お飲み物はどうしましょうか」
 武正はメニューを出して、デザートのページを出した。セットのドリンクを優美に指し示しながら、
「俺はコーヒー」
 自分は注文し終える。
「紅茶で」
「アイスとホットがございますが」
「ホットで」
 声が重なった。思わず顔を見合わせる二人を見て、実香はくすくすと笑った。
「ケーキセットお二つ、抹茶シフォンとラズベリータルト、お飲み物はコーヒーと紅茶、それぞれホットで。紅茶はミルクでよろしいですか?」
「ええ」
「少々お待ち下さい」
 きれいに一礼して実香が去ると、武正は大げさにため息をついた。
「ごめんね、優美ちゃん」
「謝ることはないけど」
 口にすると、本当に謝るほどのことじゃないんだと思い至る。
「ねえ」
 優美は厨房に向かう実香の後ろ姿を見送りながらぽそっと呟く。
「ん、なに?」
「あの子って、貴方のこと好きなんじゃないの?」
 悪意めいたものは、感じた。
 明るい言動は陰湿なものを含んでいなかったけれど、それでも何か妙に引っかかるような。
 私も暑さで頭のネジが緩んだのかもしれない――数十分冷房で冷やされたところで、緩んだネジが治ってないのかも。
 優美はもやもやした思いをなんとか口にすると、返ったのは武正が吹き出す気配だった。
「何よ」
 武正が笑いをこらえていることがありありと分かる。
 優美はむっとしながら最後のサンドウィッチを口に放り込んだ。
「ラブじゃなくて、ライクだよ」
 アイスティに手を伸ばした辺りで、笑いをこらえることに成功した武正がさらっと口にする。
「どう違うのよ」
 茶化しているような言い方にしか聞こえなくて優美は武正に剣呑な視線を向けた。
「さあ、それは俺もよく分からないなぁ。実香ちゃんが言ったことだから彼女に聞いたら分かるよ」
「本人が言ったの?」
 こくりと武正はうなずく。
「それって――」
「それって?」
「やっぱり、いいわ」
 言おうとした言葉は口にする前に馬鹿らしくて消えた。
 ホストみたいな言動をしちゃう男だから、彼女をいいようにもてあそんでどうこう――とか一瞬思ったんだけど。
 真面目な優美にはその詳細にまで想像が及ばなかったし、なにより変な男である武正にそんな甲斐性はなさそうだなんて気付いたのだ。
 優美のイメージするホストは、女の子をいいように持ち上げて、でも本気じゃ決してなくて、後腐れないようにあしらうようなそんな男。
 後腐れないようにあしらった結果としてラブよりライクとか言ったのかななんて思ったけど。さっきの会話だと、逆に武正の方があしらわれていた。
 実香ちゃんが見た目で彼を好きになって、でも親しくなってその変な言動にあきれ果てて、でもなんとなく見捨てるのには忍びなくて、それでラブじゃなくてライクだと言い切った――そう思う方が理にかなっている。
「途中まで言われると気になるんだけど」
「何でもないわよ。女の子の友達がいないって割には、早くも出てきたわねえ」
 アイスティーのグラスを手にとって、ストローをからりと回す。
「実香ちゃんは友達じゃないよ」
 皿を空にした武正が水を飲みながらきっぱりと言い切ったので、優美はグラスを落としそうになった。
「はぁ?」
 あれだけ親しく話していながら友達でないと言い切りますかこの男は。
「それさあ、もしかして自分で線を引っ張ってるだけで、貴方のことを友達だと思ってる女の子はいっぱいいるんじゃない?」
 やんわりと告げる。武正は優美に微笑むと、あろうことかうなずいた。
 そりゃまあ、どこからが友人でどこからが知り合いなのかなんて人それぞれだけど。
「ただの知り合いってより、友達って方が正しそうに見えたけどね」
「ただの知り合いじゃないけど、俺の感覚じゃ友達とは言い難いんだよなあ」
 骨が喉につっかえたような、そんな顔で武正はうなる。
「タケさんってそういう線引きが厳密なのよねえ。私はお友達になりたいのにー」
 ケーキの乗ったトレーを片手に実香が戻ってきてぼやいた。
「無理無理」
 けろっと武正が言って、
「わかってるわよぅ」
 実香が仕方なさそうに応じる。間違いなくケーキを二人の前に置いて空いた皿をトレーに乗せて戻っていく。
 本人達が否定するのなら仕方ないけれど、それにしたって謎の関係ではある。
「食べて食べて」
 笑顔でケーキを勧められ、遠慮なくいただくことにする。
 所詮他人事だし気にすることないわよね、なんて思いながら。



 武正におごってもらったあと、取り立てて何かあったわけじゃない。
 ケーキを食べながら世間話をして、恐縮しつつ料金を彼が払うのを見守って。
「じゃあね、またかまってねー」
 再び麦わらをかぶった武正はご機嫌に手を振って、あっさりと帰って行った。
 炎天下のベンチで図らずも待ち伏せされた優美にしてみれば、今後ストーカー行為に発展するのではないかというわずかな恐怖を感じないでもなかったんだけど、杞憂だったらしい。
 友情に関して結構シビアな考え方をしてそうだし、淡泊なのかもしれない。
 たまたま見つけたから一緒に過ごした、単にそれだけなのだろう。
 携帯の番号さえ聞かれなかった――つまり、またかまってというのはやっぱり社交辞令なわけだ。
「機会があればね」
 そうとだけ返して、優美は家に帰り荷造りして翌朝実家に向けて旅立った。

2005.08.08 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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