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第二話 麦わら帽と変な人

7.かまっての意味

「優美ちゃんつめたーい」
 なんて冗談っぽく言っている武正も、面白がっている水葉も無視して優美は食事を続けた。
 食べ終わったらすぐに買い物へと戻らなければ。午前中ですっかり嫌になっているけど、当初の目的である水着は買わなくてはならない。
 こだわりがないと言った割に水葉はこれはダメあれはダメと文句ばかりでなかなか決まらなかったけど、着れればいいと言っていたんだから適当なところで決めさせるつもりだ。
「おかわりは?」
 忙しく動いていた和が不意に聞いてくる。
「大丈夫です」
「あ、俺は欲しい」
 優美の言葉に同意して水葉はうなずき、一人だけ手を上げたのが武正。
「ほいよー」
 早くも武正は皿を空にしている。
「食べるの早いわね」
 半分感心しながら声をかけると武正は不思議そうに優美の方を見た。優美も水葉もまだ半分くらいしか食べていないのを見て、ますます不思議そうな顔になる。
「そう?」
「ほんとだ、おにーさん早いねえ」
「食うの早いんだよこいつ」
 深めの皿を持って、和が厨房から戻ってきた。
「ほれよ」
「ありがとー和さん」
 うれしそうに笑って、武正はスプーンを手に取った。
「いい匂いだね」
 それを見て鼻を鳴らして反応したのは水葉だ。
「トマトリゾットだよ。味見する?」
「いいの?」
「おうよー」
 恐る恐る問う水葉に和は威勢よくうなずいた。
 厨房にとって返して、再び戻ってきた和の手には小振りの皿が二つ。
「君も食べてみて」
 水葉だけでなく優美の前にも少し盛ったリゾットを置いて和がにっこり笑う。
「あ、ありがとう」
「気に入ったらもっと持ってくるよ」
 歓声を上げて味見を開始した水葉が、「気に入ってもそんなに食べれないよ」と主張すると和はもっともだと笑みを深める。
「俺はおかわりが――」
 がつがつ食べていた武正が口を挟みかけて、その声が携帯の着信音で止まる。
 いつか優美も耳にした、昔のゲームのBGM。言葉を止めた武正が忌々しそうに舌打ちして携帯を取り出す。
「忙しいねえ、タケ」
 からかうような和の言葉にか、液晶に映る電話の相手の名前にか――武正は顔をしかめて、ため息と共に立ち上がる。
「はーい、ちわっすー」
 移動しながらボタンを押して入り口近くで武正は会話をはじめた。
「何? 夕方からって言ってたよね――」
「こりゃ、お呼び出しかねぇ」
 どこか面白がっている和の言葉に合わせるように、携帯を手にした武正が思いきり顔を歪める。
「ねえ、ササノさん。俺それ初耳なんだけど……はあ」
「お呼び出し?」
 水葉が興味津々で和を見上げる。
「忙しいヤツだからね、タケは」
「夕方まで空いているみたいに言ってたけどね」
「予定は変わることがあるよ」
 それはそうだけどね、呟きながら優美が向けた視線の先で、武正は大きな息を吐いた。
「わかった、向かうよ――三十分くらいで着く。じゃ」
 気乗りしない声で言って、武正は再びため息を吐き出しながら携帯を閉じた。
 下に向いていた視線を上げて、あーあって感じに苦笑い。
「まだみっちり食べる予定だったのに」
「お前食い意地張ってるよなあ」
「食べないと死ぬでしょー?」
 どこか恨めしそうにぶつぶつ言いながら武正はカウンターに近付いて、立ったままリゾットの残りをかき込んだ。
「ごめん和さん、また寄るからツケといて」
 皿をかつんとカウンターの上に置いて早口で告げて、武正は優美の方を向き直った。
「ごめんね優美ちゃん、水葉ちゃん。また今度かまってね。じゃ、またー」
 やっぱり早口で言うと、武正はひょいと麦わら帽を頭に乗せた。
 敬礼するみたいに手を上げてひらっとしたあと、足早に店から出て行く。
「じゃあね、おにーさん」
 その背中に水葉は言葉を投げて、再び食事に集中した。
 ひゅうう、と気の抜けた口笛を吹いて和が優美を見る。
「また今度、だってさ」
 からかうような声音に優美は顔をしかめる。
「ないわよ、そんなの」
 冷たい声が出たのは自覚した。
「あいつがまた今度とか言ったってことは、本気でそう思ってるんだぜ。めっずらしいよなあ」
「――どういう意味?」
 優美が機嫌を損ねたことなんて全く気にしていないらしい和は、むしろ不思議そうに彼女を見返した。
「人見知りするあいつがたった三回で気に入る子がいるなんて珍しいって話だけど」
「――あのおにーさん、人見知りするようには見えなかったよ」
 優美の内心を代弁するのは、会話を聞いていたとも思えない水葉。
「最初ッからまたかまってねー、とか言ってたわよあの人」
 誰にでも言ってるんじゃないの? そんな意味を言葉に込めて挑戦的に優美は和を見る。
 和はちょっと目を見開いて、にやにやした。
「ほっほー」
「ねえ、どう思う? ヒットだと思わない?」
「ヒット?」
「だから何の話をしてんのあんたは!」
 訳の分からない話を蒸し返す水葉に優美が怒鳴ると、その様子を見た和が口の端を上げる。
「――ヒットな気がするな」
「だから何がヒットなのよ」
 優美の疑問には答えず、残る二人はにんまり顔を見合わせる。
「まあ、優美ちゃん?」
「何」
 呼びかける和にふるふると拳を振るわせながら優美が不機嫌に応じると、彼は真顔になって武正が出て行った扉を見た。
「――何よ」
 思わずその視線を優美は追ってしまう。
「よければこれからもあいつにかまってやってよ」
 真面目な顔で何を言うかと思ったらそんなことか――拍子抜けしながら優美も真顔で和を見つめた。
「無理よ。同じ大学って以外接点ないもの。また出会う確率なんて、激しく低いわよ」
「偶然に頼らなくても、メールの一つでも入れればいいじゃないか」
 優美がため息をつくと、和は恐る恐る口を開く。
「もしかして、携帯ない、とか?」
「持ってるわよ、いくら私だって。連絡先を知らないだけ」
「はあ?」
 どこか裏返った声を上げて、和はまじまじと優美を見た。
「――あの馬鹿、メアドの交換すらしなかったのか?」
 独白めいた言葉に優美がこくりとうなずくと、和は天井を見て両手を上げた。
「ばっかだなあ。また会いたいって思うくらいならそんくらいするだろ普通」
「社交辞令で言ってるだけでしょ。今日だって、本当に偶然会っちゃっただけだし」
「そんな社交辞令言えるほど器用じゃないさ、あいつは。馬鹿だから」
 妙にきっぱり言い切って和はよしと声を上げる。
「ここは一つおにーさんにメアドを教えてみないかいお嬢さん」
「なんでよ」
「なんでって――なあ」
「ねえ」
 和の言葉に何故か水葉が反応する。
 いつの間に分かりあってんのよそこ。
 優美は眉間にしわを寄せて水葉をにらんでやった。
「妙なお気遣いなんて結構です」
 きっぱり言い放つと、優美はカバンから財布を取り出した。
「あ、いいよ。タケに払わせるから」
 先手を打って言ってくる和を半分以上にらみ付けながら、優美は千円札を二枚とりだしてカウンターテーブルにすっと置く。
 なんで本人に許可もなく勝手におごらされる必要があるのだ。
「行くわよ、みーこ」
「え、もう行くの? もうちょっとゆっくりしない?」
「とっとと行って目的を果たして、すぐ帰るわよ」
 立ちなさい水葉――容赦なく告げると困ったような顔で水葉は立ち上がる。
 料理は全部平らげたんだからゆっくりする必要はない。
「ごちそうさまでした」
 それだけは礼儀として優美は告げる。
「ちょっと待って、ええとまずおつりを」
「あるなら、あの人にあげて」
「そんなわけにもいかないし。俺なんか気に触ること言ったか?」
「知らないわ!」
 叩きつけるように答えて、入り口の扉を開く。優美の内心を反映するようにベルが大きな音を立てた。

2005.09.16 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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