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第二話 麦わら帽と変な人

6.自意識過剰な人

 武正はアーケードのある大きな通りをはずれて、裏の通りに入った。
 彼のノリを面白がっている妹にはどうあがいても勝てそうにないと優美は諦めた。
 この暑さでやる気が上がらないし、ついでにお腹も空いた。
 二人を相手に抵抗するだけ無駄な努力よね、自分に言い聞かせて二人の後ろをついて行く。
 昨日の夕飯が何だったかなんてどうでもいいネタで彼らは盛り上がっている。
 二人が瞬間的に気が合ったのか、お互いに相手の出方を探っているのか――優美には読めなかった。
 生まれたときから知っている妹だって時に読めないことがあるのに、出会ったばかりの変な人のことなんて読めるわけがない。
「はあ」
 こっそりと息を吐いて会話を頭から追い出し、ただ足を前に出す。
「ここー」
 にっこりと武正が振り返ったのは意外とすぐのことだった。
 ビルの一階のテナント、店構えからして小さい。開店してるんだかしてないんだか、照明が暗くてよく分からない。
 武正はためらうことなく扉を引いた。内側に付けられていたベルがからりと鳴った。
「すんません」
 同時にカウンターの中から申し訳なさそうな声が聞こえて、
「って、タケじゃねえか」
 次いで驚いたような声に変化する。
「はーい、ちわっす。和さん。まだ開店準備中?」
「ああ」
「おや残念」
「かまわんかまわん。とっとと入って、鍵閉めとけ」
「太い腹だね、和さん」
「太っ腹って言うんだこの馬鹿」
 うはは、と笑いながら武正は扉を大きく開いて、優美と水葉を中に招き入れた。
「っておい、お前女連れかよ」
「うん」
 二人を先に通した武正が扉を閉める。
「じゃあ鍵は閉めるな」
「なんで?」
「いやなんではねーだろお前。いらっしゃいお嬢さん方、俺は店主の和だ。よろしくなー」
 不思議そうな顔の武正を放って、和はにっこり笑った。
「女の子を閉じこめるような真似はできないだろ。ほれ」
 それから武正に何かを投げる。
 「closed」の札を手にした武正は顔をしかめた。
「最初からしといてよこういうのは」
「そしたらお前、遠慮して入ってこなかったろ」
「俺が来ると思ってたわけ? というかそれ、結果論だよなぁ」
 ぶつぶつ言いながら武正は札をかけに行く。
 和はその間に氷の入ったグラスを三つ、カウンターへ置いた。
「さて、適当に何か出していいかな」
 優美と水葉に座るように促して、にこやかに問いかける。
「――準備中なのに、大丈夫なんですか?」
 友達が今地元にいないと言った割に、かなり親しいようだ。例によって友達扱いじゃないのかしらなんて勝手に想像しながら優美は尋ねる。
「問題はないよ。ただ仕込みが微妙なんで、何でも出せるとは言い難い」
 駄目だと言ったらすぐに出るつもりでいた優美も人好きのする笑みを見て諦める。
 優美や武正よりもいくつか年上で、軽い口ぶりの中に大人びた表情がちらりと覗く。友達というよりも、先輩扱いなのかなと優美は認識を改めた。
「お嬢さん方、嫌いなものはないかい?」
「セロリだけは食べたくない」
 茶目っ気たっぷりの問いかけに、素早く水葉は応じた。
「オーケー。君は?」
「同じく」
 笑みを深めて和は動き始めた。
「ねえ和さん、俺には何も聞いてくれないの?」
「お前の好みなんぞ、百も承知」
 言い放って奥の部屋に引っ込んでいく。恐らくはそこが厨房なのだろう。
「おにーさん、嫌いなもの多いの?」
 ため息をもらして椅子に座り込んだ武正が、麦わら帽を脱ぎながら顔を上げる。
 間に優美と椅子一個分の空間を挟んで水葉を見つめる。
「大体何でも食べるよ」
 不思議そうな顔で武正が言うと水葉はつまらなそうになあんだ、と呟く。
「だめ?」
「駄目じゃないけど、面白くないなあ」
「みーこ」
 遠慮という言葉を知らない妹の呟きに優美が目をつり上げると、ぺろりと舌を出して水葉はきゃらきゃら笑った。
「ごめんなさい、不躾な妹で」
 呆れたように優美は息を吐く。
「いや、気にするほどのことじゃないよ」
 武正はにっこりと優美に微笑みかけた。本当に気にしていない様子だったので優美はほっとする。
 後でとっちめてやらなきゃと妹に視線を移すと、水をごくごく飲んでいた水葉が顔を上げた。
「それにしてもおにーさん」
 妹の視線は姉を通り越して武正に向かったらしい。
「せっかくかっこいいのに麦わら帽はいけてないと思うな」
「ちょっとみーこ!」
 この妹は、歯に衣着せないにもほどがある。
「アドバイスだよ、アドバイス」
「何生意気言ってるのっ。思ってても言っていいってもんじゃないんだからね!」
 くつくつと武正が笑う声に優美は我に返る。
「思ってるんだ、優美ちゃんも?」
「街中で麦わらはどうかと思うわ」
 面白がるような問いかけに優美はやんわりと口にした。
「ねーちゃんだって、言ってるじゃん」
 呆れたような妹の言葉は無視だ、無視。
 優美が武正の様子を窺うと、彼は気分を害していないというよりも、むしろ楽しげな様子だ。
「いやあ、そう言ってもらえるとうれしいなぁ」
「……うれしいの?」
「そりゃあ、可愛い女の子に誉めてもらえれば素直にうれしいですとも」
 誉めたのは優美ではなくて水葉だ。
 どうせ可愛くないわよ私は。内心思いながら優美はあらそう、とだけもらした。
 武正はますます笑みを深める。
「でもねえ、俺が素顔でうろついてご覧なさい。俺の美貌に惚れ込んだファンの女の子で大変なことになっちゃうのよ」
 やたら楽しそうな声でとんでもないことを言うので優美は言葉を失った。
「うわー、おにーさん自信満々だねぇ」
 素早く応じた水葉の声も呆れた調子が混ざっている。
「自意識過剰、なんじゃない?」
 なんとか優美も口にする。
「今の、笑うとこだったんだけどなあ」
 武正はぶつぶつぼやいた。
「冗談にもほどがあるでしょ」
「うー」
 冷ややかに優美がつぶやくと武正はうなる。
「どうしたんだ、タケ」
 厨房から戻ってきた和が不思議そうに武正に声を掛ける。
「おにーさんが何故麦わら帽なのか教えてくれたの」
 武正よりも先に水葉が答える。
「ほっほー。それでなんつって?」
「素顔でうろついたら大変なことになるって」
 変だよねえ、と水葉が言う前に和が爆笑した。手に持っていた皿に被害が及ばないように手近なところに置いて、口元に手をやって。
 こらえようと努力しているようだけど、こらえきれない様子。
「和さんは笑いすぎ」
 武正は顔をしかめた。
「い……いやさあ、だってさあ、おまえなあ」
 ひーひー肩を震わせながら和は優美と水葉を交互に見る。
「貴重じゃねえ?」
 最後に武正をじっと見て呟く。ゆるりと武正はうなずいた。
 にやっと笑って和は適当なところに置いていた皿を三人の前に置く。
「おまちどー。おかわりはあるから、ご遠慮なく」
 パスタとサラダとハム、それにパンの盛り合わせ。
 笑いの余韻をようやく収めて、和は深く息を吐いた。
「いやー、久々に腹の底から笑ったぜ」
「人をネタにしないで欲しいんだけど」
「じゃあネタになるようなことするなよ」
 むっと顔をしかめた武正は、ため息をもらして和から顔を逸らした。
 黙々と食事を開始する。
 ご機嫌斜めのようだった。優美と水葉がどこか心配そうに武正の様子をうかがうのを見て、和は気にするなとばかりにひらひら手を振る。
「いただきますっ」
 先に頭を切り換えたのは水葉で、優美も彼にどう声を掛けるかなんて思いつかなかったのでその後に続いた。
 食べ始めると、誰も何もしゃべらなかった。
 武正は相変わらずのスピードで食べているし、優美も水葉もしゃべるよりも食べるのに集中している。
「――盛り上がらねえなぁ」
 沈黙に耐えかねたのは和だ。
「ん。おいしいよー、おにいさん」
「そりゃ、当たり前だ」
 水葉がすごい自信だと目を丸くすると、和は商売だからなとごく普通に続けた。水葉はそりゃそうだとうなずく。
「なあ、タケ。しばらく見ない間にいつの間にこんなお嬢さんと知り合ったんだ? もしかしてナンパか?」
「同じ大学、会ったのは三回目だよ」
「三回!」
 それがとんでもない数字だと言わんばかりに和が声を張り上げる。
「たまたま、偶然よ」
「しかも大学が同じって――鷹城育ち?」
「生まれも育ちも」
「ひえー」
 何を驚くことがあるのか優美には不思議だった。
「和さん、それどういう反応?」
「街中で今どき麦わら帽子をかぶった変なヤツに付き合ってくれるお嬢さんがまだ鷹城にもいたなんて奇跡だなと思って」
「好きで来たわけじゃないわよ」
「えええー」
 優美が冷たく呟くと武正は驚いた声を出した。
「私が嫌だって言ってるのに、貴方とみーこが先に歩き始めたからでしょ」
「だって面白そうだったしー」
 顔を上げて、水葉がにっこりする。呆れかえったため息を吐き出して優美は頭を振った。
「あんた、いつかそれで痛い目に遭うと思うわ」

2005.09.02 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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