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第二話 麦わら帽と変な人

4.帰省とお土産

 久々の実家は、居心地がよかった。
 大学近くの寮に入ったものの、バス・トイレが共用な以外はほとんど一人暮らしと変わらない。
 優美の実家は三世代七人の近頃では珍しい大家族だ。両親は共働き。祖父母と夏休みの妹弟が家にいて出迎えてくれた。
「おかえりゆーこちゃん」
 割烹着姿なのは文乃ばあちゃん。
「荷物を貸しな」
 にやりと笑うのは敬三じいちゃん。
「おっかえりー!」
 飛びついてきたのは小二の敬太だ。
「麦茶入れようかー?」
 気の利く妹、水葉は中学校に入ったばかり。
「ただいま」
 久々に家族の顔を見て、優美は満面の笑みを浮かべる。
「ねーちゃん土産はー?」
「けーた、ゆーこは勉強に行ってたんだぞ。土産なんてあるか」
 優美にまとわりつく敬太の首根っこを敬三が掴む。
「あるよ、けーた。饅頭だけどね」
「まんじゅー!」
 苦笑しながら荷物から薄緑の包みを取り出すと、敬太はそれをぱっと取って居間にとって返した。
「仕方ない子だねえ」
「食い意地張ってるからね」
 水葉が敬太を追うように引っ込んだのは、お土産の中身が気になるからでなくお茶を入れるためだろう。
「元気そうで安心したよゆーこちゃん。今日はゆーこちゃんの好きなものを作るからねぇ」
 働いている母に代わって主婦役を勤める文乃がにこにこと言うと、優美もにっこり微笑み返した。
「期待してるっ」



「っふー」
 懐かしい味に舌鼓を打って、雑談を切り上げて部屋に引っ込む。それからパイプベッドの上の布団にばたりと倒れ込んだ。昼間に干してくれていたらしくて、ふかふかして心地いい。
 ごろごろしていると、扉がノックされた。
「うん?」
「ねーちゃん、ちょっといいー?」
 問いながら入ってきたのは水葉だった。
「何?」
 むくりと身を起こして尋ねたあと、妹が抱えているノートに気付く。
「宿題?」
「そー。とっとと終わらせようと思って」
「まっじめねえ」
「あとで遊ぶためだよ。わかんないとこがあったら聞いていい?」
「まだ手つかず?」
「うん」
 立てかけてあるミニテーブルの脚を立てて、水葉は部屋の中央に据えた。その上に持ってきた教材をばさりと放り出す。
「あんまり最初にやりすぎると、休み明けテストで痛い目見るわよ」
「経験者の言葉は違うなあ」
 ベッドから身を乗り出して優美は水葉の頭をぺちりと叩いた。
「私は休み明けに焦ることはなかったわよ」
「さすがおねーさま」
 わざとらしい物言いに顔をしかめながら、ベッドを降りる。聞かれるまでは何も答えるつもりはないので、家を出る前に買った数ヶ月前の雑誌でも見ようと手を伸ばす。
 水葉は真剣に机に向かった。
 教えてもらうことがメインでなくて、教えてくれる人がいるという安心感が効率を産むんだというのが水葉の主張だった。小学校に入り立ての時こそ何でもかんでも優美に聞いてきたけれど、今となってはたまに力及ばないときに頼るくらい。
 一度読んだ雑誌でも改めて読み返すと結構時間が経つもので、勉強に飽きた水葉がうだーっと寝ころんだときには一時間近く経過していた。
「順調?」
「まだ簡単なとこだった」
 ふうんと優美はうなずく。
「今日はおしまい?」
「もう疲れたー」
 ごろごろ転がる妹を見て優美は笑みをもらした。
「お茶でも飲んで、休憩する?」
「さんせーい」
「ちょっと待ってて」
 優美は台所で麦茶を二人分入れると、お菓子棚からポテトチップを取りだしてお盆に乗せて部屋に戻った。
「ありがと、ねーちゃん」
「はい、お疲れ様」
 水葉が勉強道具を片付けたテーブルの上にグラスを置いて、ポテトチップの袋を全開にする。
「全部食べるの?」
「食べれるでしょ」
 優美が答えると水葉は苦笑いした。
「そうだけどねー」
「まだダイエットなんて早いでしょ貴方」
「そういうわけじゃないけど」
 水葉はぶつぶつ言いながら、ポテトをつまみはじめる。
「ねーちゃんは夏休み中ずっといるの?」
「寮、休み中は閉まってるしね」
「そうなんだ?」
「ええ」
 ふーん、なんてうなずく水葉は渋っていた割にぱくぱくとおやつをつまんでいる。
「大学って面白い?」
「――まあ、面白いんじゃないかしら」
「どんな感じ?」
 改めて聞かれても困ってしまう。
 優美は期待に満ちた目で自分を見る水葉を見て内心嘆息した。
 そういえばこの妹は面白いことに目がないんだった。高校の選択も「ねーちゃんが面白いって言ってたから、私も聖華高に行く」なんて中一で既に決めてるくらいに。
「大学まで真似っこするなんて言わないでしょうねえ、あんた」
 釘を差すつもりで優美が言うと、驚いたように水葉は動きを止める。思い直したようにチップを口に運んで、麦茶でのどを潤すと、ぶんぶん首を振った。
「聖華高は家に近いってのもあるからだってば。県外に出るのはちょっとなあ。今から進路を狭める気はないし」
「……そーね、あんたそゆとこ、ちゃんと考えてる子よね」
「高校は真似っこするけどねー」
 自由な校風というところがときめきだよ、なんて分かってるんだか分かってないコメントをしながら水葉はおやつを再開する。
「で、それはいいけどどんな感じ?」
「どんなって言われてもねえ」
 記憶の引き出しをひっくり返して、優美はうなった。
 妹が喜びそうなネタなんて――。
「そーねー、昨日会った変な人なんか面白いかしら」
「変な人?」
 こくりとうなずいて、優美は麦茶のグラスを片手にベッドに寄りかかった。
「最初に会ったのは、入学式の次の日だったんだけどね」
 桜を見に行って、間違ってお腹を踏んづけてしまったこと、その相手になにやら妙に突っ込まれて色々聞かれたことをまず話す。
「それって、その人ねーちゃんに一目惚れしたとか?」
「馬鹿言ってるんじゃないわよ」
「えー、でもー」
「あんた妙なマンガでも読んだんじゃないの?」
「少女マンガが今ブームなんだよね」
 にひひと笑う妹を優美は軽くにらんだ。
「ま、なんていうか変な人だったわよ。社交辞令を交わして別れて、それから会うことはなかったんだけどねー」
 そして昨日炎天下の中、日の照りつけるベンチに一人で座っていたその彼が、通りかかったときに呼びかけてきたことを話す。
「それ、ちょっとストーカー入ってない? このあっつい中、日の当たるところで待ちぼうけってありえなーい」
 水葉は今度は不安そうに姉を見上げた。
「偶然だと思うけどね。それでカフェに誘われたからついてったんだけど」
「何でついて行くかなあ」
「おごりだって言うし、こっちの言うこと聞かずにずんずん行くんだから仕方ないでしょ」
 むう、と水葉はうなった。
「変なこと考えてたらどうするのー?」
「存在自体変な人だし」
「うっわ、ねーちゃんきっつー」
「悪い人じゃないと思ったしね。相当変な人だったけどねー」
 カフェのウェイトレスの女の子との微妙な関係について優美が思うところを熱く語ってみると、水葉は途中から惚けたような顔をしている。
「ん、みーこどしたの?」
 我に返った優美が尋ねると、水葉はうーんとうなったあと口を開いた。
「ねーちゃんも実はその人のこと好きだったりするの?」
「っはー? あんたどんなマンガ読んでるのよ」
 どこか淡泊なところのある妹と、色恋沙汰だけは結びつかない。面白いからとか言って読んだ何かのマンガの影響で妙なことを言い出したんだと確信して優美はじろっと水葉をにらむ。
「興味があったら貸すよ」
「そんなこと言ってんじゃないの。あんた、私をからかって面白い?」
 親指と人差し指でちょっと、と示してみせる水葉に優美は冷たい眼差しを向けた。
「うわあ、おねーさま怖い」
「みーこ!」
「だってさー、うまく言えないけどねーちゃんその実香さんって人に嫉妬したような口ぶりなんだもん」
「その不可解な関係に疑問を抱いただけよ」
「そっかなあー」
「そうよ。この話はここで終わり。これ以上ぐだぐだ言うなら、勉強見てやらないわよ」
「はーい」
 これ以上怒らせたらまずいと悟ったのか水葉は素直にうなずいた。そそくさと荷物をまとめて、空いたグラスを持って立ち上がる。
「じゃ、そゆことで!」
 グラスを乾杯のように持ち上げてあいさつしてから、すぐに部屋を出て行く。
「あんただって恋愛経験が豊富なワケじゃあるまいしーっ」
 取り残されて一人愚痴ったあと怒るなんて大人げない大人げない大人げないと呪文のように唱えてから、優美は大きく息を吐き出してベッドにばふりと倒れ込んだ。

2005.08.10 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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