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第三話 変な人と城上祭

8.友情の成立条件

「な――なんで?」
 数秒の沈黙が優美には数分に感じられた。気を取り直すまでそう時間はかからなかったと思う。だけど心境を反映して声が揺れた。
 そんな優美の様子に武正はふわりと微笑み、
「駄目?」
 優美の問いかけには答えずに首を傾げる。
「駄目とかそういう問題じゃなくて」
 どう言えばいいのだろう。もやもやと感じる心中をどう表せばいいのか、優美は悩んで口ごもる。
「駄目かな?」
「あのねえ」
 優美は呆れてため息を漏らした。
「聞いていいかしら?」
 ただ駄目かを繰り返す武正に優美も調子を取り戻す。
「何?」
「どうして今更そんなことを言うの?」
 優美はただただ不思議だった。
 今日、この時は改めて友達になんて言うタイミングじゃない。
 友達というものの成立条件は曖昧で、優美だって突き詰めて考えたことなんてない。でも、今のこれは違うと思う。
 じっとり見上げた武正は困ったような顔をする。
「どうしてかなあ」
「あのねえ」
 そのまま首を傾げるので優美はますます呆れ果てた。
「改めて聞くようなことじゃないんじゃない?」
「そうかなあ」
 問いかけながら優美は優美で考える。
 友達の成立条件は何なのだろう。例えば、サークルの面々と会った回数は武正よりやや多いくらい。
 そこに友情があるかといわれたらとりあえずまだないと思う。友達になろうと言われたってはいそうですかってそこに友情が芽生えるわけじゃない。顔見知りから前進して、ちょっとした知り合いといったところだろうか。
 仲間と呼んでもいいけれど、そこまで強固な意識はまだない。
 転じて、武正はどうだろう。会った回数はサークルのメンバーより少ないが、出会ったのは遥かに前。少々奇抜な出会いだったし、変な人だとは思うけれど悪い人ではない。
 二度も食事を共にすればただの顔見知りでもなく、ちょっとした知り合い――それよりは友人という言葉に近い、だろうか?
 よくわからない。
 同じように考え込んでいた武正の方が優美よりも先に結論を出したらしい。
「改めて聞くことはないって、つまりもう友達ってことでいい?」
 期待に満ちた眼差しで見つめられても素直にうなずけない。
「どうかしら?」
「どうかしらって!」
 優美はにっこりと大げさなくらい微笑んでからかうように首を傾げる。
 対する武正は驚いたように声を上げた。
「友情は等価で釣り合うものじゃないでしょう?」
 すっと目を細めて優美は軽く武正を見据えた。
「現に貴方はあの実香ちゃんって女の子を知り合いだって切って捨てている」
「それは、ほら」
 口を開いた武正は優美の鋭い眼差しに負けたのか視線を落として、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「その――」
 もごもごと口だけが動くけれど言葉にまではならない。
 しゅんとした様子に優美は仏心を出して仕方ないなと眼差しを緩めた。
「私でよければ、会ったときに話くらいするわよ」
 瞬時に武正は明るい顔になる。
「ほんとにっ?」
 表情を輝かせて身を乗り出すように武正は叫ぶ。大げさなほどの喜び方だ。
「嘘ついてどうするのよ。大体これまでもしてたことでしょ?」
「そうだけど」
 呆れる優美に対して武正はうれしげで、子供のような喜びっぷりに優美はため息をもらす。
 何故そこまで喜ぶのかさっぱりわからない。だけど、何となく理由が推測できてしまった。
 正体がばれるのが怖くて人と深く関わるのを避けているようだし、ばれたらばれたで相手が自分のファンだったら一線を引く。そんなことをしていたら親しく話す相手はほとんどいないだろう。
 自業自得じゃないかしら、そんな風に思うけど。
 無邪気に喜ぶ武正を見ていたらまあいいかって気分になった。
 それからしばらく話したあと、優美は腕時計で時間を確認して武正に別れを告げた。
「あ、予定がある?」
 当たり障りのない世間話をしただけというのに武正はずいぶん楽しそうで、そう言ったときには残念そうな顔をした。
 自分と話してても面白いと思えないと優美自身は思うというのに、よほど会話に飢えていたらしい。
「ええ」
「そっかあ」
「じゃあ、また」
 口にして、はじめて武正にそんなこと言ったと気付いて優美はくすりと笑った。
「またかまってねー」
 武正はにっこり笑っていつも通りの言葉。ひらっと手を挙げた彼は途中ではっと気付いてポケットから財布を取り出した。
「ちょっと待ってー」
「何?」
 慌ててそれを開いた武正の行動に優美は首を傾げる。いくつかのカードを出したり入れたりしたあと、彼は目的の品を取り出したらしい。
「これ!」
 ぐっと突き出すその紙片を反射的に優美は受け取った。
「名刺?」
 柔らかい質感を持った紙で保存状態がよくなかったのか角が少し折れている。
 真ん中に「小中武正」と大きめの字で印刷されていて、右下には名前より遥かに小さい字で住所と電話番号。
 今住んでいる家ではなく、実家の住所なのだろう。城上の文字はそこにはなく鷹城市の文字がある。
「古いようだけど」
「うん、三年前くらいじゃないかな、作ったの」
 優美の突っ込みに武正は記憶をたどるように目を細める。
「番号は変わってないから」
 携帯の番号とメールアドレスも当然のように書いてある。
「メアドは変わったけど。あ、書いとこうか」
 財布を出したのと逆のポケットから武正はペンを取り出した。
 優美の手から名刺を取り戻して、さらさらと書く。賢明な判断だなあとぼんやりと優美は思った。
 優美は電話が苦手なのだ。それよりは遥かにメールの方がしやすい。
「一回メールもらえるとうれしいなー」
 はい、と再び差し出されたそれを優美は呆然と受け取った。
「こんなの知っちゃっていいのかしら」
「偶然の出会いに頼って会えないようになったら嫌だし」
「まあ、ねえ」
 偶然もそう何度も続かないとは優美も思う。
 優美が散歩が好きなのはばれているし武正が昼寝好きだと優美も知ってるし、これまではそのせいもあって遭遇したのだろうけど。
「でも本当にいいの?」
「何が?」
 優美の問いかけに武正はきょとんとする。
「私がそのコナカさんのファンの人にこの番号を売っちゃうかもしれないわよ?」
「そうしちゃう人は真正面からそんな風に聞かないと思うけど」
 武正がけろっと言い放つ。
「優美ちゃんのこと信用してるし」
「まあ、そんな面倒なことはしないけどね」
 なくさないようにカバンに名刺を入れて優美はきびすを返した。
「じゃあ、夜にでもメールするわ」
「うん。じゃあまたねー」
 先ほどと同じようにひらりと武正が手を振るのに軽く一礼して優美は秘密基地から立ち去った。



 教場に向かって歩く間に、夢みたいな体験をしちゃったわと苦笑する。
 相原がこれ以上コナカについて熱く語ったりしたら武正のことを思い出して爆笑してしまうかもしれない。
 すっかりなじみになった教場は誰も利用していないようだった。ありがたく優美は中に忍び込んで、昨日座った辺りに腰掛ける。
 当初の予定通りケント紙を出して原稿を作ろうかと思ったけれど、ついでに取り出した名刺を見て気を変える。
 描いている途中に誰かが来ると気恥ずかしく思うだろう。だから電話帳に武正の情報を登録をしておこうかと携帯を出し、ライトブルーの機体をぱかっと開く。
「ええと」
 優美は持っているのが無駄じゃないかというくらい携帯を使わない。何故持っているかというと、実家を離れて暮らしているから、ただそれだけ。
 一番安い定額コースの無料通話分で全てこなせてしまうし、ファミリー割引が効いてるから無駄遣いじゃないと常に言い聞かせている。
 それくらい使わないから携帯も綺麗なものだ。
 おぼつかない指使いでキーをいくつか叩く。電話帳登録も、もちろん滅多にするものじゃない。数回間違えた末にようやく登録画面が出てきてほっと一息ついた。
「ええと、お・の・な・か……」
 ぶつぶつ言いながら一文字一文字入力して、変換する。
「ああもう、おのなかだと変換できないし」
 文句を言いつつ何とか名前を入力し終える。電話番号もまだ入れてないというのに一仕事終えた気分になって優美はほうと息をもらした。
「何か、心配事?」
「え」
 入り口の方から二宮の声が聞こえて、優美は顔を上げる。
「違いますよ」
 ため息と勘違いされたらしい。二宮が近付いてくるので慌てて優美は名刺を片付ける。見られたところで問題はないが、なんとなく。
 その様子に目を細めた二宮は足を止めた。
「彼氏にでもメールしてた?」
 慌て方を今度は別方向に誤解されて、優美はますます慌てて大げさに首を振った。
「違いますよ!」
「ふぅん」
 信じてない顔で二宮がうなずく。否定するだけ誤解されると悟って優美は憮然と黙り込んだ。
「ただ、電話帳に登録してただけです」
 それでも誤解されるのはシャクなので一言告げておく。
「こんなところで?」
 やっぱり誤解されたままだ。優美は誤解を解くのを諦めた。
「早いねえ、井下さん」
 優美が機嫌を損ねたのを悟ったのか二宮が話を変える。
「講義が早く終わったので」
「なるほど」
「二宮さんも早いですね」
「俺も早めに終わってね」
 二宮は優美の近くまでやってくると少し離れて座った。
「原稿の方はどう?」
「まだ真っ白いですよ」
 証明するかのごとく優美はケント紙を二宮に見せる。
「忙しいだろうに悪いね、無理を言って」
「イメージは固まってるから大丈夫です」
「そう?」
 優美はうなずいてみせる。
 電話帳の登録は諦めてどうしてくれようか優美が考えている間に、二宮はルーズリーフを取り出して何かを書くモードに入った。
「井下さん」
 シャープペンを片手につと顔を上げて二宮がつぶやく。
「なんですか?」
 優美は首を傾げた。
「早めに来てくれるのはありがたい話だけど、控えておいた方がいいよ」
「どういう意味ですか?」
 二宮の言葉に優美は目を細める。
「相原に捕まると、うるさいから」
「ああ……」
 その一言だけで真意が見抜ける自分が嫌だったけれど、優美は納得した。
「ちゃんと意思表示しないと調子に乗る」
「相原さんが、ですか?」
「もちろん」
 こくんと真顔で二宮がうなずくので優美は思わず笑ってしまった。
「ごまかそうと思って下手にコナカが好きなんて言ったら余計調子に乗るから、興味がないなら嫌いだって言い切っておいた方がいいぞ」
「はあ」
「あいつ、相当君のこと気に入ったようだから」
 気に入ると容赦がないんだ、これが。嘆息混じりに二宮が言うので優美はますます笑みを深める。
「二宮さんも相当気に入られたクチですか」
 口の端を皮肉に歪めて二宮はうなずく。
「いやもう、すごかったぞ?」
「この間よりももっとですか?」
「いや、それよりも飽きることなく延々と続けるその根性だな」
「怖いですねえ」
 一番怖いのはうっかり武正と鉢合わせした場合だろうか。想像して怖くなった。
 ぶるぶると頭を振る優美に二宮が目を細める。
「だから早いとこ、好みじゃなかったっていっとけ」
「そうですね――もしかして、二宮さんはそれほどコナカって人は嫌いじゃないんですか?」
 ふと思いついて優美が問いかけると、実に複雑な表情で二宮が黙り込む。
 曰く言い難い表情のまま優美から顔をそらして、二宮は何故かため息を一つ。
「悪くない洞察だね」
「じゃあ何でため息つくんですか」
「好き四嫌い六くらいかな」
 優美の疑問に直接的には答えない。皮肉な笑みでそう告げて、何も書くことなく二宮はペンを机に置く。
「相原がああまで賞賛しなければ好きが勝ったかもなあ」
「聞きすぎて嫌になったんですか?」
「それもあるかな」
「逆効果なんですね、相原さんのアレは」
「気持ちはわかるだろ?」
 確かにあの褒め讃えっぷりは逆に引くところがあるかもしれない。優美はそう思って苦笑した。
「あの、コナカって人は相原さんみたいなファンが多いんですか?」
 ふっと思いついて問うと二宮は目を見開く。
「いや、あれがそこら中にいたら、怖いだろ」
「何気なく失礼ですね」
「事実だからな。確かに今をときめくトップアーティストだから、たまにはああいうのがいる――のかもしれないが想像したくない」
 優美は心底嫌そうに言う二宮に苦笑した。
「普通にCDを買ってコンサートに行くヤツは多いんじゃないか? 夏もツアーやってたしな」
「嫌いが勝る割に詳しいですね」
「まあな。ファン層は結構広いぞ、小学生から中年まで手当たり次第」
 二宮は胸を張るが、大方相原に聞いたんだろう。相原のことだから一度や二度はコンサートに足を運んできゃーきゃー言ったのかもしれない。
「私のように知らない人間の方が少数派ですか」
 ――だとすれば、だからこそ武正はこそこそ生活して、人と深く関わらないようにしてるのだろうか?
 優美はここにいない武正の顔を想像した。
 話していてもあまり面白みのない自分とさえ楽しそうに話した武正の顔を。
「ま、興味なかったら顔やら名前やら一致しないかもな。曲くらいは聴いたことがあるかもしれないけど」
「昨日、相原さんが言ってたCMは見ましたよ」
「あー、いじめのアレね。歌が気に入ったとしても、相原にだけは言うなよ?」
 忠告してくれる二宮に優美は苦笑してみせた。

2006.01.13 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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