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第三話 変な人と城上祭

1.画商部の活動説明

 三三一教場には十数人の男女が集まっていた。
 すり鉢を半分に断ち割った様な部屋の底では、彼らの代表たる二宮修が説明を続けている。
 優美はそれを頬杖をついて聞いていた。
 二宮が作ったサークルは発足して数週間しか経っていない。
 夏休みが明けるなり、大学史上最短のスピードでサークル成立をなし終えた二宮はその偉業に見合わない優しげな面差しの青年だ。
 それでも優美も含めた十数人のメンバーは彼の優秀さをを信じていたし、その主張に夢を持っていた。
 だから、集まったのだから。
 二宮が最短で作り上げたサークルの名前はしゃれてもひねってもいない。
 画商部。思いついてから実行に移すまであまりにも短い時間しかかけていなくて、名前にまで気が回らなかったのだという。
 その目的は絵を売ることではなく、絵を貸し出すこと。だから間違った名前ではあるけれど何となく意味はわかるので今のところはそのまま。落ち着いたら名前を変えよう、と二宮は言っている。
 それよりも、まずは活動をはじめることだというのが彼の主張だった。近くある大学あげての祭り、城上祭で最初の顧客をつかもうと。
 二宮がやりたいのは学生と社会をつなぐ商売なのだ。
 彼が提示したビジネスモデルは絵画のレンタルという単純なもの。でもその中にはさまざまな思惑がこもっている。
 城上大学には芸術学部がある。そしてその学生たちは、芸術家のたまごだ。
 彼らが描き出す作品の数々を学内で眠らせるのはもったいないということがひとつ。
 その作品の宣伝をかねてレンタル事業を行い、作者たる学生に固定のファンがつけばその将来の道幅が広がる可能性がある。
 そして営業を行うメンバーの方はうまく実績を積み上げることが出来れば自分を売り込む就職活動に優位に働くかもしれない。
 夢だけはとにかく大きい。実現するかはこれからの努力次第。
 優美がそれに参加したのは、興味を引かれたからだった。キャッチコピーが言うように絵の持つ可能性というものを優美は信じたかったから。
 その一つの方向を二宮は示したと思ったのだ。
 突然の結成にもかかわらず、メンバーはそれなりに集まったと思う。中途半端な時期、結成直後という状況で十人以上集まったのは二宮の手腕だ。
 シンプルなキャッチコピーのみのポスターをあちこちの掲示板に貼り目を引かせ、大学構内の中央広場で一演説打った。
 ハンドスピーカーを持ち出して広場の中心で突然演説をはじめた学生に、最初は皆何事かと思ったらしい。優美はその場に居合わせなかったけれど、最初は不審そうな眼差しを向けられた二宮はほんの五分ほどでそれらの視線から不審さを払拭したらしい。
 その場でサークル結成の条件である五名のメンバーを確保して、書類を素早く提出しその後も順調にメンバーを増やした。
 今日初めてきたメンバーのために一通りの説明を終えた二宮はふうと息を吐きながら一同を見回した。
 教場のあちこちに散る一同を等しく見た後、彼は教壇からまっすぐに視線を上げて、再び口を開く。
「とにかく、時間はない。現時点で決まっていることは、城上祭の実行本部に強引にねじ込んだメインステージでのアピールタイム、十五分。それも初日の、午前十時半から」
 二宮はそこで苦笑じみた笑みを浮かべた。
「初日のその時間はオープニングイベントが終了して次のプログラムまでの空き時間。十一時からのプログラムに迷惑をかけられないから、大がかりなことはできない。おまけにオープニングの後、移動する人間の多さは民族大移動にたとえられる――らしい。俺は去年オープニングなんぞ見に行かなかったから聞いただけの話だけど」
 一部のメンバーは納得したようにうなずき、一部は茶目っ気のある言葉に軽く笑った。
「つまり、大がかりなことはできない中でインパクトのあることをしなければいけない、というわけだ。じゃなきゃ人目を引けない。最低限、我がサークルの活動内容と、ブース番号をお客さんの脳裏に刻み込む」
「っぶ、大それたコト言うなあ、二宮」
「弱気で行っても仕方ないだろ」
 教壇近くから突っ込みが入ると、しれっと二宮は答える。
「各自、どんなアピールがいいか考えてくれ。さてそれからパンフレット用の原稿を作らなければならない。言ってみれば広告だな、これは申し訳ないんだけど時間がないので俺が勝手に係を決めさせてもらった」
 二宮は教壇に置いてある紙を一瞥した。
「えー、井下さん」
 呼ばれて優美は、まるで居眠り中に船を漕いだかのように反応した。頬杖をやめて呆然とした優美を二宮が見つけて、彼の視線を追って教場中の注目を浴びてしまう。
「わ、私?」
 こくりと二宮はうなずいた。
「他の連中は経学の人間ばかりでね。デザインセンスが必要そうなことを任せるのは芸学の君が適任だと思ったわけ――異論がある人は?」
 優美に軽く説明をした後、二宮の視線がゆっくりと教場を巡る。誰も異論を挟まなかったので、二宮は詳細を説明するからと優美を手招いた。
 仕方なく優美が立ち上がり教壇に向かう間も、二宮は時間を無駄にしない。
「ブースも滑り込みで申し込んだもんだから南第五棟前、メイン会場からもっとも西しか空きがなかった。どこかの教場を借りる約束を取り付ける暇がなくてね――テントと長テーブル二つ、椅子が六脚は借りられる。当日はステージでのアピール後、ブースに来た人に詳細を説明するくらいだけど、それなりに見栄えがあるブースにしたいのでやっぱりアイデアを募集中」
 優美が近付くと待っていて、と二宮は身振りで示した。
「概略はさっき配った資料に示しているけど、二週間くらいで詳細を詰める。それからさらに早いうちに資料を作り上げて、ある程度の部数を刷る。これは余っても今後の営業に使うつもりで強気に作っておいてもいいと思うけど、どれだけの人間が興味を示してくれるのか俺も未知数なので相談して決めよう」
 その説明は淀みない。教壇の上の資料は一枚物の紙で、それも優美にも配られた資料に手書きでメモがされてある程度。
「資料が完成した後は、ロールプレイングで営業方法を検討する。現段階で考えられるすべき事は以上だ」
 資料の一番下に書かれた個条書きの内容を詳細に説明してのけて、二宮は安心したように吐息をもらした。
「引き続き、詳細を詰めていきたい――と言いたいところだけど」
 その後で意味ありげにそう続け、言葉を止めた。
「まだそんな段階じゃないと判断した。出会ったばかりで、お互いろくに名前も知らない。いくら広い教室だからって、バラバラに座ってる。それじゃあ連帯ができるわけもない」
 先ほどと同じような感じで二宮は周囲を見回した。
「というわけで、だ。親睦をかねて、明日の夕方に飲みに行くぞ。場所は二丁目の万人の酒樽。青い看板が出てるし、目立つところにあるから。時間は六時半。参加費は三千円だ。不参加のヤツは連絡よろしく――今日は以上だ」
 おつかれ、と二宮が呼びかけて会合を終える。
 わらわらとメンバーが動き始めた。彼らが挨拶するのに応える二宮は落ち着いた大人に見える。
「じゃあ、井下さん」
 数人に手を振った後二宮は教壇の横で立ちすくんでいた優美を振り返った。
「突然で悪いんだけど、よろしく頼むね」
「はあ」
 笑顔の二宮に対して、優美は要領を得ない生返事をしてしまう。
 座ろうか、そう言って二宮は一番前の席に座り込み優美を隣に誘う。
 そして優美がそれに従うと、コピー用紙を一枚取り出した。右上に城上祭実行本部と書かれたそれはパンフレットの原稿の要項だった。
 原稿作成時の注意事項、締め切り日、一番下にはがきサイズほどの枠が引いてある。
 そのさらに下には二宮のものとおぼしき書き込み。
「キャッチコピーは芸術の可能性を考えてみないかい? で。できれば本物のお客さんを捕まえたいところだけど、まあそれより先にまず芸学の人に絵を提供してもらわなきゃならないわけでね」
「はあ」
 またしても愛想のかけらもない生返事。
「本当ならもうちょっと、芸学の人が興味を持ってくれたらよかったんだけど」
「私は、面白いと思ったんですけど」
 優美はようやくまともに返答した。優美がこのサークルに興味を持ったのはまさしく先ほどのキャッチコピーだ。
 張り出された直後に気になって。しばらくは見かけてどうしようか悩むだけだった。
 それでもどうしようもなく気になって。
 だから詳細の説明もないそれに書かれた連絡先、経済学部の三崎教授に問い合わせてみた。学部が違うから助教授のことを全く知らないので、それは勇気を伴った行動だった。
 三崎は予想外に若い女性で、優美のことを温かく迎え入れてくれた。
「私は、学生の可能性を信じてるのよね」
 それが第一声。若いとは言っても三十代の半ばは過ぎているだろう。下手をすれば、四十代。若く見えるのはそれだけ張りがある人なのだと思う。
「二宮は私のゼミの学生なの。夏の前に全員に発破をかけておいたら、休み明けにいきなり行動を始めたから驚いたわ」
 キャッチコピーには三崎の影響も入っていたのだろう。
「何か新しい事を始める、言うのは簡単だけどやるのは大変よ。一歩踏み出すことを決めた二宮は勇気があると思うわ」
 そう言って三崎は三三一教場に大体三時くらいにメンバーが集まっていると教えてくれた。
 その時にいたのは二宮を含めて三人で、それがそのままサークルの首脳だった。
 二宮の他は真面目そうな雰囲気の戸田秀光と、明るい相原湊。
 自己紹介の後、他のメンバーは学内にビラまきに行ったと相原が言って戸田がうなずく。
 二宮が活動内容を説明してくれた。
 その説明にますます興味を引かれたから入部届を書くことに決めて、優美が名前と所属を書き込むと「初めて芸学の人間が興味を持った!」と相原が大騒ぎをしたのは記憶に新しい。
 相原の様子に呆れた顔をしながら、第一回の会合日時とそれまでは暇があればビラを撒いて欲しいことを戸田が告げた。
 それから数日、今日の会合に集まった人間で一応募集は打ち止めだという。
 二宮が芸術学部所属なのは優美一人と言った以上、優美みたいに好奇心がある芸術学部の学生はいなかったらしい。
 噂のハンドスピーカー演説を聞いた人間以外、ポスターだけでは内容が推察できないのが敗因かもしれない。ビラには詳細が書き込まれているのかもしれないが、優美はそれに行き当たったことがない。城上大は広大だから行き当たらない確率の方が遥かに高い。
 加えて、首脳部の三人は学科は違うものの経済学部所属。そのつながりからメンバーが増えたとしても、なかなか芸術学部にたどり着かないだろう。
 なにせ、普段優美が活動する場所から経済学部までは距離がある。経学と芸学の人間に接点はほとんどないのだ。
「まあ、今後の宣伝にかかってるね、全ては。貴方の絵を貸しませんか、って感じでもいいかな。その辺、芸学の人間の心理は井下さんの方が詳しいだろうから任せる」
「――どうなんでしょうね」
 優美は四角い枠を見ながらぽつりと呟いた。
「功名心ってやつが、誰にでもあると思うんだよ」
 二宮の語るプランには興味を引かれる――だから優美はここにいる。
 その宣伝の一端を担うパンフレットの原稿作成を果たして自分がやっていいのかと思うと、優美は気が遠くなりそうだった。
 入学して半年しか経ってない一学生である優美が、学生全員どころか外部の人間にまで配るパンフレットに載せるサークルの広告といわれるようなものを作っていいものかと。
「芸学の学生は、あくまで学生でプロとは言えない。でも芸学に入っている以上、プライドはあると思うんだ。自分の作り出すものは世間に通用するはずだってプライドがね」
「まあ、そうでしょうね」
 優美にだって間違いなくそれはある。それなりに自信がなければ、努力してこの大学には入らなかった。
 城上大の芸術学部は近隣でも名高い。自信がなければ、エスカレーターで高校の付属大学に進んでもよかった――芸術学部はないが、他に学びたいこともあるにはあったのだ。
「作品を世に出すことができるかもしれない、それは芸学の人間には誘惑だと思う。だから、問題はいかに興味を引くかってこと」
「それを私なんかに任せていいんですか?」
 人の気を知らないで二宮はさんざんプレッシャーをかけてきた。
「君にもプライドはあるでしょ」
 あっさりと二宮は言い放つ。
 信じてると言われたようでもあり、手を抜くなとさらにプレッシャーをかけられた気もする。
「でも変に気負わなくていいから」
 優美が固まったのを悟ったのか、二宮は表情を緩めた。優しい笑みで優美を見て、言葉を探す。
「――俺も去年しか学祭を知らないし、そう意識してたわけじゃないからパンフレットをじっくり見たわけじゃない。分厚かったし」
「分厚い中から興味を持たせて、ブースに人を呼ばなきゃ行けないんでしょう?」
「そうだけど」
 フォローしてくれたらしいけれど、微妙に矛盾している。
 優美は思わずくすくす笑った。
「締め切りは五日後、か」
「急で悪いけど、大丈夫?」
「今更それですか。そう言うなら最初から突然任せて欲しくなかったですよ」
 優美の言葉に二宮は苦笑した。
「今日、実行本部から情報が回ってきて。早めにわかっていれば連絡したんだけど」
「何とかなると思います。そう大きいものではないですし。明後日くらいラフをお見せできるようにします」
 全くイメージはわかないまま優美は請け負った。
「そう? それならありがたい。期待――いや、そこそこ期待してるから、よろしく」
 実に微妙な言い方に優美は苦笑しながらうなずいてみせた。

2005.11.20 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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