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第三話 変な人と城上祭

13.二宮の希望

 二宮はその日の会合にやや遅れてやってきて、相原はいつもの調子でそれに文句をつけた。
「人の都合を考えないのよね、あいつは」
 そうして優美にだけ聞こえるようにコッソリと武正への不満を口にした。
「確かにそうですね」
 否定できない事実に優美は苦笑して、うなずく。人の都合を考えるんだったら優美にメール攻撃なんてしないだろう。
 現に二宮が来る前に携帯は身を震わせて、武正のメールの受信を告げた。『世の中って狭いねー!』件名もなしに、ただそれだけ。相変わらずの返信しにくい内容に思わず『そうですね』なんて愛想のかけらのない返事をしてしまった。
 時間がなかったっていうのもあるけれど、とっさにそうメールしてしまったことは後悔している。愛想の無いのは今更だけど、他に何か言うべきことがあるような気がしたのだ。それが何か、自分でもよくわからないけど。
 もやもやするものを抱えながらグループに分かれて打ち合わせを進めた。二宮がどこからか手に入れてきた契約書をたたき台にあれこれと意見を出し合う。個人名や会社名らしきものが塗りつぶされた契約書はコピーのコピーらしくだいぶ劣化している。持って回った言い回しのそれは真意がつかみにくい。
 これは遊びでなくビジネスなのだ、そう思うと身が引き締まるけれど言い回しの難解さにみんなうんざりした顔をしている。
 それでも必要そうな項目が見えてきて、作業は前進した。各グループで意見を交わしあって終了を二宮は宣言する。
 だいぶん打ち解けてきた面々はがやがやなにやらしゃべりながら荷物をまとめ、去っていく。優美もメモ代わりに出していたルーズリーフをかばんにつめた。
「なあ、井下さん」
 立ち上がったところで二宮がやってきた。曰く言い難い顔で相原を気にしている理由を優美でも何となく推測できる。
「お願いがあるんだけど」
「お願い、ですか?」
 そう、とうなずいて二宮は優美の目の前で立ち止まった。
「祭りまでに、この間の原稿に描いてくれた絵をカラーで大きめに描くのって難しいか?」
 予想外の一言に優美は驚いた。かばんを机に落とすように置いて、まじまじと二宮を見る。もう少し別のことを言うと思ったんだけど、どうやら違ったらしい。
「難しいことを言いますねえ」
「パンフレットを見て来てくれようとする人のいい目印になるかなって思ったんだけど」
「どれぐらいの大きさか知りませんけど、ちょっと難しいと思います」
 寝食を忘れて頑張れば不可能ではないかもしれない。でも、実際それをするには障害が多々ある。
 それなりにやる気はあるけれど、授業も何もかも放ってそれに集中するのは無理だ。学生の本分はあくまでも学業。高い授業料を支払ってくれている親に言えないようなことをする気はない。
「小さく描いて、コピーで引き延ばしたら?」
「引き延ばすにも限界があるだろ」
「コピーなんかしたら、色合いが変わりますよ」
 相原は残念と肩をすくめた。
「優美ちーはこだわりさんねえ」
「まだまだなってないからこそ、こだわるべきところにはこだわるべきですよ。自分が求める色だってろくに出せないのに、ましてコピーなんか」
「そっか。悪いこと言ったわね」
 そんなことはないけれどと優美は頭を振った。
「あのイラストを飾るのは悪くないアイデアなんだけどなあ」
 ねえ、と相原は近づいてきた戸田に同意を求める。戸田は少し首を傾げた。
「あの絵?」
「優美ちーがパンフレット用に描いた奴」
「ああ――あれか」
 簡潔な説明に戸田はそうだなと同意する。
「時間がないのに無茶は言えないだろうが」
「戸田は夢がなーい」
「井下にばかり負担をかけるわけにはいかないだろ」
「それなんだよなあ」
 冷静な指摘に二宮がうなった。
「だから井下さん、そんなに大きくなくていいんだけど、それなりの大きさでどうにかならない?」
「それなりってどれくらいですか」
「大学ノートを広げたくらい、かなあ」
「カラーで?」
「できればカラーで」
 優美はうーんとうなった。頭の中に設計図を広げて、パズルを組み立てるようにパーツを組み替える。
 数分に及ぶ沈黙をサークル幹部連は静かに見守った。
「モノクロの方がかえっていいような気がします」
 やがて優美が出した結論はそれだった。
「色があった方が印象強くない?」
「鉛筆画も訴えるものがありますよ。私の絵でそれができるかは別として」
 優美が強く絵に興味を持ったのは、中一の文化祭だった。一通り見て回った展示物の中で、一番印象に残ったのは美術部の先輩の鉛筆画。中途半端な時期に入部してもその先輩は引退していてあまり接点はできなかったことは残念な記憶。
「パンフレットはモノクロです。下手にカラーにするよりもその方が印象があまり変わらないんじゃないですか?」
 三人は相談でもするかのように顔を見合わせて、でも言葉は交わさなかった。
「井下さんがそういうならそれで」
 それだけで意志を通じ合ったらしい。二宮がそう言うと相原と戸田は同意するようにうなずいた。
「いいんですか?」
 言った優美の方がそれには驚いて、三人の真意を順繰りに確認する。
「いいわよ〜」
 にこやかに言ったのは相原だ。
「描くのは優美ちーなんだし、私はあんまり無理言えないから。できる範囲でいいものできたらそれでいいんじゃないかしら」
 ひらりひらり、軽く手を振って「違う?」そう相原は首を傾げた。
「その辺、俺らは素人だからな」
 戸田もそれに追従するように口にする。
「君には期待してるんだ。色々と迷惑をかけるだろうけど」
 彼は相原をちらりと見下ろした。視線を感じたのか相原はきゅっと目を細めて目だけで戸田を見上げる。
「なに?」
「自覚してるなら何よりだな」
「どーゆー意味よ」
 突っ込まずにはいられないらしい二宮の一言を聞くと相原の方は言い返さずにはいられないらしい。
 体ごと二宮に向き直る相原に戸田は明らかに苦笑して、片手を上げた。
「じゃあ俺、先に帰る」
 次の予定でもあるのか、時計を確認したらしい。場を軽く乱した張本人はあっさり逃げを打つ。
 二宮が目線だけで苦情を訴えるのをひらりとかわし去っていくのを相原でさえ呆然と見送った。
「もうそんな時間?」
 ややして時計代わりにしているらしい携帯で時間を確認した相原は慌ててそれをしまう。
「やばー。私も帰るっ」
「バイトかー?」
「うっかりしてたわ〜っ」
 二宮の問いかけにそんな言葉でうなずいて相原は慌ただしく部屋を飛び出していった。
「今日月曜か……」
「二人とも月曜がバイトの日なんですか?」
「いや、戸田は結構適当みたいだけど。相原は基本月・木で家庭教師――似合わないだろ?」
 うなずくのも失礼な気がして優美は曖昧な笑みでごまかす。
「まあそんなことはいいんだけど」
 二宮も言い過ぎたと思ったのか気まずげに口をつぐんだ。あまりにも気詰まりで優美も帰ろうかと身じろぎする。
「井下さん」
 それに気付いた二宮は呼びかけて優美の動きを止めさせた。
「はい?」
 まだ何かありますか、と。優美は首をわずかに傾ける。
「なんというか――いや、本気でなんて言えばいいのかわからないけど」
 そう切り出して二宮がなにやら口ごもった。
「……あいつと知り合いなんだね」
「さっきも言ってましたね」
「うん、いや……」
 くしゃりと顔を歪めて二宮はがしがしと頭を掻いた。
「しかも、あれが誰か知ってるんだって?」
「――別に知りたくもなかったんですけど」
 気付いてしまったというか、なんて優美はもごもごと続けた。
 二宮はやれやれと言いたげに肩を揺らし、力の抜けた様子で近くの椅子に座り込んだ。
「貴重な人だよ、君は」
「は?」
「よければこれからもあいつと仲良くしてくれたらうれしいな」
「はあ?」
 突然で突拍子もない優美は目をぱちくりとさせて二宮を見た。
「なんでまた、そんなこと」
 貴方に言われなくちゃいけないんですか? 口にできなかった言葉を悟ったらしい二宮がはっきりと苦笑する。
「最近、あいつが人に懐くなんてそう滅多にないんだ」
「なつく、って」
「元々人懐こい奴じゃあるんだけど、最近人嫌い気味でさ」
 苦笑混じりの二宮の言葉、その意味を優美は頭の中で咀嚼する。これまでの武正の発言を思い返すと、意図することは明確だった。
「正体がばれたら、対応が変わっちゃいますか」
「そういうこと」
「あなた達のように理解してくれている人がいれば、問題はないと思いますけど」
「――達?」
 優美はひとつうなずいて、夏にも似たようなことを言われたことを二宮に説明する。彼は納得したように笑った。
「さすが和さん、押さえてるなあ」
「何をですか」
 問いかけには答えず、二宮は笑みを深める。
「どっちにしろ俺が言うまでもなく、気に入った相手には容赦ないからあいつ。よろしく」
「何がよろしくなんですか……?」
 言うだけ言って優美には答えずに二宮はにんまりするだけだった。

2006.06.02 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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