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第二話 麦わら帽と変な人

5.商店街で

「すっごい人だねー」
「そーね」
 水葉の言葉に気のない素振りで優美は応じた。
「うんざりするわね」
 鷹城駅は市内中心にある。優美の実家から行くには、電車よりもむしろバスの方が便利がいい。
 鷹城駅の周りは市内でもっともにぎわった辺りになる。いくつかのデパートと、たくさんのテナントが入っているショッピングモール、歩行者天国の商店街――数え切れない店がひしめいている。
 暑いのと、人の多さの両方に優美はうんざりした。傍らにいる水葉もきっと自分と同じ感想を抱いているだろう。
「夏休みだからって、平日にこんなに人がいるなんて」
 ぶつぶつぼやきながら歩き始める。
 今日もいい天気だった。八月に入って数日、真夏日の連続記録も日々更新している有様だ。きっと今日も暑いのだろう。
 今日は、水葉の水着を買いに来た。
 友達とプールに遊びに行くそうだ。優美が保護者役をするのは、母が仕事だからでもあるし、久々に町中を歩いてみようという気分になったからだ。
 一日中家でごろごろする生活も捨てがたいけれど、あまりに動かないのも健康に悪い。
「どっこがいいかしら」
「んー、どこでもー」
「あんたやる気ないわねぇ」
 そう言う優美もあまりの暑さにめげそうではあった。
「男の子も一緒に行くんじゃないの?」
「行かないよ」
「だからやる気ないの?」
「水着なんて着れたらいいし」
「色気がないわねー」
「ねーちゃんに言われたくないな」
 会話はぽんぽんと弾む。大元が似た姉妹なので、その息はぴったり。
 二人ともジーンズにシャツ、最近の流行のひらひらとは縁遠い姿。
 どちらともなくため息をつく。
「まあ、適当に見て回ったら、あるでしょ」
 優美が言うとこくこく水葉はうなずいた。
「ついでにせっかくだから、ねーちゃん用に可愛い服を探そう」
「――何言ってんの」
「年頃の娘なんだから着飾るべきだってじーちゃんがおこづかいくれたもん」
 言いそうなことだ、と優美は納得した。
 祖父母は今の優美と同じくらいで結婚したのだ。二十歳を待たずして既に結婚はまだかという無言のプレッシャーを優美は感じている。
 時代が違うんだから、というもっともな反論も、祖母はともかく祖父には通用しない。
 可愛い恰好をして、誰か誘惑してこいとかそんな感じの意味なんだろう。
「じーちゃんは何考えてるんだか……ッ」
 優美は思わず拳を握りしめた。
「ねーちゃんの幸せ?」
 けろっと答える妹をデコピンして、優美はにやーっと笑ってみせる。
「あんたも六年したら同じこと言われるんだからね、みーこ」
 水葉の顔が歪んだ。
「うわー、あり得ないねそれ」
「自分がされちゃやなことはしちゃ駄目って習ったでしょうが」
 神妙な顔をしてうなずく姿に優美は溜飲を下げる。
 それからああでもないこうでもないとしゃべりながら歩き回った。こっちのお店あっちのお店、気が済むまでじっくりと。
 昼が近付く頃には暑さと動きすぎで二人とも疲れ切っていた。
「お昼にしよっか?」
「うん、お腹空いたー」
 時計に目を落とすと十二時半少し過ぎた辺り。
「混んでるかなー」
「あっれー?」
 待つのは嫌かも、どこに行こうか考えながらつぶやいていたら素っ頓狂な声がどこかから聞こえた。
 最近聞いたばかりの声が。
 優美は眉間にしわを寄せて、心持ち足を早める。妹に気付かれないように、ほんの少し。
「優美ちゃん?」
 そいつが名を呼びやがったので、優美は軽く舌打ちした。呼びかけに気付いた水葉がくいっと腕を引っ張るので、仕方なくそちらを見ると――そこには相変わらずの麦わら帽。
「うわ、本気でストーカー?」
 麦わら帽を見てこの間の話を思い出したのだろう。水葉が彼には聞こえないようにぼそっと呟いたのが聞こえて、面と向かってそれは止めなさいと優美は妹をにらみ付けた。
「優美ちゃんの実家って鷹城?」
「悪い?」
 聞かれて、視線を武正に移す。
 街中ではますます浮いてしまう麦わら帽のつばを武正は軽く上げた。
 身につけているのは、麦わら帽以外はまともだった。赤いTシャツ、ジャケット代わりに白いシャツ。胸元にごてごてしい銀製のネックレス。
 何系って言うんだろう、優美はちらりと考えて麦わら系でいいやと結論づけた。
「奇遇だねえ、俺もなんだー」
「そう」
 失礼なことを優美が考えているなんて想像もしていないにこにこ顔の武正に、優美は淡泊に応じた。
 興味ありませんそんなこと。
 そう書かれているとしか思えない顔と声に、さすがに武正は苦笑した。
「人の流れを止めるのもあれだから、どこか入る? いいトコ知ってるんだ」
 浮島のようにぽつんと立ち止まっている、そのことに優美も気付いた。
「妹も一緒だから、ご遠慮するわ」
「妹さん?」
 武正は同じく立ち止まっている水葉の存在に今更気付いたようだ。驚いた顔で彼女を見る。
 優美しか目に入っていなかったらしい。驚いた顔のまま、彼は何故か半歩くらい後退した。
「私のこと眼中になかった辺り、ヒットかも」
 何がヒットだ何が。
 こっそり呟く水葉に言いたい言葉を飲み込んで、かわりにいつでも引っ張って逃げられるように水葉に腕を絡ませる。
「こんにちは、おにーさん」
「こんにちは」
 去りたがっている優美にはかまわずに、水葉はにこやかに武正に声をかけた。
「こぶつきでよかったらご一緒しますよ」
「何言ってるのよあんた!」
 優美は外聞を気にせず叫ぶ。周囲の人が何事だと視線を投げてくるのもかまわずに妹を見据えた。
 水葉は茶目っ気たっぷりに舌を出した。
 麦わら男は恥ずかしいのか目深に帽子をかぶり直す。
 ――恥ずかしいならとっとと去ればいいものを。優美は心中毒づいた。
「ちょうど今からお昼にしようと思ってたんだ」
 幸いにして、周囲の視線はすぐに散じた。けろっとした顔で水葉が話を再開する。
「おー、そうなんだ」
「ここで会ったのも何かの縁だよね」
「ありがたいねえ。一人じゃつまらないと思ってたんだ」
「おにーさん、友達いないの?」
「みーこ!」
 言っていいことと悪いことがある。さらりと口にした水葉に優美は鋭い声を投げる。
 言われた武正の方を恐る恐る見る。微動だにしなかった彼はしばしの沈黙の後で肩を震わせはじめた。
 表情は麦わら帽で見えなくて、怒ったんじゃないか考えた優美がどうフォローしようか思い始めた時になって、はじめて押し殺した笑い声が聞こえてきた。
「いやー、少ないけどいるよ。ただ今地元にいないんだなこれが。進学先の近くでバイトしてるらしいし、お盆くらいしか帰ってこないんじゃないかな」
「一人でおでかけって楽しい?」
「あんまり楽しくないねえ。夕方から用事があるから、早いとこ出てきただけ」
「ふーん」
 怒ったわけでなく、ツボに入っただけだったらしい。
「素直に夕方から出てきたらよかったんじゃないの?」
 優美は拍子抜けして、馬鹿らしくなった。素直にそうしていれば会わなかったのにと心の中で続ける。
「久々に街を出歩くってのも手かなと思ったんだ。すぐ後悔したけど」
「ああ、そう」
 極力冷たく優美は呟いた。
「いやでも、すっごい偶然だねえ」
「運命感じちゃうんじゃない?」
「うまいこと言うねえ、みーこちゃん」
 優美の気持ちなんて察しているだろうに、水葉はにこやかに武正と話している。
「水葉」
「え?」
「名前は水葉。みーこっていうのは家族限定のあだ名だから、水葉って呼んで」
「可愛い名前だね。にしてもなんでみーこ?」
「じーちゃんとばーちゃんが、女の子の名前には子がついてないととか言ってそう呼ぶんだよね〜」
 要領を得ているとは言えない水葉の説明に武正はふんふんとうなずく。
「てことは、優美ちゃんはゆーこ?」
「せいかーい」
「みーこ、余計なこと言わないの」
 いつの間にか再び歩き始めている。
 先導する武正について歩く水葉はとても面白がっている――そういう妹だ。
 仕方なく優美は二人の後を追った。

2005.08.12 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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