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第三話 変な人と城上祭

7.秘密基地で

 ひとしきり悔しがった後、武正はようやく優美の存在を思い出したらしい。
「優美ちゃんはテレビ見ないって言ってたからずっと気付かないかと思ったんだけどなあ」
「貴方が普通がどうとか言ってなかったら、似た声の人だなと思っただけだと思うけど」
 まだ悔しさのにじむ口ぶりでそんなことを言うので優美は冷静に突っ込んでおく。
「く。いやでもそれはただ単に俺がコナカに影響を受けただけという可能性も否定できないわけで」
「今更そんなことを言われてもねえ」
 あまりの悔しがりっぷりに優美は意地悪くいってみた。
「それも考えたけど」
 ショックを受けましたと顔に書く武正は表情豊かだ。優美はなだめるようにフォローを開始した。
「貴方は何かを書くって言ってたでしょう? だから、人の歌の歌詞を我が事のように語ることはないかなってそう思ったのよ」
「もちろんその程度のプライドはありますが」
「でしょう? それでもこんな田舎の大学にテレビに出るような人がいるとは思えなくて、声のよく似た兄弟がいるのかなと思ったんだけど」
「なるほど」
 優美の言葉に神妙に武正はうなずいた。
「でもコナカはシンガーソングライターを自称しておるので他人の作った歌なんぞ歌った試しがないのです」
「一度もないわけはないでしょ?」
「小中武正としてなら、いくらでも歌いましたが。小学校の校歌が妙に好きだったですよ?」
 真顔で言われて優美は目をぱちくりする。
「ええと、それって。別人って事?」
 武正の方も優美と同じように目をぱちぱちさせた。
「小中武正とコナカタケノジョーは同一人物だよ? 優美ちゃんがそれを言ったようなものでしょ?」
「そうよねえ。言ったというよりは貴方が自白したって言うのが正しい気がするけど」
 痛いところをつくなあと苦笑する武正を見ながら優美はぶつぶつと続けた。
「でも今別人ですと言われたような」
「お仕事とプライベートは違いますから。そりゃ同じ俺だから限りなく似ちゃいるけど、やっぱり微妙に違うんだよねえ、感覚が」
 よくわからないながらもそういうものかしらと優美は事実を飲み込む。
「その眼鏡は、伊達なの?」
 そしてむくむくと起こってきた好奇心に忠実に問いかけると、「そうだよー」と武正は軽く返事をする。
「それなりに目はいいし、眼鏡かけるほどじゃないな」
「夏の麦わらも?」
「顔隠れるかなーと思って。眼鏡だけじゃ、似てるって言われたりするしね」
「なるほど」
 感心してうなずく優美を見て武正は目を細めた。
「今時麦わらは流行らないと思ってたのよ。だから余計変な人だなあって思ったのよね」
「あはは、そう?」
 あれは来年くらいに流行ってもおかしくないステキアイテムだと俺は思うけどなんて、武正は妙に真顔で言い切った。
「正気?」
 いくら優美が流行に疎いと言っても来年急に麦わら帽子が流行するとはとても思えない。心底不審そうに優美が見上げた武正はこぼれんばかりの笑顔でうなずいた。
 眼鏡を外してそんな笑みを浮かべたら、相原のようにきゃーきゃーいうファンが出来るんだろう。一度見たことがあるはずの武正の顔も実際きゃーきゃー言われる彼の姿も優美にはちっとも想像できないけど。
 ただ、やっぱり変な人は変な人なのよねえと納得するだけ。ブラウン管越しに姿を見る機会があればまた別の感想を抱くかもしれないな、と少し思う。
 優美がどう思っているか想像さえしていないだろう武正は妙にご機嫌だった。
 軽い足取りに鼻歌を添えて、再び優美の半歩前。
 目的地をいつの間にか通り過ごしていることに優美はしばらくしてようやく気付いた。
 ごく自然に一緒に歩いていたけど、一体どこに行くつもりなんだろう。
 我に返った優美が周囲を見回す気配でも感じたのか武正はちらりと振り返る。
「もうちょっと先」
「ど――どこに、行くつもり?」
 何も考えずに着いてきた自分に後悔してももう遅い。有無を言わせず歩き続ける武正を優美は惰性で追った。
 大学の敷地の、端っこの方までいつの間にか歩いてきている。
 武正に声をかけられた辺りからそう遠くは離れていないけど、普段は学生が来そうにないくらいの僻地のように思える場所。
 最後の建物の角を曲がるとようやく彼は足を止めた。
 敷地をぐるりと囲む壁と建物の間には充分なスペースがあって、そこには常緑樹が林のように植えてある。
 誰だか名前も知らないが、城上大の設計者は緑がたいそう好きな人だったらしい。
「新鮮な酸素はおいしいよね」
 そう口にすると武正は再び歩き始めた。ためらいなく人工林に踏み込んでいく。
 その背中を優美は呆然と目で追った。
「優美ちゃん?」
「ああもう」
 着いてこない優美に不思議そうに武正が振り返ってきたので、仕方なしに優美は後を追った。
 しばらく歩いたところで武正にやや遅れて足を止める。
「ここ、いいところでしょ」
「悪くはないけど」
 ぐるりと優美は周りを見た。
 背にあるはずの建物も正面にあるはずの壁も見えなくて、本当に緑の中にいるような感覚。
 自慢げに武正は胸を張った。
「秘密基地にしてるんだ」
「いい年した男が自慢げに言う事じゃないと思うわ、それ。小学生じゃないんだから」
 呆れた優美が突っ込んだというのに彼はにやりと笑う。
「こういうときめきを忘れちゃ駄目だと思うよ?」
「そういうものかしら」
「それに、誰も来ないしね」
 呆れたまんまの優美にさらりと武正が言った。聞こえるか聞こえないかギリギリの音量。
 それに紛れもない本気の響きがこもっているように思えて、優美は動きを止める。
「人通りがあるところで、しちゃいけない話だった、わね?」
 確認を取るようにつぶやくと、武正は苦い顔でうなずいた。
「口止めならいらないわよ。私、テレビには興味ないから」
 どこか真剣に見える眼差しにどきりとする。怖くなってじりっと優美は後ずさった。
「口止め?」
 そんな優美を見ながら苦い笑みを型作って、武正が首を傾げる。
「そんなことしないよ。俺、人を見る目もあるつもり」
 優美を安心させるためなのか人好きのする笑顔になった。
「だったらなんでこんなところに?」
「誰が通るかわからないところでする話でもなかったから」
「相当有名人みたいね」
「まあね」
 はあ、と武正は大きく息を吐いた。
 優美としてはそこまでまずい話をした気はない。直接的に何かを言ったわけではないし、それをしたのはむしろ武正自身なのだから。
 彼が自分で気をつけていたら、ちょっと話を聞いただけじゃ何のことを話していたか通りがかりじゃわからないはずだ。
 だけど数日前の親睦会で優美以外の全員が知っていた程度には有名人は、気をつけなきゃいけないのかもしれない。
 事実を知った後でじっくりと武正を観察したところで、後光が差して見えるわけじゃないけれどわかる人にはわかってしまうのだろうか。
 じっとりと優美が自分を観察しているのに武正は苦笑した。
「はじめに会ったときにさあ、顔見られてヤバイなーと思ったんだよ」
 そしてさらっと言い放つ。
「相当疎いんです、芸能界とやらには」
「だろうね。軽くショックだったなー」
「ごめんなさい?」
 謝る必要性を感じなかったので誠意のない言葉が義理で口から滑り落ちる。
 優美の可愛くない反応に武正は肩をふるわせた。
「謝ることないでしょって顔してる」
「う」
「興味ないことには疎くたって仕方ないよね。それでもメディアの力は偉大。興味がなくても結構目に入るみたいよ、コナカタケノジョーさんは」
 まるで他人のことを言うような口ぶりで武正は言うと、はっきりため息をついた。
「眼鏡かけてれば多少印象が違うし、目くらましにはなるみたいだけどね。こんなとこ、って言ったらアレだけどまさかこんなところにいるはずもないって思うみたいで、そっくりさんじゃないかってたまに言われるけど」
「それが嫌で、こんな秘密基地を持ってるの?」
「嫌というか、嘘をつくのが心苦しいというか……自分が後ろめたいから似てるって言われませんかって聞かれたらドキドキするよね?」
「いや、わからないけど」
「ドキドキするんだよ! 答える声もそっくりだって言われたらどうしようかと思って意識して低くしてみたりして」
「なるほど」
 半分くらい納得はした。優美にはちょっと変わった人にしか思えないけど彼は彼なりに苦労があるらしい。
「ねえ、だから友達も作らないの?」
「えーっと」
 思うと同時に口にしてしまって、しまったと思ってももう遅い。
 頭の中に鮮やかによみがえったのは夏に出会ったカフェの女の子。今思うと彼女は彼の正体を知っていた節がある。
「友達はいるよ?」
「夏の、ほら、えーっと」
「和さんは先輩って感じかなあ」
「そうじゃなくって、カフェの女の子。名前は……」
 可愛らしい子だったことは覚えているし、名前を聞いた記憶もある。思い出そうとすればするほどその名前が記憶の海に沈んでいって優美は眉をしかめた。
「ああ、実香ちゃんね」
「確か。ずいぶん親しそうだったけど、ただの知り合いとか言ってたわよね」
「正確に言うと、俺のファンらしいねえ」
「貴方のこと、知ってそうだけど」
「完璧にばれてるよ」
 くしゃりと顔を歪めて武正はつぶやいた。
「俺、コナカタケノジョーのファンの子とはお友達にならないと心に決めてるのよ。実香ちゃんはいい子なんだけどね」
「それって、ものすごく失礼な話に思えるけど」
「わかってるけど、ね」
 数日前に見たどこか悲しそうな顔。
 ズバリと切り込めない何かを感じて優美は口をつぐむ。
 先日よりもより強く、過去に何かがあったのだと思う。それは想像しても優美には検討がつかないだろうけど。
 しばらく静かに佇んで、木々の間を抜ける風を感じ取る。
 ややして頭を軽く振った武正が表情を変えて優美を見た。
「あの、それでさ」
「口止めならいらないわよ、本当に」
 おそるおそるといった様子で口を開く彼が言うことを優美なりに想像して先回りする。
 これはちょっと想像したらわかる。たとえ優美が例えばコナカの大ファンの相原に「城上大にコナカタケノジョーが在学してるようですよ」と言ったところで一笑に付されるに違いない。
 優美が知ってるのは彼の本名と文学部に在籍していることくらいだ。それだけで彼にたどり着くのは不可能ではないだろうが面倒ではある。まさか相原もそんな本当かどうか疑わしいことに労力を使わないだろう――と、思う。
 やりかねないかもしれないと心のどこかで思った自分は否定できなかったが、前提条件として自分がそんなことを言うわけがないから優美は使わない方に賭けた。
「そんなことしないって言ったでしょ」
 武正は半分呆れたように言った。その後ですぐに真顔に戻るのでじゃあどういうことよと突っ込まずに優美は黙って続く言葉を待つ。
 口止めじゃないとしたら、全く彼が言いそうなことが想像できない。
「さっきの話の後であれだけどさ」
「うん?」
「お友達になってもらえませんか?」
 唖然として優美は武正を見返した。彼はどこまでも真剣な様子で優美を見ている。

2005.12.23 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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